閑話休題 過ぎたるは及ばざるが如し
「うう・・・ユーリ様から連絡が全然来ないよ~」
まだ怒ってるのかな?
さすがの俺もちょっとへこんでいた。
赤茶けた巻き毛気味の頭を
ぐしゃぐしゃと掻きむしり、
書きかけの書類の上にぽいとペンを放り出す。
・・・この書類は昨日から一人で勝手に
辺境へ魔石発掘に行ってしまった
団長に押し付けられたやつである。
そう。うちの魔導士団長、
シグウェル・ユールヴァルトが
召喚された癒し子ユーリ様に面会して
ちょっとした騒ぎを起こしてから
1ヶ月が経っていた。
魔導士団の副団長権限で、
俺がなんとか手を回して召喚直後の
癒し子様への面会をねじ込んだというのに
団長が騒ぎを起こしたせいで
王宮への出禁をくらって、
城の中に用事があってもままならない。
王宮内部にいる魔導士と仕事のために
連絡を取るのも本当に大変だ。
かろうじて騒ぎの露見を遅らせて、
一応穏便に事態を収拾したつもりだけど
マジで何してくれてんだあの団長。
・・・いや、マジで。
妙に艶めいた仕草で小さい少女の
頬や唇を撫で回していた団長と、
あの時のヘンな雰囲気を思い出すと
いまだに落ち着かない気分になる。
騒ぎの元凶である当の本人はケロッとして
なんとも思っていないのがまた腹立たしい。
あの人、たまに無自覚で
色気がダダ漏れてる時があるんだけど
一体なんなんだろう。
魔力の強い人間ってそういうところが
あるんだろうか。
思い返せばユーリ様も
ちょっとそんなところがあった。
お近付きの印にと、
女子供にはとりあえずお菓子だろうと
最近街で人気の菓子を手土産に面会した。
甘いお菓子で懐柔しようという作戦で
ユーリ様に会った時、
恥ずかしそうに両手を差し出してきた彼女を見たら
その仕草があまりにもかわいくて思わず
その頭を撫でてしまった。
え、なにソレ。
子ども扱いでお菓子を貰うのは恥ずかしいけど
甘味の魅力には抗えません、て感じ?
うっすら赤みがさした薔薇色の頬と、
恥ずかしいのかうるうると潤んだ瞳には
小さい少女に不似合いな色気が
ほんのりとあった。
・・・誰にも言えないが、正直ちょっとグッときた。
団長に向かって言い放った女児淫行罪、
という単語がブーメランのように
己にぐさぐさ突き刺さる。
いや、だからあれはきっと
団長と一緒で魔力が高い人間特有の
無意識下での魅了か何かを使ってたんだって!
ということにしておこう、そうしよう。
でもまたユーリ様のあの恥ずかしげな、
はにかんだような笑顔は見たいなあと思う。
だからこうしてこの1ヶ月、せっせと
お詫びの品を送り続けては
お許しをもらっての王宮への出禁解除を
待っているんだけど。
贈り物はいくら贈っても贈り過ぎるって
ことはないよね??
でも一向にお許しが出るどころか
音沙汰すらない。
団長もあの時面会の最後に、
何か話したいことがあれば魔導士団まで
会いにこいって言ってたけど
それに対してもなしのつぶてだ。
王宮勤めの友人に訊いたところによれば、
最近のユーリ様は城の中をあちこち歩き回っては
少しずつ癒しの力を使う練習をしているらしい。
リオン殿下が後見人について、殿下の紹介した
魔導士も一人側付きでユーリ様が力を使う際は
アドバイスもしているという。
それ、本当は俺や団長が適任では・・・。
初めてその話を聞いた時は
俺、肝心な時に役に立たねぇ~!と
心底ガッカリした。
リオン殿下もリオン殿下で、俺や団長に
声をかけてこないところをみると
あの騒ぎを知ってペナルティ代わりに
わざと俺達以外の魔導士を
ユーリ様に付けたのかもしれない。
だって、おかしいじゃないか。
いくら王族の元乳母を怒らせたからって、
一介の乳母如きに1ヶ月も宮廷魔導士団の
団長と副団長を王宮に出入り禁止にできるような
力があるとは思えない。
なにより、ユーリ様が癒し子としての力を
学ぼうとしてるのにその第一人者である
団長に声がかからないのは絶対おかしいと思う。
それこそ王族でも絡んでるなら話は分かる。
もしかしてこれ、リオン殿下も一枚噛んでないか?
あの人、目が見えなくなってからは
以前にも増して穏やかなところしか
他人に見せないけど
ホントはめっちゃ怖いと思う。
なんか、若いのに権謀術数に長けてるっていうか
将来的には並居る貴族や官僚を差し置いて
本来王族には禁止されている、イリヤ殿下を
一番近くで支える宰相辺りに平然とおさまってそう。
もしかして、ユーリ様だけじゃなく
リオン殿下の機嫌もとるべきだったのかな?
あれ?俺なんか間違えた?
今後の方針、軌道修正した方がいいかな?と
首を捻っていた時だった。
突然、王宮の奥の院の方角から
ものすごい量の光が放たれたのだ。
俺達魔導士が所属する魔導士院は
同じ城の敷地内にあるとは言え、
王宮から馬車で10分は走るほど
離れた場所にある。
それなのに、明るい真昼間にも関わらず
こんなにもハッキリと魔力を伴う
光が走った場所を視認できるなんて。
一体王宮で何が起きたのか。
閃光は一瞬で弾けるように消え失せたけど
尋常じゃない出来事に周りは騒然としている。
うわぁ~団長、なんでこのタイミングで
いないかなあ⁉︎
頭を抱えた。
え?俺、王宮に出禁くらってるけど
さすがに駆け付けてもいいよね?
多分これ相当な事態が起きたと思うんだけど。
出禁命令を破って処分されるのと、
王族の身の安全を秤にかければ
どっちが重要なのかは一目瞭然だ。
そうして久しぶりに王宮へ足を運んだ俺は
そこでさっきの光がユーリ様の行使した
癒しの力であると知り、唖然とした。
更に、神に加護を受けた者の力の凄まじさとは
これほどのものなのかと、その行為の
もたらしたものの恩恵を知り
絶句することになるのを、
この時の俺はまだ知らないのだった。
 




