3 アイリーンの失敗と思いつき
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こうして一人城を抜け出して王都へやってきたのは、巷でいう「家出」がしたかった訳ではない。
以前騎士の一人から聞いた話で、こんな最悪な気分の時に試してみたい事があったのだ。
その騎士は前日ミスをして落ち込んでいたのだが、翌日は晴れやかな顔で任務についていたので
「昨日の事を気に病んでいないか心配だったけれど、元気そうで安心したわ」と声をかけた。
彼は「王太女殿下にご心配頂けたとは!」と感激しつつ
「我ながら単純とは思うのですが、嫌な事があった日は居酒屋に行って、友人達と飲んで食べて愚痴を聞いてもらえばたいていの事は吹っ切れて、また頑張ろうと思えるんです」と恥ずかしそうに教えてくれた。
「あ、でももちろん、二日酔いで翌日支障をきたさないよう、節度を持って飲んでいます!」と直立不動で付け加えながら。
私には悲しいことに「愚痴を聞いてくれる友達」はいないけれど、この際一人で飲んで食べてささやかな冒険をしようと、夕食抜きで出て来たという訳である。
街の広場に立ってキョロキョロと辺りを見回し「それで居酒屋ってどこに行けば良いのかしら」と考えた所で、重大なミスに気づいた。
「お金を持っていないわ」
居酒屋へ行こうというのにうっかりにも程がある。
お忍びの時はいつも、従者に扮したエドワードが支払いをしてくれて、自分でお金を持つ習慣がなかったのですっかり忘れていた。
どうしようとしばし考えた私は、ある事を思いついて目当ての場所を探しに歩き出した。
そんな私の後ろを、マントを着てフードを被った背の高い男が付いてきているのには、全く気づいていなかった。
噴水広場に面した通りから一本裏道に入り、しばらく歩いて一軒の店の前で足を止めた。
表通りの高級店からは値段と格は落ちるけれど、ウインドウに飾られている品は質が良くて上品な宝飾店だ。帽子を深くかぶり直し、マホガニーの分厚いドアを開く。
ショーケースの後ろにいた30歳前後の男性が顔を上げ、
「いらっしゃいませ。何かお手伝いすることがあれば、お気軽におっしゃってください」と声をかけてくれる。
「これを買い取って欲しいのだけど」私は持っていたバッグからブローチを取り出した。
「買い取りのご希望ですね」彼はブローチへ目を向けた時なぜか一瞬ハッとしたようだったが、すぐに
「それではこちらへ置いていただけますか」と黒いビロードを貼ったトレイを差し出した。
私が言われた通りブローチをそこに置くと、少しの間それを見つめた後
「こちらはあなた様の持ち物でしょうか」とためらい勝ちに尋ねられた。
それは金で出来た小さな花の中央に菫色の半貴石が付いているだけの、そう高価ではない素朴なブローチだった。ただ、よく見ると花びら部分には繊細な花脈が浮かんで、職人の高い技術がうかがえる品だ。
飛び込みの若い女性が持ちこむにしては良い品過ぎたのか、盗品に思われているのかもしれないと心配になり、少しでも怪しさをなくそうと、とっさに帽子を脱いで顔を出した。
「私の物です。婚約者からもらったけど、もういらないので」
わざと軽い調子で答えると、男性は私の顔を見つめて
「さようでございますか。それでは拝見いたします」
丁寧な手つきでルーペを使い鑑定を始めた。
週末は更新お休みします。また次回月曜日に更新いたします。




