何もしなければ何も起こらない、のだ。 3
「あれ?レジナスさんは?」
いつものように朝の挨拶をリオン様と交わして
朝食の席に着くと、リオン様の後ろに控えて
いるはずのレジナスさんがいなかった。
また騎士団で演習かな?それなら私も一緒に
ご飯を食べに・・・
じゃなくて見学に行きたかった。
リオン様がふんわりと微笑む。
「レジナスには数日後に控えているユーリの
視察準備のために動いてもらっているんだ。
昨日魔導士院で温泉の話題からノイエ領への
視察の話になったんだって?」
「はい、ユリウスさんが
なんだかものすごく熱心でした。」
早速準備に入っているということはその
ノイエ領というところへの視察は決定したんだ。
あれ?ていうか、ユリウスさんは一体いつの間に
その話をリオン様にしたんだろう。
申請書は今日のお昼までに出すとは言ってたけど。
まさか私が魔導士院を後にした直後にほんの数時間で
書類を整え、かつシグウェルさんにもいくつか
溜まっていた報告書を提出させていたとは
知らないので首を傾げた。
「視察、行ってもいいんですか?
リオン様やレジナスさんも一緒ですか?」
私の問いにリオン様の笑みが深まった。
「僕達も一緒に行くよ。すでにノイエの政務官には
その事を伝えたから、今頃は領事官長である
シグウェルの叔父にも話は行っているはずだ。」
「領事官ですか?領主様じゃなく?」
領事官と聞いて大使館職員のようなものを
イメージすると、リオン様が頷いた。
「ノイエ領は王家直轄地で領主はいないんだ。
代わりに王宮から派遣された領事官がその土地の
人民や財産を保護管理しているんだけど、
特殊な土地柄から魔力が強い優秀な魔導士一族である
ユールヴァルト家に代々の領事官長を任せることが
多いんだよ。」
今の領事官長夫妻もとても良い人達だから
早くユーリにも会わせたいな、と教えてくれた。
「魔導士団から提出された申請書を見たけど、
その中には含まれていなかった選女の泉も
ユーリにはぜひ訪れて欲しいから、その辺りの
行程を少し調整させてもらうね。」
「せんじょのいずみ」
聞き慣れない言葉に素でひらがな語が口から
出てしまった。
「そう、選女の泉。王都の至高神イリューディアを
祀る大神殿に仕える巫女を選ぶ場所だよ。」
そんな所があるんだ。
「イリューディア神に祝福されたその加護が
特に厚いとされている場所で、
巫女の素質がある者がその泉に足を浸すと
水面が白く光り輝くんだ。
僕の妹であるカティヤもそれで巫女に選ばれて、
更に神託も預かれる事も分かり巫女の中でも
特別な姫巫女として今は大神殿にいるんだよ。」
なるほどそんなに重要な場所なのか。
だから「選女の泉」。
じゃあ元々イリューディアさんの加護がある
私が行ったら、また何か別な反応でも起こるだろうか。
イリューディアさん本人が現れたりしないかな。
ぜひ行ってみたい。
「選女の泉、行きたいです!癒し子としての視察は
初めてで不安だったけど、リオン様達も一緒だし
ちょっと楽しみになってきました!」
ふふっ、と笑うとリオン様も嬉しそうに頷いた。
「じゃあぜひ楽しみにしておいて。
出発は順調にいけば3日後で、日程は四日間を
予定している。ユーリにとっては初めての視察だし
あまり気負わずに楽しんで欲しいからね。
王都からも近い安全な保養地だから護衛や荷馬車は
最少にして、向こうに着いてからも歓迎式典や
歓迎晩餐会も開かない簡素な方向で、と
今のところ話は進めているよ。」
癒し子として大袈裟な対応をされるのは
苦手なのでリオン様の気遣いがありがたい。
こうして具体的な日程を聞くと、
初の視察にいよいよ実感が湧いてくる。
なんだか急に決まったことだけど、出発が楽しみだ。
癒し子任務も頑張るぞ!と心の中で密かに
気合いをいれたのだった。
・・・泊まりがけで王宮から出るというのは
この世界に来てから初めてのことで、ルルーさんも
侍女さん達に号令をかけて私の服や小物、靴などを
あれこれ選んで準備に余念がない。
ノイエの領民達にユーリ様の可愛いところを
見てもらわなければ!とその張り切りぶりは
ユリウスさんがもう一人いるかのようだ。
それから、温泉に入るというので湯浴み着も
いくつかルルーさんは準備してくれた。
王宮でいつも入っているお風呂は普通に
裸なんだけど、温泉となるとこちらの世界では
湯浴み着を着用しての入浴が一般的らしい。
ノースリーブのストンとしたドレス型で、
少し厚めのタオル地っぽいものから
薄い絹みたいな布地のものまでルルーさんは
数種類取り揃えてくれた。
かわいい刺繍やちょっとしたフリルもついた
子ども仕様のそれは、急に決まった
ノイエ領行きなのに私専用で用意してくれたようで
ありがたくも申し訳ない。
ちなみに癒し子を一人で湯船に浸からせて
万が一溺れたり何かあっては大変ということで、
私のお風呂には毎回ルルーさんが付き添っている。
向こうの温泉ではどうなるのかな?
やっぱり一人で入るのはダメかな?
・・・もし一人で入るのを許されたら
湯浴み着は脱いで裸で温泉を堪能したい。
そしてそれが露天風呂だったりしたら最高。
そんな風に、あれこれ準備をしていたら
あっという間にノイエ領へ出発する日になった。
結局レジナスさんには魔導士院に一緒に行った
あの日以来ずっと会っていない。
急に決まった視察だったから、
準備がかなり忙しかったんだろうなあ。
毎日のように顔を合わせていた人だから、
急に会えない日が続くとなんだか
思ったより淋しく感じる。
そんな事を考えながら、ルルーさんに
手を引かれて出発場所に向かった。
遠目に、数台の馬車と数人の人達が見えた。
その中に他の人達より頭一つ分以上
飛び抜けて大きい人がいる。
あっ、レジナスさんだ!忙しくて疲れてるかと
心配してたけど思ったより元気そう。
「おはようございます!」
レジナスさん達のところまではまだちょっと
距離があったので大きめの声で手を振った。
急に大きな声をかけられたからか、レジナスさんは
珍しくビクッ、と大きく体を揺らし、こちらに
ゆっくりと顔を向けた。
あ~、驚かしちゃったか。久しぶりに会えて
嬉しかったからついテンションが上がってしまった。
ごめんね。
レジナスさんと一緒にいたのは4人の騎士さんだ。
今回荷運びも兼ねた護衛についてくれるらしい。
実は護衛はもっと付けた方がいい、と
騎士団の方からわざわざ申し出があって、
何人も行きたいといってくれたそうだけど
危ない所じゃないし大人数で目立つのもな、と
思いありがたくも断らせてもらった。
子どもだからなのか癒し子だからか、
騎士団の人達もだいぶ私を心配している。
・・・いや、原因はやっぱり見学に行った時
迷子になったせいかもしれない。
そんなわけで、今回一緒に行ってくれる
騎士さんは厳選された4名なのだ。
よろしくお願いします、と頭を下げると
みんな満面の笑みで挨拶を返してくれた。
良かった、前回迷子で演習を中断させてしまったけど
印象は悪くなっていないようだ。
ほっとしてレジナスさんにも話しかける。
「レジナスさん、久しぶりですね!
会えて嬉しいです、元気そうで良かった‼︎」
にこにこと見上げたが、返事がない。
「・・・?」
私が目には入っているようだけど、なんだか
ぼんやりしている?えっ、大丈夫⁉︎
過労で倒れそうとかじゃないよね?
一瞬、元の世界にいた時に忙殺されて意識朦朧に
なったことのある自分の経験を思い出して青くなった。
「レ・・・レジナスさん、しっかりして⁉︎」
思わず騎士服を掴んでぐいぐい引っ張ってしまう。
あれ、これってまさかノイエ領に行く前に
レジナスさんに癒しの力を使わなくちゃ
いけないパターン⁉︎
焦って服を引いても相変わらず
なんだかレジナスさんの反応はないし、
私ごときが引っ張ってもびくともしない。
「・・・おはようユーリ。朝から2人で一体
何をしているの?」
新しい遊びか何か?と、リオン様が
不思議そうな顔をして現れた。
「あっ!おはようございますリオン様‼︎
レジナスさんが何だか変なんです、
疲れてるのかも知れません!」
いいタイミングで来てくれた。さすが王子様。
声を掛けても反応がない、とリオン様に訴えると
チラリとレジナスさんを見て、おもむろに
バシン‼︎とその背中を大きく叩いた。
えっ、そんな事して大丈夫なの⁉︎
ビックリして目を丸くしてしまったけど、
「大丈夫だよユーリ。まあ多少疲れてぼんやり
してたんだろうね。
・・・ほら、この通り。しっかりしなよレジナス。
君、行く前からユーリに心配かけてどうするのさ」
そう笑ったリオン様が更にポンポンと
レジナスさんの肩を叩いた。
そこでようやく我に返ったらしいレジナスさんは、
ハッとしたようにリオン様と私を交互に見た。
「申し訳ありません、おはようございます
リオン様、ユーリ。今日はよろしくお願いします。」
「頼むよレジナス。君がいるから
護衛は最少限にしているんだからね。」
そう言ったリオン様が最後にもう一度
レジナスさんの肩を軽く叩いた。
「さ、それじゃ出発しようか。
シグウェル達には先に
ノイエ領へ向かってもらっている。」
そう言って馬車を見たリオン様は満足そうに
微笑んで、レジナスさんに声をかけた。
「それにしてもレジナス、よくこの馬をこの数だけ
揃えてくれたね。大変だっただろう?ご苦労様。
おかげでこれなら普通よりずっと早く着きそうだ。
ユーリにかかる負担も少なくて済むよ」
そんなところまで気を使って準備して
くれてたなんてさすがレジナスさん。
そりゃ疲れてるはずだわー・・・。
「ありがとうございます、レジナスさん!」
「ああ、いや・・・」
まだ何だか少し様子がおかしいけど、
今度はちゃんと返事が返ってきた。
「ではユーリ様、行ってらっしゃいませ。
シンシア、マリー、ユーリ様を頼みましたよ。」
ルルーさんが綺麗なお辞儀をして
送り出してくれる。そうなのだ。
今回、ルルーさんは同行しない。
代わりに王宮の癒し子の部屋にいた時からルルーさんと
一緒に世話をしてくれていたシンシアさんと、
奥の院に来てから新しく侍女について
くれるようになったマリーさんの2人が同行する。
いい機会だから侍女さん達にも色々
経験させて見ようと言うことらしい。
ちなみにシンシアさんは、ルルーさんが
自分の後継の侍女長に指名しているくらい
仕事が出来る頼りになる人だ。
年は20代後半で元の私と同い年くらい、
そのおかげで私は勝手に親近感を持っている。
マリーさんは・・・王都の大きな商会のお嬢さんで、
昔から王宮勤務に憧れていて侍女になった人だ。
まだ10代後半で、若いのにすごく頑張って仕事を
覚えてくれて一生懸命に働いてくれている。
まあたまに失敗もするけどかわいいものだ。
あと、手先が器用で時間がある時はいつも私を
凝った髪型にしてくれる。まるで魔法のような
指先を持つ明るいお嬢さんだ。好き。
そんな2人と一緒に馬車に乗り込む。
「ノイエ領に着くまでたくさん
おしゃべりしましょうね、ユーリ様!」
マリーさんが楽しそうに色んなお菓子が入っている
籠を私に見せてくれた。
「マリー、おやつはほどほどにしないと途中で
昼食が入らなくなるわよ」
シンシアさんがビシリと締める。
うーん、いいコンビだ。さすがルルーさんの人選。
私達の前の馬車にはリオン様とレジナスさんの
2人が乗り込む。騎士さん4人は馬で並走だ。
空は高く青く澄み渡り、出掛けるには最高の天気。
出発、という騎士さんの号令で馬車はいよいよ
ノイエ領に向けて走り出したのだった。
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