シグウェルさんと一緒 7
「出来ました‼︎」
そう言って満足げに組み紐を
掲げた私に、
「大変良い出来ですよ、ユーリ様。」
シンシアさんが微笑んでくれた。
マリーさんもその出来映えを
チェックしてくれて、
「初めて作ったにしてはお上手です、
目のつまり具合もしっかりして
いますし色のバランスもいいです!」
と、褒めてくれた。ルルーさんは
そんな私達のやり取りを微笑ましく
見守ってくれている。
「2人の教え方が上手だからですよ!
まさかこんなに早く出来上がるとは
思ってませんでした!」
完成させた四つの組み紐を眺めた。
正確にはブレスレットが2つに、
剣に下げられる飾り紐・・・
下緒が2つだ。
「この間の街歩きで、マリーさんが
良いお店に寄ってくれたおかげです!」
そう。先日、シグウェルさんの
お屋敷帰りのことだ。
文房具屋さんに行き、あれこれと
便箋を選んだ。
さすが親戚だけあってシグウェルさんは
アントン様の好きな色や意匠を
よく知っていた。そのおかげで、
便箋を選ぶのにとても助かった。
そこへマリーさんが合流して、
帰るのかと思ったらまだ少し
時間があるからと、私のドレスや
小物に使うリボン類を見たいと
もう一軒立ち寄ったのだ。
色んな布地やリボン、紐に小物を
扱っているそのお店は私達の他にも
貴族に仕えている侍女さんや
衣装係らしい女の人達ばかりで
男の人は入りづらそうな店構えのため、
シグウェルさん達には馬車で
待っていてもらった。
その時に、店の中を眺めていて
ふと私にも何か作れないかと思った。
リオン様やシグウェルさんには
チョーカーに合うネックレスや
結界石を貰ったし、
その2人といつも一緒にいる
レジナスさんやユリウスさんにも
お世話になっている。
お返しにプレゼントができればと
考えてマリーさんに相談したら
組み紐を作ることを提案された。
基礎さえ覚えればすぐに作れるし、
長さを調整して作れば
ブレスレットにも髪紐にもなる。
幸いにもシグウェルさん達は
馬車の中だし、材料を買って後で
作ってからサプライズプレゼント
することもできそうだった。
そんなわけで、材料を買い揃えてから
1週間あまりの間に私は
シンシアさんやマリーさんに
教わって組み紐を作った。
リオン様とレジナスさんには
それぞれをイメージした色の
剣に下げられる飾り紐を。
リオン様はロイヤルブルー、
レジナスさんは黒だ。
シグウェルさんとユリウスさんは
剣を持たないのでブレスレットにした。
こちらもやっぱり2人をイメージして
シグウェルさんは銀、ユリウスさんは
深い赤で作った。
そして四つとも、ルルーさんの
『皆様の色だけでなくユーリ様の
お色も入れた方が喜ばれますよ』
と言うアドバイスで金色を入れてある。
私の瞳の色の特徴だそうだ。
それから飾り紐にもブレスレットにも
魔導士さんにお願いして手に入れた
ビー玉くらいの大きさの結界石を
一つずつ組み込んでいる。
それにはちゃんと私の加護をつけた。
万が一、これを付けている時に
危ない目にでも遭ったなら、
本人の身代わりに災いを
引き受けてくれますようにと
願いを込めた。
気休めかもしれないけど、
私に出来るのはこれくらいだからね。
「この間は街を見て歩くのに
全然時間が足りなかったので、
早くまた行きたいです!
そしたら今度はあのお店で
ルルーさん達の分の材料を買って、
次はみんなの分も作りますね!」
勿体無いお言葉です、とルルーさんは
恐縮してシンシアさん達も
どうかお構いなく、と言ってるけど
どことなく嬉しそうだ。
普段お世話になっていることを
考えればまだまだお返しし足りない
くらいだけどなあ。
完成したものを手に、
さっそく翌日の朝食の席で
それをリオン様とレジナスさんに
あげたら2人ともとても喜んでくれた。
すぐにその場で2人とも
剣に付けてくれたけど、
レジナスさんは剣が2本なのを
私はすっかり忘れていた。
「後でもう一つ作って渡しますね!」
そう言ったら、リオン様を差し置いて
俺だけ二つも貰うわけには、と
レジナスさんに断られかけた。
そしたら、
「いいじゃないか。もし気になるなら
レジナスもユーリに何か贈り物を
するといいよ。そのお返しに、
もう一つ飾り紐を貰えばいい。」
リオン様が助け舟を出してくれた。
いつものお礼のつもりで作ったのに、
何だかプレゼントの催促みたいに
なってしまって申し訳ない。
まあそれでレジナスさんが飾り紐を
受け取ってくれるなら良しとしよう。
そして次に魔導士院へと向かう。
シグウェルさんとユリウスさんにも
プレゼントするためだ。
「いらっしゃい、ユーリ様。
先日はお疲れ様でしたっす!」
団長室でユリウスさんが迎えてくれた。
どうやら今日は書類仕事の日で、
シグウェルさんの報告書の
進捗状況を監視しているらしい。
「この間ここで加護を付けてもらった
ワインなんですけど、実はいくつか
王都の馴染みの店に卸したんすよ。
そしたらいつものものより
味がいいとかで、かなり好評っす!」
「味も変わってるんですか?」
「熟成されたような、角の取れた
丸みのある味だとかなんとか
言ってたっすねぇ。
さすがに体調が良くなるとか、
そういう効果はないみたいっすけど。」
へえ。それはぜひ飲んでみたかった。
お酒に弱い体なのが悔やまれる。
「おいしく飲んでもらえるなら
何よりです!星の砂の方は
どうですか?」
そこで書類と向き合っていた
シグウェルさんが初めて顔を上げた。
「君だけで加護をつけた方の砂は
今までよりごく少量でも遥かに
素晴らしい色と火力になっている。
イリヤ殿下の式典での花火を
楽しみにしておくといい。」
ユリウスさんもそれに頷く。
「あんなに綺麗に金色が乗った花火は
初めて見たっす。空での滞空時間も
今までのものより長いし、
式典にふさわしい華やかさなんで
皆に見てもらうのが楽しみっすね~。」
「じゃあもう一つの、私と
シグウェルさんの2人で一緒に
作った方の砂はどうですか?」
「ここに一つ持って来ている」
「えっ⁉︎」
危ないから持ち出し禁止じゃないの?
そう思っていたら、引き出しから
三角フラスコみたいな透明な入れ物を
シグウェルさんは取り出した。
中には金銀、紫に輝くガラス質も
混じったあの砂が確かに入っている。
「大丈夫なんですか?」
「アンタいつの間にここにそんなの
持ち込んでたんすか⁉︎」
ユリウスさんも驚いているということは
彼にも内緒で持ち込んだということか。
「落としても割れない防護魔法に
砂自体にも結界魔法をかけてある。
ほら」
まさかのその場で床に落として見せた。
「うわぁ‼︎」
青くなったユリウスさんの前で
ゴロンゴロン、とフラスコは転がった。
相変わらず行動が読めない。
「こうやって落とした程度の
衝撃では割れないが、こうして
強めに何度か振ってやれば点火する」
説明しながらシグウェルさんが
フラスコの首部分を持って
何度か上下に振ってみせると
入れ物の中でボッと火が付いた。
パチパチと金や銀色の火花がはじけて
すごく綺麗だ。
「シグウェルさん、それ持ったまま
ですけど熱くないんですか?」
明るい炎をあげるフラスコの
首の部分をシグウェルさんは
平然として持っている。
「それが不思議なことに全く熱くない。
これなら周りに燃えやすいものが
あっても熱で引火することもないと
思う。君が加護をつける時に、
砂以外は燃えないようにと言ったのが
要因かも知れないな」
そこでふと思い出したように、
「そういえばこれを見たセディが
泣いて喜んでいた。
この成果は本家に伝えるべきだとか
言って、勝手に砂をいくらか
オレの実家に送ってしまっていたが
許可も得ずに悪いな。」
それからまた君を屋敷に連れて来い
とも言っていた。
そうシグウェルさんに言われて
思わず苦笑いしてしまった。
セディさん、シグウェルさんに
友達が出来たのがそんなに
嬉しかったんだ。
じゃあこれを見たらもっと喜んで
くれるかな?
同行してくれたマリーさんに
預けていたブレスレットを取り出す。
「実は今日来たのは、いつもお世話に
なっている2人にあげたいものが
あったからなんです。
もしかすると、これもセディさんに
見せたらもっと喜んでくれるかも
知れませんね。」
深い赤のものと、銀糸で編んだものと。
2つの結界石付きのブレスレットを
手に取って見せた。
「赤い方がユリウスさんで、
銀色のがシグウェルさんのです!
初めて作ったんで不恰好ですけど、
いつもお世話になっているお礼に
ぜひ受け取って下さい」
「えっ、俺にもっすか⁉︎
ちなみに殿下はこのこと・・・」
イチゴ事件が相当トラウマなのか
ユリウスさんのリオン様に対する
警戒心がいまだに物凄い。
「大丈夫ですよ!リオン様と
レジナスさんにも、ちゃーんと
プレゼントしてますから!」
それを聞いてようやく安心したらしい。
「ほら団長、見て下さい!
ユーリ様の手作りですってよ、
すごく良く出来てます‼︎」
胸を撫で下ろしたユリウスさんに
そう言われて、シグウェルさんも
私の手にあるブレスレットを
まじまじと見つめている。
「一緒に入ってる金色は私の
瞳の色のイメージです。結界石にも、
私が加護の力を込めましたよ!」
ユリウスさんはさっそく自分の分を
手に取り、付けてくれた。
「うわぁ、めっちゃ嬉しいっす‼︎
今日帰ったら絶対あのクソ親父に
自慢しますからね!
ありがとうございます、ユーリ様‼︎
これで俺にとって2番目に大事な
思い出が出来たっす・・・‼︎」
あ、それはあれですか。
どうあっても私に指を噛まれたのが
一番ってこと?
早いところその記憶を上書きして
欲しいんだけどな・・・。
そう思っていたら、
シグウェルさん用のブレスレットを
持っていた私の手首がふいに引かれた。
ん?と思って見てみると、なんと
シグウェルさんが私の手首に
口付けている。・・・ように見えた。
「ひあ⁉︎」
びっくりし過ぎて変な声が出た。
ユリウスさんも
「ちょっ、団長⁉︎アンタまた距離感
おかしいっすよ⁉︎」
と抗議した。
でもよくよく見れば、
口付けてるんじゃなくて
私の持っているブレスレットに
嵌め込んである結界石の匂いを
かいでいたみたいだ。
初めて会った時にいきなり
顔面近くにせまられて
イリューディアさんの気配を
探られた時を思い出す。デジャヴだ。
驚いて固まってしまった私に構わず、
シグウェルさんは一人納得したように
小さく頷くと流し目をくれるようにして
私と目を合わせた。
「なるほどかなり強い加護を
付けてくれたらしいな、
ありがたく受け取ろう。」
「そ、そんなので分かるんですか?」
何とか言葉を絞り出した。
そうだ、次に何かあっても
シグウェルさんのイケメンオーラに
負けずに冷静に大人の対応をすると
決めたじゃないか。
頑張れ私。
大丈夫だ、前と違って壁ドン的なやつを
されてるわけじゃないし。
「イリューディア神の気配よりも強く
君の匂いがする。
・・・・いいな、気に入った。」
いや、言い方‼︎
私の匂いがするから気に入ったとか
言ってることがおかしくない⁉︎
顔が良いからついうっかり
許してしまいそうになるけど、
言ってることは変質者じみている。
あれ?そういえばシグウェルさんて
変わり者だったっけ?
いや違った、天才だっけ?
よく分からなくなってきた。
混乱して、思いがけない言葉に
何も言えなくなって池のコイみたいに
口をぱくぱくしてしまう。
絶対に今、私の顔は耳まで赤い。
私どころか、そばでそれを聞いていた
マリーさんまで今までに見たことが
ないくらい赤くなっている。
「は、いや、に、匂いとかそう言うの、
女の子にしっ、失礼ですよっ⁉︎」
狼狽えながらも、とりあえず
何とか注意出来た。
どうやらシグウェルさんは物理的な
距離感だけでなく物の言い方も、
友達にはどうするべきか距離感が
分かっていないらしい。
そうしたら、こっちはやっとの思いで
言葉を絞り出したというのに
シグウェルさんは不思議そうに続けた。
「君の匂いは蜂蜜か果物のような甘い、
ずっと嗅いでいても不快ではない
良い匂いだが?何か不満でもあるか?」
不満とかそう言う問題じゃない。
え?もしかしてシグウェルさん的には
それ、誉めてるつもりなの⁉︎
するとそれを聞いたユリウスさんまで
一生懸命自分のブレスレットの
匂いを嗅ぎ出した。
「全然分かんないっす。
それってユーリ様本人と言うより、
ユーリ様の魔力の匂いを
感じ取ってるんじゃないっすか。
だから高度な魔力まで感じ取れる
団長しか分からないのかも。」
俺もユーリ様の匂いを
感じてみたかったっす、とか
残念そうに言ってるけど
恥ずかしいから絶対やめて欲しい。
言ってることがおかしいから!
それを聞いたシグウェルさんは改めて
もう一度、結界石に顔を寄せた。
「これが分からないとは勿体無い。
・・・だがそうか、これはオレしか
理解できないのか。」
それはそれで悪くない。
そんな小さな呟きが聞こえた。
そこに妙な独占欲を出されても困る。
どうしたらいいのかいよいよ
分からなくなって、これは本気で
怒らないと伝わらないんだなと
シグウェルさんを見上げた。
「に、匂いが気に入ったとか
恥ずかしいからもう絶対に
言っちゃダメですよ‼︎禁止です‼︎
もし言ったら、もう二度と
シグウェルさんとは口を
聞きませんからね、絶交ですっ‼︎
おうちにも遊びに行きませんよ、
分かりました⁉︎」
興奮すると相変わらず大人らしさを
どこかに忘れてしまって、
子どもっぽい語彙力しか
発揮できなかったけれど
私なりの精一杯の抗議だ。
恥ずかしさのあまり顔は真っ赤だけど、
これ以上ヘンなことを言ったら
友達やめるぞ宣言の意味を込めて
ちゃんと真剣な表情で怒った。
それなのに、
「ああ、その顔も悪くないな」
シグウェルさんには、
あやすように頭を一つポンと
撫でられて終わってしまった。
なぜか目を細めて眩しげに
私を見ている。
とてもじゃないけど、
怒られている人の態度ではない。
なんで伝わらないんだろう⁉︎
ユリウスさんまで
「ユーリ様・・・・。
それ、かわいいだけっすから」
という始末だ。おかしい。
「ちょっとそこに座って下さい‼︎」
なんなのこの人たち。
一度じっくり腰を据えて
話をした方がいいのかも知れない。
そう思ってもう一度声を上げたのに
じゃあお茶を準備するっすね、と
まるでこたえていない。
違う、そういう事じゃない。
結局、私の抗議は全く伝わらないまま
終わってしまったのだった。
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