プロローグ 1
その日、私は疲れ切っていた。
・・・そう。ほんとーに疲れていたのだ。
仕事から帰宅して、着替える気力もないままに
部屋の明かりもつけないで
ぼんやりとつけっぱなしのTVの音を聞き流す。
人手不足の会社で毎晩深夜近くまで
怒涛の10連勤をしてやっっと明日は休みだ。
久しぶりの二連休。
そんなの多分1年近くもらってない。
なんかもう泣きそう。
「・・・いやちょっと、ヒドくない?
もうちょっと労って欲しい・・・」
TVでは深夜アニメがいつのまにか始まっていた。
高校生くらいの男の子がヨーロッパ風の異世界で
かわいい女の子達に囲まれて冒険をしている。
もちろん言葉を話すモフモフの動物付きだ。
「こんなところに行ってみたい・・・。
何にも考えずに優しい人達と
カワイイ動物に囲まれて暮らしてみたいよ~」
TVの中では姫カットの、髪の綺麗な美少女が
主人公へとニッコリ微笑んでいる。
あざとカワイイ。
黙って真剣に物事を考えているだけで
『あの・・・すみません、
なんか怒ってます・・・?』
って恐る恐る聞かれる私とは大違いだ。
TVの中、主人公が魔法を使う。
思っていたより威力があったらしく、
驚く主人公とそれをやんややんやと誉め倒す
周りの美少女たち。
羨ましい。
働いてからこのかた、
毎日その日の仕事をこなすのに必死で
ほめられた記憶があまりない。
いや、むしろほめる側だった。
せっかく入った新人に辞められないよう、
必死にほめてほめて伸ばして後輩を育てていた。
もちろん私もほめられた事はあるはずなんだけど。
はるか昔、営業セールスで
表彰されたような事もするし。
でもそんなの、すぐには思い出せないくらい
今の私は記憶力も思考力も弱り切っていた、
だからだろうか。
「異世界行きたいなー、
こんな風にめっちゃかわいい子に
囲まれてのんびりしたいよー、
頭なでられてほめられたいよー・・・」
我ながらものすごく
頭の悪い泣き言が出てしまった。
もうじき30に手が届く人間の発言とは
思えないものが。
声に出した途端、
さすがに猛烈に恥ずかしくなった。
深夜アニメに影響受けた泣き言を
言うなんてどうかしてる!
一人で良かった。
心から思った時だった。
「あなた、とっても疲れてるのねぇ~
なんだかすごく可哀想」
誰もいないはずの部屋の、自分のすぐ隣から
優しげでおっとりとした声がした。