指輪ものがたり 11
シンシアさん達が持たせてくれた夜会用のドレスは、ここぞという大事な時によくあつらえてくれる私の瞳の色に良く似た深い藍色から黒へのグラデーションが美しいものだった。
いつもはそのドレスの裾に金色に輝くビーズを星の煌めきのようにいくつも付けてくれているけど今回のドレスの裾は金糸銀糸の刺繍と金のレースで縁取られ、付けてあるのはビーズではなくアメジストの宝石だ。
なんていうか、ミアさんを牽制しようと私の瞳の色やシグウェルさんの髪色をあしらったドレスにシグウェルさんの瞳の色の宝石をわざわざ付けたあたりにシンシアさんやマリーさんの気合いを感じる。
しかもノースリーブで背中もざっくりあいたドレスの上に羽織るようになっているケープの縁取りは、前にシグウェルさんの家から送られたあの銀毛魔狐の毛皮だ。
あの毛皮で作ったコートは十歳児の私のサイズに合わせてあったので成長して着られなくなっていた。
シンシアさんはそんな貴重なものを使えないままなのは勿体無いと、コートをほどいてスヌードや手袋など別の物にあれこれ仕立て直していたけど、こんなケープも作っていたとは知らなかった。
私の着替えを手伝ってくれていたクレイトスの侍女さん達も、さすが魔導士の多い土地柄・・・というかもしかするとその人達も魔導士なのかも知れない、銀毛魔狐の貴重さはよく知っているようだった。
「こんなにも美しく傷ひとつない、厚手の銀毛魔狐の毛皮は初めて見ました」
「さすがはユールヴァルト家ですね。毛皮を傷付けずにこの魔狐を倒すのに、どれほどの魔力と労力が必要だったことか考えるだけでも恐ろしくなります!」
と、触れるのも恐れ多いとばかりに慎重な手つきで私の肩にケープを羽織らせてくれた。
そして髪を編み込み綺麗にまとめてくれている侍女さんが私に、
「これほど貴重なものを身に付けたユーリ様がご出席くださるなんて、婚約披露の祝いの場にこれほどふさわしく華やかなものはありません。シグウェル様の第一夫人としてミアお嬢様をお認めくださり、お祝いしてくださるユーリ様のお気持ちが良く伝わってまいります、ありがとうございます。」
とにこやかに言ってきた。
・・・婚約披露の祝いの場?ちょっと待って、今夜の晩餐会はルーシャ国から来た私とシグウェルさんを歓迎して開かれるものだって聞いているんだけど?
聞き間違いだろうか。鏡の向こう、私の髪を整えてくれている侍女さんを思わず見つめてしまった。
だけどそんなもの言いたげな私に気付かずに侍女さんはまだ話し続けている。
「ミアお嬢様をシグウェル様の伴侶としてお認めくださっただけでなく、こうして婚約披露の祝宴にもお二人揃ってご臨席いただけるなんて、ユーリ様は噂に違わずお優しく慈しみ深いお方です。さすが、イリューディア神様のご加護も篤い癒し子様」
・・・やっぱり婚約披露って言ってる。聞き間違いじゃなかった。
ていうか、ミアさんをシグウェルさんの婚約者だって認めたわけじゃないし、それをお祝いする夜会に出るためにここに来たわけでもない。
だけど侍女さんの話ぶりでは婚約披露の夜会が終わればすぐにでもミアさんは私達と一緒にルーシャ国へ行きそうだ。
断じて私とシグウェルさんはミアさんをルーシャ国へ迎えるためにここに来たんじゃない。シグウェルさんはこの事を知っているんだろうか?
「エ、エル君・・・」
侍女さん達が私のアクセサリーを取りに少し離れた隙にエル君を呼ぶ。
エル君も今までずっと室内の端の方で護衛をしてくれていたけど、綺麗に気配を消していたせいで侍女さん達はまるでエル君の存在に気付いていないようだった。
だからもしかすると、私一人しかいないと思って口が滑って婚約披露の話をしたのかも知れない。
私の呼びかけに音もなく近付いたエル君に
「今の話、聞きました?」
と尋ねれば、
「クレイトス大公は大々的に婚約発表をすることで婚約破棄を防ごうとしているのかも知れません。名のある貴族や魔導士達の前でそんな事を公式に発表されたらさすがにシグウェル様もユールヴァルト家の面子のためにすぐには婚約破棄が難しくなるかも知れませんし。」
と頷いた。やっぱり今夜、これから開かれる夜会は間違いなくシグウェルさんとミアさんの婚約発表の場だ。
「念のため、この事をシグウェルさん達に伝えてもらってもいいですか?」
とお願いすれば、それにも頷いてくれたエル君はまた音もなく静かに部屋を出て行った。
その後、支度の整った私の元へ迎えに来てくれたシグウェルさんは私の顔を見るなり
「エルから聞いた。」
と言うとエスコートのために手を差し出してくれたので、その腕に寄り添えば周りに聞こえないように
「あの赤ダヌキ、よくもまあ素知らぬ顔で俺たちを夜会に招待などしたものだ。」
と言ったので、どうやらシグウェルさんも知らない話だったらしい。
私達の後ろでは同行しているユリウスさんも小さな声で
「団長をハメようとするなんて怖いもの知らず過ぎて逆にこっちの胃が痛くなるっす」
なんて言っている。
「どうするんですかシグウェルさん。このままだとミアさんとの婚約を発表されちゃいますよ?」
何か手はあるんだろうかと心配すれば、
「君に言っただろう?婚約破棄をするための手を考えるから少し時間をくれと。ここに来るのに殿下の許可がおりてもすぐに出発せず二日待ってもらったのもそのためだ。」
と返された。見上げたその顔は薄い氷の微笑を浮かべている。
・・・あれ?これはなんか、碌でもないことを考えている顔では?
そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、後ろからコソコソ話しかけてくるユリウスさんの声も少し焦りを含んでいた。
「ちょっと団長⁉︎何を考えて何に二日もかけて準備してきたのか知りませんけどそれ、本当に大丈夫なヤツですか⁉︎せっかく殿下が穏便に済ませようと親書まで持たせてくれたのに、それをムダにするやつじゃないっすよね⁉︎」
「穏便に済ませようとした殿下の努力を先に無駄にしたのはあの赤ダヌキの方だ。まるで騙し討ちのように俺とユーリをミア嬢の婚約発表の場に立ち会わせるんだからな。それなら後は俺のやり方で婚約を破棄させてもらうしかないだろう?」
「たくさんの人達のいる夜会で騒ぎだけは勘弁して欲しいっす!とりあえず宴会場に入ったらすぐに大公閣下と話して、その場での婚約発表だけはしないでもらうよう頼むっすよ!」
話せば話すほど嫌な予感しかしない、とユリウスさんはなるべく穏便に!と必死でシグウェルさんに話しかけていたけど、当のシグウェルさんはそれをまるっと無視して侍従さんに案内されるままスタスタと歩いた。
それどころか、ユリウスさんが注意しているその合間には私に
「とても良く似合っているドレスだが、ケープで君の白くなめらかな美しい背中が隠れているのは残念だな。それでは直接君の背に触れることが出来ない。」
と耳元で囁いてそっと耳たぶに口付ける始末だ。
「何するんですか⁉︎」
こんなところでそんな思わせぶりな口付けはやめて欲しい、変な気分になる。
耳たぶをかすめるように触れただけの、ひんやりと柔らかな口付けだったのに腰に感じた甘やかな刺激を気付かないふりでやり過ごし、赤くなって抗議する。
だけどそんな私の態度をシグウェルさんはお見通しのようで
「本当に君はこの手の刺激に弱いな」
と面白そうにした。
「人をからかうなんて随分と余裕がありますね⁉︎」
と怒れば
「こんな面倒ごとは早く片付けて国に帰り、君とゆっくり二人だけで夜を過ごしたいものだ」
と言い、それにユリウスさんが
「後でどんだけイチャついてもいいんで、頼むから今夜の夜会だけは穏便に済ませて欲しいっす‼︎」
とたまらず声を上げた。
だけどその後シグウェルさんのしたことは、晩餐会の会場に入り私達を出迎えたミアさんに挨拶をするのでなく衆人環視の中で開口一番
「レディ・ミア・アンジェリカ・クレイトス。君との婚約は破棄させてもらう。」
という、穏便という単語を一刀両断にぶった斬るものだった。




