マイ・フェア・レディ 5
魔導士院から見えた閃光に一体何事かと
奥の院へ駆けつけたあの日、
魔法でユーリ様を眠らせた後に改めて
俺は殿下の体調を診た。
調べたところ、何の問題もなさそうだった。
・・・むしろ体内を巡る魔力の流れが
以前よりも大きく太くなっている?
これは癒し子の力の影響だろうか。
魔力量自体も増えているようだったけど
3年前のあの日から、殿下は見えない視力を
なんとか補おうと魔力操作と精霊を使う術を
必死で磨いていたからそのせいだろうか?
でも、よく分からないけど何か
違和感がある気がする。
うーん、これ以上は団長じゃないと
分からないなあ・・・。
「どう?」
なんて言おうか、と迷っている俺に
殿下が促す。
仕方がない、正直に言おう。
「魔力の流れは正常です。むしろ前よりも
魔力量が増えてると思うっす。
ただ、悪いものではないと思うんですけど
よく分からない違和感みたいなものが
あるんっすよね・・・」
「違和感?」
「はい。殿下の体内を探るために
俺の魔力を流し込むとなんていうか
こう・・・うーん、
・・・反発されるというか」
ジッと自分の手を見る。うん、そうだ。
反発されるような、拒否されるような、
そんな感じだ。
今までに経験がない。
でもそれが一体何なのかまではわからない。
「すんません、これ以上の事は
自分には分からないっす。
多分団長なら分かるかもしれないんですけど、
あの人今どっかに魔石発掘に行っちゃってて
連絡が取れなくて・・・」
申し訳ないっす、と頭を下げたら
その日2度目の信じられない発言が
殿下から飛び出した。
「ああ、それは謹慎解除の交換条件で
僕が頼んだ仕事だよ。近いうち戻るはずだ」
「はっ⁉︎」
「珍しくシグウェルの方から
謹慎解除を訴えてきたからね。
ちょうどどうしようか
悩んでいた案件があったから
謹慎を解くかわりに引き受けてもらった」
人に書類を押しつけて、突然ふらっと
いなくなったと思ったらそういう事かー‼︎
ていうか、団長が自ら謹慎解除を訴えたって?
いつもならどんなに厳重注意されようが
謹慎処分をくらおうが、
どこ吹く風・・・どころかクソ喰らえと
悪態をつくぐらいなのに、
珍しいにもほどがある。
一体どうした⁉︎
そんなに癒し子様の力が気になるのか?
あれ?そういえば何か謹慎期間が
どの位の長さになりそうか
うっすら気にしてたような・・・?
唖然としたが、とりあえず
団長が戻ってから
後日もう一度リオン殿下の体調を
調べてみる事にしてその日は帰った。
そして今日だ。
「へぇ、面白いな」
リオン殿下の首に手を添えて
魔力の流れを診ていた
団長が目を細めると、
その紫色の瞳を煌めかせた。
あ、マズイ。こういう顔をした時の
この人はロクなことをしない。
嫌な予感がする、と思った時には
「失礼、殿下。ちょっと傷をつけます」
言うが早いか、護衛騎士のレジナスが
止める間もなく団長は殿下の手を取ると
風魔法を使ってその指先にヒュッと
小さな切り傷を付けた。
「なっ、団長ぉぉ~ッ⁉︎」
アンタいきなり何してんですか!と
真っ青になった俺を差し置いて
うるさい、と眉をしかめている。
一体何を確かめたかったのか知らないが、
今度こそ不敬罪だよ‼︎終わったよ‼︎と
殿下から団長を引き離そうとしたら、
「待て。見てみろユリウス」
当の殿下から待ったがかかった。
「傷が消えた」
その言葉に、俺同様殿下から団長を
引き離そうとしていたレジナスも
動きを止めた。
「な?面白いだろう?
もう一回やってみようか」
団長が楽しそうな顔をしてヒュヒュッ、と
今度は三ヶ所ほど傷を付けた。
いやアンタ、調子に乗り過ぎ‼︎
さすがの殿下もちょっと
痛そうな顔してるじゃん‼︎
が、その指先にうっすらと
傷が付いたと思ったら
次の瞬間にはまるで
何事もなかったかのように
元の綺麗な指先に戻っている。
「一体これは・・・」
「言うなれば自動回復ですか。
魔物では見たことがあるけど
人間では初めて見ました」
困惑する殿下に団長はそう説明したが、
いや、魔物って。
自国の王子を魔物扱いすんなよ・・・。
「ユーリは目と顔の傷跡を
治しただけではなく、
殿下に自動回復の効果を
付与したということかな」
ふんふん、と考え込んだ団長が
ふと俺の方を見た。
「そういえばお前が殿下の体内に
魔力を流し込んだら、
反発するような
感触があったと言ってたな」
「あ、はいそうっす。
僅かに押し戻されるような感覚っていうか。
それもこの回復力が関係してます?」
「いや。他人の魔力が体内に入って
押し戻されるということは・・・まさか」
団長がスッと手の平の上に
濃い紫色の霧のようなものを出した。
「えっ、今度は何しようとしてるんですか⁉︎
それって幻惑魔法っすよね⁉︎」
ギョッとした俺に構わず再び
失礼、と言うとそれを殿下に押し付けた。
ア、ア、アンタ失礼って言えば
何してもいいと思ってないよな⁉︎
自国の王子に向かって幻惑魔法かけるとか
ホント信じらンねぇ‼︎
驚き過ぎて何も言えなくなった。
が、魔法は殿下の体に触れた瞬間
一瞬で霧散して消えてしまった。
「は⁉︎」
「・・・やっぱり。他人の魔力が
攻撃的に体内に干渉しようとすると
弾いてしまうようだ。」
お前の魔法が少しの反発力だけですんだのは
それが攻撃だと思われていなかったのだろう。
自分の予測通りだったのか1人頷いた団長は、
俺達があっけに取られている間に
じゃあこれは?と
次々に色んな魔法を殿下に試していった。
魅了、催眠、混乱、昏倒、錯乱・・・・
ちょ、ちょっと待った、
マジで何してんの?錯乱⁉︎
幸いにも全て弾かれたからいいものの
恐ろしすぎるだろ・・・
ぞおっとしたがあまりにも
矢継ぎ早やに色んな魔法が次々と
繰り出されていくので
止める間がない。
今や団長の魔法の実験体に
されてしまっている殿下も
あっけに取られている。
そんでもって、殿下がそんな風だから
レジナスも止めどころがわからなくて
戸惑っている。
こうなると最早団長の独壇場だった。
精神干渉系の魔法を一通り
試し終わったと思ったら、
今度はたらりと団長の指先から
赤紫の雫が殿下の手の甲に垂らされた。
「団長っ⁉︎」
毒だ。しかも殿下の視力を奪った
魔物の体液と同じ種類の。
皮膚とはいえ、触れたらただでは
済まない。
この人、殿下の治療法を探す過程で
同じ毒素を魔法で再現できるように
なってたのか。
ホント、魔法に限っては異常な才能を発揮する。
さすがにそれは、と止めようとしたが遅かった。
殿下の手の甲に赤紫の毒々しい粘液が
滴り落ちた。
と、プルプル皮膚の上で滑ったかと
思うとすぐに蒸発して消える。
「すごいな。一体どういう理屈なんだ?」
団長の目の輝きはとどまることを知らない。
更には石化、氷結、停止、老化、溶解・・・
特殊攻撃系まで試し始める始末だ。
いやいや、どれもほんの僅かの
威力だからって、試しすぎだろう!
そしてそのどれもが効かなくて本当に良かった‼︎
あとこの人相変わらず
魔力操作めちゃくちゃだな!
どんだけ魔法のバリエーションあんの⁉︎
・・・そう。殿下の体はものの見事に
団長の全ての魔法を弾いたのだ。
え?てことは、回復力が高まっただけでなく
毒耐性に精神攻撃耐性、特殊攻撃系への
耐性までついちゃってんの?
ちょっと凄すぎて言葉が出ない。
これは普通の癒しの範疇を超えている。
神の加護を受けた力って
ここまですごいの・・・?
文字通り俺は絶句した。
「・・・にわかには
信じられないような事だけど、
シグウェルの考察が
間違ってるとも思えない。
癒し子の力はすごいね。」
殿下も呆然としていたが、
そういえば
ユーリが僕の体調を気にしてたんだった、
早く教えてあげよう。と
レジナスにユーリ様を呼びに行かせた。
・・・殿下の目が治っただけでなく、
こんなに色々な魔法耐性がついたと知ったら
ユーリ様も喜ぶだろう、と思っていたんだけど。
往診の結果を聞くやいなや、
ユーリ様の顔色が
みるみる悪くなっていって
最終的には悲壮な面持ちで
俺達に謝ってきた。
・・・なんで??
意味が分からないでいたけど、
どうやら殿下の体を癒しの力で
作り変えてしまったのが恐ろしいらしい。
う~ん、別にメリットしかないから
気にしなくていいと思うんだけどなあ。
その辺りが俺達とユーリ様の世界との
考え方の違いなんだろうか。
あんまりにもオロオロしていて
かわいそうだったから、
安心させようと話しかけたら
なんかまた団長がいらん事言い始めて、
ちょっかいかけそうな雰囲気がした。
いや、2度目はないでしょう‼︎
慌てたら先にレジナスが動いた。
サッとユーリ様を抱き上げて確保すると
そのまま殿下の膝の上に降ろしたのだ。
えっ、膝の上?なんでだ。隣でよくないか?
見ろよ、ユーリ様本人もビックリしてるだろ!
ユーリ様は困ったように
殿下とレジナスを交互に見ているが、
殿下はどこ吹く風で
ユーリ様のツヤツヤの髪の毛を
撫でている。
そういえばユーリ様の首元は
団長が取ってきた
魔石で作ったネックレスで
飾られているんだけど、
銀色の細いチェーンが
元々あるチョーカーと相まって、
なんていうか物凄く首輪っぽい。
んで、その首輪っぽいネックレスをして
撫でられてるユーリ様は小動物っぽくて
かわいいんだけどなんかこう・・・
いけないものを見ているような気になった。
あれ?殿下ってそういうシュミの人なの?
ちょっと、混乱しそうになった時だった。
殿下がテーブルの上の菓子を
一つつまむとごく自然な動作で
ユーリ様の口元に持っていったのだ。
するとなんとユーリ様は、
それに思わずといった感じで
はむっ、と食いついた。
・・・はぁっ⁉︎殿下、今、何やった?
つーかユーリ様も躊躇しねぇぇ‼︎
え?この2人ってどうなってんの?
どんな関係⁉︎
自分の見たものが信じられなくて、
思わずユーリ様を凝視してしまう。
そうしたら、美味しそうに菓子を食べていた
ユーリ様と目が合ってしまった。
びくっ、と一瞬固まるとユーリ様は
あからさまに動揺して
お腹がすいてたんですっ!と主張した。
だから思わず殿下の差し出した菓子に
食いついてしまったと言いたいらしい。
いや、それ言い訳だよね?
完全に誤魔化そうとしてるやつだ。
どう考えても食べさせられるのに慣れてる。
えっ、殿下ってユーリ様にそこまでしてんの?
首輪っぽいネックレスをさせたり
おやつを食べさせてあげたり
一体殿下はユーリ様をどうしたいんだ⁉︎
ていうか殿下、
目が見えるようになってから
なんかこう、タガが外れたって言うか
人が変わったみたいじゃないか・・・?
こっちが本性だったら
ちょっとイヤだなぁ、と
一心不乱に両手に持った菓子を食べる
ユーリ様を見ながら思う。
ちなみに菓子を両手に口をもぐもぐしている
その様子はリスみたいでめちゃ可愛かったので、
俺も機会があればユーリ様に
なんか食べさせてみたいと思ったのは
内緒だ。
だってそんな事を考えた俺を見る
殿下の笑顔が
すげぇ怖かったから。




