4.Vtuberのデビュー戦略
「そういえば、みゃあこさんてどんな活動をしているんですか?」
ASMRとみゃあこさんは言っていた。
しかし、さくらはASMRについて何も知らなかった。
その言葉も初めて聞いたものだった。
「私はASMRに特化したVtuber。Vtuberとしての活動よりも、音声発売がメインの収入かしら。ほら、こういうの」
みゃあこさんは、スマホを出してYouTubeを見せた。
サムネイルに、竹串耳かきを持っている女の子がいて、こう書いてある。
『高音質:最高にぞくぞくする耳かきASMR』
「耳かき?」
頭にハテナだった。
YouTubeという映像媒体で、耳かき?
さくらも、耳かきをするのは好きで、よくお風呂上りに綿棒で耳かきしている。
みゃあこさんは、困惑するさくらを見て、ふふっと笑いヘッドホンをかぶせた。
『ゴリ…
…ゴリゴリゴリゴリ
…ガリガリガリガリ…』
リズミカルに、ゴリゴリと音がする。
ヘッドホンで聞いているのに、鼓膜の音がくすぐられるような気がする。
今まで感じたことのない感触だった。
「なんか…ぞくぞくします」
さくらは顔をしかめた。
正直、あまり気持ちいいとは思えなかった。
「あはは、あんまり好きじゃなかった? でも、世の中には、こういうのが好きっていう人も結構いるの。私はそういう人向けの活動をしているってわけ」
「世の中にはいろんな人がいるんですね」
「そ。いろんな人がいるの。その特定のジャンルの人に、ピンポイントで狙い撃ち。それが活動のコツ」
みゃあこさんは、バンと銃を撃つマネをした。
「さくらちゃんは、どんな活動がしてみたい?」
「どんな、と言われても」
「YouTubeにもいろいろなジャンルがあるから。何かに特化していった方がいいと思うの」
「私もASMRじゃあ、だめですか?」
「う~ん。ちょっとそれはちょっと」
みゃあこさんは、首をひねった。
「競合他社になっちゃうし、心から協力できなくなっちゃうから。私としては、違うジャンルがいいかなって思って」
さくらは、昨日YouTubeで見たVtuberの動画を思い出した。
「実は昨日、YouTubeで見てみたんです。Vtuberの動画」
「おっ! さっそく調べたんだ。どんなだった?」
「かわいい女の子のアバターがゲームをしながらお話していたり、歌を歌っていたりしているのもありました。みなさん、声がかわいくて話すのが上手だったと思います。字幕も振ってあって5分くらいの動画で、見やすかったです。効果音がついているのもあって、気づいたらたくさん見てしまいました」
「もしかして…さくらちゃんが見たのって、こういうの?」
みゃあこさんは、スマホ画面を見せた。
『配信切り忘れて地声バレw』
Vtuberの女の子のイラストと、赤色の文字で書かれてあるサムネイルだ。
「そうです!」
「これはね。実は、ちょ~っと違うんだよねぇ」
「えっ!? そうなんですか」
さくらは驚いた。
YouTubeで調べてヒットしたのは、こんな動画ばかりだった。
「これは、切り抜き動画っていうの。Vtuberの配信って、数時間もあったりして長いから、なかなか配信を全部見ることはできないじゃない? だから、配信の面白かったところをピックアップして動画にしているの」
「切り抜き動画…。また違うんですね…」
「そうだね~。じゃ、見てみよ! Vtuberの配信!」
「え!?今ですか? 今やってるんですか?」
「誰かしら何かの配信はやっているわよ! 配信ってリアルタイムで動くから楽しいよ~!」
そう言って、みゃあこさんは、スマホで検索し始めた。
「え~っと、いまやっている配信はっと。…うーん、午前の時間だから、なかなかないわね~。よし、これはどうかな」
みゃあこさんは、スマホを差し出した。
Vtuberのゲームの実況配信だった。
2,000人が視聴中、と書いてある。
「コメントしてみて」
「え、今ですか?」
YouTubeのチャット欄には、かわいい絵文字が下から上に流れている。
「な、なんてコメントすればいいんですか?」
「ふふふふふ」
みゃあこさんは、さくらの質問には答えずに、楽しそうにふふふと微笑んでいる。
Vtuberの配信にコメントするのはもちろん、見るのも初めてだ。
画面のVtuberの女の子は、楽しそうにゲームをしている。アニメ声で、本当にかわいい声だ。
「えっと…コメントコメント」
長すぎてもよくないし、全然関係話をコメントするのもよくないし…。
さくらは、勇気を振り絞ってこうコメントした。
『楽しそうですね!』
スマホをポチポチと打って、えい!と投稿した。
しかし、さくらが投稿したコメントは、ほかのコメントに埋もれて一瞬で流れてしまった。
「あ…」
これだけたくさんのコメントがあったら、読めないのは当然だし、いまはゲームに一生懸命だ。
スルーされたのは当然かもしれないけど、少しだけ寂しくなった。
「一瞬で消えちゃいました…」
「そりゃあ、これだけの視聴者がいたら、ねぇ。でも、この子、声もかわいいし、モデルもかわいいでしょ? 見てるだけで癒されるし、たまに自分のコメントが読まれたら、うれしーってなっちゃうの」
「なるほど」
「この子は大手企業所属のVtuber。モデルのイラストも有名イラストレーターさんが担当して、動きもハイクオリティ。デビューした時から、すでに数万人のファンがいて、その”キャラクター”にファンがいる状態。だから、どんな活動をしても見に来てくれる。”キャラクター”からファンを増やすというのを王道アイドルVtuberって私は言っているんだけど、個人で王道アイドルVtuberになるのは、いばらの道と言っても過言ではないわ。ーさくらちゃん、これ見て」
みゃあこさんは、再びスマホを見せた。
20人が視聴中と書いていある。
さっきの100分の1だ。
内容は、朝活配信らしい。
配信画面には、挨拶の回数が書いてあって、挨拶100回を目標にしているようだ。
さくらは、ドキドキしながらコメントした。
『おはようございます』
すると、ほどなく、
「みゃあさん、おはよう~! もしかして、初めましての人かな? 配信に来てくれてありがとう!」
画面の向こうの女の子が言った。
「…これ、私に言っているんですか?」
「そうだよ~」
「ちょっと恥ずかしいですね…」
「でも、癖にならない!? かわいい女の子にコメント読まれて、自分のことを見てくれて。また来たいなあって思うでしょ」
「そう…かもしれません」
少なくとも顔と名前は覚えた。
ピンクの髪の毛の、猫耳がある女の子。
イラストやモデルのクオリティは大手には劣るけれど、コメントを読みながら、お話している。
元気で明るい女の子だ。
「さくらちゃんがとるべき戦略は、こっちの方。まずは人に見つけてもらって、それからファンになってもらわないといけない」
昨日、Vtuberについて調べてみたが、Vtuberの活動とは、流行りのゲームや、いろいろなゲームをプレイしたり、雑談、歌を歌ったりするものかと思っていた。
しかし、昨日YouTubeでVtuberと調べてヒットしたのは大手企業所属ばかり。
個人で始めるのは、難しい気がしてきた。いま見ているVtuberの配信も20人しか視聴者がいない。
「20人しか、って思ってない?」
「ぎく」
「20人集めるのも大変なのよ~」
「そうなん…ですね」
個人勢Vtuber、いばらの道だ。
「YouTubeで見つけてもらうにはどうすればいいんでしょう…」
「いい質問! だから、特化する必要があるの」
「特化」
「大手のVtuberはハイクオリティなモデルだったりブランドの人気に依存する”キャラクター依存”の活動だったけど、個人だとそうはいかない。個人では、”コンテンツ依存”の活動をする必要があるわ」
「コンテンツ依存?」
「私だってそうよ。ASMRに特化している。ASMRというコンテンツを好きな人が検索していたらたまたま私を見つけてくれて、そこからファンになってもらう」
「なるほど」
さくらは、あまりYouTubeは見ないが、英語リスニング対策で英語勉強専門チャンネルを見ていたことがった。それと同じかもしれない。
「だから、自分なら何ができるか、リスナーさんにどんなコンテンツを提供できるか、が重要になるってワケ。私はASMRで、リスナーさんに癒しとちょっとしたお色気を提供しているんだけどね」
「ゲーム配信じゃあだめなんですね」
「ゲームがダメってわけではなくて、ほかと差別化する必要があるよねってこと。例えば、鬼畜難易度で攻略するゲームとか、ある一つのジャンルのゲームに特化するとか」
「なるほど」
「そこで、生きるのがさくらちゃんに書いてもらったメモ」
さくらが書いた、簡単なプロフィールメモ。
・特技
ずっと同じことをしていられる?
ショートスリーパー?
・趣味
読書、勉強?
・好きなアニメ
ポケモン?
・好きなゲーム
ゲームはあまりやったことがありません…。
「ううっ。これじゃあ、何も特化できませんよね…」
「うーん。そうかなあ」
「…みゃあこさん、もしかして何か思いついていますか?」
「それはさくらちゃんが考えなきゃ~。自分で考えて行動することも、Vtuberにおいて必要なことだからね! それじゃ、これは次会う時までの宿題ね」
「ええ~!」
難しい宿題だ。
特技も趣味も特にない。
こんな私が、個人勢Vtuberになることはできるのかな。
さくらは不安しかなかった。
だけど、Vtuberで頑張ろうと決めた。何もできないながらも、できることもあるかもしれない。
さくらは、自分にできることを、見つけようと思った。
➤さくらの宿題
何に特化したVtuberになるか
<おまけ>
みゃあこさんは、王道アイドルVtuberで人気になるのは難しい、と言っていましたが、個人勢で人気がある人がいないわけではありません。しかし、そういった人たちは、モデルに多額のお金をかけています。有名イラストレーターさんに依頼し、差分やモデリングもハイクオリティ。
しかし、この方向性だと、お金もかかりますし、今から始めようと思うと、時間もかかります。
有名イラストレーターさんの場合、個人依頼NGの人も多いですし、納品まで1年待ちというのもザラです。
1つのジャンルに特化してコンテンツを通して知ってもらい、ファンを増やし行く戦略が、個人としてはベターだと思います。※作者個人の感想です。