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幻肢痛  作者: UMA
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2度目の夏.1



気分が良かったので散歩に出た。

この脚で高校1年生の1学期を乗り越えた私は、

当初抱いていた不安も薄れて少しずつ学校に楽しさを見出していた。

8月3日、今は夏休み。明日は友達と遊びに行く約束までしてる。数年前の私では考えられなかった。


気の向くままに歩く。宮内さんにもリハビリを兼ねて散歩するのは良いと言われてる。

何より、精神的な面が大きい。

私は散歩に救われた。

今ではすっかり習慣になってしまった。


昼間の殺人的な暑さを避けて、夕方の街をぶらつく。

7時くらいなのに、空はまだ明るい。

流石に蒸れるのでそろそろ帰ろうか。


(あれ、、、?)


(ここどこだ?)


この街にきて3年は経った。

まだ知らない所があることに不安より驚きが勝つ。

遠くから車の音が聞こえる。目印になるような物は近くには見当たらない。

生活感が感じられる住宅が立ち並んでいる。道路の真ん中を歩いても誰にも怒られないだろう。

仕方なくスマホを取り出して現在地を確認する。

家からは1kmほどしか離れていなかった。

家までの道のりを確認していると、1つ先の角を曲がった所にお花屋さんが表示された。


"花屋 ダイアリー"


ちょうど家までの道沿いにあるので、寄ってみることにした。サボテンでも買ってみようかな、、、。


夏の夕暮れは、まるで空は元から赤かったように、

鮮やかに染まる。ときおり吹く風が心地よい。

もう少し涼しければ、もっといいんだけど。


"ダイアリー"は小さなお店だった。

ドアに付けられた鈴が、チリンチリンと気持ち良く鳴る。誰もいないようだ。

階段の踊り場くらいの広さに、たくさんのお花が飾られていた。


小さなサボテンが、角の棚に敷き詰められている。

400円、510円、450円。300円もある。

みんなだって同じ生き物なのに、ずいぶんと安売りされてるね。サボテンは言葉にならない哀愁を漂わせていた。いくつか手に取ってみる。


「サボテン欲しいの?」


急に、というか私が気が付かなかっただけだけど、

急に声をかけてきた女の人は、エプロンを付けて

カウンターに寄りかかっていた。

後ろめたいことは何もないけど、急いでサボテンを棚に戻した。「あっ、はい、ちょっと買ってみようかなって」振り返って答えると、


「そうですか〜。良いですよ〜サボテンは」


女の人はカウンターから体を離して私の横に立つ。

人との距離をひどく意識する私は、自然に半歩離れてしまった。

「かわいいでしょ」と、我が子を自慢する母親のように300円のサボテンを手に置いて見せてくる。


「でも、結構安いんですね。

 もっとすると思ってました、サボテン」


「大きかったり珍しかったりしたら、値段もなかなかなんですよ〜」、女の人は300円を置いて言った。

「私の店はとっつきやすいのが売りなので安くて小さいのしかありません」と腕を広げた。

なるほど、たしかにどれも小さくて、

高くても1000円くらいしかしない。


どうやら何か買うしかない雰囲気だ。

たんこぶのようなサボテンを手に取る。


「じゃあこれ、ください」


「お買い上げありがとうございますー」


たんこぶはこれまた小さな紙袋にすっぽりだ。


「あとこれ、サボテンをご購入いただいた

 お客様に差し上げております」


リーフレットのようなものを受け取る。かわいい字で「サボテンの育て方」と書いてある。


「それを見れば大体分かりますのでー」


「あっありがとうございます」


紙袋を受け取るとき、私もその時初めて気付いたのだけど、女の人の目を私は初めて見た。

私と女の人は、初めて目を合わせた。

茶色がかった髪を耳にかけた、30代くらいの綺麗な人がいた。


「店長の三山です。サボテンについてわからない

 ことがあったら、いつでも来てね」


三山さんは、うすく微笑みを浮かべそう言った。

私はこんな、それこそ花のような笑顔をつくることはできていたのかな。結果は言うまでもない。


おじぎをして、外に出た。暑さが私を覆う。

小さな部屋に知らない人と2人なんて、私が一番苦手なシチュエーションだったはずだ。

それなのにお店に入ったのは、私が立ち直っている証拠なのだろうか。

作り笑い1つできなかったけど。


紙袋を少し開けて、サボテンを覗いてみた。

「君の名前はたんこぶだね」

たんこぶは黙ったままだ。


また行こうと、思った。





 




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