誰が為に花は降る 1
誤字脱字報告に感謝します!
「王子様に会って欲しい?」
私は言われたことをおうむ返しに繰り返す。
そうだ、と目の前に座っているレジナスさんが頷いた。
あれから数日が経った。
私の服や小物が必要だとあれこれ採寸されたり、体調は
悪くないかと様子を見る期間が終わってようやく他の人に
会っても良いとOKが出た。
ということは、初日のあの段階で魔導士団長の
シグウェルさん達が私に面会できたのは異例
だったんだなあ。
アポをねじ込んだってユリウスさん言ってたっけ。
手土産も準備する抜かりなさといい、あの人は
相当仕事ができる人に違いない。
・・・その分上司で苦労してそうだけど。
あの時もユリウスさん、途中からずっと謝りっぱなし
だったもんなぁ。シグウェルさんとの出来事を思い出して
遠い目になる。ちなみにあれ以来2人には会っていない。
「ユーリ?」
レジナスさんが心配そうに声をかけてくれた。
「あっ、はい‼︎」
いけない、今はこっちに集中しないと。
えーと・・・レジナスさんの主で第二王子の
リオン殿下だっけ。
「不安に思わなくていい。俺も同席するし、何より
リオン様は心優しい方だ。すぐに打ち解けられる」
「そうですよ。リオン様はお小さい頃から兄上である
イリヤ様のお手伝いも良くされておりましたし、
妹君であるカティヤ様の面倒も良く見ておられました。
心穏やかでお優しくその上、剣の腕も立つとても尊敬
できるお方です」
お茶のおかわりを淹れてくれながらルルーさんも頷いた。
「カティヤ様は姫巫女として、幼いうちにもう何年も
前に神殿に入られてしまいリオン様も寂しく思っている
ようですからね。お会いしたらきっとユーリ様のことを
妹のように可愛がってくれますよ」
「そうだな。・・・ああ、そういえばリオン様から
ユーリに言伝も頼まれていた。兄君であるイリヤ殿下が
大きな声を出して君を怖がらせていたなら申し訳ない、
失礼な言動があったなら自分も詫びたいと思うから
どうか許してもらえないだろうか、との仰せだった」
レジナスさんが私に頭を下げた。
いやいや、全然気にしてませんから!大声殿下、
デリカシーがなくて声が大きいとは思ったけど
怒ってはいないし怖くもなかった。
元の世界にいた時の職場は男所帯で、何かと大声で
用事を言いつけたり文句を言ってくるおじさん達に
囲まれて働いていたのだ。
悲しいかな、あんな大声には慣れている。
むしろ魔導士団長のシグウェルさんみたいに
モデルみたいなイケメンの方が私は免疫がないから
どうしたらいいか分からなくなるくらいだ。
「だ、だいじょぶです!きにしてませんから‼︎」
ぶんぶん両手と首を振って気にしないで!とアピール
する。焦ると話し方が無意識に普段より子どもじみて
しまうのは精神年齢が体に引っ張られているのかな?
この姿になってからたまにこんな感じになる。
元がアラサーなだけに幼いふりをしているみたいで、それが
たまらなく恥ずかしくなって赤面することも増えたし。
今もまた、妙に子どもじみた口調になってしまったのが
恥ずかしくて顔が赤くなっているのが自分でもよく分かる。
「・・・っ、そうか」
そんな私を見たレジナスさんはくっ、と目を見開くと
口数少なくふいと視線を逸らした。
なんとなくその目尻が赤い?気がする。
それきりレジナスさんは私を見ないで黙り込んで
しまったので、気まずい沈黙が流れた。
仕方がないのでこの空気を作ってしまった責任を取って
私から話を振る。
「あの、ええと・・・。私、いつでも大丈夫です。
レジナスさんみたく知ってる人が側にいてくれれば、
そんなに緊張もしないと思うし・・・。殿下のご都合が
良ければいつでもお会いします。」
私の言葉に、目を合わせてくれなくなっていた
レジナスさんがパッとこちらを向いた。
あ。あの夕焼けみたいな瞳がキラキラして顔も紅潮している。
「本当か⁉︎ありがたい、リオン様にすぐ伝える!
早ければ明日にでも会って欲しい‼︎」
えっ、そんなすぐに?王子様って忙しくないのかな。
突然の変化に面食らっていると隣でルルーさんも
うんうん、と頷いていた。
「ようございましたねぇ。あまり期待をかけるのも
ユーリ様のご負担になるでしょうが、とりあえず一度
お会いするだけでもリオン様のお心が軽くなることを
このルルーもお祈りしておりますよ。」
なぜか涙ぐんでそっとハンカチで目元をぬぐいながら
レジナスさんに微笑んでいた。
え?ただ会うだけって言ったよね?まさかその王子様、
なんらかの訳アリで、私、何かを期待されてる?
2人の態度に急にプレッシャーを感じたが、今さら嫌だとは
言い出せない雰囲気になってしまったのだった・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺が召喚の儀式で現れたユーリを部屋へと案内した
数日後、やっと彼女への面会許可が通った。
保護したあの日、俺がリオン様のところへ報告に行って
いる間に魔導士団長と副団長がユーリに面会したと
知ったのは彼らの面会から数日が経った頃だった。
いくら事態の把握が必要だったからといって、
疲れて眠り込んでいた小さな癒し子のところへ
その日のうちに乗り込むなど正気を疑う。
イリヤ殿下に申し付けられてユーリの筆頭侍女を
勤めることになったルルー殿も、いつも温和な
彼女にしては珍しく怒っていた。
どうも面会した時に何かあったらしい。
あの2人は当分王宮へは出入り禁止です‼︎と
プリプリしていた。
魔導士団に抗議をしようかとも思ったのだが、事情を
知ったのが数日後ということもあり抗議のタイミングを
逃してしまった。モヤモヤした気持ちが収まらず、思わず
それをリオン様に愚痴ると
『ははあ、それはやられたねぇ。仕方ないよレジナス。
さすがはユリウスと言うべきだ、相変わらず仕事も
早いけど後始末も抜かりがない』
と苦笑していた。
リオン様いわく、恐らくユーリのところで何らかの
トラブルがあり、それを穏便に納めようとした
副団長のユリウスが裏から手を回して事態の露見を
遅らせたのだろうと。
だってあのルルーが怒っていたんだろう?
きっとシグウェルが何かやらかしたんだろうねぇ、と
リオン様は笑っていたが、笑い事なんだろうか?
一応僕からも後でルルーに状況を聞いておくよ。とも
言っていたので、後はリオン様に任せておけば
いいのだろうが・・・
何があったのかどうしても気になり、ルルー殿に
聞いても知りません!と思い出し怒りをするだけで
詳しいことは教えてくれなかったし、面会が叶った時に
ユーリにも聞いてみたが大したことじゃないんです、と
あわあわしながら赤くなるだけだった。
それ以上は何も聞き出せないとわかったので、
仕方がないから本題に入る。
リオン様に会って欲しいという件だ。
話を聞いたユーリは不安になったのか
何かを考え込むように黙ってしまった。
どうしても一度会って欲しくて、リオン様は
優しい方だから心配ないということを
ルルー殿と2人で懸命に伝えた。
それからリオン様からの言伝も。
兄王子の非礼を詫びる伝言、これを聞けばいかに
リオン様が気遣いのできる優しいお方か分かって
くれるだろうか?分かってもらって、安心して
会って欲しい。
そう思って頭を下げたら、俺達に気を遣わせたと
思ったのかユーリが真っ赤になって慌てて首を振った。
・・・かわいい。
ぶんぶん首を振ると長くて艶のある黒髪が左右にパッと
散り、日の光に反射して紫紺色の複雑な色味が現れる。
暗い髪色が色白の顔と、頬の赤味を引き立たせていた。
若干舌ったらずな言葉で気にしてない、と一生懸命に
身振り手振りで伝えてこようとするその仕草がたまらく
かわいらしくてふぐっ、と変な声が出そうになったので
寸前でこらえる。
やっとの思いでそうか、とだけ答えてユーリからそっと
視線を外した。
ダメだ。これ以上見ていられない。
ルルー殿もいると言うのに、自分の顔が変な風に
笑み崩れてしまう気がする。
幸いにもユーリのそのかわいらしい仕草にルルー殿も
気を取られていて彼女の方しか見ていないから、
俺の顔がうっすらと赤面しているのは気付かれて
いないはずだ。
ただでさえ、この間リオン様にユーリの事を聞かれて
ついぽろっと思ったことを言ってしまい変に思われた
ばかりなのだ。
これ以上挙動不審になったら、
完全に少女趣味の変態だと認定される。
必死で顔面に力を入れて
変な事を口走らないように無言を貫いた。
そうしたら、沈黙に耐えかねたのかユーリが
おずおずとリオン様に会うと言ってくれた。
俺が一緒にいてくれるなら安心だ、
というような事も言われた。
頼られているのだろうか?嬉しい。
それに、これでやっとリオン様の治療に光が見える。
さっきまでのむず痒いような変な気持ちが一気に
吹き飛んで気分が高揚した。
本当はユーリの手を取って感謝の意を伝えたかったが、
さすがに失礼に当たると思い膝の上でグッと拳を握って
それをこらえる。
ありがとう、ユーリ。
小さな癒し子。
君は俺とリオン様の希望の光だ。




