ユーリと氷の女王 15
フワフワした頭で、なるべく一度にたくさん魔物に
ダメージを与えられそうな攻撃方法を考える。
・・・雷なんてどうだろう?
でもどうやって当てればいいのかな。
そうだ、選女の泉の時は私達があそこを訪れる前に、
イリューディアさんの加護が降りて来ていた。
それはまるで私が訪れるのを知った
イリューディアさんが見守って
くれていたようだった。
もし今もこの世界のどこかで、
イリューディアさんやグノーデルさんが
私を見守ってくれているなら
どうか力を貸してくれないだろうか。
右手をぐっと握りしめて、握りこぶしを
作ると左手でそれを包み込む。
手を組んで祈るように、そのまま
その手を額に当てて願った。
どうか私の祈りと願いが届くなら、
この手に雷を操る力が宿りますように。
額と右手がその願いに呼応するように熱くなる。
ハッとして目を開き、右のこぶしを見てみれば、
青白い光に包まれていた。
よし。やってみよう。
何度か手を開いたり閉じたりする。
地面にいる魔物はヒルダ様が凍らせて
くれているけど、頭上では今まさに肉食コウモリが
ヒルダ様やシェラさんの上を旋回し始めていた。
「えーいっ‼︎」
右手を開くと思い切って斜め下へ振り下ろす。
なんとなく、仔虎のグノーデルさんがヨナスと
取っ組み合いの喧嘩をしていた時に彼女を
引っ掻いたのを思い出して空を飛ぶコウモリを
引っ掻くイメージになった。
次の瞬間、とてつもない轟音がして青白い稲光が
当たると飛んでいたコウモリ達が全て消し飛ぶ。
「・・・すっごい」
思わず自分の右手をまじまじと見つめた。
自分でやっておきながらびっくりして
ヒック、としゃっくりが一つ出た。
余りの轟音に、周囲にはまだその音が反響していて
ヒルダ様とシェラさんが耳を抑えてこちらを
見ているのが私の目の端に映っている。
思った以上の威力に驚いたけど、
それを上回るくらいの高揚感に包まれた。
うわあ、何これ。楽しいかも。
この時の私は、お酒で気分が良くなって
テンションが上がっていた。
試しに腕をもう一振りしてみる。
今度は掛け声を掛けなかったためかさっきみたいな
轟音はせずに、ピシャンと一筋の雷光が空に走って
ヒルダ様の足元のトゲトカゲを消し去った。
そうか、グノーデルさんの加護は戦いと破壊だ。
だから浄化じゃなくて、物理的に魔物を破壊して
消し飛ばしてるってことかな?
それにしても私のお願いに応えてくれるみたいに
力が使えたと言う事はグノーデルさんもどこかで
私の事を見守ってくれているのだろうか。
ほんの数ヶ月前に初めて会ったばかりなのに、
何故か無性にあの偉そうな白いモフモフの
グノーデルさんが懐かしくなった。
また会いたいなあ。
そんな事を考えていたら、つい空に向かって
両手を降りながら大声で呼びかけてしまった。
酔っ払い独特のテンションの高さから来る
ノリだった。後から我に帰って恥ずかしくなる
やつである。
「グノーデルさぁん‼︎ありがとうございまーす‼︎
まだまだここにはグノーデルさんの嫌いな
ヨナスの魔物がいますよおぉ‼︎
退治するお手伝いして下さぁい‼︎」
その途端、ヒルダ様の氷雪魔法で厚く垂れ込めていた
暗雲からゴゴン、と私の呼びかけにまるで返事をする
ように鈍い雷の音が響いて来た。
あれ?通じた?ウソみたーい!
あはは、とご機嫌で陽気に笑う私にヒルダ様が
恐る恐る話しかけて来た。
「ユ、ユーリ様、今のは何ですか?
というか、酔ってらっしゃる・・・?
それにそのお姿は一体・・・平気ですか?」
「ハイッ、酔ってます!」
キリッと表情を引き締め、ヒルダ様へコクリと頷く。
酔っ払いはよく酔ってるかと聞かれると酔ってないと
かたくなに言う。私はそんな事言わないぞ。
何故なら自分が酔っ払っているという
自覚が充分あるからです。
この考え方自体がもう完全にダメな酔っ払いだと
言うことに私は全然気付いてなかった。
ただただ、何だか楽しい気分になっていて
1人できゃっきゃしていた。
「それより聞こえましたか、今の雷の音。
グノーデルさんが私の呼び掛けに
答えてくれたみたいですよ‼︎」
「え・・・グノーデルさん?
戦神グノーデルのことでしょうか?」
「それ以外にありませんよぉ!
グノーデルさぁん、せーので一緒に
魔物退治しましょお‼︎・・せーのっ‼︎」
戸惑うヒルダ様を置いてけぼりに、
私はまた空に向かって手を振ると
せーの、で両手を思い切り振り下ろした。
その仕草と同時に、空から数十本の雷が私達のいる
山全体に降り注ぐ。
この場以外の、山中のあちこちを徘徊する
他の魔物達まで一匹残らず全て殲滅するぞ、
とでも言うようなグノーデルさんの気概を感じた。
さすがグノーデルさん、ヨナスに対する敵意が
ハンパじゃない。死ねバカ女!と言う
グノーデルさんの罵りまで聞こえてくるようだった。
そしてその雷は、魔物にだけダメージを与えていて
私達には少しもその影響がない。
後から聞いたところによれば、それは遠くから見ると
一本のとてつもなく大きな青い雷が山全体を包んで
落ちたように見えたという。
ふと気付けば、あの嫌な紫色をした泉がない。
それがあった場所には大きな穴が空いていたので、
グノーデルさんはヨナスの化身みたいな色をした
それがよっぽど気に食わなかったらしい。
・・・そしてその穴の横にはカイゼル様が倒れていた。
フラフラしながらそこに近付いて胸元を見てみれば、
もう光ってはいないけれど紫水晶みたいなあの氷の
杭はまだカイゼル様に刺さったままだった。
「・・・あとは、これだけ」
そっとそれを握りしめる。
引っ張ってみれば抵抗なくあっさりとそれは抜けた。
あの泉が消えた事により、この杭は何の力も
無くなっていたみたいだった。
そのまま力を入れれば、あっけなくそれは砕けて
紫色の霧になり消えてしまう。
ただ、最後の消え去る一瞬私の鼻先をその霧が
掠めたので思わず少し吸い込んでしまい、
くしゃみが何度か止まらなくなった。
ヨナスの最後の悪あがきだろうか。
「大丈夫ですか⁉︎」
ずずっ、と鼻をすすった私の背中を
ヒルダ様がさすってくれる。
「ん、ん~、平気です‼︎それよりもカイゼル様の方を」
そう言ったまさにその時、私の前に横たわっていた
カイゼル様がかすかにうめき声を上げた。
「カイ⁉︎私が分かるか?」
ヒルダ様が急いでその手を握る。
夫婦愛ってやつですねぇ、とフワフワした頭で
思いながらニコニコで私はそれを見守る。
「は・・・あれ、ヒルダ?
僕は一体・・・フレイヤはどこですか?」
ぼんやりしたまま、カイゼル様は上半身を起こして
頭を振った。琥珀色の瞳はしっかりとした意志を
感じさせるし、ちゃんと正気に戻っているようだった。
「えっ、どうしてあなたの髪がそんなに
短くなっているんですか?それにこの人は?」
ヒルダ様を見たカイゼル様は驚いて目を丸くして、
次に私を見て戸惑っている。
私はニコニコしてやっほー、と手を振った。
「・・・馬鹿者‼︎心配させるんじゃない‼︎」
そう言ったヒルダ様は、そのままカイゼル様の頬を
両手で挟むと口付けた。勢いで後ろに倒れ掛けた
カイゼル様は、後ろ手に両手をつくと何とか体を
支えてヒルダ様のなすがままになっていて、
丸く見開いた目がヒルダ様と私の間を行ったり来たり
している。
「~やめなさいヒルダ‼︎人様の前で何するんですかっ‼︎」
とうとう恥ずかしさに耐えきれなくなったらしい
カイゼル様はそう言うと、顔を真っ赤にして
ヒルダ様をべりっと引き剥がした。
わあ、こちらにはお構いなく。
うふふ、と笑って気にしなくていいですよ~と
手を振ってみせたら、またカイゼル様の顔が
ぼん、と火を吹くように赤くなった。
わぉ、可愛い人だなぁ。
とてもじゃないけど、ついさっきまで剣を手に
ヒルダ様の魔法を弾いてデレクさんの矢を素手で
へし折っていたのと同じ人には見えない。
キリッとした雰囲気のヒルダ様がこういう人を
旦那様に選んだなんて意外だけど、
でもとてもお似合いだ。
2人の姿を見ていると、なんだかとても微笑ましい。
・・・助けることが出来て本当に良かった。
そう思って2人を眺めていたら、
私の肩にふわりと外套がかけられた。
「・・・ユーリ様がお酒を飲まないように、殿下が
気を遣われていたわけが良く分かりましたよ。」
「あ~、シェラさんだ!」
自分の外套を私に掛けてくれて、ため息をついて
背後に立つシェラさんに手を振る。
あの短剣はもうしまってくれたようだ。
良かった。
「窃盗団騒ぎの後、王都を出る前にも少し
成長されていたようですがまさか更に成長されるとは
思いませんでした。何とも不思議な現象ですが、
神の力が働く召喚者とはそういうものなのでしょうか?」
「これには色々と事情があるんですよぉ。
お酒が抜ければ元に戻るはずなので、
心配しないでくださいね、っと。」
シェラさんに説明しながらその腕を
支えにヨロリと立ち上がる。
さっきまでの燃えるような体の暑さが
段々となくなってきた。
グノーデルさんの力を思い切り
使ったせいなのか、それともお酒が
切れ始めて元に戻る前兆なのか。
まだ起きていられる今のうちにとりあえず
リオン様には一言言っておきたい。
「あの、今すぐリオン様に連絡を
取ることはできますか?」
シェラさんに掴まったまま、ヒルダ様に聞いてみる。
「鏡の間ならば、この状況ですのでユーリ様が
滞在中はいつでもすぐに使えるようにしてあります。
お使いになりますか?」
その言葉にコクリと頷く。
「はい、お願いしたいですー・・・」
あ、ちょっと眠くなってきた。
早くしないと。
掴まっていたシェラさんの後ろに回り、
しゃがんでもらうように言って
その背中によじよじとよじ登ろうとする。
「ユーリ様?」
何してるんですか、とシェラさんに
押しとどめられたけど
構わずその背中に乗った。
「何って、おんぶですよ。このまま私をおんぶして、
お城の鏡の間まで行って下さい。今の私、
おっきいから縦抱きは無理でしょう?」
お願いしまぁす!と言った私を仕方ないと
しっかりおんぶで抱え直したシェラさんは
指笛を吹いた。
何回かに分けて、音程も変化を付けている。
「なんですか今の。」
「デレクへの合図ですよ。ここより下にいるので、
先に鏡の間へ行ってもらい、殿下と話が出来るよう
準備をしてもらいます。」
ヒルダ様達へ礼を取って私を背に山を降り始めた
シェラさんはそう説明をしてくれた。
「それよりも、本当はまずその御御足をオレは
綺麗にしたいですね。あんな寒い中を裸足で、
しかも服まではだけて。風邪でもひいたら
どうされるんですか。」
「だって仕方ないんですよぅ、
大きくなると色々窮屈なんです。」
「窮屈ですか・・・。まさかそんなに胸をはだけて
大の男の背中にそれを押し当てているだなんて、
あの殿下に知られたら大変な事になりますよ。
鏡の間で殿下とお話する際は、
衣類を少し整えさせてくださいね。」
「はいはい、これはここだけの話にしましょー!
2人だけの秘密ですよ‼︎」
「・・・秘密ですね。」
少しだけシェラさんの声が柔らかく、
含み笑いをしたように感じたけど何だろう。
それよりもそうだ、シェラさんにも
言っておかなきゃ。
「シェラさん、リオン様からの頼まれごとを1人で
背負わせてごめんなさい。シェラさんはきっと
私に言っちゃダメだったんでしょう?」
ふうと息をついてシェラさんの背中に額を付けた。
「・・・ダーヴィゼルドに着いた時から、ヒルダ様と
シェラさんの様子が何かヘンだと思ってたんです。
もっと早く気付いてあげられなくてごめんなさい。」
「ユーリ様は本当に聡くていらっしゃる。
まさか気付かれるとは思いませんでした。
気付かせるつもりは毛頭なかったんですから
謝らないで下さい。それに、殿下の事も
怒らないであげて下さいね。」
その言葉に頭を上げる。
「いえっ、それは別ですよ!
リオン様にはちゃんと言っておかないと‼︎
私に隠し事なんてひどいですっ‼︎」
酔った勢いで言ってやるんです、と息巻く私に
シェラさんは珍しくあはは、と声を出して笑った。
「ではオレはそれを護衛騎士として
きちんと側で見守らせていただきますね。」
頑張って下さい。
そう言ったシェラさんは凍った山道を
人1人を背中におぶっているとは
思えないほど軽やかに下っていった。
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