召喚した者・された者 7
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静かな庭園の中、聞こえてくるのは自分が振るう
剣の音だけ。
ピュウッという鋭い音とともにはらり、はらりと優雅に
舞い落ちる薄紅色の花びらを狙いすまして剣を突き出す。
しかしまるで嘲笑うかのように
花びらは身を躱し、剣先は空を切った。
「・・・やはり難しいな」
木の葉には大分当たるようになったのだが、
花びらとなると軽い分こちらの力加減が難しい。
もっと柔らかく、もっと鋭く。そしてもっと早く。
それとも剣にのせる魔力や周囲の気配を探る魔力にも
もっと繊細な調整が必要かな?
顎に手を当て考え込んでいたら、後ろに誰か
来た気配がした。
・・・ああ、これは。
「レジナス、ご苦労様。
召喚の儀式はずいぶんと荒れたようだね。」
やっぱり僕も行くべきだったかな?と
笑いながら振り返る。
思った通り、後ろには大きな黒い人影が見えた。
「まさかもうリオン様のお耳に入っているとは」
「大したことは聞いていないよ。儀式を見届けた君の
機嫌がずいぶんと悪くなったと言うことだけだ」
さっきここに軽食を持ってきた侍女がおどおどとした
雰囲気だったのでどうしたのかと尋ねたら、
儀式を終えたレジナスが怖い顔をしながら
こちらに向かっていると教えてくれた。
一体何があったのやら。
レジナスは心優しく実直な人間だが、
いかつい顔の印象と本人が無口な事もあり
いらぬ誤解を受ける事も多い。
第二王子である自分の護衛騎士だから
悪口を言われたり嫌がらせを受けることは
ないけれど、慣れ親しんだ騎士団以外の人達には
見た目で敬遠されたり他人に遠巻きにされたり
しているのは損をしていて勿体ないなといつも思う。
そんな訳で、他人がレジナスの事を機嫌が悪そうだとか
怒っているとか話していても、とりあえず本人の口から
事実を聞くまでは何事も判断しないことにしているのだ。
レジナスにもさっき運ばせた軽食を一緒に取るよう
勧めると2人でテーブルについた。
レジナスは僕の目の代わりだ。
一体儀式で何があったのか、
しっかりと聞かせてもらおうじゃないか。
「・・・何をやってるんだ兄上は・・・」
儀式の顛末を聞いた僕は頭を抱えた。
いくら予想外なことがあったからと言って、
小さな癒し子を地べたに這いつくばらせたまま
助けもせずに放置していたなんて。
レジナスは言葉を選んで教えてくれたが、
なんとなく予想はつく。
きっといつものように大きな声で
ずけずけとした物言いをしたのだろう。
兄上、自分の子供もちゃんと可愛がっているし
ああ見えて女子供や老人には優しいのになぁ・・・
ただ、昔から物の言い方がきつい。
今回も転がり出てきた子どものことは
ちゃんと心配していたと思う。
血は出てないか、生きているのかと
気にはしていたみたいだし。
だけど兄上、昔から勇者の冒険譚が
大好きだったから・・・。
小さい頃、城の魔導士に頼んで魔法の演出付きで僕と
2人で勇者の召喚ごっことかしていた程度には勇者にも
召喚儀式にも憧れが強いから。
だからなおさら、思っていたのと違う様相を呈した儀式に
動揺してしまい、どうしたらいいか分からなくなって
しまったんじゃないだろうか。
でも、兄上の指示がないからとはいえいつまでも地べたに
ほっぽかれている子どもを見ているしかなかったのだ。
心優しいレジナスが腹を立てても仕方がない。
どうやら、儀式を見た結果彼の機嫌が悪くなったらしいと
いう噂は本当だったということだ。
「やっぱり多少無理をしても僕が行けば良かったね・・・
ごめんレジナス、君にも不愉快な思いをさせた」
ため息をついてお茶を一口飲む。
すると
「いえっ‼︎」
思ったより強い声が焦ったように正面から飛んできた。
レジナスがこんなに大きな声を僕にあげるなんて珍しい。
しかも動揺している?なぜ?
不思議に思い、お茶に落としていた視線を上げると
真正面に座る男がなんだか小さく縮こまっている
ような気がした。
「・・・いえ、その。俺は今回リオン様の代わりに
儀式に出る事ができて大変光栄に思っております。
おかげで癒し子様であるユーリとも
いち早く話をすることができましたし・・」
「ユーリ?癒し子様の名前?なんだい君、呼び捨てに
するなんて短い間に随分仲良くなったんだね」
小さい子に怖がられることの多いレジナスにしては珍しい。
なつかれたんだろうか?
そういえば癒し子を保護した後部屋まで連れて行った
ところまでは話を聞いたが、肝心の癒し子がどのような
人物なのかはまだ聞いていなかった。
「どんな子なの?」
「かわいいです。あんな愛らしい少女は
今まで見た事がありません。」
「え??」
間髪入れず返ってきた答えに面食らう。
いや、僕は癒し子としてこれから協力してもらうためにも
話は通じそうなのかどうか、大人しいのか活発なのかって
いう人となりを聞きたかったんだけど・・・。
そんな事はいつもの彼なら僕の意を汲んで
的確な答えを返してくれるはずなんだけどなあ。
なんでレジナスは突然あさってな方向のことを
言い出したんだ?
それ、思いっきり癒し子様の見た目のただの
感想だよね・・・?
いつも冷静で何事にも動じない彼が
急にポンコツになった。
何でだろう?首を傾げていたらガタンッ!と
大きな音が響いた。
あ。これはテーブルに膝をぶつけたな。
どんだけ動揺しているんだレジナス。
いつにない彼の慌てぶりについ面白くなる。
「えぇ?本当にどうしたっていうんだい。
儀式の後に癒し子様との間に何かあったの?」
いえ、その、それは・・・っ、とまごついた後に
んんっ!と一つ大きな咳払いが聞こえると
途端にさっきまでの慌てた気配がスッと霧散した。
ああ、なんだ。もう落ち着きを取り戻してしまったのか。
つまらない。せっかくいつにない態度のレジナスを
揶揄ってやろうと思ったのに。
もっとも、こういう切り替えの早さはさすが僕の
護衛騎士を勤めるだけのことはあるんだけど。
「・・・名前を呼び捨てにしている件ですが、
癒し子様はどうやら過剰に敬意を払われることは
好まないようです。自分はこれから皆にこの世界の事を
色々と教えてもらわなければならない立場なのだから
呼び捨てにして欲しいとのご希望でした。」
「へぇ、謙虚だね。それに賢そうだ」
癒し子はパッと見、齢2桁に届くかどうかという
小さな少女らしいが、兄上の大声やレジナスの顔を
怖がらない態度といいなかなかどうして、
見た目以上に中身は大人だということか。
「それから」
レジナスの声がより真剣さを増した。
「儀式の直後、ユーリの顔には確かに痛々しい擦り傷が
あったのですが部屋に着く頃にはそれが綺麗さっぱり
跡形もなく消えておりました。
ユーリが癒しと豊穣を司るイリューディア神様より
遣わされた事を鑑みるに、あれは己の傷に対して
癒しの力を使ったのではないかと思われます。」
自分の手がピクリと僅かに震えて、レジナスの
思いがけない言葉に今度は僕が動揺させられる。
ああ、それがもし事実ならば。
でもダメだ。過剰な期待は失望の元だ。
彼がジッと自分を見つめているのを感じる。
「ユーリの力が魔物を祓い地上に豊穣を与えるのに
限らないのであれば。人の傷も癒すことが出来るので
あれば、リオン様を治すことも可能なのではないかと
俺は思っています。」
期待をはらみ熱のこもった言葉に、僕は今はもう白く
濁って僅かな光しか感じることのない目を見開いた。
・・・そう、僕の目がほぼ見えなくなってから
もう3年は経つ。
原因は魔物だ。
王都周辺に魔物が出た時、兄上と僕の2人もその
討伐に加わった。
その時、魔物の攻撃から兄上を庇った僕は
魔物の毒にやられたのだ。
兄上に襲いかかった魔物を切り伏せた時に
僕の顔にかかった魔物の体液には毒があった。
すぐに洗い落として浄化魔法を受けたのだが顔には
右のこめかみから左頬にかけて走る大きなピンク色の
傷跡がのこり、そして両目は・・・。
サファイアのような青さをしていた目は白く濁り、
なんとか完全な失明を避けられだけだった。
それを元々持っていた魔力で補い、周りの景色は
かろうじて色や形がうっすらと分かる程度だ。
後は目が見えない事で研ぎすまれた肌感覚で
周囲の気配や雰囲気を感じ取り、なんとか周りに
負担をかけない程度には日常生活はおくれている。
見えないながらも使える剣技も考えた。
魔力も併せた剣の鍛錬を続けた今は、ようやく
木の葉程度ならなんなく突けるところまで来た。
もっとも、文書決裁や他国の重鎮との交流、
王国の儀式の執行など出来ないことも多い。
そういう時は可能なものは幼い時から僕や兄上と
一緒に育ち、今は僕の護衛騎士となっているレジナスに
僕の目の代わりをしてもらっている。
彼にも迷惑をかけて申し訳ないといつも思っているのだ。
ただ、できない事を数えて腐っていても仕方がない。
こうなった以上は、この先僕はずっとこの状態で
過ごしていかなければならないのだから。
幸いにも兄上にはもう子供がいる。
僕にとってもかわいい甥っ子、兄上の次代の王だ。
僕が元気な今のうちに王族としての意味や役割など
忙しい兄上に代わって伝えられることは伝えておきたい。
そうやって、視力を失ってからのこの3年余りが経ち
ようやく僕は自らの運命を受け入れ
気持ちに整理をつけ始めたところだった。
そんな僕に、レジナスの言葉は一筋の光明を与えたのだ。
至高神イリューディアの癒し子ならばもしかして。
過剰な期待はしてはいけないことは分かっている。
もし治らなければ、ようやく自分の気持ちに折り合いを
付けたところなのに期待した分だけ失望も深くなる。
癒し子にも迷惑をかけてしまう。
それでも、今一度。
治るものなら治して欲しい。
どうしてもそう願わずにはいられなかった。




