1 婚約者の愚行
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「王太女殿下にご挨拶申し上げます」
王宮の廊下をすれちがう貴族達の礼を受けながら、私は執務室へ向かっていた。
側近であり幼馴染みのエドワード侯爵令息は、定位置である右後ろに従い、その後に護衛が数名続く。きちんと結い上げた黒髪とピンと伸びた背筋に乱れは無く、王宮に集う者達から尊敬のこもった視線をおくられて、今日も私はきちんと王太女を出来ている。
しかし執務室まであと少し、奥庭園へ続く小道にさしかかった所で、前方の光景に気づいて歩みを止めた。
私の婚約者キリアン・クロフト公爵令息と、私の侍女セシール・クロス伯爵令嬢が情熱的な様子で抱き合っている。
私は今までセシールを真面目に一生懸命仕えてくれる侍女だと思っていた為、婚約者の度重なる浮気よりも相手が彼女だということにがっかりした。
(セシールが、王太女の婚約者と浮気して優越感に浸るような令嬢とは気づかなかったな)
自分の見る目の無さにうんざりしながら再び歩みを進め、ここ数年相手を変えながら何度も演じられてきた陳腐な場面に近づくと、二人の話している内容が聞こえてきた。
「キリアン様、こんなところを誰かに見られたら私たちお終いです。それにキリアン様は殿下の婚約者です。私はやっぱり殿下を裏切れません」セシールの方は自分に酔いながらも、まだまともな頭を持っているようだ。
それに対して、残念ながらキリアンは
「セシール。アイリーンはただの政略の婚約者だ。僕は君とこうしている時間を誰に見られても構わない。僕は君を愛していると、世界中に叫びたいくらいだ」
完全に常識をどこかに置き忘れたセリフに、私が叫びたいくらいだ。
私は無表情に茶番を見物していたが、心の中では父が何と言おうと、今度こそ本気で動かなければならないと決心した。
キリアンはクロフト公爵家次男で、私が10歳の時に公爵家の後ろ盾を期待した父により、政略で婚約が結ばれた相手だ。クロフト公爵家は貴族の中で最も位が高く相応の力を持っている為、後に女王となる私が強い結びつきを持てば安心だと考えた故だった。
1歳下のキリアンは学業も剣術も特に秀でておらず、王配としての資質に疑問の声もあがったが、女王の私にさえ能力があればキリアンは最低限の公務をして、あとは誠実さと献身で女王を支えられれば充分と判断された。
実際幼い頃のキリアンは性格は優しく無邪気で、私の事を姉のように慕い好意を表してくれていたので、厳しい王太女教育の毎日で癒やしとなっていた事は否定できない。
しかし成長して学院に入り、金髪碧眼の麗しい容姿が令嬢にもてはやされるにつれ、己の高い身分の責任の部分は忘れ去って、自分はしたい事を何でも出来る人間と勘違いするようになってしまった。
その結果18歳になった今、王配教育も進まず初歩的な公務も任せられない有様で、肝心の誠実と献身がこれでは私の支えどころかマイナスでしかない。
内心で婚約破棄推進の決意を固めていたが、正直言って今日はとても多忙で、今この二人に関わりたくは無かった。
放っておいてこのまま執務室へ向かおうかと考えた所で、後ろのエドワードに心を読まれ「ダメですよ」と釘をさされる。
「ここで見ないふりをすると、殿下が容認したと受け取られかねません」
「わかったわ。…これでお茶の時間がなくなるわね。今日は私の好きなシトロンを頼んでいたのに」正論に観念し、放置を諦めエドワードを恨めしく見やる。
実は今までも、キリアンの行状を理由にした婚約破棄は父に何度となく申し出ていた。
しかしそれが承認されないでいる間に、王宮では私がキリアンを愛していて別れたくないから、浮気を許しているという噂が流れ始めているのだ。
誰が流した噂か知らないが、次期女王としては恋情で正しい判断も出来ないと侮られるのは痛手だし、後ろで冷ややかな目を2人に向ける護衛騎士達の手前もあるので、しぶしぶ抱き合っている2人へ近づいた。
「キリアン、セシール、ごきげんよう。あまり理解していないようだけど、こんな場所での不適切な行動は全てを失うことになるわよ。とりあえず、セシールは明日から私の元へ出仕しないで良いわ。」
「きゃ!」「な!」突然声をかけられた2人は驚いて悲鳴を上げ、続いて私からのクビ宣告を受けたセシールは蒼白になった。
キリアンが素早くセシールの前に出て
「アイリーン。誤解だよ。不適切なことなど何もしていない。セシールが転びそうになったのを支えてあげただけだ。見当違いな嫉妬は見苦しいよ。誤解で彼女を虐げるのはやめてもらいたい」
「誤解ですか」
「そうだよ、こんなことで君の侍女をやめさせられたら、セシールがどんなに非難されるか。冷たい君には想像できないのかもしれないけど」
「私にしてみれば、あなたの行動がセシールを困った立場に追いやるのを想像できなかったのか、と言いたいところですわ。
時間の無駄なので話はこれまで。セシールの処遇は決定です。覆すことはありません。…あなたについては、追ってお話をさせてもらうことになるでしょう」
泣き出したセシールを慰めながら、こちらを憎悪のこもった目でにらみつけるキリアンを置いて、私は再び執務室へ向かって歩き始めた。
執務室に入るとすぐエドワードに、陛下への謁見申請を出してくれるよう依頼した。
「庭園で害虫退治をするのは、もううんざり。人前で王太女をにらみつける次期王配なんて、笑い話では済まないって分からないのかしら。公爵家ぐるみで私を見下して、自分達の方が上だと考えていると思われても仕方ないのよ」
「そうですね。きちんと対処しないと、ますます飛び回りそうな虫ですから。このまま殿下が侮られ、貴族達に公爵家が実権を握ると考えられると厄介です。出来るだけ早く陛下に拝謁できるよう申請いたします。」エドワードは言うなり、王へ取り次ぎを求めるべく足早に部屋を出て行った。
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