マイ・フェア・レディ 7
「では」
シグウェルさんの声がして、リオン様が
頼む、と言ったのが目を閉じた私の耳にも入る。
首の左側にシグウェルさんの手が僅かに触れた。
ほんのりとした温かさを感じていると、
「・・・体内を巡る魔力からは今のところ
イリューディア神の気配しか感じられないです。
もし本当に三神の力が混じっているとしても
癒しの力を使った後なのでイリューディア神の力が
強まっていて他の気配が感じ取れない可能性も
考えられますが。・・・では、次に解呪を」
リオン様に説明しているらしかったが、
解呪を。と言った次の瞬間さっきよりも
もっと首が熱を持った。
「んぐっ・・・」
その熱さに思わず声が出た。
我慢してるけど、結構な熱さだよ?これ。
歯を食い縛って耐えてるから多分眉も寄って
相当苦しそうに見えたんだろう。リオン様が
もうやめた方が、とたまらず声を上げた。
いや、でもせっかくだからもう少し頑張らせて、
と思って
「だいじょぶ、です」
と言った時だった。
「あっ‼︎」
バチィッ!と静電気が大きく弾けたような音と
ユリウスさんの驚いた声がした。
「団長⁉︎」
「シグウェル⁉︎」
リオン様達の声のあとにチッ、とシグウェルさんが
短く舌打ちしたのが聞こえた。
はっとして目を開けると、目の前でシグウェルさんが
私の首にかざしていたらしい右手をちょうど
一振りしたところだった。その指先からは
一瞬赤い飛沫がぴっと飛んで消えた。
血⁉︎私のせい⁉︎青くなってその指先を見ていると
それに気付いたシグウェルさんが
ああ、と呟き説明してくれた。
「悪い。解呪出来なかった。
ただ、これで分かったがやはりそのチョーカーは
ヨナス神の力が働いて出来たものだな。
普段は特に害はないが、今のように手を出すと
物凄い反発を喰らうみたいだ」
「手・・・手は大丈夫ですか⁉︎」
「もう治した」
この通り、と見せてくれた右手は綺麗だったけど
さっきの様子からすると血が出るほどの
ケガをしたってことだよね⁉︎
ヨナスの力怖すぎる。え、これ無理やり
取ろうとしたら私の首も飛ぶんじゃないの?
急に自分の首に爆弾が付いてるような気分になり、
ゾッとして首を触った。リオン様が
「ユーリ、君も怪我はない?首に傷は?」
といつの間にか私の前に跪いて私の首元を
あれこれ見てくれている。
「ありがとうございます。さっきまでちょっと
熱かったけど、今はもうなんともないです!」
「良かった。・・・うん、首も傷付いて
いないようだ。
チョーカーも、今はもう触ってもなにも
起こらないね」
リオン様がチョーカーにもそっと触れて
確かめていた。
「び、びびったぁ・・・。ヨナスの力って
おっかないんすね・・・」
ユリウスさんは念のためシグウェルさんの手を
怖々と確認し、
「傷付いたところも綺麗に治っているし、
ヨナスの呪いが移っているようなことも
なさそうで良かったっす!」
と安心していた。軽い気持ちで頼んだ解呪が、
なんだか大ごとになってしまって申し訳ない。
「シグウェルさん、迷惑をかけてすみません。
あの、本当に手は大丈夫ですか?
必要なら私ももう一度治しますので。
あと、これに懲りずにまた会って欲しいです。
今度は私が魔導士院に行くので、
魔法のこと色々教えて下さい」
お願いします、と頭を下げる。
こんなめんどくさい呪いを持っている
子どもにはもう会いたくないかもしれない。
そうしたら、私のその様子がよっぽど
しょげて見えたのか、
頭をがしっと掴まれるとわしゃわしゃ撫でられた。
繊細そうな見た目に反して案外雑な扱いを
する人だなあと思っていると、
「君が気にする必要はない。
解呪はオレから言い出したことだ。
むしろ女神の呪いを受けるなど
滅多にない経験ができたんだ、面白かった。
君についてはまだ気になる事があるからな、
次は魔導士院で待っている」
ぐいぐい強い力で撫でられている私の頭の上から
思ったより優しげな声がした。
かとおもうと、頭からパッと手が離れて
立ち上がったようだった。
「では殿下、今日はこれで失礼いたします。
奥の院で光を浴びた者の調査には後日こちらからも
魔導士を何人か派遣しますのでよろしく
お願いいたします」
団長が子どもに優しい・・!珍しい‼︎
もうずっとそのままでいて欲しいっす!
あと俺にももっと優しくして‼︎
ユリウスさんがその後ろを追いかけて行く。
そんなユリウスさんに、
お前はオレをなんだと思ってるんだ。と
嫌そうな顔をして去って行くシグウェルさんの
後ろ姿を、どうやら嫌われてはいなさそうだ。と
私はほっとして見送った。
でも、まだ気になること・・・?
首を捻って考えていると、シグウェルさん達が
帰ったのと行き違いで、今度は何やら
廊下がざわざわし始めた。
「何だろう?なんだか騒がしいね?」
「見て参ります」
リオン様の言葉にレジナスさんが
さっと部屋から確認しに出て行った。
と、思ったら。すぐに戻ってきて
「リオン様、イリヤ殿下がお見えに」
「先触れなどいらんぞレジナス‼︎」
レジナスさんが言い終わる前に大声と共にドバン‼︎
と大きな音を立てて開いた扉の向こうには、
数人の従者を引き連れた大声殿下こと
イリヤ皇太子殿下が立っていた。
そう言えば私、大声殿下をちゃんと見るのは
初めてかもしれない。何しろこちらに来た時は
地面に突っ伏したままで声しか聞いていなかった。
初めて見るイリヤ殿下は、金糸で彩られた刺繍も
華やかな青い衣装を纏った姿が威風堂々としていて、
レジナスさんよりは少し小柄とはいえ
充分がっしりとした体格だ。
きらきらと輝く色の濃い金髪の下には、
同じ金色の太めの眉毛とリオン様そっくりの
深い青色の瞳が前をしっかりと見据えている。
金髪も相まって顔全体の雰囲気はライオンぽさを
連想するのに、意志の強さが垣間見える
目力の強い蒼い双眸はグノーデルさんを思わせた。
そう言えば今の王家の人達は、グノーデルさんの
加護を受けた勇者様の血筋なんだった。
もしかしてその加護の影響で
グノーデルさんぽさが出ているんだろうか?
「兄上」
リオン様の声が嬉しそうに弾んだ。
「すまないリオン、隣国への視察が
思いのほか長引いた!
お前の回復は報告を受けていたがすぐに
会いに来れず悪かった‼︎」
相変わらず周りの空気がビリビリ震えるくらいの
大声を出しながら大股でリオン様へ近付いた
イリヤ殿下は、そのままリオン様を
がしっ!と抱きしめた。
そしてその顔をまじまじと見つめる。
「・・・信じられん、本当に見えているんだな。
こんな事が起こるとはまさに奇跡だ。
また2人で遠乗りにも行けるし、
弓矢の競い合いもできるな。」
「はい。辺境への視察にも同行できますし
また2人で一緒に魔物も討伐しましょう」
リオン様も本当に嬉しそうに頷きながら
瞳を煌めかせて微笑んでいる。
これも全てユーリのおかげです。と
リオン様が言うとどうやらそこで初めて
イリヤ殿下は私のことを思い出したようだ。
「うむ!そうだった‼︎癒し子ユーリよ‼︎」
「は、はいっ⁉︎」
一際バカでかい声で名前を呼ぶと、
イリヤ殿下がぐりん、と私の方に向き直った。
感動の抱擁をしていたリオン様から離れると
今度はズンズン私の方に向かってくる。
その姿にはわけの分からない圧があった。
ひえっ、怖い!
若干怯んだら、そんな私に救いの手が
差し伸べられた。レジナスさんだ。
ごく自然に抱き上げてくれて安定の
いつもの縦抱っこをされる。
そうするとレジナスさんとイリヤ殿下の身長差で
僅かに私の目線が殿下より上になり落ち着いた。
「む、過保護だなレジナス!癒し子を幼児扱いは
いかんと思うぞ?」
幼児とはなんだ、失礼な。
相変わらずデリカシーないなこの人。
「申し訳ありません。しかしあのままですと
殿下の迫力でユーリが気を失いそうでしたので」
そうか⁉︎と言ってイリヤ殿下が私を見つめた。
「リオンが治ったことが嬉し過ぎて感情が
抑えられんのだ、怯えさせたならすまないな!
・・・だが本当に感謝している‼︎」
えっ、あのわけのわからない圧は
嬉しさが溢れかえっていたからなの?
声と言い動作と言い、いちいち主張が強い人だな~。
ふわふわ穏やかでどちらかと言えば細身の
リオン様とはなんだか全部が正反対で、
血が繋がった兄弟というのが信じられない。
そっくりなのは瞳の色くらいだろうか?
そんな事を考えていたら、目の前のイリヤ殿下の
圧と言うか空気感がふっ、と少し穏やかになった。
「ユーリよ、そなたが召喚された直後は
すぐに保護せずすまなかった。非礼を許して欲しい」
おぉ?デリカシー皆無の大声殿下が
私に謝罪しようとしている⁉︎
予想外の展開にびっくりして目を丸くしたら
だが!と殿下は続けた。
「俺も一国の主、この国に住まう民草を護り
代表する者だ。そのため王たる者そう易々と
頭を下げるわけにはいかぬ!
俺がかしずくは至高神イリューディアと
我が愛妻ヴィルマのみ‼︎
よってすまぬユーリ、頭は下げられぬが
この通り許して欲しい‼︎」
いや、何がこの通りなのよ⁉︎
謝るどころか開き直って、挙句の果てに
愛妻とか言っちゃって堂々とのろけてるよね?
どこから突っ込めばいいのかわからない。
呆気に取られて言葉が出なかった。
そんな私とイリヤ殿下を見て、リオン様は
「兄上は相変わらず義姉上に夢中ですね、
仲が良くて何よりです。僕も見習いたいものです」
なんて微笑ましいものを見たように
ニコニコしている。
こっちはこっちで兄上が好き過ぎてその発言を
全肯定しちゃってて、イリヤ殿下が私に
わりと失礼な事を言ってるのに気付いていない。
「頭は下げられぬから、その代わりに詫びの印を
用意してある!ユーリ、そなたには俺の
とっておきの"短剣“を一振り授けよう‼︎
後日届けるから楽しみに待つが良い。
ではこれで失礼する!
リオン、今度は俺の宮にも顔を出せ、
ヴィルマも気にしていた!」
「はい。後日必ず伺います。今日はわざわざ
来ていただきありがとうございました」
最後に2人は握手をすると、イリヤ殿下は
来た時と同じように嵐のように去っていった。
突然来て突然いなくなっちゃった・・・
呆然としてそれを見送ったら、
「イリヤ殿下の"短剣“」
ぼそりとレジナスさんが呟いた。リオン様がそれを
聞いて頷く。
「まさか兄上がユーリに自分の剣を授けるとは
思わなかったね。凄い事だよ。長剣ではない辺り、
ユーリのサイズに合わせるんだろうけど
そんな短剣あったかな?」
ふうん?と何やら思いを巡らせていた
リオン様だったけど、どんな短剣かは
届くまでは分からないね。到着が楽しみだ、と
私に微笑んだ。
うーん。でも剣なんてもらっても私、
武器なんて扱ったことないよ?
どうせならお菓子でいいのになぁ。
今からでも交換できればいいんだけど。
そう思っていた私は、後日届けられた"短剣”に
仰天する事になるのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。感想・レビュー・ブックマーク・評価等は作者励みとなりますのでよろしくお願いします!




