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マイ・フェア・レディ 9

「おはようユーリ」


リオン様が私をみて嬉しそうに微笑んだ。

クリーム色の柔らかそうな髪の毛が

朝の光を浴びてきらきらと輝き、

その笑顔に華を添えている。

うーん、今日も朝から爽やかな人だ。


おはようございます、と挨拶を返して

私もリオン様と同じ朝食のテーブルに着く。


先日のヨナスの解呪騒ぎから数日が経った。

その間に私はこの奥の院に部屋を移し、

リオン様は少しずつ政務に復帰している。

慣らし公務でまだそんなに忙しくないそうで、

朝は余裕があり朝食はこうして私と

一緒に取ってくれている。


今日も朝からユーリに会えるなんて嬉しいよ、

と相変わらずお世辞がうまい王子様だ。


ちなみに私はもう体調も万全なので

リオン様の手ずから食べさせられるのは

お断りした。

先日ユリウスさんに目撃されてから

反省したのだ。

甘やかし、良くない。絶対。


最初はなんだかんだ理由をつけて

どうしても食べさせたがった

リオン様だったけど、最終的に


『おねがいをきいてくれなければ

もうリオンさまとは

くちをききません!』


という私の子どもらしさを偽装した

わがまま交渉術に負けたのだ。


ちなみにその際、リオン様は

ものすごく悲しそうな、

捨てられた仔犬みたいな目をして

私を見てきたので

まるで私が悪いみたいだった。


え?私悪くないよね?

自分でご飯を食べるっていう

いたって普通のことを

申し出ただけなんだけど?


一瞬よく分からなくなって、

思わずリオン様の後ろに立つ

レジナスさんを見たら

ユーリが正しい、というように

頷いてくれたので

紙一重でリオン様への情に流されるのを

踏みとどまることができた。

ありがとうレジナスさん!


・・・と、あれ?そういえば今朝は

そのレジナスさんがいない。珍しい。


「リオン様、レジナスさんは

どうしたんですか?」


「今日は騎士団に演習に

行くことになっているから

僕の護衛はしないんだよ。

ーほら、噂をすれば」


リオン様がふと横に視線を移した。


「リオン様、ユーリ、おはようございます。」


カチャカチャと軽い金属音をさせて

レジナスさんが現れた。


いつもの護衛騎士姿の

上下黒の格好じゃなくて、

白いシャツに黒いパンツ姿という

軽装に黒い革手袋をしている。

そしてその腰の両側には剣。双剣だ!


そういえばレジナスさん、

元々は双剣使いだって

リオン様が言ってたな。


今までいつも見ていたのは

左腰にだけ剣を差している

格好だったから、

いつもと違う軽装も

相まってなんだかすごく新鮮だ。


「カッコいいですレジナスさん!

それ、両手に剣を持って戦うんですよね⁉︎」


「あ、ああ。この間シグウェルとも

話した通り騎士団の演習に参加してくる」


演習は朝から始まるので

今朝はもう出るのだと、

洋画のような出立ちの

レジナスさんにテンションが

上がった私に、

戸惑いながらもきちんと

答えてくれた。いい人だ。


「いいなあ、私も見てみたいです!

両手で剣を使う人を間近で

見たことがないので、

とても気になります!」


「おや、それじゃあ見に行ってみたら?」


私の言葉にリオン様が微笑んだ。


「えっ?いいんですか?

でも邪魔になったり・・・」


「演習場はきちんと見学席も

設けられているからね。

僕は政務で一緒に行けないけど

朝食後、ルルーに

連れて行ってもらえばいいよ。

見学の申請は先に行くレジナスに

しておいて貰えば大丈夫」


そうだなあ、汚れるかも知れないし

動きやすい服装の方がいいかも。

それもルルーに相談してごらん?と、

リオン様が提案してくれた。


騎士団?演習場?今まで人を癒すのは

わざと避けていたので、そこはまだ

癒しの練習でも行ったことのない場所だ。


しかもレジナスさんの演習姿も

見られるなんて楽しみで仕方ない。

これはぜひ行かなければ!


「見学したいです、よろしくお願いします!」


ウキウキで見学をお願いして、

レジナスさんとは

後で演習場で会うことを約束した。


 



「さあ、準備ができましたよ」


朝食後、ルルーさんに騎士団の演習場に

見学に行くと話したら、

レジナスさんみたいな黒いパンツに

上はチュニックみたいな

少し長めの上着を準備してくれた。


その上着を腰の辺りでキュッと

ベルトで留めてくれると、

腰ほどの丈のワンピースの下に

ズボンを履いているような

格好になった。


髪の毛も動きやすいようにと

一纏めにしてポニーテールを

作ってくれる。


久しぶりにドレス姿以外の

簡素な格好でらくちんだ。


ドレスはドレスでかわいいんだけど、

この気楽さは元の世界っぽくて懐かしく、

たまらなく嬉しい。

動きやすいので、飛んだり跳ねたり

走り回るのも楽しそう。


着替えがすむとルルーさんが

手を繋いでくれて

2人で馬車に乗り込む。

騎士団のある場所はこの奥の院から

少し離れているらしい。


馬車の中から移り変わる景色を

しばらく楽しんでいると、

やがて静かにある場所で止まった。


「ユーリ様、着きましたよ。

ここは兵士達の訓練所ですからね、

奥の院と違って大きな

男の人達ばかりで、

大声や乱暴な言葉が飛び交って

騒がしい所ですが

びっくりしないで下さいましね。」


迷子にならないように、と

手を繋いでくれたルルーさんは

普段静かな場所で過ごしている私が

大勢の大きな男の人達に囲まれて

怖がらないか心配そうだ。


でも大丈夫、心配無用だ。

元の世界での私の仕事は実は

建築・土木関係の会社で

工事現場や土建業の

おじさん達に囲まれていたのだ。


建築資材の交渉や

トラックのリース営業で

何度取引先のおじさん達に

理不尽に怒鳴られながら

働いたことか・・・。


わたしが大声殿下にビビらないのも

その経験から大声を出されるのに

慣れてしまっているからだ。


そして、そんなおじさん達に比べたら

王宮勤めの騎士団の人達の

立ち居振る舞いなんて、

かなりお行儀のいい方だよ?


「大丈夫です!それよりレジナスさんが

演習しているのを早く見てみたいです!」


屈託なく笑った私に安心したのか、

ではこちらで少しお待ち下さいね。と

ルルーさんが受付のようなところで

手続きを始めた。


その様子を近くの椅子に座って

おとなしく待つ。

ああ、レジナス様の。はい、では第一演習場へ。

・・・やり取りを聞いていると、

ルルーさんから声がかかった。


「ユーリ様、お待たせしました。

私はあと少し書類を書いて

騎士団の皆様への差し入れの引き渡しを

しなければなりませんので、

案内役の方と先に演習場へ

向かっていただいてもよろしいですか?」


その言葉に、受付の中から

青年騎士が1人出てきて

ぺこりとお辞儀をしてくれた。


そういえばレジナスさんが

騎士団に顔を出すのは

久しぶりだからって

リオン様が気を使って

なんだかあれこれたくさんの

差し入れを持たせてた。


乗ってきた馬車をちらりとみたら、

私達の馬車にくっついてきた荷馬車には

ぎっしりと木箱が積まれている。


これ、降ろすのだけでも結構大変そう。

人手がいるよね?私なんかの案内に

人を出してる場合じゃない。


こちらへどうぞ、と青年騎士が

手で指し示している方角を見ると、

立派な石畳の道がずっと続いている。


所々でその道は枝分かれしているが

そういう場所にはきちんと案内板も

出ているし迷うことはなさそうだ。


その時、レジナスさんと

同じような格好の騎士らしき人達が

ガヤガヤと楽しげに何人もそちらに

歩いていった。

きっと演習に参加する人達だ!


「私は1人でも平気です!

あの人達について行くので大丈夫ですよ‼︎

騎士さんはルルーさんのお手伝いを

お願いしますねっ!」


言うが早いか、さっきの人達を

見失わないうちにと急いで駆け出す。


後ろからユーリ様⁉︎と驚いている

ルルーさんの声が聞こえたが、


「先に行って待ってますね~‼︎」


振り返って大きく手を振った。

あの人達について行けば

これから始まるレジナスさんの演習を

見られるのだ。善は急げだ。


さっきの騎士の集団が

ちょうど石畳の道の

緩いカーブの向こうへと消えたので、

追いつこうと全力で走る。


おお、体が軽い‼︎これが子どもの体力!

アラサーの時は駅の階段を

駆け上がるだけでヘトヘトだったのに、

全速力で駆けても全然疲れない。

すごいな。子どもの体力は無尽蔵だ!


なんだか無性に楽しくなって

笑いたくなった。

変人だと思われると困るので、

声に出して笑うのはさすがに

我慢したけど

私の顔には思いっ切り

笑顔が浮かんでいたと思う。


走りながら追い越したり

すれ違ったりした騎士の人達が、

ぽかんとした顔で私を見ていた。


いや~でも楽しいんだよ⁉︎

大人になると全速力で走るなんて

遅刻以外の理由ではなかなか無いし。


とか何とか思いながら走って、

緩いカーブを曲がろうとした時だった。

ずるっと滑りバランスを崩すと

軽く転びかけた。


おっと、危ない!

慌てて体勢を立て直して立ち止まった。


調子に乗ってスピードを出し過ぎた、と

一息ついて周りを見回すと

さっきまでいた騎士の集団がいない。


あ、あれっ⁉︎どこ行った?

緩いカーブの向こう側、

私が転びかけているうちに

みんなどこかへ消えてしまった。


幸いにも、さっき見たように

枝分かれしている道の

あちこちには案内板があるから

大丈夫なはず。

急いで近くの案内板を見上げた。


・・・見えない。

しまった、今の私はミニマムサイズ。


対して案内板は大人用に私の目線より

遥かに高い所にあった。

遠目から見ていた時には

気付かなかった。何という盲点。


ぐぬぬ、と何度かジャンプしてみるが、

しょせん子どものジャンプ力。

見えるわけがない。


ルルーさんに、あんなに威勢よく

平気だと言った手前

迷子になって心配をかけるわけには

いかないのに。


えーと、確かさっき受付で案内の人は

第一演習場って言ってた。

こうなったら手近な人に聞こう。


「あの!すみません‼︎」


ぴょんぴょん飛び跳ねて

案内板を見ようとしていた私を

何でこんな所に子どもが?という顔で

見ていた騎士らしき人達に話しかけた。


スキンヘッドで目の鋭い人と、

ボリュームのある赤髪に髭面の

クマみたいな人という、

対照的なヘアスタイルの二人組だ。


2人とも、自分達が話しかけられると

思っていなかったのか物凄く

驚いた顔をしている。


「お忙しいところすみません、

第一演習場に行きたいんですが

どこにありますか⁉︎」


「第一・・・?それならこの道を

まっすぐ進んで、左手四番目の案内板の

方に曲がって行けばいいが、

でも今日はー」


「ありがとうございますっ!

助かりました‼︎」


スキンヘッドの方の人が説明してくれた。

まだ何か言いかけていたけど多分、

今は演習中だから子どもが行くのは

危ないとかそういう事だろう。


大丈夫ですよ、私はその演習を

見に来たんですから!


ご親切にありがとうございました、と

頭を下げてからまた駆け出す。


左手、4番目の案内板の指し示す方へと曲がった。


立派な石造りの壁にしっかりした

頑丈そうな扉が見えた。

間違いない、第一演習場って書いてある。


ホッとして中にいるだろう騎士達の

邪魔をしないようにそっと扉を開いた。


もう演習、始まっちゃってるかな?

大きくて重い扉がぎぃっ、と軋んで

ゆっくりと開いた。


あれ?意外と静かだな・・・。

何だかあんまり

人の気配がしないような・・・?


扉の向こうは薄暗く長い

通路になっていた。

少し歩くと目の前が開ける。

と、目の前いっぱいに

丸く円を描いた闘技場めいた

グラウンドが現れた。

 

テレビや雑誌でも見たことある

古代ローマの

コロッセオみたいなスペースだ。


だけどそこはガランとしていて、

1人の人が掃除らしき作業を

しているだけだった。


あ、あれ?演習は?レジナスさんは??

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