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家に帰ってから

結が影を倒した後、街には少しずつ蛍光灯を点ける家が増え、夜間の割には賑やかになっていた。

影に食われた住民が目を覚ましたためだろう。

結達はそそくさと散らばった荷物を拾い上げ、切り裂かれたトレーナーを庇いながら結の住むアパートに辿り着いた。


「わあ…なんというか…」


黄色いハムスター、ハムスケは玄関を潜り、感嘆の声を上げる。

入ってすぐの廊下には酒缶を纏めたゴミ袋が積み上がり、奥のワンルームにはベッドとパソコンと、漫画や同人誌の山が幅を利かせていた。


「…生活感がよく出てる家だねえ」

「……ゴミは缶ゴミの日が二週間に一回のせいだから!あとその他は明日がゴミの日!」


アニメみたいにマンションに一人暮らし出来る未成年魔法少女の方が異常だと結は語る。


とりあえずコタツの上にあるゲーム機やらスケッチブックやらを隅に寄せて、トントンとエコバッグから酒やツマミを取り出す。

そして座椅子にドンッと腰掛けた。


「んで、コレは返……あれ?」


結は指輪を外して返そうとするが……指輪は吸い付いたようにびくともしない。指の肉や関節に引っかかってるわけではなさそうだ


「っ……!?……ッ、!……!!」

「あーやっぱり外れないよねー」


えっ、と結はハムスケを見やる。嫌な予感がする…。


「まさか図ったのか…!?」

「いやいや、本当に最初はお試しのつもりで外せる様になってたんだよ。でも、君……僕に名前つけちゃったでしょ?」


ハムスケ、と。

さっと結は青ざめる。


「本契約済んじゃった☆」

「おまっ…!そういうことは先にッ!」


ハムスケに詰め寄る。

指輪が外れないのは困る。特に左の薬指なのだから誰に何言われるかわからん。

そもそもあの時は生きるために魔法少女として戦ったが続ける気は毛頭ない。


結は藁にも縋る思いでリリースと唱える。

そして顕現させた杖をじっくりと見つめた。


「……駄目だ、悪縁として認識されていない…」

「この契約は精霊王との縁だからね。悪魔じゃないから無理だと思うよ」

「辛……っ」


ふと部屋の姿見に目が行く。

蛍光灯の下で、ピンクに輝く杖の持ち手、銀に輝く月と金に輝く星のモチーフ、ストロベリーブロンドの髪に青く澄んだ瞳、そしてやっぱり贅の尽くした胸ともっちりとした太腿が、生々しく写る。

結は自身を隠すように抱きしめた。


「痛い……この格好は痛い……」

「似合ってるけど?君の魔法少女のイメージと合わせてカスタム出来るところは変えてるんだよ」

「私はもう30なの!魔法少女じゃなくて魔女ならもう少しマトモな……魔女?」


魔女に思うところがあったようで、結の眼光が鋭く光る。


「……さっきの化け物、魔女とよばないよね?」

「……ああ!君が懸念してることがわかったよ!その時空はここじゃないから安心して!」

「ここじゃない…とは?」


ハムスケはコタツに置かれたカルパスの包みを開けてカリカリカリと齧る。


「その時空は僕たちみたいな弱小精霊は生存競争に負けちゃったんだよ。パラレルワールドってやつだね。」

「パラレルワールドの出来事が漫画になってんの?」

「不思議だよねえ…漫画とか作る人は夢や閃きで別の世界を覗けるんじゃないかな?」

「なにそれうらやま…」


顔を手で覆って宇宙を仰ぐ。変身が解けた。

深く突っ込むのはやめておこう。ハムスケは曖昧な笑顔のままカルパスを齧った。


「…ともかくして、せめて衣装の変更は出来ないの?ソレができないと魔法少…魔法使いなんてやらないからね」

「うーん……、そう言われると叶えてあげたいけど…さっきも言ったように君……あれ?そういえば名前聞いてなかったね」

「栗花落 結。結でいい」

「結のイメージで杖も衣装もカスタムされてるから……、杖の変更は無理だし、衣装は一回今の服に着替えてから魔力を使ってチェンジするのは可能だけど……時間あたりで魔力を消費するからおすすめ出来ないな」

「せめて若返りがデフォならば…あの格好で身バレしたら死ぬしか無いじゃない…」


落胆しながらもクリームが乗ったプリンの蓋を開ける。

ハムスケはブルりと身を震わせた。


「若返りはやめたほうがいいよ……」

「なんでさ」

「いや、出来る精霊が……なんでもない。身バレなら気にしなくていいよ。一般人には、そう簡単に認識阻害の魔法が破れるわけないからね」

「あ、そういう魔法あるの……一般人には?」


そこが強調されていたように感じて、結は前のめりになる。

とりあえず答える前に、と、ハムスケは結が持つプリンを物欲しそうにじっと見つめた。

ハムスターにカルパスやプリンは大丈夫なのか…?結は疑問に思いながら蓋にプリンを一匙乗せて差し出す。

ハムスケは嬉しそうにプリンを舐める


「……この世界は意外と不思議な事が多いんだよ。妖狐とかウサギ耳の剣士とか、人間社会に紛れ込んでるからね」

「なん…だと…?なんとファンシーな…」

「多分本人に会ったらファンシーとか言ってられないと思う。……まあ、そういうのには身バレするけど、そもそも知り合いじゃないでしょ?」

「紛れ込んでるんじゃわかんないじゃん」


そういえばそうだ、とハムスケはプリンを丸呑みする。

さっきから食べっぷりが良すぎるような気がして、結は心配になる。


「体の割に食べ過ぎじゃね?」

「ずっと絶食だったんだよ。君が乗り気じゃ無いなら食べられるときに食べとかないと。結がいつ襲われるか分からないし」

「えっ?」


襲われる、と言った?何に?


「言ったじゃないか。貴重な魔力だって。美味しいんだよ君は」

「は?……誰にとって?」

「精霊にとって」

「精霊ってアンタのこと?」

「あ、大丈夫だよ。僕は本契約したから魔力は君が狩ったものしか食べられないんだ」


ハムスケは慌てて訂正した。ヤル気になれば結は見た目愛らしいハムスターでも殺す。先の戦いでハムスケはそう感じていた。

ハムスケが言うには、精霊は広義では人間でも植物でも動物でもない不思議な生き物の事だと思ってよいと。厳密には違うが先程の妖狐なども精霊に含めて考えて良い。

それらは人間の魔力を食うのだと言う。……と言っても、人間に隠れている以上症状が出るほどは食べない。感情の吐露や接触などで溢れた分を食うのだと。


「……まあ、蚊みたいなもんなら食わせてやってもいいけど」

「死ぬって言っても?」

「だって今死ぬ程は食べないって」

「それは理性がある精霊の話だよ。……多分最近ニュースになってるんじゃないかな?」


あっ…と結は言葉を詰まらせる。

今朝のニュースで女性が同時多発的に昏睡している事件があった。


「あれが…精霊のせい?」

「黒化した精霊はとにかく餓えてるんだ。さっきの影もそうだよ。」

「……待った。あんた達精霊が発生したのは最近の話なの?」

「いや?昔からこっそり人間と暮らしてるよ」

「じゃあ、昏倒した人が現れたのが最近なのはどういう事?そりゃ1人倒れるだけならニュースにもならんだろうけど」


ハムスケはふーと重いため息を吐いた。

そしてこたつの上に置かれたカップラーメンを所望する。

結はハムスケの腹の宇宙っぷりにドン引きながらも、カップラーメンにお湯を注いだ。


「最近黒化精霊が増えているんだ」

「なんでまた」

「……原因は分からないんだ。最近人間も嫉妬、私刑とかそんなエネルギーが多いから関係あるのかな?」

「あー……」


そういえばSNSでも炎上が多いような気がする。

結はある程度納得の姿勢を見せて、ハムスケにケーキについてきた小さいフォークを渡した。3分経ったらこれを使って食えと。


「……つーか、それならアンタみたいに人間のご飯食べたら?」

「小さい精霊が人間にご飯恵んでもらうのは精霊が隠れてるこの社会では大変だし、人間のごはんは活動エネルギーにはなるけどお腹がいっぱいにならないんだよ」


魂の食事と身体の食事が分かれている感覚とのこと。

そういうものなのか…?結は首をかしげるが、人間の知らない生き物の生体等分からない。

自分を納得させることにした。

ハムスケは3分経ったカップラーメンの蓋を開けて、器用にフォークで麺を掬いだしてちゅるちゅると食べる。


「つまり、これから結は精霊の魂の食事の為に狙われるという事だね」

「ふっざ…!……いや、何で急に狙われるようになるの。今まで大丈夫だったんだけど」

「混じり気のない魔力が熟成してるって言ったじゃないか。これからどんどん美味しくなるんだよ。あと精霊と関わったから精霊界で噂が立つよ」

「………っ、あーーーーー」


悪縁ここに極まれり。結は床に蹲る。

だが、今日の事がなくても狙われやすくなった事も理解した。身を守る術があったほうがいい。

だが……その手段が……


「いっそ異世界転生したかった…!普通の魔法使いが良かった…!!」

「結って僕の世界の話理解するの早いよね。助かる」


堕ちたな。チュルッとラーメンを啜ってハムスケは口を拭う。


「……で、私が狩ったものしか食べられない、とは?」

「そのままの意味。魂の食事はさっき結が狩った精霊の魔力しか食べられないんだよ」

「敵に襲われながら貴殿を養えと」

「まあ、そこに関しては結にメリット無くちゃいけないよね」


ハムスケは結の指輪を長い尻尾でつつく。

すると、先程影を倒したときに、吸い込まれた黒いモヤが出てきた。

ハムスケはピョーンと飛び上がってモヤをパクっと頬張る。散々結の食料を食べて満足していなかったハムスケは、その一口で腹が膨れたとばかりに、ドテッとコタツに落ち、けぷっとゲップをした。


「やっぱり満足感が違うよー!」

「コレが食い物!?」


何か変なものを吸い込んだとは思っていた。しかしコレが精霊の物とはいえ食べ物とは露とも思っていなかった。

だって……話を聞く限り共食いではないか?


「僕みたいな種族はね、食物連鎖では無名精霊より上にいるんだけど、自分で狩る能力は無いんだよね。だから魔法少女を探して代わりに狩ってもらうんだ」

「はあ……」

「で、コレが僕から渡せる魔法少女を続けるメリット」


ハムスケは頬袋をグニグニといじり、白い真珠のような石を取り出す。

それはまた結の指輪に吸い込まれていった。


「魔法少女の聖なる力と精霊の力が合わさって出来た、聖杯(カリス)の欠片だよ。集めると願いが叶うんだ」

「……ド◯ゴンボール?」

「イイトコ付いてるけどギャルのパンティぐらいで使ったら勿体ないからね?」


でも大体合っているらしい。

願いの大きさによって集める量は違うが、欠片を集めて聖杯にして願うのだと。


「何でも叶うらしいよ。僕はまだ聖杯を集めたことはないけど」

「……それって私の同人誌がバカ売れするとかも可能なの?」


ハムスケは首を大きく振った


「結の同人誌の性質によるけど、たとえばSNSでバズって興味を持った人がみんな買うとか、そんな叶い方になるかな?」

「即物的に5000兆円欲しいとかは?」


ハムスケは目を丸くした。国家予算を超えている。

悩む様子を見せながらハムスケは首を傾げた。


「一体幾つの聖杯の欠片を手に入れればいいのか予想もつかないけど、叶うはず……」

「……それなら」


結はニヤリと笑った。


「魔法少女を辞めるなんて簡単だよね」

「うっ……」

「あ、辞めるだけじゃ駄目か。黒化精霊に襲われない、平和な日常を願わないと」

「うう………」


ハムスケは唸る。精霊王様、やはり報酬は先払いが良かったようです。念を飛ばす。

そんなことをしている間に結は自分のスマホを弄って、あーとため息をついた。


「推しの作業配信終わってら…しょうがねえ。寝るか。」


結は破れたトレーナーを脱いでゴミ袋へ押し込み、パジャマを羽織る。本当はシャワーを浴びたいがこの時間にアパートでシャワーを浴びたら隣人によっては壁ドンコースだ。


「明日服買いに行かないと…あ、ハムスケはトイレ砂とか必要?」

「できればケージも用意してほしくないですね!」

「まあその辺うんこまみれにしなければどっちでもいいけどさ」


結は黒縁の眼鏡を外して、茶の瞳を摘み取る。コンタクトレンズを入れていたらしい。コンタクトを外した後結の右目は爽やかな空色があらわになる。


「オッドアイだったのかい?」

「子供の頃事故で色が変わっちゃったんだよ。……誰かに言ったら殺すからね」


結は悪魔のような笑みを浮かべる。

ハムスケはノータイムで首を縦に振り続けた。

結はその返事を見てフッと鼻で笑う。

そして万年床とでも言えばいいのか、本や紙が乗ったベッドに潜り込む。


「寝るの邪魔しなければ好きなところ使って寝ていいよ」


結は電気を消した。

ハムスケの瞳が青く光った。





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