最愛
1999年6月11日午後4時13分、●●市●●町三丁目の交差点にて軽乗用車と自転車が接触。自転車に乗っていた高校1年生の羽野健一さん(16)が亡くなる。
1999年6月11日午後4時13分、●●市●●町三丁目の交差点にて軽乗用車と自転車が接触。自転車に乗っていた高校1年生の羽
1999年6月11日午後4時13分、●●市●●町三丁目の交差点にて軽乗用
1999年6月11日午
1999年6月11日午後4時13分、●●市●●町一丁目の路上にて、羽野康子さん(46)が通り魔に刺され死亡。犯人は現在も逃走中。
体が動かない。頭と背中と腰と肘と。痛いを通り越して感覚がない。
確かそこの細い道から車が急に出てきて⋯⋯けっこう吹っ飛んだんだな、俺。宙を舞う感覚、不思議な感じだったなぁ。道路、熱いなぁ。血がすんごい出てる。自転車もぐっちゃぐちゃじゃんか。
俺、死ぬのかな。
まぁ死ぬよなぁ。これは死ぬよなぁ。さすがになぁ。
まだ16年とちょっとしか生きてないのに。
まだ女の子の手も握ったことないのに。
それにしてもこの車、こんなでっかい道に飛び出してくるなんてどうかしてるだろ。何も悪いことしてないのにいきなり殺されるなんて、ホントついてないなぁ。
ああ、眠たくなってきた。
痛くないだけマシかなぁ。
脳内麻薬ってすごいんだなぁ。
ああ、意識が⋯⋯なんかうっすら天使みたいなのも見えてきた⋯⋯夢か? 幻覚か?
幻覚の天使がすぐそばに舞い降りた。肌真っ白ですごく綺麗。しかも全裸でヤバい。こんな人に連れて行ってもらえるのなら死ぬのも悪くないな。
「おめでとうございます」
天使は俺の方を見てハッキリそう言った。意味が分からなかったので聞いてみると、何だか難しいことを言われた。
なんでも、人は死ぬ時『死なずに済む権利』というものを65536分の1の確率で抽選しているらしく、俺はそれを引き当てたのだという。
「ただし、この権利を使うと、あなたの1番大切な人が死にます」
自分が生き延びる代わりに、最愛の人を失う。そんな条件がついていた。
俺が1番大切に思っている人って誰なんだろう。母さん? 父さん? それとも、入学式で一目惚れして以来片想いしてる笹山さん?
でも、誰かを殺して代わりに生き延びるなんて、そんな⋯⋯
「次の現場あるんであと1分くらいで決めてください」
天使も忙しいのか。にしても1分て。
「ちなみに、あなたがこの力を使ったことは誰にもバレません。代わりの人も自然な死に方をします」
でも、罪の意識を一生抱えて生きていくことになる。
大事な人を犠牲にしてまで生きて、なんになるって言うんだ。第一、これまで俺はそんなに頑張って生きてこなかった。褒められるような人生を送ってこなかったんだ。そんな俺の代わりに誰かが死ぬなんて、ダメだ。
よし、決めた。
俺は運が悪かったんだ。諦めよう。
「天使様、せっかく来てくれたのに悪いんだけど俺⋯⋯」
「あと5秒です。3、2、1⋯⋯」
やっぱ死ぬの怖い!!!!!!!
「答えを」
「⋯⋯生きたいです」
「承知しました」
天使がそう言った次の瞬間、目に写る光景がフリーズし、真っ暗になった。
気がつくと俺はまた自転車に乗っていて、後ろにはあの車がにゅっと出てきていた。
やってしまった。覚悟を決めたはずだったのに、やってしまった。
⋯⋯夢だったってこと、ないよな? あんな非現実的なことが起こるなんて、信じられないし⋯⋯でも、俺は今こうして生きてる。どうなんだろうか。
俺はすぐに歩道に自転車を停めて、母さんに電話をかけた。
怖い。もしさっきの一連の出来事が夢でなかった場合、恐らく母さんが死ぬことになるからだ。
普段はなんでもないこの呼び出し音も今日はよく響く。全身に冷や汗をかかせる勢いだ。
早く出てくれ。
早く。
早く。
永遠とも思える時間が経った頃、ブッと音が鳴った。
『現在電話に出ることが出来ません。ピーという発信音のあとにご要件をお話しください』
ピー⋯⋯
母さん⋯⋯
大丈夫だよな? ちょうどレジでお金払ってて出られないとかだよな? 大丈夫だよな?
プルルルルル
はうあっ!!!!!!!!!!
「もしもしおかーたん!!!」
興奮しておかーたんと言ってしまったが、とりあえず電話がかかってきてよかった。
「⋯⋯⋯⋯」
何も返事がない。もしかして違う人からの電話だったか? バイト先の店長とかだったか? だったら恥ずかし⋯⋯
「健一、落ち着いて聞いてくれ」
父さんの声だった。
今1番聞きたくないことを聞かされると、直感で分かった。
「母さんが通り魔に刺されて重体だそうだ。俺は今すぐ●●病院に行くが、来れそうか?」
「⋯⋯分かった。行く」
ここから●●病院なら恐らく父さんより早く着く。
「焦って飛び出したりするなよ。気をつけて来いよ。じゃあ切るにゃ」
切るにゃ?
病院に着くと、母さんはもう死んでいた。
犯人には相当な殺意があったようで、路地裏に連れ込んで全身を8192箇所も刺したのだという。
そんなに刺さる場所あるのかよ、と思った。
表と裏に分けても4000箇所ずつだぞ?
192箇所が端数になってるんだぞ? 校長かよ。1箇所でも十分致命傷なのによ。何回黒ひげ飛んでんだよ⋯⋯。
母さん。
母さん。
ごめん。最低な息子でごめんなさい。
母さんは優しいから、さっきの天使の話を聞いたら許してくれると思う。俺に生きなさいって言ってくれてた思う。
弟が生まれてすぐに病気で死んじゃった時も、「私が代わってあげたかった」ってずっと言ってたもんね。
だけど、母さんも生きたかったよね。
ごめんなさい。
自分を正当化しようとして、過去の母さんの発言に甘えちゃった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
お通夜には、学校の先生や同級生も来てくれた。母さんの死や憔悴しきった俺の様子を見てか、皆悲しそうな顔をしていた。中でも、笹山さんがものすごく泣いていた。
母さんのために、俺のために、こんなに泣いてくれるなんて。
数ヶ月後、俺は笹山さんに告白をした。
すぐにOKしてくれた。
笹山さんはドエロいカラダをしていて、最高だった。
学校のトイレ、体育倉庫、放課後の教室、屋上、校長室、砂場に穴を掘った地下、残業で職員室で居眠りしている担任のすぐ後ろ、母さんのお墓の前、仏壇の前、やたら蛾の集まるコンビニの裏、やたら蛾の集まる公園の看板の裏、蛾の裏、俺たちはいろんな所で愛し合った。
そんな日々が2年続いたある日、俺はまた死んだ。
その日、俺たちは2人で登山に行っていた。
2人で山道を歩いていたら突然とんでもない便意が襲ってきたので、野グソをしようと笹山さんから離れようとしたら「離れると危ないよ」とか言うから「うんこ見られる方がやだ!」と言って全力で走って撒いたんだ。
上の方は雪が積もってて、うんこを隠すには最適だった。
ある程度走って離れた俺は、寒空の下プリケツを出して用を足し、猫が砂をかけるのを真似して雪をかけて隠した。
拭くものがなかったので、仕方なく雪を固めて拭いた。俺のプリケツは悲鳴をあげていた。鼓膜が破れるかと思った。
その後笹山さんのところに戻ろうとした俺だったが、彼女がどこにいるのかさっぱり分からない。スマホも圏外。遭難してしまったのだ。
俺のプリケツの悲鳴を聞いた誰かが駆けつけてくれるのを願いながら、ひたすら歩いた。
すると、1軒の山小屋を見つけた。
寒すぎて限界だったので勝手に入らせてもらうと、囲炉裏に火がついていた。
冷えたプリケツを囲炉裏で炙っていると、突然「パチッ!」という音がして、尻に激痛が走った。
自慢のプリケツを火傷した俺はすぐに部屋の隅にあった水がめに尻を入れた。
ふー、冷たい。と油断したところでまた尻に激痛が走った。経験したことのない痛みだったので咄嗟に飛び上がると、水がめの中からスズメバチが出てきてまた刺そうとこちらに向かってきた。
慌てた俺はすぐに小屋を飛び出したが、なぜか出たところに牛糞が落ちていて、それを踏んで足を滑らせて転んでしまった。
やばい、スズメバチが来る! と焦っていると突然上から巨大な何かが落ちてきて体を潰された。臼のような気がしたが、こんなところでそんなものが落ちてくるわけがないので、結局何だったのかは不明なままだった。
体の感覚がまるで無い。完全に潰されてしまったようだ。心臓ももう止まっているだろう。脳に酸素が行かなくなったらもう俺は⋯⋯
「おめでとうございます」
聞き覚えのある声がした。
「2連続で当たるなんてあなたはラッキーです。海物語風に言うとスーパーラッキーです」
あの天使だった。
「海物語ってことは、今回確変なんですか? 次も60%くらいで確変なんですか?」
「いいえ、あくまで2回当たったのでそう言っただけです。確率は一律1/65536です。2回当たったのはあなたが初めてです」
「は、はぁ⋯⋯どうも」
「どうもじゃないですよ。2連続1/65536を引くなんて天文学的な数字ですからね。スマホの電卓じゃ分母が出せない確率ですよ。キモっ」
「キモっ? キモいって言いました?」
「そりゃキモいですよ。こんな人1人もいませんでしたもん」
「じゃあキモいじゃなくてスゴいって言ってくださいよ。人類初ならスゴいが正しいでしょ」
「確かに。失礼しました、健一様」
急に天使っぽくなった。
「で、どうされます?」
「何がですか?」
「死なない権利です」
「ああ、そうでしたね。うーん⋯⋯」
「悩んでいますね。あの娘さん、あなたの彼女なのでしょう。恐らくあの娘さんが対象になるでしょうね」
なんか今回よく喋るなこいつ。
でも当たり前っちゃ当たり前か。普段は一期一会だもんな。俺が初めての2度目ましてだもんな。
「忙しいのであと1分くらいで決めてもらえますか?」
まだ人手足りてないんだ。
「笹山さん、めっちゃドエロいカラダしてて最高なんだよなぁ⋯⋯あ、でも俺が死んだら意味無いか」
「そこに愛はあるんか」
「ありますよ、愛があるからこそ気持ちいいんです」
「ずいぶん大人になりましたね。5、4、3⋯⋯」
「生きます」
気がつくと、山の麓にいた。
恐らく笹山さんはさっきの俺のように寒い中遭難して⋯⋯
笹山さん。誰よりも俺の事を想ってくれて、優しくしてくれて、きもちくしてくれて⋯⋯大好きだった。ありがとう。ごめん。
疑われないように、その日はそのまま1人で家に帰った。ごめんよ。
翌朝、やはりニュースになった。
『昨夜、登山中の高校3年生の女性が8合目あたりで通り魔に全身を8192箇所刺される事件がありました。ビョイーンに運ばれましたが、その後死亡しました』
どこから突っ込めばいいんだ。
なんで8合目に通り魔がいるんだよ。雪積もってんだぞ? あと絶対こいつ2年前に母さんを殺した犯人だろ。刺しすぎなんだよ。あとなんで数えるんだよ。
自然な死に方をするからバレないとか言ってたけど、天界だとこれが普通なの? もしかしてこの通り魔、天使が派遣してるのか?
ビョイーン。
⋯⋯ちょっと待て。俺、大切な人の死に鈍感になってないか?
大丈夫か?
耐えられなくておかしくなったのか?
俺ってまだ、人間なのか?
1年後、父さんが階段から落ちて死んだ。考察界隈では「階段から落ちたくらいで死ぬ世界じゃないだろ」とか「絶対生きてるわ。んで成長して終盤に再登場するわ」とか「じゃあその階段はゾロより強いってことだよな」とかいろいろ言われてた。
父さんは65536引けなかったんだなぁ。
いや、もしかしたら引いてたのかもしれない。俺みたいに何食わぬ顔をして、生きていたのかもしれない。
でも、最愛の人が死ぬという条件がある。母さんも俺も死ななかったし、そもそも65536なんて滅多に引けるもんじゃない。1市町村に1人いるかいないかくらいだ。
最愛の人⋯⋯
不倫とかしてたら、あるのかな。
いやいや、1/65536が1家族に2人もいるわけ(ヾノ・∀・`)ナイナイ!
他の可能性は⋯⋯
あっ。
俺の弟、生後2週間で死んでるわ。もしかしてその時、父さんが1回死んでて、当時1番可愛かった弟が代わりに⋯⋯?
いやいや、1/65536が1家族に2人もいるわけ(ヾノ・∀・`)ナイナイ!
考えすぎ考えすぎ!
それに代わりの人が死ぬ時は8192箇所刺されるっぽいし、違うに決まってる!
でも赤ちゃんだと8192箇所も刃物が刺さる場所ないよな⋯⋯
考えすぎ考えすぎ!
高校卒業後、俺は星型のスイーツしか作らない工場に就職した。
プリン、ケーキ、シュークリーム、バウムクーヘン、いちご大福、ゼリー、パフェ、全てが異様なくらい星型だった。
星型の物をずっと見ていると目も星型になってくる。ベテランの人は全員サングラスを取ると星型だ。
じゃあエロ動画ばっか見てる人は目がおっぱいの形に、まん丸になって真ん中にまた丸がある形になるのかな? なるね。なってるね。
1年後、新入社員が6人入ってきた。1人、ドエロい身体つきの子がいた。
→弱と↑強のコンボ技での猛アタックの末、俺たちは付き合うこととなった。
学校のトイレ、体育倉庫、放課後の教室、屋上、校長室、砂場に穴を掘った地下、残業で職員室で居眠りしている担任のすぐ後ろ、母さんのお墓の前、仏壇の前、やたら蛾の集まるコンビニの裏、やたら蛾の集まる公園の看板の裏、蛾の裏、巨人の足の裏、俺たちはいろんな所で愛し合った。
1ヶ月が過ぎた頃、彼女と結婚することになった。
結婚式場はこの工場の親会社が経営している『天の川』という式場で、新郎新婦のことを彦星、織姫と呼ぶ珍しい所だった。
結婚して判明したのだが、彼女の親はとてもお金持ちで、彼女にも沢山資産を与えていた。
4年が経った頃、俺はまた死んだ。
早朝、健康のために散歩をしていたら、近所の小学1年生くらいの女の子が飼ってるチワワに出くわして、ビンタされて死んだ。
こんな終わり方ってあるのかよ。
自分の背中が見える⋯⋯
首がこんな方に曲がることってあるんだな⋯⋯もう⋯⋯意識が⋯⋯
「おめでとうございます。キモっ」
聞き覚えのある声と余計な言葉が聞こえた。天使だった。
「なんですか? まさか3回目が当たったなんて言うわけじゃないでしょ?」
「そのまさかです。おめでとうございます。3連続で当選です」
「⋯⋯ヤバくないですか?」
「ヤバいです。あなた、天界でゴト師って呼ばれてますよ」
「不名誉ですね。不正できるようなシステムじゃないでしょうに」
「65536×65536×65536分の1を引かれたらそう言いたくもなりますよ。こんな数字1秒で計算出来るのなんて藤井四段くらいですよ」
「1秒で出来るわけないでしょ。あともう四段じゃないですよ」
「1番呼びやすい時の呼び方でいつも呼んでるんです」
「天界でも将棋の話するんですね」
「時間ないんで1分でお願いします」
「なかなかその話出なかったので今日は暇なのかと思ってました」
「貧乏暇なしです」
「天使様にも貧乏っていう概念あるんですね」
「靴下は穴が空いて指が全部出ても履きますし、まだ中学生の頃に買った財布使ってますからね」
「でもここに降りて来る時は全裸なんですね」
「穴の空いた靴下履いてて中学校の頃の財布持ってる天使嫌でしょ」
「嫌です」
「はいタイムリミット! どうします?」
「生きます」
妻の乗っていた電車が踏切を無視して突っ込んできたトラックと衝突し、脱線していろいろあって妻は死んだ。
もう枯れたと思っていた涙も、信じられないくらい出てきた。干からびてスルメになってしまうのではないかというほど、俺は泣いた。でもイカじゃないからスルメにはならないわってよく考えたら思った。あとあの8192の通り魔は天使の下僕とかじゃなかったのか。野良であんな奴がいたのかよ、と怖くなった。
妻の遺産と、保険金が入ってきた。俺たちは生命保険をかけていたのだ。
数年後、俺はまた結婚した。
それからしばらくして、また死んだ。
生命保険には入っていた。
44歳。俺はまた死んだ。
「おめでとうございます」
「もう何回目だ? 忘れちまったよ」
「14回目です。生きますか? 死にますか?」
「分かってるだろ。いつもの」
「承知しました」
俺と天使のやり取りは淡白なものになっていた。
一時期は保険金殺人の合法版みたいなことをやっていたが、なんの罪もない人を死なせることに疑問を感じたのと、ある程度金が貯まったのとで今は夜の女と付き合ったり、同棲したりしている。
もちろん彼女たちに罪があるわけではないが、少なくとも俺のことを愛してくれない女がいいと思ったんだ。
彼女たちは俺が好きなんじゃない。俺の持ってる金が好きなんだ。
俺と一緒にいる時も、どれだけ俺から金を取れるかしか考えていない、そんな奴らだった。
こいつもそうだ。
俺の身代わりになってもらって申し訳ないが、その分いい思いをさせてやったんだ。悪く思うなよ。
俺のことを愛してくれる人を身代わりにするよりも、何倍も心に良いんだ。
ラブ子は妙な女だった。
俺のことなんて金としか見てないはずなのに可愛い弁当を作ってくれたり、健康に気を使ってくれたり、よそ見してて転んだ時は泣きながら「打ちどころが悪かったら死ぬんだよ!」と説教してくれたりした。
ラブ子は他の奴らとは違うのか?
いや、絶対にそんなことはない。
こいつらは全員一緒だ。ピュアな奴なんて、いないんだ。
ある日の夜、ラブ子が結婚したいと言った。俺は耳を疑ったが、しばらく考えてラブ子の魂胆が分かった気がした。
俺が少し前にやっていた、保険金殺人みたいなことをやろうとしているのではないか。だとしたら俺はそのうち殺されるんじゃないか? 毒とか、罠とか、バレにくい方法で殺されるんじゃなかろうか。
俺はすぐに返事を出せなかった。考えさせてくれと、タバコを買いに家を出た。
徒歩数分のコンビニの道中、もやもやと考えていた。
15年この世界の女と付き合ってきたんだ。俺の勘が外れるはずはない。だが、現にラブ子は俺に優しくしてくれている。これも演技なのだろうか。接客の一環なんだろうか。
もちろん、演技が完璧な奴もいる。その完璧な演技と話術で客や俺みたいな男を沼らせ、金を搾り取るんだ。
やっぱりラブ子もその類なんだろうか。
店に入ると、懐かしい顔が居た。星型工場時代の同期の西村村だった。西村村のカゴの中を覗いてみると、エロ本10冊と、いちごオレ3本と、ちゅーると、カニカマと、カニカマと、毛虫みたいなのが入っていた。
店内でタバコを吸いながら思い出話に花を咲かせていると、なぜか店員に激怒されて追い出された。
外に出ると、土砂降りになっていた。
西村村は雨を避けながら帰るとか言って走っていった。
困ったなぁ、傘なんてないからなぁ。
よし、走るか!
俺は走り出した。
視界が悪い。ただでさえ真っ暗なのに、こんなに雨が降ってたらもはや何も見えない。
横断歩道の信号が赤なので立ち止まる。絵が見えなくても色で分かるから、信号ってすごいな。よく考えられてるわ。
「健一さーーーん!」
横断歩道の向こう側で声がした。よく見ると、ラブ子が傘を差して立っている。誰かいるなとは思ったけど、お前だったのか。
「どうしたんだーーーー?」
「なかなか帰ってこなかったから、傘いるかなと思ってーーー!」
そう言ってラブ子はもう1本の傘を掲げてみせた。
「さんきゅーーーーーーー!!!」
こうやってポイントを稼いでおけば、俺が死んで生命保険の金が渡ったとしても誰にも怪しまれないもんな。賢い女だ。
横断歩道を渡ると、ラブ子が傘をくれた。もうビショビショだからあんま関係ないんだけどな。
しばらく歩くと、犬の散歩をしている小さな女の子がいた。こんな時間に散歩なんて、物騒だから気をつけないとなんて思いながら犬を見ていると、突然犬がこちらを向いた。チワワだった。かわいい。
「ワォン!」
WAONカードと同じ鳴き声のチワワは俺に興味津々のようだった。
「コラ、ダメでしょ! はやくコンビニに行ってエロ本10冊といちごオレ3本とちゅーるとカニカマとカニカマを買ってこないと!」
飼い主がチワワを引っ張る。
「ワォン! ワォン!」
チワワも引っ張る。
「ダメでしょ! おじさん迷惑してるから! 早く行くよ!」
おじさんって言われた。まあ40過ぎてるしおじさんだわな。
「大丈夫だよ、迷惑してないよ。ほら〜よしよし」
近づいたその時だった。
チワワにビンタされて、首が180度回った。
「キャア〜ッ!」
ラブ子の悲鳴がその辺の家の塀とかに響いた。
「健一さん、しっかりして! しっかりして!」
ラブ子、なんて顔してんだ⋯⋯
あ、そうか。まだ結婚してなくて、生命保険かけてないもんな。悪かったな⋯⋯ラブ子⋯⋯
「ちぃーす天使でーす」
15回目にもなると天使もこんなもんなのか。
「いつものですよねー。ラブ子ちゃん殺しまーす」
「ああ、頼む」
会話だけ聞くとただのヤバい殺し屋だ。死なない権利がどうとかいう説明も最初の頃だけしかしてもらえなかったな。
悪いなラブ子。俺は死んでやれない。
悪いなラブ子。身代わりになってもらって。
あれ、なんもならない。
首めっちゃ痛いままなんだけど。
もしかして、天使ミスった? 俺を生かす書類かなんかの不備があって返された? ちゃんとハンコ押した? 免許証のコピー添付した?
「健一さん! 健一さん!」
ラブ子⋯⋯泣きすぎだろ⋯⋯
首いてぇ⋯⋯
なんでお前、死なないんだ⋯⋯
首いてぇ⋯⋯
「健一さん⋯⋯ごめんね⋯⋯」
ラブ子⋯⋯
ごめんね?
ごめんねってなんだ?
俺は死ぬのか? なんで死ぬんだ? 1/65536を引いて死なずに済む権利を得たんじゃなかったのか!?
おい女神! 間違えた、天使! おい!
最愛の人を⋯⋯ラブ子を身代わりに⋯⋯!
はっ! もしや。
ラブ子も65536を!?
いや、だとしてもそれで俺が死ぬことはないはず⋯⋯こいつらは俺の事なんて金としか思ってないんだ⋯⋯じゃあ、いったいなぜ⋯⋯
死にたくない⋯⋯死にたくない⋯⋯
死にたくない⋯⋯
死にたく⋯⋯
死に⋯⋯
「ちぃーす天使でぇーす」
「えっ、俺死ぬ流れじゃなかった?」
「健ちゃんまた65536引いたんで、生きられまーす!」
「よく分からんが⋯⋯頼む」
「りょ」
「ちぃーす天使でぇーす」
「いやどうなってるんだよ。ラブ子はいつ死ぬんだよ」
「ラブ子ちゃんもさっきから65536引きまくってますからねー。そのうち終わるんじゃないですか? だって65536ですよ? 100000回死んでも当たるとは限らないのに、2人ともすごいっすねー」
「でもなんかめっちゃ当たってるだろ。早く終わらせてくれよ。無限に続くんじゃないかこれ」
「そんなこと言われても、ちゃんと完全確率で抽選してるんでー」
「忙しいんであと1分でお願いしまーす」
「どうせまたラブ子のとこ行って俺のところに来るんだろ。忙しいくないやん」
「はい5、4、3」
「分かってるだろ。行け!」
「ちぃ天」
「我生、ラブ子死」
「了解」
「ち」
「い」
「り」
「ちぃーす」
「いつまで続くんだこれ」
「どちらかがハズレを引くまで、またはどちらかが生きる権利を放棄すれば終わりますねー」
「絶対に俺は引かんぞ。あんな女のために死んでやるもんか」
「醜い争いっすねー」
「ちぃーすそろそろ死ぬ気になりましたー?」
「お前も道連れだ、天使。無限ループに付き合え」
「何言ってんすか、65535/65536を引けば終わりなんですよ? そんなずっと続くわけないじゃないですかー」
「ちぃーす⋯⋯もう66003回目ですよ。なんで1/65536を連続で66003回も引くんですか⋯⋯こっちの身にもなってくださいよ⋯⋯」
「言っただろう。道連れだと」
「ひぇ〜」
「ちぃーす⋯⋯」
「生きる⋯⋯」
「りょーす⋯⋯」
「( ˙-˙ )」
「生きる」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ^q^ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
「( ˙-˙ )」
結局、俺とラブ子は生き延びて、俺が昔好きだったアイドルが死んだ。
とばっちり(´;ω;`)