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何もしなければ何も起こらない、のだ。 13

・・・私が手渡したミルクを大人しく

飲んだユーリ様は

もう眠くないんだけどなあ、

とでも言いたげな顔をしたものの

素直に布団の中へ潜り込んだ。


その様子を見届けてから

なるべく音を立てないように

静かに食器を片付けて、

私は部屋を下がる。


「シンシア」


すると廊下に出てすぐレジナス様に

声をかけられた。

おや、夕食会はもう済んだと

いうことかしら。

戻るなりユーリ様の様子を

レジナス様に確かめに来させるとは

殿下もまだ相当心配している。


目が覚めたユーリ様の様子は

落ち着いていることと、

お酒のせいで夕食会を

欠席する羽目になり

反省していることを伝えると

レジナス様は良かった、と

息をついて安堵の表情を浮かべた。

目の奥にも優しげな光が見えている。


「もうすっかり元通りのユーリだな。

リオン様も安心するだろう。」


・・・・この方も、ユーリ様と

関わられて随分変わられた。


私はユーリ様付きの侍女として

彼女のお側に侍るまで

あまりレジナス様と接点はなく、

リオン殿下の護衛をするこの方を

遠目に拝見するか噂話でしか

知らなかったが、それでも

いつも目だけは厳しく周りを見つめる

無表情の怖い方としか思っていなかった。


強面ではあるが、

お顔自体は整っているので

それこそ優しい笑顔の一つでも

くれてやれば腰の砕ける侍女の

何人かはいたかも知れないが、

浮いた話の一つも聞いたことがない。


それどころか、目の見えない

リオン様の寝所へ既成事実を

作ろうと忍び込んだ、痴女まがいの

狼藉者の女を眉一つ動かすことなく

取り押さえると、引き摺り出して

上半身裸のまま服も着させずに

衛兵へ渡したという

話すら聞いた事がある。


その手の恐ろしい噂しか

聞こえてこない方が、

ユーリ様の前になると

途端に雰囲気が和らぐのだ。


分かりにくいが、よく見ると

かすかに微笑んでいたり

僅かに顔を赤くしていたりする。

しかもたまに他の人には

見せたことのない

優しげな笑顔すら浮かべて

いる時もある。


そういうところを見ると

人間不思議なもので、

最近はあまり恐ろしさを

感じることなく私も

ごく普通に接している。


・・・そのレジナス様が、

これまでにないほど狼狽えた

様子で私を頼られたのには

さすがに驚いた。


そう。それは今日の午後のことだ。


リオン殿下の部屋へ行きたいと

言ったユーリ様はなぜか

とても急いでいて、

あまりの薄着が気になったものの

仕方なく殿下の所へお連れした。


ワインに興味を示した

ユーリ様のために、

万が一を考えて葡萄ジュースもどきの

飲み物の支度をして部屋へ戻った時だ。


これまでにないほど

切羽詰まった様子のレジナス様に

急いで殿下の部屋の寝所へ

案内されたのだ。


この方がこんなに慌てるなんて

殿下かユーリ様のどちらかに

余程のことがあったに違いない、と

私も身構えてついて行ったのだが。


そこには、いつもよりも

遥かに大人びて美しい

ユーリ様の姿があった。


ベッドサイドに腰掛ける

リオン殿下に頭を撫でられながら

小さな寝息を立てて

気持ち良さげに眠っている。


「これは一体・・・」


戸惑って思わず呟いてしまった

私に、殿下はこの姿が本来の

ユーリ様なのだと教えてくれた。


召喚者としてこちらの世界に

来る時に何か手違いがあって

いつもはあの小さな愛らしい姿に

なってしまっているのだと。


それがワインを口にした途端、

急にこの姿になってしまったらしい。


いつ元に戻るか分からないから、

まだ皆には話さないように

内密にして欲しいと言われた。


それならば、私を呼び込まずに

ユーリ様が目を覚ますまで

遠ざけても良かったのでは?

なぜ私を引き込んだのか?


不思議に思っていたら、

リオン殿下がほのかに赤面して

言いづらそうに口を開いた。


「実はその、今の大きさの

ユーリに着ているものの

サイズが合わなくて窮屈そうでね。

男の僕やレジナスよりも

君が身支度を整えて

やるほうがいいだろう?

少し見てやってくれないか。」


レジナス様もその言葉に

無言で頷いているが

やっぱり顔が赤い。


・・・なぜ?


不思議に思いつつも、

お二人が気を遣って寝所から

出て私とユーリ様だけに

してくれたので眠っている

ユーリ様の布団の上掛けをめくる。


なぜかシーツで二重三重に

ぐるぐる巻きにされていた。


え?この状態でここまで運んで

そのまま寝かせたの?

どうしてシーツを取って

あげなかったのかしら。

それではユーリ様も

寝苦しいでしょうに。


そう思いながらシーツを

外すと、無邪気な寝顔で

ころんと転がり出てきたのは

豊満な胸やお尻の形も露わな、

無防備な格好のユーリ様だった。


ゆ、ゆ、ユーリ様・・・ッ‼︎


その姿にガックリと膝を付く。

窮屈そうって・・・。

そうか、そういうことでしたか。


レジナス様どころか

閨事など王族教育の一環で

とっくに済ませていて

こんな事には動じないはずの

リオン殿下までもが赤面していた

理由がよく分かった。


義務で女性の相手をするのと

本当に心を動かされた

愛する方のあられもない姿を

目の前にするのでは

心の持ちようが全く違うだろう。


こんなにもはっきりと

はち切れそうな胸や

お尻の形まで露わに

なってしまって・・・


眠っているそのお顔も、

僅かに開いた赤い唇がとても

色っぽく、女の私ですら

その美しさに当てられて

頬が赤くなってしまった。


ましてや、殿方であるお二人は

一体どんな心境でこのユーリ様を

目の前にしていたのか。


それはシーツでぐるぐる巻きにでも

して隠してしまうだろう。


おいしそうな子ウサギが

さあ食べてくれと言わんばかりに

目の前にその魅力的な肢体を

投げ出していたのだ。


お二人の理性を誉めてさしあげたい。

と、同時に同情した。


「だから下着を付けて下さいと

言ったのに・・・」


ため息をついて、苦しくないように

とりあえず全部脱がせる。


本当に少女と言うには過ぎた、

成熟した女性のような

色気を放っている。


こんなに美しい方が癒し子として

現れていたら、癒しの力を

使う前に求婚者が殺到して

癒しどころではなかっただろう。


むしろあの幼い姿で現れてくれて

良かったのかもしれない。


そう思いながら、着させる服も

ないので結局はさっき

取り去ったシーツをもう一度

形を整えて綺麗に体へ纏わせた。


目視でこの大きいユーリ様の

大体のサイズは分かったので

(それはそれは素晴らしい

プロポーションでした)

取り急ぎ簡略化したもので

良いからすぐに着られるドレスを

二、三着作っておこう。


問題は、マリーにも内密なので

私一人で明日の朝までに

何枚仕立てられるかということだ。


そう考えていたら、寝所の扉が

ノックされた。殿下だ。


「シンシア、もう入ってもいいかい?」


慌てて頭を下げて出迎える。


「はい、お待たせいたしました。

ひとまず苦しくない格好には

いたしましたので、

後はお許しいただければ

これからすぐに今のユーリ様の

ためのドレスを仕立てたいと

思うのですが・・・」


とりあえず王都へ戻るまで

着られるよう急いで作る上に

私一人で作業をするので

簡素なものにはなってしまいますが。


そう説明したがリオン殿下も

構わない、と同意してくれた。


「多分お酒が抜ければ元に

戻ると思うんだけど、

それが数時間後なのか

一晩かかるのか、

なんとも言えないからね・・・。

ユーリはこのままここに

寝かせておいて僕は今晩、

別の部屋に移ろうと思う。」


それを聞いたレジナス様が

ピクリと反応し、異を唱えた。


「リオン様、それでは他の者に

何かあったのかと勘繰られて

しまう恐れが」


「え、じゃあレジナス。僕は

ここの応接間で寝ても構わないけど

その時は君も一緒だよ?」


「・・・何故ですか」


「僕がユーリに手を出したら

誰が止めるんだい?

君しかいないだろう。」


「手を出すおつもりですか⁉︎」


「出さない自信はないから

部屋を移るって話なんだけど。」


ぎょっとしたレジナス様に、

人の話聞いてた?とリオン殿下が

首を傾げていますけど、

そういう問題なのかしら・・・?


そこを堂々と宣言してしまう辺り

いっそ男らしいのかも知れない。


殿方二人がああでもない、

こうでもないと今晩の寝室の

処遇について話し続けているので

私はすっかり退室する

タイミングを逃してしまった。


・・・早く下がってユーリ様の

ドレスを仕立てたいのだけれど。


そう思いながら、眠り続ける

ユーリ様を横目でチラリと見た。


するとなんだか彼女が

かすかに光を発しているように

見えた。あら?目の錯覚かしら。


「リオン殿下、レジナス様、

ユーリ様が」


声をかけると、二人がはっとして

ベッドへ駆け寄った。


「これはさっきと同じ・・・」


「大丈夫でしょうか」


ユーリ様の両側に寄り添うと

リオン殿下もレジナス様も

それぞれユーリ様の手を片方ずつ

握りしめて見守っている。


まるでユーリ様がどこかへ

消えてしまいそうなのを

繋ぎ止めようとでもしているみたい。


すると、突然まばゆい光が

部屋中に溢れてその眩しさに

思わず目をつぶってしまった。


「・・・・‼︎」


光が消え、恐る恐る目を開く。


「戻っている・・・!」


安心したようなレジナス様の声がした。


はっとしてベッドのユーリ様を

見るとそこにはいつもの

可愛らしい子ども姿の彼女が

すやすやと眠っていた。


その後はアントン様主催の

夕食会の時間がせまっていた事もあり

慌ただしくその準備を整えて、

その合間にユーリ様へ最初の

湯浴み着とズボンをもう一度

身に付けさせ、

レジナス様に頼んで部屋まで

送り届けてもらうと

リオン殿下を領事館へ送り出した。


ユーリ様を露天風呂へ

案内するまではゆったりした

時間が流れていたのに、

その後の何と慌ただしい1日

だったことだろう。


ちょっと遠い目になった時に


「それでシンシア、明日の

ことなんだが・・・」


レジナス様がためらいがちに

声をかけてきた。


「選女の泉でしたら、私も

同行いたしますのでご安心下さい。

あそこはイリューディア神の

加護の厚い地ですから、

万が一今日のような事態が

起きないとも言えません。

念のため、大きいユーリ様の

サイズのお召し物も一枚

仕立てて持って行きますので。」


そう話すとほっとしたように

頼む、と頭を下げられた。


殿下の護衛騎士ともあろうお方が

私のような侍女ごときに⁉︎


恐れ多い。

無意識にそんなことまで

してしまうほどレジナス様も

ユーリ様のことをお慕い

しているということなのね。


殿下といいレジナス様といい、

こんなにユーリ様を想っているのに

なぜ当の本人だけが全く気付いて

いないのかが不思議だ。


そう思っていたら、

レジナス様はもう一つ

私に伝えてきた。


それはここノイエ領での最後の夜、

つまり明日の夜開かれる

夕食会についてのことで、

アントン様からの頼み事だった。


「心得ました。明日の夜は

必ずや可愛らしく装った

ユーリ様をアントン様の

お目にかけましょう。」


約束をし、明日の選女の泉についても

軽く打ち合わせをしてレジナス様を

見送った。


ーさあ、これから朝にかけて

ドレスを一枚仕立てなければ。

それから選女の泉に入られる

ユーリ様の持ち物の準備だ。


さらに、夕食会のお召し物も。


どこまで完璧に用意できるか、

侍女の腕の見せ所でもある。

気合いを入れて、恐らくまた

眠ってしまったであろう

ユーリ様を起こさないように

そっとその部屋の前を離れた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



布団に潜り込んだ私を確認した

シンシアさんが、そうっと

食器を下げながら部屋を出た。


耳を澄ますと、私の部屋の前で

誰かに話しかけられたのか

少し立ち話をしている気配が

あったけどやがて静かになった。


よし。

むくりと布団の上に起き上がる。


だってやっぱり全然眠くないんだもん。


明かりをつけると起きているのが

バレてしまうので、カーテンを開けて

月明かりで部屋の中を見渡す。


・・・あった。


とたたっ、と軽い足音を響かせて

テーブルに駆け寄ると目的のものを

手に取った。


私の両手を合わせたくらいの

大きさの、わりと小さなパン籠だ。


中にはパンとリンゴが一個ずつ

入っている。

万が一お腹がすいた時のために

置いてあるものだ。


さっき布団の中で考えた。

夕食会すっぽかしなどという

あり得ないことをしてしまったので、

何かお詫びができないかなあと。

ついでに、お世話になった

お礼もできれば最高だ。


そこでふと思い出したのが、

ここに来る道すがら

シンシアさんが話していたことだ。


アントン様の奥様の

ソフィア様は毎月

孤児院への喜捨も欠かさない

優しい人だと言っていた。


それなら、ソフィア様には

孤児院へ喜捨できるものを

プレゼントできればいいな。

そう思って何がいいか考えた。


それで思い付いたのは、

お菓子の尽きないおやつ籠だ。


何かのおとぎ話だったのか

キリスト教のエピソードの

一つだったのか

いまいち思い出せないけど、

金のリンゴを作ろうと思った時に

ついでに思い出した話だ。


とある貧しい村人が、

ぼろぼろの旅人に親切にして

お礼にもらったパン籠は、

中に入っているパンが

空になったと思っても翌日には

またパンが籠いっぱいに

入っていて、その貧しい人は

二度と飢えることはなくなった、

とかそういう話。


相変わらずうろ覚えなので

詳細は覚えてないけど

大筋はあってるはずだ。


そのパン籠と同じことが

できないかな、と思ったのだ。


腐らせるほど大量の魚や、

投げ捨てるほどのミルクじゃない。


籠が空になったら、その分だけ

お菓子が入っていればいい。

きっと孤児院の子供達も喜ぶ。


ここに来る途中、マールでの

昼食に出た白くてフワフワの、

噛み締めるほどに甘みを

感じるあのおいしい

白パンでもいいな。


あれだって王宮で出されるものだし

地方の人達にしてみれば

十分な贅沢品だ。


そんなパンとお菓子が

尽きることのない、

いつでも子供達が

お腹いっぱいになれるような籠を

私の力で作れないだろうか。


考えてみたら、物に対して

癒しの力を使っても

何も起こらないのは

確認済みだったけど、

豊穣の力を物に対して

使ったことはない。


お願いします、イリューディアさん。

子供達のために力を貸して下さい。


中からパンとリンゴを取り出すと

籠を両手に持って目を閉じ、

頭をくっつけてそう祈る。


すると、籠につけた額がほのかに

暖かく感じた。


あっ、この感じは。


慌てて目を開けると、

目の前の両手に持った籠の中から

ぽこぽこぽこっ!とパンとお菓子が

湧き上がってきていた。


うわ、成功した⁉︎


自分で祈っておきながら、

まさか成功するとは

思ってなかったのでびっくりした。


壊れたお皿は癒しの力で

直せなかったけど、

どうやら豊穣の力は有効らしい。


これが出来ればこれから先

食糧事情に乏しい地方や

辺境へ出向いた時には

その地域の人達の飢えを

ある程度満たすことが

できるんじゃないかな?


ありがとうイリューディアさん!


籠をじっと見ていると

溢れそうで溢れない、

絶妙な量が山盛りに

なったところで

パンとお菓子が湧き上がって

くるのが止まった。


よし。これなら籠からパンや

お菓子が溢れて無駄にすることも

なさそうだ。


明日はイリューディアさんの

加護の力が強いっていう

選女の泉に行く。


その場所なら、この籠よりも

もっと大きなサイズの物にでも

同じような豊穣の加護を

つけられないだろうか。


荷物が増えて申し訳ないけど、

明日の出発までに大きめの

籠を何個か持って行けないか

ちょっとお願いしてみよう。


そんな事を考えながら私は

もう一度布団の中に潜り込むと、

まだ眠くはなかったけれど

翌日に備えて目を閉じた。





















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