癒やしこの夜 3
夕方、ベッドテーブルに乗せたスープと野菜の煮込みを口にしているシェラさんの隣に小さいテーブルを用意してもらい私もそこで夕食を一緒に取った。
あまり人がいては気を使うかなと思って、給仕もエル君だけがやってくれている。
「少し顔色が良くなったみたいですね?」
眠る前よりもシェラさんの顔にわずかに生気が戻ったような気がしてそう言えば、スプーンを手にシェラさんが
「ユーリ様の看病と薬湯のおかげですね。明日には回復していますし、また朝からお世話をさせて下さい。」
とニコリと微笑んだ。
「明日からはまだ早いと思いますよ⁉︎」
「今夜、オレの調子がまだ戻らないようであればユーリ様がその御力をわざわざ使って治してくださるんでしょう?」
それは確かにそう言ったけど!でもそれは私の世話をさせるためじゃなくて、体調を崩したシェラさんが心配で少しでも早く元気になって欲しいからだ。
「・・・一応、リオン様やレジナスさんみたいにずっと元気で病気や怪我にも強くなる加護をつけるつもりなんです。でもだからってそれに調子づいて無理だけはして欲しくないです。」
この後シェラさんにつけるつもりの加護について話せば、ちょっと驚いたように目を丸くされた。
「それほど強力な加護をオレのような者に授けていただけるのですか?」
またそんな風に自分を卑下して・・・。と思ったのと同時にエル君からシェラさんに注意をするよう頼まれていたのを思い出した。
シェラさん、自己評価が低くて自分のことを大事にせず無頓着だから寒空の下でも平気で訓練なんかして風邪も引くんだよ。
「他の人たちから聞きましたけどシェラさん、冬の夜みたいな寒い時でも薄着で外に出て訓練をしてるそうですね?心配になるからあんまりそういう事はしないで下さいよ?」
「ご心配をおかけしたようで申し訳ありません。しかしそれは何というか、昔からの習慣みたいなものでして。」
少し困ったような笑顔を浮かべたシェラさんが続ける。
「深夜の方が集中出来ますし、冬は空気が澄んでいて薄着の方が肌感覚が研ぎ澄まされるので動きやすいというか」
「習慣でやめられないって言うならせめて真冬の夜はやめるとか、夜の訓練の回数を減らすとか・・・」
食べ終えた食器をエル君に渡して片付けてもらいながら提案すれば、食後の薬湯を手にしていたシェラさんにじっと見つめられた。
「な、なんですか?」
「それほど仰るのでしたら、ユーリ様にはオレが訓練に行かないように引き止める方法があるんですが・・・気付いていないですよね?」
いやだから今、あんまりそういう事はしないでってお願いしたよね?引き止める方法ってそれじゃないの?
首を傾げた私にふふ、とシェラさんが笑った。
「夜間訓練にオレが行かないようにユーリ様が一緒に寝てくださればいいんですよ。さすがにオレを抱きしめるユーリ様を振り払ってまで寒い訓練場に行く気にはなれません。」
「なっ・・・‼︎」
「冬場の寒さよりもユーリ様に抱きしめられる暖かさの方が良いに決まっていますからね。これから寒い日は毎晩ユーリ様の元へ通っても良いということでしょうか?」
薬湯の入ったカップを両手で包み込むように持ちながらこちらに艶然と微笑むその姿はほぼいつも通りだ。
「そんな事が言えるなんて随分元気になりましたね!」
「おや、お返事はいただけないのでしょうか」
答えなきゃダメなやつなんだ⁉︎うぐ、と言葉に詰まるけどシェラさんはにこにこしながらまだ待っている。
「ま、毎晩とかそれはさすがに・・・。たまにならいいですけど・・・」
うろうろと視線を彷徨わせながらそう答えれば、
「ありがとうございます。これで言質は取りましたので、冬の夜はオレが他の伴侶の方々よりも優先されるということですね。」
「は?ええ⁉︎」
そういう意味⁉︎それを聞いたらまたリオン様あたりに呆れられる。
「今までも冬はわりと好きな季節でしたが今年からはもっと好きになれそうです。早く寒くなるといいですねぇ。」
そうしたらまたダーヴィゼルドでの朝のように、夜が明けたら温かなお茶を持って朝焼けを見に城の高台へ行きましょうか。
そんな話をするシェラさんはまた更に元気そうだ。
「なんだかもう私が加護を付けなくても元気そうですね⁉︎良かったです‼︎」
「まさか。まだユーリ様を押し倒したり満足させられるような体力までは全く戻っていませんよ。試してみますか?」
そう言われてぐいと手を引かれると、ベッドのヘッドボードの枕を背もたれに座っていたシェラさんのすぐ側へ引き寄せられた。
そのままこつんと額を当てられ、
「・・・ほら、まだ少し熱があるでしょう?オレにはユーリ様のご加護が絶対に必要です。」
そう囁かれた。確かにまだ少し額は熱い。それに話している声もまだ気だるげだ。
「こんな冗談言ってないで安静にしていて欲しいんですけど」
「ですがユーリ様のご加護を受けましたら、この先はこんな風に看病をしていただける機会はないでしょう?ああ、そう考えたらさっきの食事もユーリ様に食べさせていただくべきでした。惜しいことをしましたねぇ。」
額を付けているので物凄く至近距離にある熱っぽい金色の瞳が笑んでいる。
恥ずかしくなって離れようとしたら、まだ離れて欲しくないと言うように私の両頬にそっとシェラさんの両手が当てられた。
その指先も、やっぱりいつもよりまだ熱い気がする。
「・・・ユーリ様、もしよろしければ今日は加護を付けた後もオレが眠るまでは側にいてもらえませんか?」
なんだか甘えるようにそう言われたお願いに困惑した。
それは勿論そうしようと思っていたけど、まさか加護を付けたら「はい、もう治しましたから大丈夫!」とさっさと自分の部屋に帰るような薄情者だとでも思われていたのかな?
そんな事を考えていたら返事をするのが一拍遅れて
「やはりダメでしょうか・・・?」
と少し気落ちした調子の声音が聞こえてきてハッとした。いけない、病人を不安にさせるなんて。
「大丈夫、シェラさんが眠るまでここにいますよ!そうだ、加護を付ける時に何か希望はありますか?リオン様に付けたような強い加護の力を使えば多分また花やら飴やら降るかも知れませんから。」
そしておそらく一瞬とはいえこの奥の院全体がまた真昼のように明るくなる。
シェラさんに強めの癒しの加護を付けると夜なのに明るくなって奥の院の他の人達を驚かせてしまうだろうと、さっきエル君に頼んでリオン様にはその許可ももらっている。
リオン様も、今夜この奥の院に勤めている人達にはそれを伝えてくれているはずだから遠慮なく力を使うつもりだ。
そうすればリオン様を治した時にはまだいなかったエル君やシンシアさん、マリーさんにリース君やアンリ君にも今夜同じような加護がつくだろう。
そんな風に思いながらシェラさんに希望を聞いたら、目を瞬いた後に
「それならオレはユーリ様と初めて言葉を交わしたあの王都の日の夜、金の雨と共に降り注いだリンゴの花が見たいです。」
そう微笑まれた。懐かしい大切な思い出を話すようなその眼差しにちょっと驚く。
あれがシェラさんの中でそんなに印象的だったとは思わなかった。
私はてっきり、シェラさんを伴侶として受け入れるってきちんと返事をした時に、ファレルの神殿で鐘の音と共に降って来たピンク色の花が見たいとか言われるのかと思っていた。
「あれでいいんですか?」
念のために聞き返せば、
「あれがいいんです。」
と頷かれた。
「それじゃまあ・・・」
まだ私の両頬に手を添えたまま、シェラさんの額は付けられていたのでそのままリオン様の時のように加護を付けることにした。
エル君は花が舞い落ちるであろう中庭の景色がよく見えるようにと、夜だからと引いたカーテンを開けてくれるとぺこりとお辞儀をして部屋を出た。私が集中出来るよう二人きりにしてくれるらしい。
居住まいを正して、私からもシェラさんの両頬に手を添えれば微笑みながらシェラさんは敬虔な信徒が祈りを捧げるように目を閉じてくれた。
深呼吸をして祈りを込める。私の大切な人がいつまでも元気で怪我もしませんように。あの白くて小さい、可愛い花がその心の慰めになるならば今夜もどうかそれが降り注ぎますように。
そうして噛み締めるように大切に、短いあの言葉を呟く。
「ヒール」
途端に、くっ付けている私達の額に体温とは別の暖かさを感じてそこを中心にぱあっと一瞬でまばゆい光が全てを満たす。
私とシェラさんの体だけでなく、部屋からも溢れんばかりのその光はきっと奥の院全体を満たしただろう。そう感じた。
そしてその光は一瞬で消えて、いつものように瞼の裏に感じる明るさもなくなって来たのでそろそろ目を開けようかと思っていたら、目の前から
「ああ・・・」
と思わず感嘆の声を漏らしたシェラさんの呟きが聞こえた。
「あの時と同じだ。あの純白の雪のような・・・」
オレの醜さを溶かしてくれるもの。そう言ったような気がした。
先に目を開けたシェラさんがじっと見つめる窓の外には、ひらひらとゆっくりいくつも降り注ぐように舞い落ちてくるリンゴの花が見えている。
「まるで雪が舞っているようではありませんか?」
窓の外を見つめていたシェラさんが私に向き直り、嬉しそうにそう言う。
確かに、見ようによってはそう見えるかもしれない。いかにも冬が好きだと言うシェラさんらしい。
「それなら雪が見たいって言っても良かったのに・・・」
「いえ、あの王都の夜と同じものが見たかったのです。ありがとうございますユーリ様。おかげで元気にもなりました。」
そう言われてぐいと手を引かれてどさりと布団の上に倒れ込む。
「ちょっとシェラさん⁉︎」
そのまま素早く布団の中へと引き込まれ、気付けばバックハグの状態であっという間に後ろから抱きしめられていた。
え?なにこれ、騎士のテクニック?寝技的な何かかな?
「急に何なんですか!」
抗議の声を上げればまあまあと諌められ背後から首筋に口付けを落とされる。
「オレが眠るまで一緒にいていただける約束でしたでしょう?今しばらくこのまま、二人で一緒にあの雪のように舞い落ちる花を見ていましょう。」
そう言われると弱い。目の前に見えているこの景色は、よく分からないけどシェラさんにとってはとても大事なものらしいから騒ぐのは無粋だ。
「あの時は大神殿の尖塔の上で一人これを見ていましたが、今はユーリ様とご一緒に見ることが出来てこの上ない幸せです。」
そんな事まで言われたからますます身動きが取れなくなってしまう。
そして時折りうなじや耳元に口付けを落とされたり髪を撫でたりされながら二人で外の景色を見つめていれば、やがて私を抱きしめる背後の体温の暖かさが心地良くていつの間にか眠りに引き込まれる。
シェラさんが眠るまで、どころか私の方が先に眠ってしまい結局朝までそのままだ。
そうして翌朝、まだ私を抱きしめたままのシェラさんにおはようございますと微笑まれ、そこでやっとシェラさんは最初から私と朝までいるつもりだったことに気が付いた。
その頃には二人分の朝食を部屋のテーブルにセットし終えていたエル君にも、
「鈍すぎですユーリ様。リオン殿下もユーリ様がお見舞いに行くと知った昨日のうちから、今朝の朝食もこちらに準備するようにと僕に仰っていましたよ。」
とかぶりを振って言われてしまった。
「オレは満足ですよ。ユーリ様に一晩中そばにいてもらい看病していただくなど、誰も経験したことのない貴重な体験が出来ましたし、あの美しい加護の光景をまた見ることができました。本当にありがとうございます。」
またシェラさんの口車にうまく乗せられた・・・?
ぽかんとしたままの私を後ろからぎゅっと抱きしめるシェラさんは、多分昨日の夜のように満足そうな笑顔をその顔に浮かべているんだろう。
そのぬくもりだけをやけに暖かく感じる朝だった。
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※この後の数話は「医者でも湯でも治せぬ病」の後日談としてお月様での更新となりますので、こちらでの更新は年明け後になります。その際はまた活動報告でお知らせしますのでよろしくお願い致します。




