議論は会議室ではなく寝室で起きている 1
※エリスの事件の後にユーリが倒れてから目覚めるまでの間の、とある日々の中での出来事です
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闇夜の中、月の光だけが差し込む室内は真っ暗ではなくその月明かりでまるで海の底みたいな深い藍色だ。
部屋の主はその室内に設らえられた大きなベッドの上ですやすやと眠り続けている。
長いまつ毛、白い顔、薔薇色の頬、赤く色付いた柔らかそうな唇に、その顔まわりに長く豊かに広がる絹糸のような黒髪。
ヘイデス国の聖女、エリスの暴走を止めたユーリはいまだに眠り続けている。
「もうあれから半年以上が経つんだよ、ユーリ・・・」
その頬にそっと指先で触れて僕は呟く。そうすればユーリの唇が僅かに口角を上げて微笑んだように見えた。
それは気のせいなのか、目の錯覚か、早く目覚めて欲しいと思う僕の願望が見せるただの幻なのか。
ヨナス神の力に囚われた聖女を止めると言ったユーリがその力を使い、僕が駆け付けた時に目にしたその姿は酷い有り様だった。
あの綺麗な長髪は切れてしまったのかところどころ長さがまちまちになっていたし、服もあちこち焼けこげたかのようにボロボロだった。
その手のひらや指先も、火傷をしたかのように赤く腫れ上がっているみたいだったし、顔色も蒼白で唇も色をなくして真っ青になっていた。
それなのに、僕と目があったユーリは嬉しそうに微笑んだ。
あちこちボロボロな見た目なのに、あの複雑な紫紺色の瞳の奥にはいつものように金色の光を浮かべて笑っていて、その瞳の美しさがやけに印象的で目を奪われた。
・・・だけど次の瞬間、ユーリはその場に崩れ落ちて意識を失った。
それは駆け付けて応急処置をしてくれたシグウェルから見てもここまでの魔力枯渇を起こして生きているのが不思議なくらいの容体だったらしい。
かろうじてその命を繋ぎ止めたのはユーリ自身の魔力の、予備の蓄えがあったからだ。
機転を利かせたシグウェルが僕の執務室に置いてあったフクロウの容器から、前にユーリから貰ったその魔力が凝縮されているあの真珠のようなものを持って来てくれてそれを使った。
そのおかげで今こうしてユーリは生きているようなものだ。
それ以来ユーリはこんこんと眠り続けている。
「こういうのは何だっけ・・・眠り姫、っていうんだっけ?王子の口付けで呪いが解けたり目を覚ましたりするんじゃないの・・・?」
そっと柔らかな唇の輪郭をなぞって呟く。
勇者様が自分の子どもたちの寝かしつけに話して聞かせたという異世界のおとぎ話のいくつかはそのまま王家の文献に残され伝わっていて、代々の直系王族の子供たちの寝物語にも使われている。
僕もいつかは、ユーリとの間に出来るだろうかわいい子どもたちを寝かしつける時に話してあげる日が来るだろうかと、その将来を夢に思い描いたりもしていたけれど・・・。
「君が起きてくれないと、この先のことなんて何にも決められないじゃないか」
ベッドに腰掛け、早く目を覚まして欲しいと願いながらその頬に口付けを一つ落とす。
毎晩自分の部屋に帰ってきてから、眠る前の挨拶代わりにするそれは最早ルーティーンみたいなものだ。
そうすれば後ろに一つにまとめていた僕の髪もさらりと肩口へと流れる。
早く目覚めますようにと、ユーリが倒れてからは願掛けで一度も切っていない僕の髪もだいぶ伸びてきた。
いつかユーリが目覚めたら、その願いをきいてくれたイリューディア神様への感謝を込めてユーリと二人一緒に大神殿へ赴いて、満願の奉納で切った髪を納めに行ける日が早く来ますように。
そんな事を思いながら口付けた頬を撫でていたら、背後の扉が静かに開いて室内に灯りが持ち込まれた。レジナスだ。
「リオン様、灯りも付けずにこんなに暗いままで今までいらしたんですか?」
「なんとなく、いつもの寝る前の習慣でね。ユーリは相変わらず気持ちよさそうに眠っているよ。」
「・・・そうですか」
室内のベッドから少し離れた応接セットのテーブル周りに灯りをいくつか灯しながらレジナスは少し間を置いてから答えた。
・・・相変わらず眠っている。
その意味は「まだ目覚める気配はない」ということだ。
それが分かっているからレジナスも言葉少なく頷くだけだったけど。
それでも暗く沈みそうな雰囲気を少しでも和らげたかったのか、レジナスにしては珍しく明るい声をその後に上げた。
「とりあえず灯りはこのテーブル周りだけで良いですか?この程度の明るさなら、眠っているユーリの妨げにもならないでしょうか。」
「そうだね。もし眩しそうだったらベッドのカーテンを下ろしてしまえばいいだろうし、とりあえずはこのままで。」
いくら意識がないとはいえ、眠るユーリの側をあまり明るくするのは憚られる。
かといって最初からカーテンを閉めてしまってユーリの顔が見られないのも嫌だし。
「ですがこんなにもユーリの近くで俺達が話をしていたらうるさいのでは・・・」
レジナスは気遣うようにちらりとベッドの方を見やった。
「まあねぇ・・・。だけどそれで『うるさいですよ!』ってユーリが起きてくれたらそれはそれで嬉しくない?」
「それはまあ・・・」
目をこすりながらむすりとした表情でそう言って起きて来るユーリを想像すれば、自然と笑みが浮かぶ。
と同時に、なぜ僕とレジナスが今ここにいるのかその理由を思い出して首を傾げた。
「・・・ところで、話を持ちかけてきたシェラはまだなのかい?残務整理に追われていた僕と君がてっきり最後なのかと思っていたんだけど」
「シグウェルにはすぐそこで会って、着替えてから向かうと言われたのでまた言い出しっぺのあいつが最後ですか」
レジナスが嫌そうな顔をして眉間の皺を深めた。
「先に飲み始めていようか?」
長方形のテーブルにはハムやチーズ、果物の他に簡単につまめる軽食があり、良く冷やされたワインも数本が準備されている。
それから白く輝く四つの杯。ユーリの伴侶だけが使える、あの氷瀑竜の骨から作られた杯だ。
『オレが思うに、それぞれがユーリ様を見舞い話しかけて声を聞かせてあげるのも良いのですが伴侶が四人揃って交流をしている、そんな何でもないいつもの日常のような声を聞かせてあげるのもたまには良いのではないかと思うのです』
シェラが突然そんな事を言い出したのはつい最近のことだ。
『意識のない病人も声は聞こえていると言いますし。ユーリ様もたまにオレ達の声掛けや感触に微笑まれることがあるでしょう?ですから四人揃って楽しげに会話でもしていれば、聞き馴染みのあるオレ達の声に誘われてユーリ様が目覚めるきっかけの一つにでもなりはしませんか?』
・・・ユーリに早く目覚めて欲しいという気持ちは皆同じだ。
そのために何か出来ることはないか、何でも試してみたいとシェラなりに考えたのだろう。
だからその意を汲んで、今日は四人ともわざわざ仕事を終えてからユーリの寝室で落ち合うことにしていたんだけれど。
「待たせたな」
胸元のボタンを数個開けたラフな白シャツ姿に腕まくりをしたシグウェルがやって来た。
ということは今回もシェラが最後だ。
前回同じような集まりを開いた時も、時間に一番融通がきいて自由なはずのシェラが一番最後にやって来た。
その時の理由は買い取った無人島の公表やユーリの夜着の見本を持ち込む準備のためだったけど・・・。
まさか今回もまた何か準備をしているから遅れているとかないよね?え?まさかね。
だってユーリはずっとスヤスヤ眠り続けていていつ起きるか分からない状態なのに、そんな状況じゃさすがにどこに行くとか何をするとかなんにも決められないよ?
だけどそんな僕の考えを裏切るように、
「お待たせいたしました」
艶然と微笑んで現れたシェラはその手にまた紙の束と布見本を携えている。
・・・いつか見たのと全く同じ光景に、今度は一体何を言い出すつもりだと僕は心の中で思わず身構えた。




