何もしなければ何も起こらない、のだ。 5
「素晴らしい出来だわマリー。完璧よ。
ユーリ様の愛らしさがよく出ています。」
「ありがとうございます!
シンシアさんの選んだドレスも
素敵です!ポイントは腰の後ろの、
長い飾りリボンですね‼︎
それにドレスとお揃いのピンク色の
細いリボンのカチューシャも、
ユーリ様の黒髪に良く映えてますっ‼︎」
太いのじゃなくて細い
リボンカチューシャっていうのが
さすがのセンスです!
・・・なんて言って、私の侍女2人が
盛り上がっている。
馬車はもうノイエ領に入っていた。
あともう少しで領事館に着くという
辺りで、やっと私の着替えと髪型の
変更が済んだところだ。
そして、どうですか⁉︎と手鏡で
さっき見せられたマリーさんの考えた
新しい髪型・・・
どうしよう。え、これで人前に
出ていいのかな。
見た瞬間ものすごく戸惑った。
10歳としてはアリなのか?
中身アラサーとしては
いたたまれないよ?
しかも、この容姿が本当は18って
知ってるリオン様やレジナスさん達の
前にもこれで出るんだよね?
いい仕事をした!と褒めて欲しそうな
2人を前に顔が赤くなり狼狽えた。
だってマリーさんの作ってくれた
髪型って・・・
猫耳ヘアーなんだもん‼︎
私の頭の上には丸ではなく
三角気味のお団子が2個、
ネコの耳のように鎮座している。
どこからどう見ても立派なネコミミ。
しかも耳全体のバランスが
ちょっと前傾気味に作ってあって、
まるで本当に物音を聞こうと耳を前に
傾けているようにも見える謎の
こだわりよう。
鏡を見せられた時は
どうしようかと思った。
そもそも猫耳って概念、
この世界にあるの⁉︎
もしそんな概念がなくてイチから
マリーさんの創作だったとしたら
彼女は天才だ。
今すぐ王宮を辞めても商売ができる。
なんの商売かは知らんけど。
「あ・・・ありがとうございます」
とりあえずお礼は言っておこう。
ぺこりと頭を下げるとかわいい‼︎と
いう歓声が2人から上がった。
あ・・・ウン、2人が満足して
くれるならいい・・の、かな??
分からない。この世界の人たち的には
アリなのだろうか。
良識ある王宮勤めの侍女さんがいいと
思ってやってることだから、これは
一応セーフなんだろうか。
本当に分からない。
これで馬車から降りたら
ドン引かれないか、それだけが
今の私の心配ごとだ。
「このネコちゃんの耳の根元部分、
こまかい三つ編みで巻いてあるのが
素敵ね。これでこの耳の可愛らしさが
より強調されているわ」
シンシアさんが物凄くこまかい所まで
チェックしている・・・。
「シンシアさんの選ばれたドレスも、
お色はベビーピンクでとても
かわいいのに胸元や袖口のリボンが
黒っていうのが素晴らしいです!
ユーリ様の髪や瞳の色にあっていて、
かつドレスの締め色になって
くれてますねっ‼︎」
マリーさんも興奮が止まらない。
どうしよう。私だけついていけてない。
「あの、この格好でみんなの前に
出ても本当に大丈夫ですか?
怒られたりしませんか?」
あまりに不安で確かめてしまうが、
「何を言ってるんですか!
むしろユーリ様の愛らしさを
これ以上完璧に表現できる方法が
他にあるなら教えて
いただきたいですよ!」
マリーさんの鼻息が荒い。
そんな彼女をまあまあ、と
シンシアさんが諌めてくれた。
「大丈夫ですユーリ様。
現在ノイエ領を預かっている
アントン・ユールヴァルト領事官長は
見た目は厳しそうですが
気質は大らかで仔羊や仔猫、ヒヨコなど
小さく愛らしいものがお好き。
領事館ではミニチュアホースと
ウサギを飼っておられます。
奥様も同様に穏やかなお人柄で、
ご夫妻にはお子様はおりませんが
子ども好きですし、
毎月孤児院への喜捨も欠かさない
お優しい方々です。
そんなお2人ですから、
ユーリ様のことも一目で
気に入るはずですよ。」
一息で説明し切ったシンシアさんの
情報収集力がすごい。
領事官長さんには一度も会ったことが
ないって言ってたのに。
それとも侍女長になる人って
こうじゃなきゃいけないのだろうか。
マリーさんがニコニコして言う。
「いつもリオン様やレジナス様が
ユーリ様のことを黒い仔猫みたいって
仰ってましたので、きっとお2人にも
喜んでいただけますよ。楽しみですね!」
あまりにもかわいくてびっくり
するかも知れませんね、とか
言ってるけど、そういう事かぁ!
マリーさんの創作の源が
意外なところにあった。
まさかあの2人も何気なく話してた
ことがこんな事になってるとは
思わないだろう。
それこそ、自分達の会話を元に
勝手なことをして、と
リオン様に怒られないだろうか。
ドン引かれないか以前に別の
心配ごとができてしまった。
万が一を考えて、2人が
怒られないためには
私がこの髪型を気に入ってる、って
言った方がいいのかな・・・?
私がやって欲しいって言ったんです、
怒らないで下さい‼︎って言えば
許してもらえるだろうか。
最悪、もしこれを見たリオン様が
怒り出したらそう言おう。
そう覚悟を決めた時だった。
おもむろに馬車が止まった。
「あっ、着きましたよユーリ様!」
「あら、先行したシグウェル様と
ユリウス様も領事官長夫妻と一緒に
お出迎えしてくれるようですよ」
侍女2人が外の様子を確かめて
教えてくれた。
えっ、ちょっと待って、リオン様に
怒られた時のことは覚悟できたけど、
この髪型でみんなの前に出る勇気は
まだないよ⁉︎
戸惑う私を差し置いて、無情にも
馬車の扉は開かれてしまった。
シンシアさんとマリーさんが
先に出て、まだ馬車の中にいる
私に手を差し伸べてくれている。
うわあ、どうしよう。
ものすごく恥ずかしい・・・‼︎
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なぜかくそ親父に先を越されて
しまったけど、俺だってユーリ様に
おいしいご飯を手ずから食べさせたい!
俺のそんな欲求からトントン拍子に
決まってしまったユーリ様の
ノイエ領初視察。
団長と一緒に先行してノイエ領に入り、
これからの日程諸々を打ち合わせ
していた時だった。
「ユリウス、殿下達がもう着く」
団長が空を見上げて眩しげに
目を細めた。
頭上にはオオワシが一羽、くるりと
円を描いている。団長の精霊だ。
殿下の到着を知るために
団長が放っていたやつだけど・・・
うわ、予定よりだいぶ早く着くな~。
「やっぱ団長が精霊
飛ばしてて良かったっすね」
早めに到着準備をしていて良かった。
団長の叔父にあたる領事官長の
アントン様とほっと息をついて
顔を見合わせると苦笑いした。
話は王宮を出る時にさかのぼる。
レジナスの用意した
リオン殿下とユーリ様の馬車馬や、
並走する護衛用の馬を
チラリと見た団長が、
あの馬の事がバレるとは
一体どこから情報が
漏れたんだ?と呟いた。
へ?と思っていたらアレは早いぞ、
オレが千里馬を作りたくて
改良した馬だ、
ただしうまくいかなくて
千里は走れなかったから適当に
放逐したんだ、と説明された。
いや、ちょっと・・・初耳なんすけど。
千里馬ってあれだ、
伝説上の1日で千里の距離を
駆けるとかいうやつ。
それを王宮からの依頼じゃなくて、
許可も得ずに完全に自分の趣味で
勝手に作ろうとしたと⁉︎
しかもうまくいかなかったから
放逐って途中で飽きたな⁉︎
無断飼育に違法改良、
不法投棄・・・もとい、
不法放逐って最悪だよ‼︎
この人俺の知らないところで
どんだけ恐ろしいことやってるんだ。
・・・いや、知りたくない。
世の中知らない方がいいこともある。
しかしその情報をどこからか
仕入れてきて、視察に使おうと
捕まえてくるレジナスもレジナスだ。
あいつ、リオン様の護衛騎士を
やりながらいつどこでどうやって、
国のどこに放逐されたかも
わからない馬を捕まえてきたわけ?
しかも一頭や二頭じゃない。
十頭もいる。
なんなのあいつ。
怖いわ~、と思いながら
「じゃあその馬が引く馬車だと相当
早くノイエ領に着くんじゃないすか?
到着時間が予測できないから
見張りでも立てとかなきゃダメっすね」
そう言ったらちょっと考えた
団長が精霊を放ったのだ。
殿下の馬車の上をついてきてもらって、
領事館近くまで来たら団長のところに
戻るようにしてあった。
それがもう戻ってきた。
思っていたより数時間は早い。
なんだよ、千里は走らないけど
いい馬じゃん。
なんで放逐した。
マジで意味がわからない。
この視察が終わったら
突然変異の馬ってことにして、
王宮で飼ってもらえるように
ちゃんと申請しよう。
団長の気まぐれな趣味の後始末の
仕方について考えていたら、
いつの間にか馬車が着いていた。
殿下とレジナスが下車して
アントン様と挨拶を交わしている。
殿下の馬車の後ろはユーリ様の馬車だ。
護衛の騎士達が並んで、
まずは侍女達が降りてきた。
アントン様も奥方と並び、
俺や団長もその後ろに控えて
ユーリ様を出迎えるための
準備をした。
ユーリ様、さあどうぞ。と
馬車の中へ声をかけて侍女達が
手を差し伸べているけど
全然降りてくる気配がない。
あれ?馬車にでも酔ったかな?
並んでいた騎士達も不思議そうな
顔をしている。
「いっ、今降ります!
ちょっとだけ待って下さい、
心の準備が・・・っ‼︎」
ユーリ様の声が馬車の中から
聞こえてきた。
なんだ良かった、元気そうじゃん。
ていうか、こころの準備って何?
アントン様の奥方のソフィア様も、
恥ずかしがり屋さんなのかしら?と
心配している。
うーん、別にユーリ様って
人見知りとかじゃなかったよな?
どうしたんだろう。
侍女達が、大丈夫ですよユーリ様、とか
かわいいから早く降りてきて下さい、
とか色んなことを言って馬車から
ユーリ様を降ろそうとしている。
「・・・どうしたんだろうねユーリ。」
リオン殿下も不思議そうに
馬車を見つめて、レジナスも
「俺が降ろしてきましょうか?」
と、動こうとした時だった。
馬車の中から、ピョンッ!と
何か小柄なピンク色のものが
飛び出してきた。
え?・・・ユーリ様、だよな??
頭の上に猫みたいな耳が付いてて、
飛び降りたドレスの後ろには
黒くて長いリボンが尻尾みたいに
たなびいた。
「「「はっ?」」」
上がった声は俺だけのものじゃない。
それを見た全員が、驚きのあまり
それしか言葉を発せなかった。
え、ていうか今団長も驚いて
なかったか⁉︎
あまりの珍しさに隣を見たら、
あのいつも人を小馬鹿にしたような
目で見てくる団長ですら
目を丸くして驚いていた。
うわ、珍しい‼︎
団長のこんなとこ
初めて見るんだけど⁉︎
何だこれ‼︎
っていうかユーリ様、かわい・・・っ‼︎
改めて馬車から降りてきた
ユーリ様を見て目が離せなくなった。
何アレ、頭にネコの耳がついてる、
え?なんで?・・・ああ、髪の毛で
作ってあンのかびっくりした‼︎
恥ずかしそうに頬を赤らめて下を
向いてしまってるんだけど、
そうすると猫耳もちょっと
下を向いてしまって、それがまるで
いたずらを叱られた仔猫みたいだ。
ユーリ様の後ろの侍女2人が
満足そうに頷きながら微笑んで
いるところを見ると
これはあの2人の仕業だな。
なんつーいい仕事するんだ。
たまに視線をこちらに向けて、
俺たちの反応をチラチラ伺っては
みんなに見つめられて所在なさげに
たたずんでるユーリ様を、
今すぐ駆け寄って抱き上げたくなる。
ものすごく庇護欲をそそられる格好だ。
ていうか、あの首元の例の
首輪みたいなアクセサリーの
おかげで何というか
「か、飼い猫・・・」
思わず思っていたことを
声に出してしまった。
声にしてから思わずやべっ‼︎と
我に返ったんだけど、幸いにも
誰にも聞かれてなかった。
ていうか、もっと不穏当な呟きが
側から聞こえてきた。
「なんていうか・・・鈴を
付けたくなるね。」
あんなにかわいいと攫われないか
心配になるからリードもいるかな?
誰が言ったのか見なくても分かる。
ていうか、怖くてそっちを見られない。
ええ・・・殿下、やっぱりそういった
変わったご趣味をお持ちで?
口には出せないから思うだけに
しておいた。
俺の前に立っているソフィア様も
頬を赤らめて片手は口に当て、
もう片方の手は
夫であるアントン様をバシバシ
叩いて悶絶しているし、
アントン様も、ソフィア様の腰へ
回している手にはぎゅっと
力が入っている。
そっとその顔を見てみれば、
口ヒゲはフルフル震えてるし
わずかに紅潮した顔も
こわばらせていた。
あ~これ、相当我慢してんなぁ。
ホントは駆け寄って高い高いとか
したいんだろうな~。
この2人、団長の親戚なのに
団長と違ってめちゃくちゃ常識人の
子供好きだからな。
騎士の連中も固まったまま
目に焼き付けるみたいにずっと
ユーリ様を凝視してるし、
出迎えに並んでた領事館の政務官や
侍従達もおんなじだ。
ユーリ様すげぇ。
まだなんの力も使ってないのに
その場の全員が動けなくなってる。
なにこの不思議な空間。
そんでもって、そんな妙にそわそわ
フワフワした空気感を破って
話し出したのは、その空気を
作り出した張本人のユーリ様だった。
「あ、あの!このたびは急に
決まった訪問なのに受け入れて
下さってありがとうございます!
短い間ですがよろしくお願いします。
ユーリです!」
ぺこっ、とお辞儀をしてから
また俯いてしまったんだけど、
一瞬だけ様子を伺うように
チラッとアントン様達の方を
見上げた。
何その上目遣い、めっちゃかわいい‼︎
あれ?俺ユーリ様が馬車から
出てきてからかわいいしか
言ってないような気がする!
まあいっか‼︎
とか思っていたら、またユーリ様が
おずおずと口を開いた。
「あの、なんていうかその・・・
やっぱり変ですよね?私の格好・・・
なんかすみません・・・」
・・・変なワケあるか‼︎
むしろカワイイが過ぎるわ‼︎
団長はどう思ってるか知らないが、
それ以外の、その場の全員が
そう思ったはずだ。
俺には全員の一致団結した
そんな心の声が聞こえたぞ。
絶対気のせいじゃない。
「何をおっしゃってるんですか!
こんなに可愛らしいお嬢さんは
見たことがありませんよ‼︎
ノイエへようこそユーリ様。
こちらこそよろしくお願いいたします。」
ソフィア様がユーリ様を
抱き締めている。あ、いいなあ。
「さあ、それでは皆とりあえず
中へ入ろうか。馬車を移動させて
殿下とユーリ様を案内して差し上げろ」
アントン様もやっと我にかえって
皆に指示を与え始めた。
それをきっかけにみんな
動き始めたけど,やっぱり
みんなユーリ様が気になって
そっちをチラチラ見てる。
その時隣からものすごい緊張感に
包まれた声が聞こえてきた。
「・・・では行ってきます」
「頑張ってねレジナス」
ん?何その今から決死の覚悟で
魔物討伐に行くみたいなやり取り。
そっちを見たら、珍しく赤面している
レジナスがユーリ様の方に
挙動不審に歩いていくところだった。
あれ、なんかこんな感じのあいつ
召喚の儀式の時にも見たな。
またあの時みたく、
誘拐犯めいた不審者みたいな
動きになってるぞ。
不審者レジナスはそのまま
ユーリ様に近付くと、
少し会話を交わして手を伸ばし
ひょいと抱き上げた。
あ~、いつもの縦抱っこね。
はいはい、と思ったんだけど
レジナスに抱き上げられたユーリ様は、
あの猫耳みたいな髪型のせいで
いつもより仔猫感が増しててヤバい。
うわ、うわぁぁ~何アレ‼︎
レジナスの腕からぴょんと
飛び出してるドレスの後ろの
長い黒リボンが、あいつが
歩くたびにゆらゆら揺れてて
それがすげぇ
ネコの尻尾みたいだ。
そんでもって、レジナスに
掴まりながらキョロキョロ周りの
風景を興味深そうに見ている
猫耳のユーリ様が、ドレスの
尻尾リボンと相まってなんだか
まるで機嫌のいいネコみたいに
見えてくる。
侍女2人がその様子を見て
やりましたね、計画通りです!と
ハイタッチしてるのが目の端に
見えた。
あ、もしかしてあのドレスの
後ろの長い黒リボンって
やっぱりネコの尻尾イメージなわけ?
すごいなあの2人。
さすがルルー殿がユーリ様の
初視察のお供に選んだだけあるわ。
初対面の人間だけでなく
俺たちみたいなユーリ様に
面識のある人間の心まで
ぐいぐい抉りにくる・・・
って言うか、変な性癖を
目覚めさせるつもりか?って
くらいの格好をユーリ様に
させてしまうなんて。
一体どうやったらあんなの
思い付くんだ。猫耳・・・・。
あ~あの頭、撫でて見たかったなあ。
もの凄く残念な気持ちで、
ゆらゆら尻尾を揺らしながら
レジナスに抱かれて領事館の中へ
入っていくユーリ様を俺は
後ろから見ていた。
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