誰が為に花は降る 3
次の日。
部屋で昼食を食べ終えて、ルルーさんと
食後のおしゃべりを楽しんでいたら
レジナスさんが迎えに来てくれた。
「今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、私の動きに
あわせてドレスの裾がふんわりと広がった。
元の世界のワンピースに
ちょっと似た形をしたそのドレスは
Aラインで裾に行くほど
ふわりと広がって、上から下へと
薄紅色がだんだんと濃い赤へと
グラデーションになっている。
リオン殿下は赤い色味の方が
感知しやすいからと
ルルーさんに教えてもらい、
初対面の今日はこの色のドレスに決めた。
レジナスさんはおめかしした
私の姿を初めて見て驚いたみたいだ。
目を見開いて一瞬固まった。
どうですか、この女子力!
パッチリキラキラの目をした
黒髪美少女に赤い色のドレスのコントラスト!
首元のチョーカーも、黒に真ん中が
赤い宝石だから
思いがけず揃いのアクセサリーを
付けたみたいになったのだ。
女児だけどかわいかろ~。
元の自分から思いきりかけ離れている
容姿なので、
ルルーさんがあれこれ選び出した候補の中から
元の自分なら絶対選ばないような
かわいい色でレースやフリルを
たくさん使ってあるドレスを
コスプレ気分で選んでみた。
「似合いますかっ?」
レジナスさんがまだ固まっているので
その場でくるりと回って見せる。
そうするとドレスもまあるく円を描いて
フワッと広がり、
まるで花が開いたようになる。
スカートの中は幾重にも白いレースが
重なっていて、
回ると赤い生地の広がりの中に
レース地が見えてまたかわいいのだ。
それが気に入って、レジナスさんが
来る前にも何度かくるくる回って
はしゃいでしまったくらいだ。
どうだ!と回って見せたあとに
得意げにレジナスさんを見上げる。
「レジナス様、何か言ってあげて下さいませ」
私がこのドレスのかわいさを
共有して欲しがっているのを分かっている
ルルーさんが苦笑いをする。
ごめんなさい、レジナスさんが来る前に
ドレスのかわいさに興奮して
すでにルルーさんにはこれがいかに素晴らしいか
めちゃくちゃドレス談義に
付き合わせてしまったんだ・・・
どんな子どもだよ、と後から
我に返って恥ずかしくなってしまったけど
『ユーリ様はお洋服がお好きなんですねぇ』
とルルーさんは気にしないでくれたのが
ありがたい。
「し・・・じゃなくて・・て・・」
「し?て?」
ルルーさんの言葉にハッとしたレジナスさんが
何か言ってくれようとしているけど
良く分からない。
小首を傾げて、何を言おうとしているのか
聞き逃すまいと、じっと見上げた。
「~~よくお似合いだと思います‼︎」
あ、赤くなった。
そしてなぜか敬語でほめられた。
短く言い切ったレジナスさんは
赤面したのを見られたくなかったのか
片手で顔を隠して私から顔をそむけたけど、
耳まで赤くなっているのが見えてるよ。
「あら珍しい。さすがの護衛騎士様も
ユーリ様の可愛らしさには
勝てませんでしたね」
ルルーさんが気持ちは分かります、と
コロコロと笑った。
・・・でも今の言葉、どこにも
「し」も「て」もなかったけど??
「レジナスさん、最初は何て言ってたんですか?」
気になって聞いたけど
大したことではないので、と言って
教えてくれなかった。
そのままエスコートされて
ルルーさんのお見送りを受けると
部屋を出た。
「ここからリオン様の奥の院までは
少し歩くから」
やっと頬の赤みが引いてきたレジナスさんが
改まった顔つきで私に両手を差し出してきた。
ん?この手は一体?
意味が分からず首を傾げていたら
ひょいと抱き上げられる。
そのまま召喚の儀式の後に移動した時のように
私を縦に抱いて自分の腕に座らせると、
レジナスさんはスタスタ歩き出した。
いわゆる縦抱っこというやつだ。
「えっ、自分で歩けますよ⁉︎」
「リオン様の所へ着くまでに
疲れるといけないからな」
「ちょっと過保護じゃないですか?
私そんなにか弱くないですよ」
頬を膨らませて抗議したが
全然怖くないぞ、とレジナスさんは
構わず歩いた。
「それにこの方が早く着くから」
うっ、それを言われると弱い。
ぐうの音も出ずに黙ってしまったら
「・・・ユーリ、すまなかった」
まっすぐ前を向いて歩いたまま
突然レジナスさんが謝ってきた。
「ルルー殿から聞いた。
リオン様を治せなかったら
ここを出ないといけないのかと
尋ねたそうだな。
・・・そんな風に思わせるつもりはなかった。
本当に申し訳ない。」
あ・・・。ルルーさん、
レジナスさんにも話したんだ。いつの間に。
「いえっ!いいんです‼︎
もう回復を諦めていた病気やケガを
治せる人がいるかもって聞いたら、
私だってきっと期待してしまいますから!」
慌ててレジナスさんを見た。
「でも、本当に自分に
何が出来るか分からないんです。
期待に応えたいけど、その期待を裏切って
がっかりされるのも怖いって思うし。
・・・だからレジナスさん、
今回は私、何にもできないかも知れません。
お話しするだけで終わると思います。」
「・・・ありがとう。それで充分だ」
ふっ、と前を向いたままレジナスさんが
わずかに微笑んだ。
待って欲しい。まだ話は終わっていない。
抱っこされたままレジナスさんの肩を
とんとん、と小さく叩いて注意を向ける。
レジナスさんが立ち止まって
私と目を合わせてくれた。
縦抱っこされているので、
二人の目線の高さは同じくらいだ。
レジナスさんの夕焼け色の綺麗な目を
見つめながら静かに話す。
「でもね、レジナスさん。
今日は何にもできないかも知れないけど、
それは私が力の使い方を知らないからですよ?
図書館で調べるとか魔導士さん達に教わるとか、
これから力の使い方を探る事はできます。
だからもう少し待っていて欲しいんです。
頑張って少しは力になれるように
努力しますから。」
まあそれがリオン殿下やレジナスさんの
望むレベルなのかどうかは
分かりませんけどね。と苦笑いをする。
そう。昨日ルルーさんを
泣かせてしまったあの後、
一人になってから考えたのだ。
確かに今は何も知らないし、
何も出来ないかもしれない。
でもルルーさんは言っていたじゃないか。
リオン殿下は今、少しずつ自分にできることを
増やしているところなんだと。
だったら私も頑張るべきじゃない?
どうすればいいかはまだ分からないけれど、
確実に私の中にはイリューディアさんの
加護の力があるんだから。
それに、元の世界での事もふと思い出した。
机をバーン!と書類でぶっ叩いて、
前に並んだ私と他数名の社員に
怒鳴りつけてた課長。
『ーあのなぁ‼︎ガキの使いじゃねぇんだからよ‼︎
できませんやれませんだけで
許されると思ってんのか⁉︎
先方にそんな言い訳が通用すると
本気でお前ら思ってんのか⁉︎
それをどうにか出来るように
仕上げんのがお前らの仕事だろーがよ‼︎』
・・・うん、言ってる事は良く分かる。
だけどこの時は納期が結構無茶な案件だった。
それでも結局、みんな死に物狂いで
頑張ってなんとかしたのだ。
だから悲しいかな、経験則で分かる。
人間、すべての努力が
報われるわけではないけれど
それでもない知恵も振り絞って
考えて考えて、死ぬ気で努力すれば
何とかなることもあるのだ。
今の私はまだそこまで頑張ってない。
だからとりあえずやれることは
なんでもやってみようと思った。
ルルーさんの泣いた顔はもう見たくないしね。
どうせなら、ありがとうって
笑ってもらえるように頑張ろうと思う。
そう決心して、私も力になれるように
出来るだけ頑張るよ。と
レジナスさんの目を見て伝えた。
どうやら私のその言葉は
思いもよらないものだったらしい。
パチパチと目を何度か瞬いたあと
ありがとう、と
言ってまた前を向いて歩き出した
レジナスさんのその目は
少し潤んでいるようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー自分よりずっと年下の少女に
危うく泣かされるところだった。。。
自分の腕の中で周囲の景色を興味深そうに
キョロキョロ見ているユーリをそっと見やると、
もう一度強く目を瞬いて目尻に滲んだ
涙を散らした。
昨日の夜のことだ。
任務を終えて宿舎に戻るとルルー殿が
泣き腫らした目元を赤くして待っていた。
何事かと思い話を聞いてショックを受けた。
『もし治せなかったら、
ここを出なくちゃいけないですか?』
ぽつんと呟いたユーリはひどく
心細げだったとルルー殿は
ハンカチを握りしめて教えてくれた。
リオン様と会う事が決まって喜ぶ
俺やルルー殿を見て、
ユーリがそこまで思いつめていたとは
考えもしなかった。
俺達の反応や口ぶりからユーリは自分が
何を求められ、何を期待されて
リオン様に会わせられるのか
正確に理解していたそうだ。
元々どこか見た目以上に
大人びた言動をする少女だが
まさかそこまで聡いとは思ってもみなかった。
そんな賢さを持つ彼女だからこそ、
俺達の期待に応えられなかった時のことを考えて
不安に思ってしまったのだろう。
そんな風に傷付けるつもりはなかった。
ルルー殿も、ユーリの思っても見なかった言葉に
浮かれた自分を後悔して泣いて謝ったそうだ。
だから俺も、今日はユーリを迎えに行ったら
まずは非礼を詫びようと思っていた。
部屋を訪れる時はさすがに少し緊張した。
ルルー殿が話してくれたとは言え、
昨日の今日だ。
まだ落ち込んではいないだろうか。
とまどいながらも思い切って扉を開くと、
目に飛び込んで来たのは
華やかな色のかわいらしいドレスを
身にまとって嬉しそうに
微笑んでいるユーリだった。
その表情には少しの憂いも翳りもない。
良かった。安心した俺の目の前で、
彼女はくるりと軽やかに
一回転して見せた。
『似合いますかっ?』
弾んだ声ときらきらとした笑顔で、
褒めて欲しそうにユーリは
得意げに俺を見上げてくる。
・・・俺は魔力を持っていないから、
精霊や妖精というのは一度も見たことがない。
だけど、もし目に見えたなら
きっとこんな姿をしているに違いない。
『死ぬほどかわいい。天使みたいだ。』
褒め言葉というよりも
まるで口説き文句のような言葉が
口をついて出そうになり
慌てて別の社交辞令めいた
つまらない事を言った。
誤魔化そうとしたあまり、
なぜか敬語になってしまって
不自然さが増して恥ずかしくなる。
俺は一体何をやっているんだ。
ついさっきまで、謝らなければと
思っていたのにいざユーリを
目の前にするとこのざまだ。
反省して、リオン様のところへと歩きながら
やっとユーリに昨日の俺の態度を詫びた。
そうしたら、ユーリは言った。
今の自分に何が出来るかは分からないし、
皆の期待に応えられるかは分からないが
出来るだけ努力して頑張るのだと。
俺の目を見つめるその瞳に
静かな夜の色を宿し、
ユーリは自分の真剣な気持ちを伝えてくる。
本当に、この小さな体に似合わない
力強さは一体どこから来るのだろう?
嬉しさと申し訳なさ、その決意への感動と
色々な感情がないまぜになり
思わず涙が込み上げてきた。
誰かにこんなに感情を揺さぶられるのは
生まれて初めての事だった。




