何もしなければ何も起こらない、のだ。 7
レジナスさんに抱っこされて
領事館の応接間へ向かう間に
私は馬車の中で気になっていた、
ここまでの中間地点にある町
・・・マールというそうだけど、
その町の街道の修繕費用について
聞いてみた。
「基本的に街道の修繕費はそこを
領地にもつ領主が費用を受け持つ
ことになっているな。
それ以外の部分については国費で
直している。」
なぜこんな事を聞いてくるのか
不思議そうな顔をしながらも、
レジナスさんは丁寧に教えてくれた。
「ただし、領地にかかる街道を
領主が全て直していたら
あっという間に金がなくなるから、
基本は町ごとに管理を任せて
費用の半分を出す領主が多い。
あとは国の視察で確認して、
あまりにも傷んでいるようであれば
国費でも修繕している。
領主から陳情が上がってきた場合も、
視察と監査の上で修繕しているが、
その手の陳情は数が多くて
許可が出るまで時間がかかることを
考えると、やはり自領にかかる街道は
自分達で直す方が早いという
判断をする町や領主が多いな。」
あ~、やっぱり自分のとこの
道路は基本自分達で直さなきゃ
いけないんだ。
じゃああのマールって町は
本当に大変だ。
町に落ちるお金は少ないのに
ノイエ領の途中にあるから、
往来だけは他より多くて
修繕費が出て行くばっかりなんだね。
泊まってもらうのは無理でも、
何か立ち寄ってもらう
きっかけになるものでも
あればなあ・・・。
そんなことを考えている間に
応接間に着いたので
座らせてもらったんだけど、
なんだか立派なカトラリーと
お皿がずらりと並んで、
思っていたよりきちんとした
お茶会形式で歓迎された。
「ユーリ様はあまり格式ばった
挨拶は好まないと存じておりますが、
100年ぶりにこの世界に現れた
召喚者に、せめてもの礼を
尽くさせて下さい。
歓迎式典のかわりに
おいしいお茶とお菓子でも
いかがですかな?」
アントン様が目を細めて
微笑みかけてくれたので、
そこでようやく私も安心した。
ああ良かった、怒ってなかったよ!
レジナスさんの言った通りだった。
ここに来るまでの間に、
挨拶をしてもアントン様の反応が
悪かったとレジナスさんに
相談したんだけど
「あれはあまりにユーリが
かわいかったので、
本当は抱き上げたかったのを
立場上あの場では
必死で我慢していただけだ。
もし何か理由をつけて
抱き上げてもいいか
聞かれたら応じてあげて欲しい。」
と言われた。子供好きなご夫妻だが、
残念ながら子供に恵まれなかったので
ユーリが甘えてくれれば
とても喜ぶだろう、とも
レジナスさんは言ってたけど・・・。
お茶を楽しみながら
アントン様とは
この世界にはもう慣れたのか、とか
癒しの力の効力について、
好きな食べ物は、などから
ノイエ領おすすめの場所の話や
楽しみ方などなど
色んな話をした。
その時、鼻をかすめるバターの
いい香りがした。
思わずすん、と嗅いでしまい
「そうしてると、本当に
仔猫みたいだね」
とリオン様にくすりと笑われた。
すいませんねぇ、でもこの
いい匂いは・・・
ことり、と自分の前に置かれた
皿に思わず目が輝いてしまう。
焼き立てのアップルパイだ!
しかもアイスまでついている。
この世界にもこの組み合わせが
あるなんて・・・‼︎
大好きだよ、アップルパイ‼︎
目を輝かせてそれを見ている
私がよっぽどおかしかったのか、
周りの人達がものすごく
私に注目しているがどうでもいい。
焼き立てのアップルパイに
勝るものは今この場にはない。
やだ、かわいい・・・!
というソフィア様の声と
またアントン様をバシバシ叩いて
いるのが目の端に映っていたけど
私は目の前のパイにテンションが
上がりっぱなしだ。
フォークを入れると、
サクリと軽やかな音がして
バターの香りとリンゴの
甘酸っぱい香りが更に立ちのぼった。
一口頬張ると、口の中はもう天国だ。
「おいしいです・・・!」
思わず、フォークを口元につけたまま
というお行儀の悪さのままに
うっとりと呟くと、
ユーリ様、俺のもあげるっす‼︎
と斜め向かいに座っている
ユリウスさんが立ち上がって
叫んだので、シグウェルさんが
落ち着け馬鹿が、と
無理やり魔法で椅子に
縛り付けていた。
うん、気持ちは嬉しいけど
ホント落ち着こうよユリウスさん。
リオン様も、
そんなにおいしいなら
僕のもあげるよ?と
また手ずから私に食べさせそうな
勢いだったので、アントン様の前で
それはないだろうと慌てて断った。
「ダメです、こんなおいしいものを
食べないなんて勿体ない!
リオン様もきちんと自分の分を
堪能して下さい‼︎」
力説したら、アントン様が
嬉しそうに話してくれた。
「そんなに喜んでいただけるとは
作らせた甲斐がありました。
文献を調べて再現したものでして、
実はこれはあの勇者様も好んで
食べられた焼き菓子らしいのですよ。
ですから、きっと同じような
召喚者であるユーリ様も
お好きに違いないと
思っていたのです。」
文献からレシピを再現させたと
聞いて驚いた。
え、じゃあこの世界で一般的な
ものじゃなくてわざわざ
私のために再現させたの⁉︎
「昔から似たような焼き菓子は
伝わっていたので、恐らく
勇者様の好物という事で
人づてにでも受け継がれて
いたんでしょうな。
今回ユーリ様のために文献を
検証し、改めて正確なレシピを
再現させたのですが
こんなにおいしい物だとは
私も思いもしませんでした。」
と、アントン様は喜んでいる。
ソフィア様も隣で満足そうに頷いた。
「アイスクリーム自体はこの
ノイエに御料牧場があるので
質の良いミルクが手に入りますが
リンゴはこちらの気候に合わず
良いものがありませんでしたのよ。
こんなにも喜んでいただけるなんて、
おいしいリンゴを北方から
取り寄せた甲斐がありましたわ。」
「えっ、リンゴも
取り寄せたんですか⁉︎」
レシピの再現だけでなく、
リンゴまでわざわざこのために
取り寄せたなんて。
「ノイエが恵まれた土地といっても
気候の違いだけはどうにも
できませんのでな。
リンゴの旨さはどうやっても
北方には負けます。
なに、お気になさらずに。
言ったでしょう、心ばかりの
礼を尽くさせていただくと。」
驚いている私に、アントン様は
なんでもないことのように
満足気に微笑んだ。
も、申し訳ない。
でもそうか、恵まれた土地だからって
気候を無視してまでおいしい
食べ物はできないんだなあ。
まあそれが当たり前なんだけど。
と、そこでふと思い付いた。
・・・じゃあそこにもし、
イリューディアさんの豊穣の
加護の力が加わったら
どうなるんだろう?
ここじゃ育たないような
果物でも出来たりするんだろうか。
「アントン様、質問をしても
いいですか?」
ここは優秀な魔導士でもあるという
アントン様に聞くのがいいだろう。
「私はイリューディアさんから
癒しと豊穣の力を授かっています。
例えばその力を使って
川から溢れるくらい、
食べ切れなくて腐らせる位
たくさんの魚を
獲れるようにするとか
道端に捨てるくらいたくさんの
ミルクを常に牛から搾れるように
することは可能だと思いますか?」
ふむ、とアントン様が紫色の瞳を
すっと細めて考え込んだ。
そういう仕草はシグウェルさんに
そっくりで、血の繋がりを感じる。
「それはないでしょうな。
それは命に対する冒涜とも
傲慢とも言える行為です。
かの至高神イリューディアが、
そのような暴挙を許すとは
私には到底思えません。」
そして顔を上げるとにっこりと
私に微笑んで見せた。
「仮にユーリ様が、そのような事を
願い力を使ったとしましょう。
もしそれがイリューディア神の
御心に叶う行為ならば、
その願い通りになるかも知れません。
出来なければ、恐らくそれは
イリューディア神の授けた
加護の力の範囲から外れた
魔力の使い方ではないでしょうか?」
私もそう思う。
いくらイリューディアさんが
私に最大限の加護を授けたと
言っても、なんでもかんでも
私の好き放題にできるとは思えない。
でも、それはつまり逆に言うならば。
「じゃあ例えば私が、ここの
気候では絶対に育たないはずの
おいしいリンゴができますようにって
願って、もしそれが出来たなら
それはイリューディアさんも
許してくれたってことですよね?」
「それは・・・」
アントン様が目を丸くした。
考えても見なかったらしい。
「面白い。理屈でいえば
そうだろうな。」
シグウェルさんが話に加わってきた。
「世の理から外れた行為ならば
いかに癒し子と言えど
その力が通じるとは思えない。
ユーリ。君、死人は
生き返らせれるのか?」
ものすごい直球を投げられたけど
分かりやすい。さすがというか
なんというか、シグウェルさんらしい。
「やったことはないけど、
たぶん無理だと思います。
イリューディアさん、そんなこと
できるとは言ってなかったし・・・」
リオン様を癒した直後は
この力はとんでもないものだから
それも出来そうな気もしたけど、
冷静になって考えてみたら
さすがにそんなことしたら
魔力切れで倒れるだけでは
済まないだろう。
仮に死人が生き返っても
私が死ぬわ、きっと。
シグウェルさんが頷く。
「反面、リオン殿下に対しては
普通の人間にはあり得ないほど
並外れた力を君は授けたわけだ。」
ウッ、人のトラウマを抉るような
事をあっさり言ってくれるなあ。
「その辺りが授けられた加護の力の
線引きなのかもしれないな。
であれば、食べ物を粗末にするような
力の使い方は制限がかかって
出来なかったとしても、
気候の違うここでリンゴを
育てるのは出来るかも知れないし、
死人を生き返らせるのは無理でも
もしかしたら欠損した人の手足は
再生できるのかも知れない。」
ふむ、王都に戻ったら療護院で
試してみてもいいかも知れないな。と
言い出した。
ひぇっ、話がなんだか
シグウェルさんの好奇心を
煽る方に行ってしまった。
慌てて話を元に戻す。
「とにかく、私リンゴを
育ててみたいんです。
このアップルパイを作るのに
使ったリンゴの種は
まだありますか?」
アントン様がシグウェルさんと
顔を見合わせた。
「種ならばあると思いますが・・・
本当にやってみるんですか、
ユーリ様。」
「良いではないですか叔父上。
ユリウス、すぐにリンゴの種と
植木鉢の準備にかかるぞ。
まだ調理する前のリンゴが
残っていたら、それからも
種を取っておくんだ。」
半信半疑のアントン様と違って
シグウェルさんは
すごく乗り気だ。
すぐに準備のために退出した
ユリウスさんとシグウェルさんを
見送ると、そうですな、と
アントン様が少し考えてから
提案してきた。
「リンゴの種を植えた植木鉢を
領事館の庭に準備させますので
ユーリ様にはそれに豊穣の力を
使ってもらい、今の話のように
気候が違うここでも育つかどうか
試してもらいましょう。
しかし準備までは今しばらく
時間をいただきます。
ユーリ様、ウサギはお好きですかな?
準備が出来るまで
遊んで待つのはいかがでしょう。」
ウサギ!小学校の飼育小屋で
触って以来、触れたことのない
モフモフだ。
触ってみたい。
そういえばアントン様は
ウサギとミニチュアホースを
飼ってるってシンシアさんが
言ってたな。
「ぜひ触ってみたいです!」
わくわくして頷くと、
アントン様が
「では案内いたしましょう。
庭までは少し歩きます。
ご自分で歩かれますか?
それとも僭越ながら私が
お抱きして参りましょうか?」
と話した。その顔はすごく
にこにこしている。
あっ、これは。
そっとリオン様の後ろに立つ
レジナスさんを見たら、
小さく頷いていた。
リオン様も、分かっているのか
お願いしたら?と微笑んだ。
「もしご迷惑でなければ、
ぜひアントン様に
お願いしたいです!」
抱っこして下さい、とは
直接的過ぎてさすがに
恥ずかしくて言えなかったけど、
私のその言い方でも充分
意図は伝わったらしい。
いそいそとアントン様は
立ち上がるとすぐに
私を抱き上げた。
ソフィア様も、その隣に立って
嬉しそうに私を覗き込んでくる。
「もしウサギと遊んでドレスや
手が汚れても、私がすぐに
浄化魔法で綺麗にいたしますから
ご安心くださいね。」
小さくてふわふわのウサギや、
耳の垂れた茶色くてまあるい
ウサギなど、色々おりますのよ。
と私の頭を撫でながら
ソフィア様は説明してくれて、
アントン様はそんな奥様を
優しそうに見つめながら
歩き出した。
はたからみれば仲の良い3人家族の
ように見えるに違いない。
いい年して抱っこに甘えて
自分で歩かないのは
どうかと思うけど、
これもまた人助けの
一環のようなものだと思えば
仕方ないのかな・・・?
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