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幻肢痛  作者: UMA
1/2

プロローグ

記録的という言葉がその意味を失ったような、

いつも通りの蒸し暑い日。


「はぁ、、、はぁ、、はぁっ、、、」


岩下田ミニバスケットボールクラブの6年生最後の紅白戦が終わる。


「はぁっ、、、はぁ、、、」


試合終了のブザーは俺には聞こえなかった。



岩下田ミニバスケットボールクラブ、略して岩バスは郊外の田舎町らしく男子7人、女子9人だけの弱小クラブだ。夏の大会が終わって、卒部式を兼ねた男女混合紅白戦をするのが岩バスの通例になっている。


「コーチ、今日夏祭りあるから3時には終わろう」


「羽島、、、今日はお前たちの最後の日なんだぞ、、、」


羽島すずは女子の中で一番上手い。俺と同じ6年生で今日が引退の日のはずだが、変わらず練習を切り上げたがっている。

コーチも子犬のような羽島をいなして、

いつものアップを指示した。


「お前、きちんとアップしねーと負けるぞ。

 俺と決着つけんだろ。」


「あ、そっか今日紅白戦やるんだ。

 私ちょっと楽しみにしてたんだよね」


真木龍介は男子の中で一番上手い。男子の中では誰よりも練習していて、中学でもバスケをするらしい。真木と羽島、どっちが岩バス最強なのかずっと決めたがっていた。


つまり今日羽島と決着をつけるのは俺じゃなくて

龍介だ。


男女のエースを除いた岩バスメンバーはアップを終えて5分間の休憩をとっている。俺はさっきからもう1人の6年生女子である穂村雪のオリジナルアップを眺めながら、コーチと羽島たちの漫才を聞いていた。


穂村はコーチの指示するアップに加えて、自分なりに調べたアップをこなす。俺たちの中で一番バスケに情熱があるのは間違いなく穂村だろう。いつのまにか練習を始めていて、いつまでたっても練習を終わらない。コーチが最も苦労しているのは羽島の世話ではなく穂村を時間までに帰らせることかもしれない。


「よーしパス練して紅白戦するぞー。」


「うわ、、、パス練すんの、、、?」


「どうせやるしかないんだから、さっさやろ。」 


漫才師たちが動き出したようだ。休憩していたメンバーがコートに入りだす。四方のドアを全開にしていても、体育館はどうしようもなく暑い。パスしあっているだけで全身から汗が垂れる。夏祭りを気にして、あんまり汗かきたくないなぁとぼやいていた羽島もきちんと汗だくだ。


水を口に含んだ穂村が列に合流してきた。オリジナルアップが終わってすぐきたのか、息が少しきれている。「休憩取らなくていいん?熱中症なるで。」顔の汗を拭いながら言うことで、必要ないのになぜかする緊張を軽減する。「大丈夫、風にあたってきたから。」

今も風にあたっているのだろうか。まるで春風のようなその爽やかさは俺の季節感を狂わせる、ことはなかった。

頭部から目元を滴る汗をもう一度拭った。


「チーム分けは、、、とりあえず真木と穂村が赤で

 羽島と荒川が白だな。6年以外はテキトーに分か

 れていいよ。」


「じゃ学年同じやつとグーかパーしてきめて。」


「龍介ー私に負けても人のせいにすんなよー?」


真木は少し間をおいて


「穂村いるから負けないよ。」と言った。


羽島は驚いた顔を見せてすぐ「雪と完璧に連携とれるのは私だけだよ。」とドヤ顔になった。

話題になっているとも知らない穂村は1人でシュート練習をしながら試合開始を待っている。ボールの美しい軌道を目で追っていると羽島が近づいてきて「あんたも本気でやりなよ。そっちの方が面白いから。」と釘を刺す。「分かってる。いつでもパス出すから覚悟しとけ。」羽島相手にはこれくらい強気になった方がいい。案の定ニコニコしながら帰っていった。


真木も穂村と何か話している。簡単な作戦でも立てているのだろうか。俺はタオルで拭ったばかりの額をタンクトップで拭った。 




試合は接戦だった。前半後半7分のハーフタイム5分で6年生4人はフル出場だ。タイマーは残り1分を回ったところか。得点板は49対50。


1点差を延々と繰り返していた。

なかなか突き放すことができない展開に羽島の焦りが見えだす。羽島も真木も穂村もかなりきつそうだ。もちろん、俺も。必死に手を伸ばしたが、真木のシュートは決まった。51対50。一斉にコートを走りだす。まだ運動量は落ちていない。ドライブで羽島が切り込むが穂村にはじかれる。こぼれたボールを拾いシュートする。俺たちの運動量も負けてない。51対52。今度は俺たちが一斉にコートを走る。この繰り返しだ。


どこかで真木のシュートをブロックしなければ。


俺も、羽島も、5年の山本も飯田も4年の大塚も、

この意識を共有していたことは間違いない。


穂村が左から中央に切り込んでくる。穂村は珍しくよく自分で点を取りにいっている。だが今回は穂村は絶対にパスを出す。女子チームは穂村が羽島をサポートすることで羽島が点を取る戦い方をしてきた。ずっと目で追ってきたんだ。こういう時、羽島を囮にして別の人にパスを出すことも知ってる。


穂村の目線が真木に向いた瞬間、全身の瞬発力を総動員して走り出す。穂村は俺に気づいたが、そのときにはボールから手は離れている。穂村と目があう。俺のパスカットはドンピシャだった。コート上の全員を一気に置き去りにして、大きすぎるリードを奪った。51対54。タイマーは残り28秒。気を抜くな。でも勝てる勝負だ。息が上がる。



俺は、俺たちは、かなり熱くなっていた。


右から風を感じた。この試合最高速度とも思えるスピードで真木が棒立ちの俺を抜き去る。いつの間に戻っていたんだ。追いかけようと走り出す暇もなく真木はハーフラインを超え、跳ぶには遠すぎる距離からジャンプした。ヤケクソで放ったようなシュートは、それでも美しい放物線を描きネットに吸い込まれる。反射的に得点板とタイマーを見る。

         

     53対54 残り20秒


驚くべき執念で、真木穂村チームがコートを全力で

引き返している。ハーフラインあたりに立っていた俺は羽島たちと合流する。「焦らないで。ゆっくり行こう。」羽島がチームに声をかける。確かに1点リードしているが、もはやあってないようなもの。


中盤でボールを回し、時間を使う。タイマーは10秒を切った。

そのとき、羽島をマークしていた5年の尾崎の脚がもつれた。すぐさま羽島がシュート体勢に入る。右斜め45度。羽島が最も得意としていた位置だ。

羽島とボールに全員の注目が集まったとき俺は、背後に気配を感じた。振り向くと、ボールの行方を見つつ俺たちのゴールに向けて走る、穂村の姿を認める。考えるより先に俺も走り出す。

 

ガンッ。

視界の端でボールが舞っている。

疲れか、緊張か。

どちらにしろ羽島のシュートは決まらなかったらしい。

リバウンドを拾ったのは真木だろう。

見なくても分かる。着いていくのに必死で後ろを見る余裕がないのが本音か。

それでも穂村はスピードを落とさずに頭だけ後ろに向ける。質の高いロングボールが穂村の手に収まるのを見せられた。

ゴールまではあと数歩だ。穂村がレイアップの軌道に入る。

止められない。

負ける。

頭はもうゴミに成り下がっている。

スピードに乗った穂村が小さくジャンプして左手でボールを持ち上げるのを俺が確認していたのかは、

もう覚えてない。


俺はただ、ボールを弾こうと、いやこれは嘘だ。

何も考えずに穂村とボールめがけて跳んだ。



覚えているのは、空中で体勢を崩す感覚と

近づいてくる床と、全身を走る鈍い痛みだけだ。







痛覚以外の五感が機能しない。自分がうつ伏せになっていることだけ分かる。かろうじて声にならない音を感じる。なんと言ってる?聞こえない。


「、、、!」


「、、キ!!」


「ユキ!!!!」


ユキ、、、?、、、雪、、、。穂村か?穂村の名前を呼んでるのか?羽島が穂村の名前を叫んでる、、、?


ぼやけた視界から穂村の姿を探す。真木の声で俺の名前も聞こえてきたが、それどころじゃない。


穂村に何かあったのか?なんでこんな事になってる?

俺は直前の記憶が欠落していた。


ようやく穂村の姿を見つけた。ちょうど俺の真後ろにいたようだ。

その瞬間、急速に俺の視覚が復活した。










左脚が折れ曲がった穂村が、そこにいた。









  









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