ユーリと氷の女王 17
カイゼル様を助けるのに、あの山には
酔った勢いで思い切り雷を落として
しまったし、開けた場所とは言え
山中に大穴を空けてしまった。
あれ、迷惑にならないのかな。
酔いが覚めたら途端に気になってきた。
「シェラさん、私が穴を開けてしまった
あの魔物が湧いてくる泉だった場所は
どうなってますか?」
「ああ、あそこですか。元々山頂へ至る中腹で、
以前から山へ登る者達の休憩地点になっていた
所だったのが幸いしたようですね。
往来には特に影響しない場所で、良い機会なので
ついでに湧水を引き込んで水も飲めるちょっとした
休息所として整備するかと言う話になっていますよ。
それに、これはこの後魔導士達がきちんと
調査しなければ確定は出来ないのですが・・・」
まだ確定していないことを言うべきかどうか、
シェラさんが迷っている。
「え?何ですか、まだ何か気になることが
残っていますか⁉︎」
その様子に、悪い知らせかと青くなったら
シェラさんはそれを否定した。
「いえ、ユーリ様が心配するような
ことではないんです。
ただ、あの山に雷を落としたでしょう?
どうやらそれがきっかけで、
あそこに戦神グノーデル様のご加護が
ついたのではないかという話でして。」
「へ?」
思いもしなかった言葉に間抜けな声が出た。
「あの騒ぎの後、こちらの騎士団が入山して
魔物の残りを掃討しようとしたところ、
小物の魔物一匹すらおらず、たまたま山へ
入り込んだ魔物を見つけた騎士がそれを
追いかけていたら、晴れているのに
突然空から雷が落ちてきてその魔物を
消し飛ばしてしまったらしく・・・」
「わっ、私じゃないですよ⁉︎
私は今まで寝てましたから‼︎」
「分かっております。ですからあの山には
グノーデル神の加護が付き、魔物が入り込もう
ものなら雷によって排除される、一切魔物の存在を
許さない山に変わったのではないかと言う話で。
ですので、詳しくは魔導士の調査待ちなのです。」
・・・酔っぱらってノリでやったことが
なんだか大きな話になってしまっていた。
「ど、どうしよう。人様の領地の山に
なんてことをしちゃったんだろう・・・」
「心配されることはありませんよ。
もし仮にそうだったとしても魔物が出ずに、しかも
入ってこれない場所などなかなかありませんから
領民達にはむしろ感謝されることでしょう。
魔物からの良い避難場所になりますし、もしそれが
竜すら寄せ付けないのなら大山脈から降りてくる
竜からも逃げることが出来るのですから。」
それにしても想定外だ。
お詫びに何か出来ないか、と考える。
「そ、そうだ!あの大穴に私が泉を作りますよ!
穴を開けたのは私なので責任もってみんなのための
水飲み場を作りますから、ぜひヒルダ様にそう
伝えて下さい!あと、もし良ければカイゼル様の
お見舞いもしたいです!こまかい傷がたくさん
あったのでぜひ治させて欲しいです!」
「その申し出はヒルダ様も喜ばれるでしょう。
夜が明けたらさっそく伝えてまいります。」
「あ、そっか。まだ暗いんですね・・・。」
「眠くありませんか?」
「はい、もうたくさん寝ちゃったので。」
頷いた私に、しばし考えたシェラさんが提案する。
「朝日でも見ますか?ここ数日、とても良い
お天気ですので今朝も美しい朝焼けが見られると
おもいますよ。」
それはいい!ここは寒い分空気が澄んでいるので
今なら夜明け前の星も綺麗に見えるかも知れない。
奥の院はバリアフリーな建物で階段を少なくする為に
2階までしか高さがない造りだけど、この公爵城は
見晴らしの良い高台にあって更に5階建てだ。
その屋上・・・と言うのだろうか、1番上から見える
朝焼けはきっととても綺麗なんだろうなあ。
「朝焼け見たいです!今ならまだ暗いから
星も見えそうですね!」
「では厨房に言って温かい飲み物を準備させますので
しばしお待ち下さい」
星が見えるかも、と言った私にシェラさんは
嬉しそうだ。星好きなのかな?
シェラさんが一度下がったので、私も準備をする。
クローゼットを開いて、暖かい毛糸の長靴下を
始めとした暖かそうな衣類を着れるだけ着た。
そうして許可をもらって公爵城の上に出てみれば、
視界いっぱいに広がる農地・・・その地平線の
向こうがほのかに淡いピンク色に染まろうと
しているところだった。
上空はまだ暗くて星が瞬いていて、地平線に
近付くほど濃紺色から紫色、ピンク色へと
綺麗なグラデーションになっている。
「寒いけど綺麗ですねぇ。」
シェラさんの淹れてくれた甘い紅茶を
両手で包み込んで暖を取る。
「まるでユーリ様の瞳の色を写し取ったかのような
美しさです。そうそう、ご存知でしたか?
雷を落としてリオン殿下に腹を立てていた、
あの大きなお姿の時のユーリ様の瞳の色は
この夜空の色ではなく鮮やかな金色でしたよ。」
「ええ?」
「お怒りになると瞳の色が変わるのですか?
それとも戦神グノーデル様のご加護の証でしょうか?
いずれにせよ、ユーリ様とオレの瞳の色が
お揃いと言うのは畏れ多くも光栄な事です。」
「そうなんですか?そ、それは多分
怒っていたからか、または酔っ払って
いたからだと思います・・・。」
グノーデルさんの瞳の色は綺麗な青だ。
勇者様の血を引く王家の大声殿下やリオン様も
青い瞳なので、グノーデルさんの加護が
降りているなら私も青い瞳になっていたはず。
金色が強くなったって言うのは加護の
せいじゃないと思う。
怒っていたからか、酔っていたからか。
いずれにせよあんまりかっこいい理由
じゃないなあ、と恥ずかしくなる。
「私よりもシェラさんの方がずっと綺麗な瞳の色を
してると思いますけど。ーほら、あの空にある
お星さまみたいに綺麗な金色ですよ。」
空は段々と朝焼けの鮮やかな色を纏い始めて
いたけれど、元の世界でいうところの
明けの明星のように強く光を放つ金色の星が、
消える夜空を惜しむように最後まで輝いている。
「・・・オレの瞳はあんなに美しいものでは
ないと思いますが。」
「そうですか?シェラさんの瞳の色そっくりですよ?
それにいつも人のことを女神だなんだって
言いますけど、それを言ったらシェラさんだって
私達の知らないところでも一生懸命国を
護ってくれてる騎士さんなんだから、
そういうところは空からいつも私達を見守って
くれているお星さまみたいじゃないですか。」
そう言うと、虚を突かれたような
ポカンとした顔をされた。
あら?いつも色気たっぷりに余裕の表情で
微笑んでいるシェラさんのこういう顔は珍しい。
「オレが星ですか?」
「大袈裟ですかね?」
まあ正確にはシェラさんだけじゃなく
騎士さん達みんなの事をそう思ってるけど。
頷いた私に、その表情はみるみる
嬉しそうなものに変わっていった。
「ユーリ様にそう言っていただけるなら
これ以上の幸福はありません。
女神の輝きを彩る夜空の星に例えていただけるなど、
そんなに美しく尊いものになれるなど夢のようです。
ユーリ様はつくづくオレを喜ばせるのが
お上手ですね。」
そんなに喜ぶとは思わなかった。
「ああ、日が昇り始めましたね。」
シェラさんが地平線を眩しそうに見つめる。
私達が話しているうちに、宵闇はあっという間に
影を潜めて消えてしまった。
そうして昇る朝日を見つめながらダーヴィゼルドに
来て初めての、心穏やかな朝を迎えた。
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