フィギュア、しゃべる
お久し振りです。立涌丁字路です。今回、短編小説『フィギュア、しゃべる』を投稿しました。
読んでいただければ幸いです。
「速報でお伝えします。声優の秋山千恵さんが行方不明となっております」
春川晃太の部屋には10体以上、アニメから特撮までたくさんのフィギュアが飾ってある。彼はフィギュア集めが趣味の高校生。金曜日の夜、自室で、階段状3段のディスプレイにどのフィギュアを置くかを考えながらテレビから流れてくる行方不明のニュースに接していた。
秋山千恵は晃太と同じく高校生で、声優として活動している。最近注目されており、少しずつメインの声も担当するようになった。ついこの間まで、プログラミングが得意な魔法少女が世界の様々な場所を冒険するアニメ『マジカル大冒険~華子の旅~』が放送され、千恵はその主人公・香原華子の声を担当した。
晃太はそのアニメが好きで、主人公香原華子のフィギュアを持っていた。
ニュースは千恵が、予定していた仕事先に現れず、自宅にもおらずそのまま行方不明になっているということを報じていた。
晃太は千恵のことを心配し、早く見つかるよう願った。
次の日土曜日の朝7時、晃太は自室で寝ていたが、「あれ?あれ?」と抑揚をつけた声が聞こえた。
晃太は何となく声のする方向を寝ぼけ眼で見ると、ディスプレイに置いてあったはずの香原華子のフィギュアが自室入口近くの床に置いてあった。フィギュアの高さは約20cmで、足元を安定させるための台座があるのだが、それはディスプレイにある。フィギュアは倒れることなく普通に床に直立していた。
香原華子フィギュアが晃太に気づくと、「ここどこですか~私どうしたんですか」と表情を崩して驚愕する。
一方の晃太も驚愕。なぜなら、そのフィギュアから聞こえてくるのは声優の秋山千恵の声だからである。
思わず頬をつねる晃太。痛い、これは現実だ。
「あの、ちょっと、えっと、秋山千恵さんですよね。声優の」
「えー、あの、はい、そうです。私、秋山千恵といいます。声のお仕事をしています。よく分からないんですけど気がついたらここにいて、体が小さくなってしまって、よく見たら香原華子になっていて」
千恵は晃太を見上げて、たどたどしく話を進めた。
「三柏佳乃いざ参る。龍葉紋より来たれ、葉沙龍」
千恵は両手両足を広げて、熱を入れる。
自分が声優の秋山千恵であることの証明として、自分が過去に出演したアニメのアフレコをした。
演じたのは、紋様・紋章を使用して敵と戦うバトルアニメ『異風紋陽』のヒロインである三柏佳乃。
晃太はそのアニメを見ていて、香原華子フィギュアは秋山千恵であると改めて確認した。
「晃太、早く降りてきなさい。朝ごはんできてますよ」
1階から母親が声を掛ける。なかなか朝食の席につかない晃太のことを心配したようである。
「お母さんですか」
「はい、ちょっと行ってきます。この状況、僕以外の人に知られると大変ですよね。あの…」
千恵はうなずく。
「ごめんなさい。ご迷惑かもしれませんが、隠れて下さい」と晃太は千恵に謝った。
「仕方ありませんよね。分かりました。隠れていますので、どうぞ食卓のほうに行ってください」
その後、晃太は千恵が他の人に発見されないように、千恵の周りに他のフィギュアで囲むようにして隠した。
そして、朝食の席に向かった。
晃太は朝食を食べ終え、自室に戻ってきた。千恵の周りにあるフィギュアを移動させる。
座っていた千恵は立ち上がり、一息つく。だが、その表情はさえない。
「私、このままこの姿なのですか、どうしたら」と言った後、涙を流した。
「だ、大丈夫です。守ります。助けます」晃太は今ある自信を込めてこう言った。
そして、なぜそうなのか、その理由を語った。
「えっと、自己紹介が遅れました。僕は春川晃太といいます」
「小さい時からアニメや特撮のヒーローやヒロインの人間性に憧れていて、それでフィギュアを集めるようになったんです。それはもちろん夢中になれるものでした。小学生までは」
「中学生の時、同じクラスだった友人にフィギュア集めが好きだって話をしました。その友人は僕の話をよく聞いてくれて。でも、フィギュア好きってことを同級生に面白おかしく話をしたんです」
「僕は同級生からは少し近寄りがたい人、というように思われて、何となく浮いてしまいました」
「つまり、友人に話をした僕が悪いんですけど、結局、自分の聖域に土足で踏み込まれたような感じになりました」
「その頃、僕の将来は決まりました。フィギュア作家です。今でも時間があるときには関連するサイトを見たり、本を読んだりしています」
晃太は自室の机の本棚にあったフィギュア製作の入門書を千恵に見せた。本にはしわがたくさんできていた。
「すごいです」千恵は感嘆した。
「そんなことないです」と晃太は目線を下げた。
「あの、フィギュア造りについてはよく分かりませんが、自分のできることを続けることにどうか自信を持ってください」
千恵は話を続ける。
「私、小さい頃は将来声優になるなんて考えもしませんでした。でも、家族や友人など周囲の人達の支えがあってここまで来られました」
「仕事は正直言って大変です。けれども、自分の声を皆様に届けて、それが皆様の元気につながれば何よりです」
「様々な仕事もそうですが、皆様のご協力で成り立っています。ですから、『ありがとう』という感謝の気持ちは常に忘れないようにしたいです。もちろん、どのような役でもできるように日々精進は欠かせません」
千恵は晃太の部屋にある年間カレンダーを見る。
その後、一息ついて、「私、これからしばらくはこの姿のままですね」とつぶやく。
「外は危険ですし……、あの、申し訳ないのですが、どれくらいの期間になるのか分かりませんが、ここにいてもいいですか」
千恵は晃太を見つめる。
「いいですよ。僕、実はフィギュアを飾るためのドールハウスを持っているんです」
晃太はそう言うと、自室の押し入れを開けて、上段にあったドールハウスを取り出して、机の上に置いた。ドールハウスは部屋の1室が再現されているものであり、いすやベッドもある。
千恵はドールハウスに入り、ベッドの上に腰掛け、「ここで休んでもいいですか」と尋ねる。
「どうぞお休み下さい。えっと、両親には秘密ということで」と晃太は小声で言う。
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
こうして千恵は晃太の家で過ごすことになった。
千恵は晃太の部屋で過ごしている。彼女はフィギュアの姿であるが、普通に食事を取り、睡眠もする。
注目声優が一般の家、とりわけ同世代の人がいる家に宿泊ともなれば大騒動になるのは必至で、家族などに知られないように、晃太は平静を心掛けた。
1ヶ月が過ぎた。千恵の行方不明に関するニュースはあまり取り上げられくなり、主にインターネットのニュースが中心となった。そのネットでは千恵の身を心配する声が聞かれ、仕事が嫌で失踪してしまったのではないかといった噂も流れた。
土曜日の午後9時前、晃太は自室で人の魂が物に入ってしまうといった事例をネット上で調べていたが、そのようなものはなかった。千恵は香原華子フィギュアの姿のまま、何とか暗い表情にならないよう努め、晃太の部屋で日々を過ごしていた。
そして、部屋の時計を見て午後9時になりそうだと確認した晃太は、自室にあるラジカセの電源を入れてからAMラジオをつけカセットの録音ボタンをカチっと押した。カセットテープが回り始め、ラジオから番組の音声が流れてくる。
「さて、今夜もお送りするのは、今週のヒットチャートベスト30」
司会者の軽快なトークの後に、音楽が流れてくる。この番組は今週のヒットチャートを紹介する音楽番組。
晃太は音楽鑑賞が趣味で、CDで音楽を楽しむ他、ラジオ音楽番組を録音することもある。そして、番組を繰り返し聴くのも好きである。
「あっ」
千恵は晃太と同様、ラジオ番組を聴いていたが、ラジカセを見て突然声を出して驚く。
「どうしたんですか」と晃太は尋ねる。
「あの、ラジカセで思い出したんです。春川さんのご自宅に来る前日、私は仕事でとあるスタジオにいいたんですけれど、そこにレコーダーのようなものがありました。なぜだか分かりませんが、自分が電源の入っていたレコーダーの録音ボタンを押していたような。そして、そのあたりから何となく体がふわふわしてきたような気がします。それ以上は思い出せません」
千恵は左手を顎の下に置きながら言った。
「ただ、私がこの姿になってしまったのは、そのレコーダーの録音ボタンを押したから。起こっていることは摩訶不思議ですが、そう確信しています」
晃太は首をかしげながらも、「きっとそうだと思う」と答える。「でも、もしそうだとしたらそのレコーダーのところに行く必要があります」
「私はこんな姿ですから、たとえ許可を取ったとしてもそこには行けません」
「僕は当然ながら入れないですね」
二人は首をひねる。
とその時、
「今週のヒットチャート第1位は○○○の『□□□』です。まず、曲の紹介から。この曲はたとえミニチュアのような小さな世界でも、それは広い世界とつながっている、という曲になります。それでは、お聴きください」
司会者の曲の紹介後、『□□□』が流れてくる。
その曲を聴いて晃太は「もしかして」とつぶやいた。
「たとえミニチュアのような小さな世界でも、それは広い世界とつながっている、『□□□』、そうだ」
「どうしたんですか」と千恵が尋ねる。
「この部屋で再現するんです。秋山さんがフィギュアに入ってしまった状況を」
「どういうことですか」
「今、ラジオが流れているラジカセが、秋山さんの仕事場のスタジオにあったレコーダーなんです」
「レコーダーって、スタジオにあったのは61鍵のキーボードくらいの長さですよ、1メートルくらいの」
千恵は小さい体でこれくらい、と両手を広げる。
晃太のラジカセはスピーカーを合わせても長さ30cmくらいで、レコーダーの長さとは全然違うが、録音ボタンがあることは共通している。
『□□□』の世界観ならば、小さな世界の「スピーカー」が大きな世界の「レコーダー」とも言えるだろう。
「それでは、押してみますね」
午後10時、番組が終わった後、千恵は「テープ」の表示を見てから、晃太が見守る中で息を呑みながらもラジカセのテープの録音ボタンを押した。
番組を録音したカセットテープは既に晃太が外していたので、ただ単に「カチッ」と録音ボタンが押されただけである。
そうすると、部屋の中にどことなく風のさらり感を晃太は覚える。部屋の窓は閉め切られている。
その後、聴いたことのない音楽が流れる。不思議な旋律をしており、よく分からないが、落ち着くようなものだった。
千恵は晃太の前に出てから彼のほうを向き、「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べて、お辞儀をした。
それから風がやみ、音楽が終わる。
ラジカセの前にある香原華子のフィギュアはいつもの表情に戻った。
千恵の無事を祈り、晃太は天井を見上げた。
後日、秋山千恵の無事を知らせるニュースが駆け巡った。
千恵は報道陣の前で、まずこれまでの経緯を包み隠さず全て話した。
ただ、晃太のことは名前を出さず、「一般の方が助けてくださいました」と説明。
当然そのことで首をかしげるメディアは少なくなかったが、千恵の話をうなずきながら聴いていた。
そして最後に、千恵はこれまで自分のことを応援してくれた視聴者やスタッフ、家族に対して改めて感謝の言葉を述べた。
晃太はそのニュースを知って安堵するとともに、千恵を心の中で応援した。
それから数ヶ月。晃太は千恵が演じている香原華子がマップナビゲーションするアプリをダウンロードして、町の中を散歩していた。華子のアナウンスを聴きながら、初めての道を歩く。
フィギュア集め、フィギュア造りの勉強をしながら、散歩を楽しみ、晃太は充実した日々を過ごしていた。
いかがだったでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。