何もしなければ何も起こらない、のだ。 9
誤字報告ありがとうございました、訂正いたしました!
絵師を呼んで!と現れるなり騒いでいた
ユリウスさんだけど、その手に植木鉢があるので
もしかして準備が出来たのだろうか。
「それでユーリ、どうして急にリンゴを
育てたいなんて言い出したの?」
よーし、やるぞ!と思っていたら
不思議そうにリオン様から尋ねられた。
アントン様も頷いて理由を知りたそうだ。
あ、そういえば元々の理由を話していなかった。
そこで私は、来る途中で気になった街道の傷みと
マールの町の寂れ具合、修繕費との関係、せっかく
だから何か出来ないかと考えていたことを話した。
「なるほど、それでリンゴか。でもユーリ、いくら
北方産のおいしいリンゴがこの辺りでは取れないから
作ると言っても、結局はただのリンゴでしょう?
それでどんなにおいしいアップルパイを作ったところで
わざわざマールに立ち寄る人が増えたり町にお金を
落として行くとは限らないよ?」
街道の修繕費を賄うとしたらどれくらいの期間と
売上げが必要になるかなあ、とリオン様が計算を始めた。
「いえっ、それは大丈夫です!私が豊穣の加護を付けて
育てるリンゴなので‼︎」
「なるほど、ユーリ様の加護付きっすか」
目を丸くしてユリウスさんが納得している。
そう。私には考えがあった。
今まで王宮で牛のお乳の出を良くしたり、
バラの花を育てた時は特に何も考えずに
豊穣の力を使っていたけども。
もし、リオン様や侍女さん達の
調子の悪いところを治した時のように
何か願いながら力を使ったら、
きっとリンゴにも何かが起きる。
そんな気がする。
・・・まあ、リオン様の時のように
やり過ぎないようにしないといけないけど。
イメージしていることはある。
あとはそれがうまく行くかどうか。
と、そこまで考えてからあっ!と思った。
大事なことを忘れていた。
「す、すみませんアントン様、リオン様!
マールにはリンゴの木を植えてもいい場所は
ありますか⁉︎あと、肝心のマールにこの事に
ついて許可を取ってません‼︎」
そうだよ、何で忘れてたんだろう?
頼まれもしていないのに、
突然リンゴの木を持ってこられて
これ植えたいからヨロシクね!って
言われても町の人達が困るし勝手にリンゴ用に
土地を使われてしまうのも面白くないだろう。
仕事を円滑に回すためには根回しが大事。
仕事を成功させるコツは下調べと準備が8割、
あとの2割は全力で本番に挑むこと、って
超優良成績セールスマンの先輩が昔教えてくれた。
こういうのを肝心な時に忘れてるから私はダメなんだよ。
異世界に来ても仕事のできない後輩でごめんね先輩!
急にパニックになって慌て始めた私とは逆に、
リオン様達はいたって冷静だ。
「リオン様、マールの町の端に孤児院を併設した
イリューディア神様の神殿がありますが、その裏手に
確か手頃な土地があったと思います。」
レジナスさんが助言している。
「そうなのかい?」
「護衛のために下調べをしておりましたので、
間違いありません。あとは近郊にも最近放棄された
農地がいくつかあったはずです。」
レジナスさんの言葉にアントン様も頷いている。
「マールは最近あまり町にお金が落ちないから、
出稼ぎに行く人も多いらしい。たまにここにも
仕事の斡旋を頼みに農民らしい者達が来るから、
恐らく彼らのような者が放棄した土地なのだろう。」
それならば、とリオン様は少し考えて指示を出した。
「レジナス、君は今すぐ僕達の馬車に使った
あの足の速い馬でマールまで行ってくれないかな?
王家の勅命で土地を借り上げ、果樹園を作る。
癒し子の力を検証するための大事な果樹園だから
賃貸料は王家持ちで、この先リンゴの木が枯れるまで
借り続ける。そう伝えて土地を準備させておいてくれ。
あの馬ならこことマールの町を往復してもあっという間だろう。」
かしこまりました、と頭を下げてすぐにレジナスさんが動いた。
「なるほど。木が枯れるまで永続的に王家が
土地の賃料を払って借り上げ続ける、癒し子の
力の実証実験の場所、っスか・・・。それなら
確実にマールに定期的にお金が入るし、枯らしたら
終わりだと思えば必死で世話もするでしょうね。
加えて、癒し子様の力を調べるための大事な場所だと
分かっていれば下手にリンゴを盗む奴も出なさそうっす。」
さすがリオン様、考えたっすね、、、
とユリウスさんが感心している。
「ではリオン様、マールを管轄している領主には
私の方から連絡を飛ばして事情を話しておきましょう。
あそこの領主館には我が家の魔導士を1人常駐させて
おりますので。」
そう言ったアントン様が手の上に綺麗な白い鳩を
一羽パッ、と出すと空に放った。
ありがとう、とアントン様に頷くとリオン様はにっこりと私に微笑んだ。
「さあユーリ、これで準備は整ったよ。あと他に
なにか心配ごとや必要なものはない?なんでも言ってね。
ユーリのためならなんでもするよ?」
君の憂いは全て晴らそう。
思わずときめきそうなことをリオン様はさらりと言って、さっきまでの懸念事項が一瞬で片付いてしまった。
仕事の出来る人ってすごい。
呆気に取られていると、シグウェルさんがやって来た。
「ユリウス、お前は殿下方を呼びに行って何を
遊んでいるんだ。オレまで来たらお前を呼びに
行かせた意味がないだろうが。」
「すんません団長、ユーリ様があんまりにも
かわいくてつい」
あっ、私のせいにした。ひどい。
シグウェルさんは私をちらりと見やるとため息を
ついて、ポンと頭を一つ撫でてくれた。珍しい。
ユリウスさんに言い訳に使われた私に
同情してくれたのだろうか。
「行くぞユーリ。準備が出来た。存分に
その力を使ってくれ。」
そう言って案内されたのは、ウサギのいた芝生から
そう離れていない中庭のような場所だった。
レンガ敷きの小さな広場のような場所に、真ん中を
空けて同心円状に大きめの植木鉢が並んでいた。
大体30個くらい。
・・・うん?多くない?
私は10個くらいのつもりだったんだけど。
「その真ん中に立って力を使ってくれ。
もし全ての植木鉢に力が行き渡らなくても気にするな。
それはそれで、君の力が自然体でどの程度の範囲まで
及ぶのか確認できるからな。」
なるほど。でも偏らずにちゃんと
円形状に力が行き渡るのかな?
私の戸惑いに気付いたらしいアントン様が、
そこで助け舟を出してくれた。
パッと手の平にさっきまで応接間で飲んでいた
紅茶を取り出した。
「ユーリ様、これをご覧下さい。」
スプーンで紅茶の真ん中をちょんとつつく。
その波紋は同心円状にティーカップの端まで
綺麗な円を描いて伝わった。
「これと同じです。あの植木鉢の真ん中にユーリ様が
立って、水の波紋が伝わるようなイメージで力を
使うんですよ。そうすればうまく行くはずです。」
なるほど分かりやすい。
ありがとうアントン様。
感謝を伝えると、頑張って下さいと傍らに立って
見守っているソフィア様と一緒に頭を撫でられて
微笑まれた。
ここまで何から何までお膳立てして
もらったからには絶対成功させないと。
イリューディアさん、お願いだから力を貸してね。
たたっ、と丸く並べられた植木鉢の真ん中のスペースに
立って目を閉じると手を組む。
・・・私がリンゴを作ろうと思った時に頭に浮かんだ
イメージは2つあった。
1つは、リンゴの外見のイメージ。
もう1つは、その効能。
小さい頃は童話やおとぎ話が
好きで図書館によく通う子供だった。
その中にリンゴの出てくる話があったのだ。
詳しいストーリーは覚えていない。
確か王子様か冒険者が竜退治に行くんだけど
その竜が守っているのが金のリンゴだった。
一本だけぽつんと立っているリンゴの木に体を
巻き付けてそれを守っている火を吹く竜。
そのリンゴの木には金色に輝くリンゴの実が
いくつもなっているのだ。
どうせなら、そんな金のリンゴを作ろう。
そして効能だ。
1日1個のリンゴは医者いらず、って言うくらい
リンゴの栄養価は元々高い。風邪をひいた時に、
すり下ろしたリンゴに蜂蜜を混ぜて冷やしたもの
なんてさっぱり食べられていいよね。
だから、軽い風邪のような症状なら
治るくらいの効果が付いてもいいだろう。
金色で体の回復力を高めてくれるおいしいリンゴ。
マールの町でしか育たないリンゴ。
それなら、ノイエ領の行き帰りにでもマールに
ちょっと寄ってお土産に買って帰ってくれないだろうか。
マール以外では手に入らないのだ。そこで買うしかない。
これで少しはあの町に活気が戻ってくれるといいな。
おいしくて体に良くて、多少の体の不調ならすぐに
治ってしまう不思議なリンゴ。
黄金色の、他のどこにもないリンゴ。
そんなリンゴがすくすく育ちますように。
そう願いを込めて、手にぎゅっと力を込めた。
そうしたら、侍女さんやリオン様を治した時のように
自分の中から何か温かい光が溢れてくるのを感じた。
ぱっ、と目を開くとちょうど私を中心に広がった光が
消えたところだった。
「これがユーリの使う力か」
「俺も直接見るのは初めてっす」
シグウェルさんとユリウスさんの2人が
ふんふん頷いている。
「どうでしたか⁉︎」
「綺麗な同心円状に光が広がって、すぐに消えた。
叔父上の助言が良かったんだな、全ての鉢に万遍なく
光は広がっていた」
満足そうにシグウェルさんが話し、植木鉢を見やった。
「あとはどの程度で種が芽吹くか、だが・・・ん?」
そこで異変に気付いたのか、眉をひそめた。
見ると、植木鉢から芽が出ている。
ていうか、伸びてる。私も慌てる。
まさかこんなに早く成長するとは。
バラの時は花が咲くまで
もっと時間がかかっていたはず。
「えっ、ちょ、ちょっと待って待って・・・⁉︎」
植木鉢の中身はぐんぐん伸びて、苗木から少し太い
若木くらいにまで大きくなってきている。
しかも、私に近い・・・円の中心に近い6個ほどの鉢は
一番成長が早く、ついにはぱりんと音を立てて植木鉢が
割れてしまい、根っこが外に露出してしまった。
アントン様が急いで庭師を呼びに行かせる。
私から離れるほど、苗木は小さかったり成長は
遅いんだけど、それでもどの植木鉢の中身も
まだゆっくりと成長し続けている。
「すごいなこれは。見ろ、真ん中にあった鉢のやつは
もう花が咲いている、このままだとすぐにでも実が
ついてしまいそうだぞ」
面白そうにそう言ったシグウェルさんに促されて
私も自分の近くのリンゴの木を見上げた。
そう、もう見上げるくらい大きくなっているのだ。
早く庭師さんが来て根っこを保護してくれないと
枯れちゃいそうで怖いくらいの成長の早さだ。
「相変わらずユーリの力はすごいね。」
驚きながらもどこか嬉しそうなのはリオン様で、
アントン様は初めて見る目の前の出来事について
いけないのか、ソフィア様と一緒に唖然としていた。
ちなみにユリウスさんは私からの距離感による
リンゴの成長速度の違いや苗木の大きさなど、
記録を取るのに余念がない。お仕事ご苦労様です。
そんなユリウスさんが、あっと声を上げた。
「ホントにもう実がなってるっす!ていうか、え?
金色?金色のリンゴの実がついてますよ⁉︎」
恐る恐る1つ取ると、シグウェルさんに渡している。
シグウェルさんはそれをくるくるもてあそびながら、
私をちらりと見てきた。
「ユーリ、これは?これが君が豊穣の力を使って
作りたかったリンゴなのか?」
「そうです!他のどこにもない金のリンゴを
作りたかったんです。」
シグウェルさんに手渡してもらったリンゴを確かめる。
良かった、本当に金色だ。黄色いリンゴとは全然違う。
日光の光をきらきら反射して輝くその黄金色のリンゴを
手に安心した。ありがとうイリューディアさん。
僕にも見せて、と言うリオン様に
リンゴを渡しながら説明する。
「一応、風邪とか軽めの病気の症状なら治るように
お祈りしたんです。もし良ければ、誰か体の調子の
悪い人にこれをあげてもらえませんか?」
そう言ったらソフィア様が、そんな事が
出来るんですか?と驚いていた。
出来るんです。あとは私がやり過ぎて強化人間を
作るような効能が付いていなければいいけど・・・。
アントン様がさっそく人を
呼んでくるように言いつけている。
ちょうど風邪気味で休ませている
メイドさんがいるらしい。
それから、喉の調子が悪くて
声の出にくくなっている政務官さん。
シグウェルさんの提案で、ついでに軽いけがを
している人も2人呼ばれた。
足を捻挫した馬番さんと手に火傷をしている料理番さん。
全部で4人だ。
突然領事官長さんに呼び出されて、目の前には
王子様だの魔導士団長だの癒し子だのがずらりと
並んでいるので、4人とも一体何事かと青くなっている。
びっくりさせてごめんね?
とりあえず、1個のリンゴを4分割して
それぞれに食べてもらった。
あの特徴的な金色の皮がなくても効果があるか
知りたかったので、皮は剥いてもらう。
「中身は普通のリンゴっすね。あ、でも種がない。
これじゃ他に持ち出して勝手にリンゴを作るのは
無理そうですね、良かった~。」
ユリウスさんが中身もチェックして安心している。
どうやら貴重なリンゴが盗まれてこっそり違法栽培
されるのを心配していたらしい。
「マール以外では育たないように、って願ったので
多分ここに植えても根付かないと思います。
試しに一本だけ植えてみてもいいと思いますけど・・・」
そう言ったら、もし枯れた時が恐れ多い!と
アントン様には全力で否定されてしまった。
別に枯れてもバチが当たるわけじゃないから
そんなに恐縮しなくてもいいのになあ。
なんて思っていたら、すぐ側からユリウスさんの
マジで治ったっす‼︎と興奮した声が聞こえてきた。
良かった、成功したんだ。
「ユーリ様、すごいっす‼︎病気だけじゃなくケガも
治ってますよ!え?ひとかけだけ食べてもこんなに
効果あんの⁉︎食べる量で効果って変わってくるのかな?」
4人の体をあちこち触って確かめながら
ユリウスさんが教えてくれた。
あれ、なんでケガまで治るの?
私がリンゴを作るあの時に考えていたのは、確か
『多少の体の不調なら治るリンゴ』。
・・・体の不調ってケガも入るんだろうか。
相変わらずイリューディアさんの加護の力は
当たり判定が強過ぎるというか、雑・・・
もとい大らかだ。
私が自分の思ったように力をコントロールするには
まだまだかかりそうだった。
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