幼馴染は転生ヒロインでした、が――
どこもかしこもキラキラしている。
それが、前世の記憶を思い出した直後に抱いた感想だった。
別に世界が光り輝いていたわけじゃないけれど、目の色や髪の毛の色がアニメの世界かな? ってくらいにキラキラしていたのだ。
前世だったら染めてもここまで綺麗な色出ないぞ、っていうくらい自然なんだ。不自然な色が。
黒とか茶色とか金髪銀髪くらいまではさ、わかるの。赤毛とか。
でもメタリックパープルとか蛍光グリーンとか、生物の毛や目の色ではないでしょっていう色が当たり前のようになってるの。
言い方悪いけどアルビノの方がまだマトモに見えるレベル。
銀色の目とか前世基準で考えたら普通に気味悪い気がするんだよね。だって黒目部分が銀色って事は、眼球の白い部分と銀色だからさ。瞳孔だけがやけに目立つか、銀色部分も光の加減で全部白目みたいに見えたりしちゃったりしそうじゃない?
でもそういうのを感じさせない状態で銀色と白の区別がつくくらいハッキリしてるの。
どうなってるんだこの世界は。
人間の遺伝子前世と絶対違う感じになってるでしょ。ヒトゲノムが別の何かになっててもおかしくないんじゃないだろうか。ヒトゲノム詳しく知らないけど。そうだよ言いたかっただけなのだわ!
突然前世の記憶を思い出したから、とりあえず前世の何かを思い出そうとした結果がこれよ。
と、まぁ、脳内だけで騒々しくしていたわけなんだけど。
幸いな事に異世界転生したであろう私は、しかし髪の毛の色は明るめの茶色、つまりライトブラウンで、目の色はほんのり赤みが目立つ茶色だった。ワインブラウンとかそういう色があったかはさておき、イメージとしてはそんな感じ。
正直に言って、あんなトンチキな色じゃなくてヨカッター! って叫んで万歳三唱したいくらいだったわ。
まぁこっちの世界の常識だと私の色はとても地味なんだけどね。地味で何が悪い。
なお前世ではどこにでもある一般家庭の一般市民だったのに、今世では男爵家のお嬢様である。
まぁ貴族社会から見ると男爵家なんて平民同然とか思われてそうなんですけれども。
貴族令嬢ではあるけれど、身分は低いし色は地味、という事で私の将来を両親はとても心配していた。
どこぞの家と婚約を結ぼうにも、いい伝手がなかなかない。将来貴族学院へ通うようになってから、自力調達する方向性にした方がいいかも、とか早い段階でお母様に言われて、最悪結婚しない選択肢も視野にいれようかと思い始めたわ。まぁこの世界だとまだ男尊女卑で女性の立場はかなり低いから、未婚で自由に生きていけるかは別の話なんだけど。
身を立てる手段がないと多分世間の悪意と悪気のない無自覚な悪意で潰されそう。
ところでうちと比較的近所に存在している男爵家とは、そこそこ交流がある。
そしてそちらのお嬢さんは、なんとまぁ私と同じ転生者だった。
初めて顔を合わせた時、なんて可愛らしい女の子なんだろう、と思ったし実際私の両親も可愛いねぇなんて褒めていた。
そうしたらその子は得意げな顔をして、
「とうぜんよ、だってわたし、ひろいんだもの!」
なんて言ったのである。
両親はどうやらごっこ遊びでそう言っているのだと思って微笑ましく見守っていたけれど、私は逆に納得してしまったのだ。
自分をヒロインだと言った彼女の髪の毛の色は、前世、春、満開の桜を思い出させるような淡く、それでいて鮮やかなピンクだった。
そして瞳の色は同じく柔らかな春の空のような水色で。
誰が見たって愛らしいというだろう見た目。
ヒロインと自ら言った時点で普通なら鼻で嗤うかもしれないが、しかし彼女が言うとそうなんだろうな、とすとんと納得できてしまったのだ。
確かにここはなんていうか、前世で流行っていた異世界転生ものの世界に似ている。
もしかしたら、私の知らない作品と同じような世界なのかもしれない。
なら、私はきっとモブね。世界の命運を背負ったり、高貴なお方と恋に落ちて山あり谷あり人生ジェットコースターなんて事にはならなさそう。
でもヒロインだと言った彼女――フィオナは。
聖女として魔王討伐の旅に勇者と共に旅立ちそうだし、貴族が通う学園で高貴な身分のイケメンたちとの恋愛ストーリーが展開されそうだし、正直どんな展開がきてもおかしくないのだ。
ヒロインならこれくらいあり得そう、っていう偏見。
ある日突然神獣が彼女に侍っていたとしてもおかしくはない。そしてその神獣が超絶イケメンにヒューマンフォームしようとも。
そんなどこからどう見てもヒロインがいるのだから、自分は完全にモブ。
モブでしかない。
ヒロインの友人ポジにいたとしても、間違いなくゲームとかならメッセージウインドウに名前があるだけの顔グラはない、セリフだってちょっとだけのモブ。
だから、私に世界の命運が託される事も、自分の身の丈に合わない身分の誰かと恋に落ちる事も、きっとありはしないのだ、と。
そうやって安心していたのに。
気付けば彼女は私の引き立て役になっていた。
……いや、普通逆じゃない?
パッとしない見た目の私がヒロインを名乗るフィオナの引き立て役になって、あぁあの地味な子ね、とかいたっけ? そんなの。とか言われる側だと思ってたのに。
交流は、そこまで頻繁じゃなかった。
それでも一年に何回かは顔を合わせていたし、見るたびどんどんフィオナはその愛らしさと美しさに磨きがかかっていったから、あぁこれはそのうちどこぞの王子様と恋に落ちそうね、とか思ってたのに。
周囲がまだフィオナを取り巻いたりしないのは単純にあまりの美少女っぷりに高嶺の花扱いしてるか、まだ恋とかよくわかってない精神おこちゃまばっかなのかと思ってたのに。
年頃になって、貴族たちが通う学院にいけば間違いなく私は埋没すると思っていたのに。
フィオナは前世の知識を利用してなんかチートとかやろうとしたっぽいけれど、でも専門的な知識まではもってなかったみたいで、彼女の発想はさながら夢物語みたいだった。
それでもどうにか実行できたのはマヨネーズ。そう、異世界転生ものでよく取り扱われてる万能調味料と言っても過言じゃない代物。
あれはざっくり言ってしまえば卵と油と酢で作られるから、家庭科の調理実習とかでも一度自分たちで作ってみましょうね、みたいな感じで作ったりした人もいるはずだから、難易度もそこまでではない。
前世の私は調理実習でマヨネーズを作った事はないけれど、だがしかし教育番組で小学校高学年くらいの女子がお料理を作るやつでマヨネーズを作っていたのを見て、自分でもチャレンジしてみたいな、って思ってやった事がある。
ただ、前世の私たちが良く知る馴染みのあるマヨネーズと比べると、手作りは味がちょっと違うのだ。
アレを知ってると、なんか物足りないな、とか微妙だな、とか思う事もあるわけで。
確かにマヨネーズは爆発的にこの世界で流行った。
フィオナの領地はそれである程度潤った。
私の両親もマヨネーズにはまって、野菜にも焼いたお肉にも焼き魚にもマヨつけて危うくマヨラーへの道を歩みだしかけていたし、多くの貴族たちだけではなく、商人たちを経由して平民たちにも広まった。
そんなフィオナが貴族学院に通うようになったのだ。
周囲はさぞ注目するだろうと思ったし、実際最初はそうだった。
ただ、フィオナを取り巻く環境は、彼女が中心にいた期間は、驚く程短かった。
確かにマヨネーズを流行らせる事ができたのは、すごい事なんだと思う。
マヨネーズがなかったこの世界の人たちからすれば、まさに未知なる出会い。
無から有を生み出したかのようなもの。材料という意味で有は存在していても今までにない物を作り上げたという点では未知に踏み出した冒険家のようなもので。
卵も油も酢だってこの世界には存在しているけれど、でも今の今まで誰もマヨネーズを作らなかった。作れなかった。だって作り方を知らないし、思いつきもしなかったから。
だから周囲は、フィオナという存在は低位貴族でありながらも博識で、もっと様々な知識を持っているに違いないと思っていた。知識の一端に自分も触れる事ができれば、何か、大いなる発見ができるのではないか、とさえ思われていた。
目に見えてわかりやすいモノがあるのなら、己の家の財産を増やす方法もある程度方向性が定まるが、しかし特産品と呼べるようなものも、鉱山があってそこから鉱石や宝石が採れるわけでもない、これといってパッとしない領地の貴族たちこそが、最初はこぞってフィオナの周りに集まった。
フィオナの領地だってこれといったものがなかったけれど、しかしマヨネーズの存在によって知名度が一気に上がったのだ。
あわよくばうちの領地でも何か、名産になりそうなものを、せめてヒントになりそうなものを――
そんな風に思う人は、一人や二人じゃなかった。
ところがだ。
フィオナの前世の知識はどれもこれも中途半端にあやふやで。
そのせいで、彼女のアドバイスは他の貴族たちにとってほとんど役に立つ事がなかった。
だって、空を飛べて大勢の人間や荷物を運ぶ乗り物がある、なんて言ったところで、その作り方と何が必要なのかまではフィオナはわからない。飛行機という存在を知っていても、自作できるわけではないし、仮に材料があったところで作れるだけの技術力は持ち合わせていない。
いつか人は空を移動して世界を巡る事もできるの、なんて言われても、今のこの世界では夢物語でしかないわけで。
優れた科学は魔法と区別がつかない、なんて前世で聞いた気がするけれど、まさしくそれ。
フィオナにとっては存在していた事だから、この世界の人類もいつかはたどり着けるかもしれない道であっても、今を生きるこの世界の人たちからすればフィオナのその言葉は夢物語でしかない。
現実にするためには、情報が圧倒的に足りていなかった。
そんなだから、周囲は彼女との話に利を見出せなくなって、ソレを目当てに近づいた人たちはあっという間に距離を取った。役に立つかもわからない、毒にも薬にもならない話に付き合うくらいなら、現実を見据えて今あるものでどうにかするしかない、と思ったかはさておき。
フィオナの周囲に残ったのは、彼女の見た目を目当てに近づいた人たちだけになった。
けれどそれも、長くは続かなかった。
転生して自分がヒロインだと自覚しているフィオナだけど、でも最初から高位の、私たちからすると雲の上みたいな存在でもある身分の人たちにいきなり突撃はしなかった。
だからまぁ、前世の記憶があっても一応こっちでの貴族令嬢としての常識は持ってるんだな、と思っていたのだけれど。
違った。
そうじゃなかった。
彼女は単純に、確かに身分が上の人に見初められたらラッキーだけど、その分色々と面倒そうだし自分から惚れさせるためにあれこれするのは面倒だもの、という考えだった。
自分から相手に接近するよりも、寄ってきた人を相手にする。
確かにそうすれば、婚約者持ちの高位身分の令息に近づいた挙句婚約者から警告をされる可能性は下がる。
自分から話しかけたわけじゃなく、向こうから話しかけられて、無視するのも失礼だったので……とかなんとか、言い逃れる道は残されている。
自分からぐいぐい行くのは面倒だけど、でもヒロインなんだから出会いなんて勝手に向こうからやってくるでしょ、というのが彼女の言い分だった。
確かに世の中にはそういう、特に何もしなくてもなんか向こうから色々とやってくるっていう人もいるけど……でもそんなのは少数だと思うのよね。
圧倒的なカリスマとか、この人のそばにいたい、と思わせるだけの何かがあれば本人が何もしなくたって周囲に人が集まる事はあるけれど。
フィオナはそうじゃなかった。
確かに最初は沢山の人に囲まれたけれど、それは彼女の知識を目当てにされていたからだ。だが、特に役立つ知恵があるでもないとなれば有意義な会話もできないからと立ち去る者もいたし、その後見た目だけで近づいてる人たちに関してだって、最初はそれなりに上手くやれていたかもしれないけれど。
ここにはない未来の――彼女と私にとっては過去の――夢物語を自信たっぷりに語る姿は、最初こそ物珍しいと思われても、いつまでもそんな話ばかりとなれば周囲もうんざりする。
だって、無いのだ。
どれだけ素敵に聞こえる話でも、それを実現させられるだけのモノはない。今すぐ実行できそうなものではないので、そうなればいつまでも妄想や空想を語っているだけでしかなくて。
最終的にフィオナは、可愛いけれど、でもお友達としてちょっとだけ関わるだけでいいかなぁ、という立場に落ち着いてしまったのだ。
けれどもフィオナはヒロインであるという自覚があるから、物事の中心に自分がいるべきだという思いもあった。けれど、それだって最初だけはともかくずっと人の中心に君臨できるわけでもなくて。
令息たちからはちょっとした恋愛ごっこのお遊びとして、令嬢たちからは確かに見目は良いけれど、でもそれ以外の部分は劣っているだけの存在として。
周囲は完全に無視まではしないけれど、当たり障りのない対応を取るようになったのであった。
私は幼馴染という立場と、あとはちょこちょこフィオナが私に話しかけたりしてくるものだから完全に疎遠になる事もできず、ちょいちょい窘めたり注意をしたり、時としてちょっとだけフォローしたり。
ヒロインをサポートするわけではないけれど、こっちに突然わけのわからない被害が来ない程度に立ち回っていただけに過ぎない。
ところが、そんな風に常識的に行動していただけなのに、身近に非常識な事をやらかすフィオナがいるせいで。
フィオナと私は比較される事となってしまったのだ。
本来なら私に対する周囲の認識は、圧倒的美少女の隣にいる地味な女、のはずだった。
ところがフィオナが狂人まではいかなくても常にふわふわした発言ばかりで、時々貴族の常識をすっ飛ばすような言動もしたものだから、そういうのを注意する私、となると。
前世にあったもので例えるとするならば。
不良がちょっといい事をした結果圧倒的善人に見られる――そんなマジックが発動してしまったのだ。
私自身、特別に良い行いをしたとか、そういうわけではない。
行動の一つ一つ、どれをとっても誰だってやるような常識的なものばかり。なのに近くにちょっとそうじゃないのがいたせいで、私は落ち着いて節度を守って行動する理知的な令嬢、という認識になっていたのである。
切実にやめてほしい……!
過大評価よそんなの。自分はどこにでもいる平凡な一人の人間なのに、淑女の鑑扱いは流石に無理がありすぎる。こっちはしがない男爵令嬢なんだから、高位身分の令嬢の方々から見れば礼儀作法なんてお粗末なものでしかないのに。
それだけならまぁ、自分の胃がちょっと痛いだけで済んだ。
だがしかし、見た目は良くても頭がおかしい一歩手前扱いのフィオナによって、私はその逆で理知的に物事を解決できる女扱いになってしまったのだ。
周囲の期待が重たすぎる……!
ただの村人に勇者の称号を与えるかのような所業だ。実際に勇者になれるだけのポテンシャルを秘めた村人であればまだしも、こちとら戦闘力5の農民以下の村人だぞ。この世界にはいないけど、仮に一番弱い魔物相手でも負ける気しかしないか弱い通り越した脆弱な一般人。
そんな相手を過剰に持ち上げるような行為はやめていただきたい。
あと、これは私も悪かったんだけど。
フィオナが発明した事になっているマヨネーズ。
あれ、私的には物足りない味だったから、色々とアレンジしたのよ。
といっても、精々塩足すとか、ちょっとした事しかできてなかったけど。
本当は胡椒も使いたかったんだけど、あれ高いから……塩ならいくつかの種類があるから、そっちでなんとか。
そこにあるものにちょい足しする、っていうだけしかやってないけど、他にもそういうことをやってたら、そっちはほら、既にあるやつにプラス1するくらいだから誰でも簡単に真似できちゃうわけで。
最初の頃にフィオナに群がっていた、知識を求めていた人たちもちらほら私に話を振ってくるようになってしまった。
怖い。相手の身分の方が上っていうのも普通にいるせいで、下手な受け答えはできない……!
そう思って、必死に頭巡らせて答えてたらフィオナよりはマシ判定だったんだろうけど、プレッシャーが半端なかった。賢人扱いは本当にやめてほしい。私の頭脳は前世基準の一般人です。画期的な何かをお求めになられても困りますお客様ァー!
「そういえばエマ、婚約者が決まったって本当?」
「えぇ、決まったわ」
フィオナに話しかけられて、私は正直に答えた。
「どんな人?」
「どんな、って言われても……普通に、うちと同じ男爵家の人よ。ダンウィッド家の」
「そうなんだ」
おめでとう、とにこりと笑うフィオナだけど、会話はそれ以上続かなかった。
フィオナも「あーぁ、私も誰か良い人見つからないかなー」なんて呟いているけれど、その声は本当に言ってみただけ、といった感じでしかなくて。
「フィオナは……その」
「私はいないよ。ちょっといいなーって思う人はいるけど、どうだろうね?」
自分の事をヒロインだとか言うし、前世の知識もふわふわだから周囲は未だに現実を見れていない夢見がち令嬢なんて言っているしで、最初に群がっていた人たちはいなくなったけれど。
でもそれでもフィオナの事をちゃんと友人だと思っている相手はいる。
そういう風にフィオナの事を尊重して大切にしてくれる人を、フィオナがいいなと思っているのならいいのだけれど。
見た目だけで中身がロクでもない相手だった場合フィオナの人生が大変な事になりそうなので、そうでない事を祈るばかりだ。ちょっとした恋のお遊びの相手、という風にしか見てない令息たちが彼女に群がっていた事もあったけれど、相変わらずふわふわした言動のせいだろうか。向こうも付き合いきれないと思って距離を取っているから、面倒な事に巻き込まれたりはしていない。
それでも、それはフィオナが自分から危ない場所に突き進んでいくようなわけでもなく、受け身で行動に出ていないから結果的に穏便なだけで。
大丈夫かしら……私が口を出す事ではないけれど、自称ヒロインだとしても悪い子ではないから不幸になれとは思わないのよね。
確かにたまにちょっと失言もポロリしちゃうけど。同い年だけど手のかかる妹みたいな……
あと自分でも薄れてきてる前世の事とかフィオナのふとした言葉で思い出したりできるし……
「貴方の話を聞き流さないで、何かに役立ててくれる人が見つかるといいわね」
だから私は。
完全に距離を取って縁を切る事も、積極的に彼女と関わる事もできなくて。
当たり障りのない言葉を言うことしかできなかった。
――知ってる作品の世界に転生した、と気付いたのは割と早い段階だった。
私フィオナは、一見すればどこぞの少女漫画のヒロインできそうな見た目だけど、だがしかし残念モブだ!
ヒロインはエマ。
私と同じ男爵令嬢という身分だけど、フィオナと違って頭脳明晰な彼女は見た目の印象も相まって落ち着いた雰囲気と色合いから、私と同い年なのに年上に見える。
老けているとかではない。
クールなお姉さん。それがエマだ。
そんな彼女は、本来あまり人付き合いが得意ではなくて、放っておくと孤立しがちだ。
私、フィオナはそんなエマを巻き込むお騒がせキャラだった。
最初に出会った時、私はどうしようか悩んだ。原作ではフィオナとエマの最初の出会いなんて描写なかったから。
でも、ここで当たり障りのない対応しかしないと、エマは小さい時から冷めた子だったから、きっと私の事なんてあっさり忘れてしまうんじゃないかって思ったから。
インパクトを植え付けないと……!
そう思って、わたしはひろいんなの! なんて言ってみた。
可愛いから何かのごっこ遊びなんだろうな、と思ってくれれば、そこでエマの事も巻き込めないかなって思って。
……当時の私は転生した事を把握していても、まだちょっと前世の自我が前面に出てたわけじゃなかったから、お子様だったのよ……
エマは一応だけど、私に付き合って遊んでくれたりもした。
一応ご近所さん扱いだけど、前世みたいに徒歩数分程度の距離とかじゃないから、あまり頻繁に会う事はできなかったけれど、それでも会うたびエマの友達ポジションでいられるように頑張った。
私と一緒にいてエマが楽しい! って思ってくれるかはわからないけれど、彼女の興味の対象でいないと私の存在なんてあっという間に埋没する。ただ見た目がいいだけじゃ、エマの意識には残ってもくれないだろう。
幼少期の事がなんにも描かれてなくて、ただ幼馴染ってだけだから、一体どうやってフィオナがエマとその関係であり続けたのかがマジで謎すぎて困る……!
困りすぎた結果、私は前世の記憶を利用する事にした。
便利なアレコレは確かにあるけれど、しかし私は前世普通の一般人。
専門的な知識なんてないし、一目置かれるような何かをすぐさまできるかってなれば、まぁ無理だ。
だから前世で読んだ異世界転生ものでよくネタになっていたマヨネーズを作る事にした。
あれなら自分でもどうにかできる。
乳化さえ成功してしまえばいける。
ただ、やっぱり手作りマヨネーズはキュー〇ーさんには勝てなかった。
素人の手作りマヨだもんね、そうだよね。
あと、油と酢が前世と異なるのも味の違いの原因だろうなって。
うちの領地だと油はオリーブオイルだから、まぁ、そこまで問題視する事もないんだけど、酢がさ。
前世だと酢は穀物酢が主流だったんだけど、こっちの酢ってワインビネガーとかなのよ。
それはそれでお洒落なマヨになりそうだけど、味見したらやっぱなんか違うのよな……
足りないものがあるのはわかるけど、でも何が足りないのかわかんない。ここが一般人の限界……ぐぬぬ。
ただ、マヨネーズは流行った。爆発的に流行った。
野菜を美味しく食べる事ができる調味料として。
焼いたお肉にもお魚にもちょっとつけたら濃厚な味になるし、パンに塗ってもいける。
おかげでうちの領地はマヨが特産品みたいになったけど、自作したのを売るだけでは手が足りない。
なのでレシピを公開して、使用料を取るという形でお金を得る事になった。
突然の大金に両親はしかし理性を失わずにいてくれて良かった。
ただ、そのせいで私の名前が広まったのがまずかった。
学院に通うようになった途端、周囲に色々群がられた。
違うの! あれこれ言われても、私だって知らんがなとしか言いようがない。
お前の領地とか知らんのよマジで。
どうやったら発展するか?
第三者の完全他人に聞くよりまず当事者と領民で話し合った方がいいんじゃないかな!
知らないわからないとばかりに前世の絶対使えそうにない知識とか口にしていたら、今すぐ実現可能なものではないと周囲も察して、こいつ使えねーな、とばかりに去って行った。
だがその後、今度は私の美少女っぷりに、こいつ男爵令嬢で身分もそこまで高くないし遊び相手には丁度ええやろ、みたいなのが集まってきた。
えぇい! 散れ! 去ね!
ふわふわした言動の不思議ちゃんムーブかましてたら、あ、こいつ頭おかしいのかな、とか思った数名はいなくなったけど、でもまだ残ってるのがな……
時々貴族令嬢として不適切なやらかしをしかけた時、そういう時はエマがそっと私のフォローをしてくれた。
ヒロイン! 圧倒的ヒロイン!
どうにも前世の記憶のせいで現代日本の常識優先しかける時があって、やらかしかける事数回……気を付けててもちょっと気を抜いた瞬間出てくるんだ……
でもそうやって私の面倒を見てくれるエマに対して、周囲はエマの優秀さに気付いたらしい。
私が流行らせたマヨネーズも、彼女のアレンジしたやつは味がよりはっきりして美味しかったし、それ以外でも私のふわふわ知識から応用できそうなのを実行したりして、周囲はどんどんエマに注目していった。
最初はエマの事を陰で地味だのなんだの言ってた連中も、今では手の平をくるっくるしている。
そんな中で、エマに婚約者ができた。
生憎私は原作の最後を細部まで憶えていないけれど、でも原作でもエマと結ばれた家の人だ。
確かハッピーエンドだったはずだから、素直に祝福できる。
エマは自分が平凡な人間だと思っているけれど、彼女のひらめきは決して馬鹿にできるものじゃない。
確かにこれもっと便利にならないかなーって思う事は誰だってあるけれど、でも何をどうしたら便利にできるか、っていうのは誰でも思いつくわけじゃない。
こうなったらいいのにな、のふわっとした空想を形にできるかどうか。その差は大きい。
エマはそういうのを最初からやれる人ではないけれど、でもちょっとした工夫をするのは得意だった。
最初の頃に私に振られた話のいくつかも、彼女の一言が切っ掛けでいい方向性に向かったなんてのもあった。
原作展開通りにヒロインがヒロインやってるのを間近で見られるとか最高か!
あまりふわふわした言動を続けるのもそろそろ厳しくなってきそうだから、ぼちぼち私も落ち着いて誰かしら結婚相手を見つけないといけないけれど、でも面倒だから先延ばしにしたい。
むしろまだまだヒロインの活躍を間近で見ていたい。
そんな風に思ってしまったから、誰か良い人見つからないかなー、なんて呟いた言葉は思った以上に白々しくなってしまったけれど、エマはそれを突っ込んだりしてこなかった。
ちょっといい人がいないわけでもないけれど、自分から積極的に動くのはなー……逆に逃げられそうで中々行動に移れない。
そんな私に、エマは、
「貴方の話を聞き流さないで、何かに役立ててくれる人が見つかるといいわね」
なんてどこか微笑ましいものを見るような目を向けて言ったけれど。
……いやそれ、エマじゃん。
じゃあいるよ、もう。
いや、彼女がそういうつもりで言ったわけじゃないのはわかってるけど。
でも、これからも友達でいてくれるっていう意味なら私としても大歓迎かな!
幼馴染はヒロインでした、が――
何故か自分の引き立て役になっている エマ
ヒロインである自覚がない フィオナ
タイトル後、それぞれ二人はこんな感じで認識してます。
ヒロイン自覚させてないのはフィオナの自称ヒロイン発言のせいだけどもその発言がなくても多分自覚はしていない。
ちなみにこの二人の付き合いはなんだかんだ細く長く続いていきます。
次回短編予告
婚約者には、どうやら気になる女性ができたようです。
婚約者のおかげで我が家は助かったし、穏便に婚約を解消すればどうにか……どうにか、ならなかったみたいです。
次回 婚約解消後の噂は私関与しておりません
噂なんて周囲が勝手に盛り上がるものですからね。