閑話休題 世界に一つだけの
古ぼけた木戸をくぐり、店の中に
入って辺りを見回す。
店の主人はどうやら奥にいるらしい。
カウンター越しに店番の青年に
声を掛けた。
「すまない、依頼していた物が
出来上がったと連絡を受けたんだが
店主を頼みたい。
レジナス・ヴィルヘルムと伝えて
もらえば分かるはずだ。」
承知しました、と頷いた青年が
奥へ引っ込んだのでしばし
店内を眺めて過ごす。
曲線を描く風変わりな短剣に
限りなく細く鋭い隠し針。
中に粉薬が入るようになっている
指輪。
つま先に仕込みナイフが入っている
靴はここでは見た事がないから新しく
仕入れたのだろうか。
そう思っていたら、店主が現れた。
「お待たせしました、旦那!
例のやつですね。ついでに短剣の
研ぎも済ませといたんで
一緒に持ってって下さい。」
数本の短剣と一緒に小さな箱を
渡された。
開けて中身を確かめる。
「しっかし、武器屋に髪飾りを注文
するなんて旦那ぐらいのもんですよ。
こんなとこに頼まんでも、旦那くらいの
稼ぎがありゃあいくらでももっと
いいもんが買えるでしょうに」
箱の中には四、五輪の白いリンゴの花を
かたどった髪飾りが納められている。
真っ白なその花弁はこまかい花びらの
皺まで刻まれていて、真珠のように
なめらかな輝きを放っている。
花弁は外側に向かってほんのりと
ごく僅かな薄桃色に色付いていて、
外にいくほど薄く透けるように
繊細な加工も施されていた。
一見するとただ真っ白いだけの
髪飾りだが、見る者が見れば
その技術力の高さに驚くだろう。
「お前の腕前にはたとえ貴族お抱えの
どんな職人だろうとも敵わないと
俺は思っている。これはソル貝か?
加工はかなり大変だっただろう、
ありがたい。」
浅黒い肌の店主がおっ、と声を上げた。
「さすが旦那、よく分かりましたね!
花の白さを出すには、柔いがソル貝が
今回はぴったりでね。割れやすいから、
まあ多少苦労はしましたがおかげで
オレの腕も上がった気がしますよ。」
普段使いでも割れにくいように
ちゃんと加工も施してますから、と
言われたがなるほど繊細な作りの
見た目に反して意外と丈夫そうだ。
「しかし、そんなシンプルなやつで
良かったんですか?
ご希望なら今から魔石の一つでも
付け足せますし、なんなら魔法も
付与しますよ?」
「いや、これでいい。
相手は優れた魔法の使い手だからな、
加護は付けなくても充分だ。
また何かあったら頼む。」
「へえ、そうなんですか。
まあもし壊れたりしたら遠慮なく
持ってきて下さい、すぐに直します。」
「承知した。・・・色々無理を言って
悪かったな、礼を言う。」
言われていた金額より多めに金を
渡して箱をしっかりとしまう。
リンゴの花を模した、真っ白な
この髪飾りはユーリの黒髪に
よく映えることだろう。
先日は思いがけず手作りだという
剣の下緒をもらってしまった。
これがそれに見合う贈り物に
なっていればいいのだが。
髪飾りを付けたユーリを思い浮かべ、
自分でも無意識のうちに
口の端で微笑んでいたらしい。
店主が目を丸くしている。
しまった。そう思った時には
案の定詮索されてしまった。
「長い付き合いですが、旦那が
そんな顔をするのは初めて見ましたよ。
どうやらそれを贈る人は旦那にとって
よっぽど大事な人らしいですね。
ついに恋人でもできましたか?
旦那のことだから、てっきり町娘か
女性騎士あたりを選ぶと思ってましたが
魔導士とはまた意外なとこに
いきましたなあ。」
ユーリは別に魔導士ではないんだが。
まあ魔法を使うと言ってしまったから
そう思われても仕方がないか。
「そのうちここに連れてきて下さいよ!
旦那の見た目を怖がらずにちゃんと
中身を見て付き合ってくれる子なんて
絶対いい子に違いない」
うんうん、と一人頷く店主の中では
俺とユーリは付き合っていることに
なってしまっている。
これ以上好きにしゃべらせておいたら
明日には一般市民街中に俺が魔導士と
結婚したとでもいう噂が広まりそうだ。
そろそろこの辺りで話題を変えるか。
「機会があればそのうち紹介しよう。
それより、ここに来るのも久しぶりだが
何か変わったことはないか?」
ここの店主は海辺の異国の出身で
鍛冶屋兼武器屋を営みながら、
扱っている武器や武具類は自ら
大陸のあちこちへ仕入れに行く。
そのため国内外の事情にも詳しい。
また店の特性上、裏稼業の者にも詳しく
表には出てこない情報にも精通していて
情報屋のような一面も持っていた。
俺にとっては騎士団に入る前からの
馴染みの武器屋であると同時に
大事な情報源でもある。
「ああ、そういえばシェラさんから
連絡がありましたよ。連絡って言うか、
壊れた魔道具を修理のために送ってきた
時に同封してあった手紙に旦那の事を
書いてました。」
「シェラが?なぜ俺のことを?」
「次はいつここに来るのかとか、
来る時は一人なのかそれとも誰かと
一緒に来てるのか、とか。
一緒に来てるならそれは誰なのか
教えろとも書いてましたね。
旦那もまた、随分とあの人に
好かれたもんですねぇ。」
一体何をやったんですかと店主は
笑っているが生憎俺にはそこまで
あいつに執着されるようなことは
全く身に覚えがない。
確か最後に連絡を取ったのは
ユーリのノイエ領行きが
決まった辺りで・・・
そういえば癒し子に同行して
ノイエに行くと話した覚えはある。
その時やけに癒し子のことを
どんな少女かと気にして
聞きたがっていたから、
もしかして店主にも
それを聞きたかったのだろうか。
「そんなにしつこくしなくても
今の演習から戻れば会うことも
あるだろうに。というか、そもそも
俺はあいつに好かれていない。
会えばいつも顔が怖いだの、
もっと笑えだのと文句しか言われないし
つっかかって来られているんだが。」
「いやいや、そりゃ単に構って
もらいたいだけですって。
口は悪いけど、後輩として純粋に
旦那を慕ってると思いますけどねぇ。
なにしろ双剣使いに復帰した旦那に
手合わせして貰おうと必死で
腕を磨いているんですよ?
送られてきた修理依頼の魔道具は
シェラさんお得意の武器でした。
長期演習に出る前に調整して
渡しておいたのに、もう壊れるほど
使い込んでますからね。」
「というと鞭か。」
「そうですよ。普通の使い方なら
壊れないようなとこが破損してるんで、
一体どんな無茶な使い方を
しているんだか・・・。シェラさん、
顔は綺麗なのに結構えげつない事
しますからねぇ。」
「そういえば双剣でシェラの鞭と
やり合ったことはなかったな。
仕方ない、手合わせに備えて俺も
剣の手入れをしておくか。」
「それがいい。あの人のことです、
手合わせをして勝ったらどんな
無理難題を旦那にふっかけてくるか
わかりませんよ。」
「分かった。その他に何か
気になることはないか?」
そう聞けば、ふーむとしばし考えた後に
そういえば、と声を上げた。
「髪飾りに使うソル貝を仕入れに
行った先で聞いた話ですがね。
なんだかタチの悪い窃盗団が
あちこち国をまたいで暴れてるとか。」
「窃盗団?」
「金や物を盗むだけでなく、最近は
目を付ければ貴族の子供だろうと
攫って奴隷商に売り飛ばしたり
身代金をせしめたりしてるとか。
それに、前は物資を強奪するだけ
だったのが今は強奪した上に
殺人まで犯したり放火をしたりと、
段々とやる事が大胆になって来ている
らしいです。まだこの国までは流れて
来てはいないみたいですけど、
気を付けるに越した事はないですよ。
ぜひ騎士団や街の警備隊にも
伝えておいて下さい。」
そんな話は初耳だ。貴重な情報を
ありがたく思い、短剣の手入れ代を
幾らかはずんでおいた。
これは王宮に戻り次第すぐに
各方面に伝えて国境警備を
見直してもらわなければ。
段取りを考えながら奥の院に戻り
リオン様の所在を尋ねたが、
どうやらまだ今日の政務から
戻っていないらしい。
それでは、と次にユーリを探した。
確か今日は一日奥の院にいるはずだ。
ルルー殿に尋ねたら、中庭で
本を読んでいるはずだから
ついでにそろそろ中に連れてきて
欲しいと頼まれた。
中庭のいつもの木陰にユーリの
シルエットが見えたので声を掛ける。
「ユーリ、そろそろ中に・・・」
だが、ユーリは気持ち良さそうに
すうすう寝息を立てて寝ていた。
木に寄りかかって、膝の上には
魔物図鑑を広げたままだ。
どうやら本を読みながらそのまま
寝てしまったらしい。
騎士団の見学で模擬魔物を倒す演習を
見てから、魔物に興味が出たのか
最近は王宮図書館からこうして図鑑を
借りてきてはよく読んでいる。
そのうちまた騎士団の演習見学に
誘ってみようか。
そうしたら、今度は食堂でユーリに
食べ物をねだられても断らないで
分けてあげよう。
そう思いながら、何度か声を掛けたが
起きる気配はない。
仕方がないので、起こさないように
そっと抱き抱えた。
俺の肩口にユーリの顔を乗せて支え、
静かに歩き出したが首にユーリの
豊かな黒髪がかかってくすぐったい。
そこでふと先日のことを思い出した。
俺やリオン様へ剣の下緒を
くれたように、シグウェル達にも
ブレスレットを渡すのだと
ユーリが魔導士院に行った日のことだ。
帰ってきたユーリは顔を赤くして
なんだか怒っていて、
同行したマリーに話を聞いたら
彼女も頬を染めて興奮しながら
理由を教えてくれた。
話を聞いて、シグウェルの言動の
突飛さに眩暈がした。
・・・またあいつは、一体何を
言い出すんだ。
ユーリの匂いがどうだとか、
考えたこともなかった。
本当にあいつの考えていることが
分からない。
ユーリが怒るのも当然だ。
そしたら、それを聞いたリオン様が
ちょっとこっちにおいで、と
ユーリを手招きした。
『僕にもちょっと試させてくれる?
少しだけユーリに顔を寄せさせて
欲しいんだけどいいかな?』
遠慮がちに神妙な顔付きでユーリに
そう聞いていたが、あれは演技だ。
長年側にいたから分かる。
そんな顔で申し訳なさそうに
リオン様にそう言われたら
ユーリが断るわけがない。
あれは遠回しに
『自分にもユーリの匂いを
嗅がせて欲しい』
と言ってるのと同義なのに、
本人は全然気付いていない。
案の定、少しだけなら・・・と
ユーリは許可をした。
なんというか、最近気付いたがユーリは
リオン様の押しやお願いに弱い。
いや、そうなるようにいつの間にか
リオン様がユーリを手懐けて
しまったというか・・・。
ともかく、ユーリ本人の許可が
出たのでリオン様はとても嬉しそうに
ありがとう、と言ってユーリを
ぎゅっと抱き寄せた。
『えぇっ⁉︎』
声を上げてユーリは驚いていたが、
まあそうなるだろうな。
リオン様のことだ、そうすると思った。
本人の許可のもと、堂々と抱き締めて
その首筋に顔を寄せていたが
『やっぱり僕にも分からないね。
なんとなくお菓子の甘い匂いは
するような気はするんだけど』
とこれまたその耳元で低く囁いたのも
きっと確信犯だ。
それに対して、ガチガチに
固まってしまっていたユーリが思わず
『ごっ、ごめんなさい‼︎夕ご飯前なのに
さっきお菓子を食べましたっ!』
・・・つまみ食いを白状した。
おかげでそれまでの妖しい雰囲気が
綺麗さっぱり霧散してしまった。
リオン様も目を丸くした後に
あはは、と明るく笑って
つまみ食いもほどほどにしないと
ルルーに怒られるよ?と
ユーリの頭をひと撫でして解放した。
そのやり取りを思い出し、
つい自分の肩に乗るユーリの顔を
意識してしまう。
風になびく黒髪が俺の頬を撫でている。
元より魔力のない俺に、ユーリの
魔力の匂いなど分かるわけがない。
頭では理解していたが、そっと
息を吸い込んでみた。
やっぱりわからない。
そのかわり、いつもの花のような
柔らかさを感じる爽やかな
甘い香りがする。
これは召喚の儀式の時に初めて
ユーリを抱き上げた時から
かすかに香っているので、
魔力ではなくユーリ本人の
香りではないだろうか。
そう思うが、どうせ本人に伝えても
恥ずかしがるだけだ。
わざわざユーリに恥ずかしい思いを
させることもあるまい。
そんな香りや匂いがどうのよりも
ユーリが今ここにいることの方が大事だ。
ノイエ領で大きく成長した姿になった時
もう二度と今のユーリに会えないのかと
胸が苦しくなった。
いつものユーリはどこかへ消えて
いなくなってしまったのかと
思ったら何も考えられなくなった。
あんな思いはもう二度とごめんだ。
そっと懐にある髪飾りの箱に触れる。
彼女のために作ってもらった、
この世に同じ物は二つとない髪飾り。
イリューディア神の望みに応え
この世界に来てくれた、
俺達に出会ってくれた。
髪飾りが二つとないように
ユーリもこの世界・・・
いや、俺やリオン様にとっては
もうなくてはならない、
世界に一つだけの
大切な存在になっている。
その感謝も込めてこれを
ユーリに贈ろう。
そう思いながら、箱を握る手に
僅かに俺は力を込めた。
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