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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun


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5 ビルと居酒屋セレンディピティ

読んでくださってありがとうございます。

「え、何であなたと⁈」慌てる私に「私は良い居酒屋を知っていますよ」と笑顔を見せられた。

「良い居酒屋…」どこに行けば良いか分からない私に、それはかなり魅力的な言葉だった。

揺らいでいると「それに王都は治安が良いとはいえ、やはり夜間に女性の一人歩きは危ないです。現にさっきからこの店の前にも、フードを被った怪しげな男がいますしね」

「え、そうなの」慌てて振り返り、窓から通りを見ると、誰かがさっと路地に隠れたような気がした。

少し不安になってしまった私は、結局押し切られた形で彼と一緒に居酒屋に行くことになった。良い居酒屋というのが気になったのも否定できない。

それならと、改めて彼の名前を尋ねると「ビルといいます。名字はありません。よろしければビルと呼んでください。…あなたはなんとお呼びすればよろしいですか」

「リーンって呼んで。あと、敬語はやめて普通に話してくれると嬉しい」

「リーンですね。わかりました…んん、わかった」ビルはぎこちなく答え、ブローチをきちんと金庫に仕舞ってから店の鍵をかけ、ふたり連れだって歩き出した。


外に出ると街はすっかり夜になっていて、オレンジ色の街灯に照らされて沢山の人が行きかっていた。仕事を終えて疲れた様子で家路につく人、忙しなく早足でどこかに向かう人、暗がりに途方にくれたように座り込んでいる人。細く伸びる路地の奥は街灯の明かりも届かず、暗渠のように見通せない。

街を視察する時には見る事のない風景を歩きながら、本当の民の暮らしは外側からは分からないと実感した。護衛達に守られながら王太女が「見学」する昼間の街で見る人々は、陽の光の下で生活する健康で罪を犯していない善良な人々という前提があるのだ。

日が沈んだ後の光の外に隠された悪意や暴力、隠れている悲劇はいくら想像してみても真実の姿は分からないだろう。私が民の為に良かれと思ってしてきた事は、どれくらい役に立っているんだろう。民の為に有意義な事を少しは出来ていると、ちょっぴり自信を持っていたのが、頼りなく覚束ないような気持ちになる。お父様が私を信頼できないのも仕方ないような気さえしてくる。


少し弱った心と冷えてきた頭で考えると、今の行動もかなり向こう見ずで、考え無しだ。どこに居酒屋があるのも分からず闇雲に夜の街をさまよえば、確かに危険な事もあっただろう。ビルの申し出を迷惑に思ったけれど、結果的には幸運だったと素直に思えた。

ビルという人間が安全かどうかでいえば、上質な宝飾店を一人で任されている事でそれなりに信用できるし、見た目も清潔で荒れた様子もない。もし万一彼に不審な動きや話があった時は、幼い頃から教え込まれている護身術で迎え撃とうと心に決める。


私がそんなことを考えているとは知らず、ビルは笑顔で「ここです」と声をかけてきた。

連れてきてくれた居酒屋のドアの上に掲げられた看板には、飾り文字で「セレンディピティ」とあって、私は「幸運な偶然を手に入れる力」と心の中でつぶやいた。


居酒屋セレンディピティは、間口は小さいが奥行きがある王都らしい作りで、扉を開けると沢山の人の熱気と声、食べ物のいい匂いが溢れてくる。

ちょうど空いていた奥の2人席に案内され落ち着いたところで、給仕の女性が「飲み物は何にします?」と注文を取りに来てくれた。何が良いのか戸惑っていると「とりあえずエールをふたつ」とビルが頼んでくれた。

女性が去ってから「エール、飲んだ事ありますか?」こそっと聞かれ、無いと正直に答えると「ここのエールはクセが無くてうまいですよ。きっと気にいると思います」

「クセが何かすら分からないから、楽しみ。あとビル、敬語!」

「あ、すみません…わるい」と頭をかいた。

私たちにエールが届くころ、近くのカウンターに座った男性が「とりあえずエールを」と注文する声が聞こえた。やっぱりエールがとりあえずなんだなと納得しつつ、ビルと互いのグラスを合わせる。「かんぱーい」初めての体験に浮かれてちょっと大きい声が出た。それに驚いたのか、カウンターの男性がビクッと肩を揺らしたけど気にせずに、私はグイっと一杯目を飲み干した。



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