表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/722

召喚した者・された者 5

ー不覚を取った。


魔導士団長、シグウェル・ユールヴァルトはあぐらを

組んで座り込んだまま、むっつりと膝の上で頬杖をついた。

そうして、さっきまで召喚の儀式に使われていて

今はその役目を終えた魔法陣を睨んだ。


儀式の進行に邪魔にならないようにと背中の中ほどまで

ある長髪は三つ編みにして一つにまとめていたのだが、

それもあの暴風吹き荒れる召喚儀式の中ではとっくの昔に

結び紐は千切れてどこかへ飛んでいった。


そのため王国の女性達がいつも憧れるようにうっとりと

見つめてくるなめらかで艶のある銀髪も、今はバサバサで

寝ぐせがついたようにあちこちを向いて乱れている。


「ご機嫌ななめっスね~大丈夫っすか?」


ジッと魔法陣を睨み付けあれこれ考えていると、

すぐ隣からひょい、と気安く呼び掛ける声がした。


「ユリウス、あの子どもはどうした?」


相手を見ずとも分かる。

魔法陣をみつめたまま、話を振った。


魔導士団長たる自分にこんなに気安く話しかけてくるのは

1人しかいない。副団長であるユリウス・バイラルだ。



赤茶色の癖っ毛にそばかすをのせた人好きのする笑顔の

青年がはいはい、と答える。



「リオン王子の護衛騎士、レジナスが王宮の癒し子様用に

準備してあった部屋へ連れて行ったっすよ。

あの何事にも動じない男が珍しく挙動不審でしたね~、

よくよく見れば顔もうっすら赤かったし、それだけ

あの儀式の顛末に動揺してたってことっすかね?

ん?それとも勇者召喚の儀式と同じものに立ち会えて

興奮してたとか?」


むむ?と考えを巡らせながらそれにしても、と

ふはっ、とユリウスが思い出し笑いをした。


「熊みたいにでかくてガタイのいい男が、挙動不審に

子どもを抱き抱えて歩いてると騎士なのにまるで人攫いか

誘拐犯みたいに見えてちょっと面白い絵面だったっす、

見れなくて残念でしたね団長。」


「・・・どうせ俺は気絶していた、悪かったな」


むっつりとシグウェルは機嫌の悪さを返事に乗せた。


そう、ユリウスの言った通り自分はその様子を見ていない。

それどころか癒し子の姿さえはっきりと確認していない。


なぜなら、光が収束して一本の柱になった時その勢いに

押され弾かれて自分は気を失ってしまったのだ。



そして気絶する間際のその一瞬、かろうじて目の端に

うつったのは光の柱の中から転がり出てくる黒髪の

小さな子どもの姿だった。


「何言ってんスか、団長がいなかったらあの儀式

とっくに崩壊してたでしょ?

助けてくれてあざっす‼︎感謝してまっす‼︎」


からかってすんません、と

軽いノリでユリウスが隣で頭を下げた。


そう。あの召喚の儀式は崩壊寸前でかろうじて成功した。


途中までは順調だったのに、突然空気が変わった。


巫女や神官、魔導士であれば感じ取れているのだが、

この世界には目には見えないだけで精霊や魔力が

満ち溢れている。


その精霊達。

儀式の途中で空気が変わった時に一瞬ピタリと

その動きが止まった。


かと思うと慌ててその場から逃げ出そうとし始めたのだ。


召喚の儀式には膨大な量の魔力と、精霊達の力を借りる。

そのため何ヶ月もかけて精霊達の力を借り集め、

癒し子召喚の儀式を下支えしてもらっていたのだ。


その肝心要の精霊達が途中で逃げ出そうものなら

あっという間に儀式は崩壊してしまい

この場所は魔力暴発でチリ一つ残らなくなる。


そんなことはさせない。

誰一人犠牲を出してなるものか。


だから自分達魔導士団は必死で呪文詠唱をし、

逃げ出そうとする精霊達を無理やり

この地に押しとどめて召喚の儀式を続けた。


続けるには無理のある儀式をそれでも敢行したせいで、

騎士団員達が文字通り物理的に後ろから支えてくれて

いたが体力と魔力の尽きた者達からバタバタと

倒れていくのを自分は感じ取れていた。


ルーシャ国始まって以来の魔力の持ち主と

持ち上げられることの多い自分でもさすがに

マズイと思った。


初めて自分の力の限界を感じ、もう駄目だと諦めかけた。

気を失う寸前で光柱が立って癒し子が転がり出てきたのは

幸運以外の何物でもない。


その幸運さに至高神イリューディアの慈悲と恵みを感じた。


・・・そういう意味では、転がり出て来たあの子どもは

まぎれもなく女神イリューディアの加護を受けた

癒し子のはずだ。


だが、しかし。どうにも気になることがある。


「・・・つーか、団長の機嫌の悪さは人前で気絶した

からとか癒し子様をちゃんと見れなかったからじゃ

ないっすよね。さっきから何考えてるんすか?」


ユリウスが首をかしげる。


コイツのこういう聡いところは話が早いから嫌いじゃない。


「さっきの儀式、精霊達が怯えて何かから逃げ出そうと

していただろう?精霊じゃない、何か他のおかしな気配が

していたのに気付いたか?」


「イヤイヤイヤ、そこまではさすがに俺たちには

分かんないっすよ団長じゃあるまいし!俺が

感じ取れたのは、このままじゃこの儀式崩壊するなって

こと位っす、多分他の団員達もその程度かと!」


アンタ自分の能力が規格外だって自覚あります?

ユリウスが嫌そうな顔をした。


ーそうか。気付いたのは俺だけか。

じゃあまだ言わない方がいいのか?


空気が重苦しくなったあの時、

すさまじい怒りと妬みの感情を感じた。


あの昏いイメージは宵闇の女神ヨナスのものだ。


ヨナス神を信奉する神殿に漂う雰囲気や

彼女の加護を受けて凶暴化した魔物に

共通するものをあの空気に感じた。


まさか召喚の儀式で出てきたのは

至高神イリューディアの加護を受けた

癒し子ではなくて、

この世に争いごとを持ち込むヨナス神から

何らかの力を与えられた者ではないのか?


だから精霊達は恐れをなして

逃げ出そうとしたのではないか?


さっきから考えれば考えるほど疑いが深まる。


途中で気絶して最後まで癒し子を確かめられずに

不覚を取った自分の不甲斐なさに腹が立つ。


確かめなければならない。

癒し子への面会はすぐに叶うだろうか?


「すぐに王宮へ行くぞユリウス」


立ち上がり隊服の埃をはらう。


「えっ、そんなドロドロの格好でですか⁉︎

そんなんで癒し子さまに会えると思います⁉︎

せめて着替えて下さいよ、俺が怒られるっす‼︎」


ユリウスがあせったような声を上げるが知るか。


というか、王宮に行くこと自体は止めないんだな。


それに言いっぷりからしてどうやら俺が気絶している

間にも、準備ができ次第いつでもすぐに癒し子に面会

できるよう王宮側に渡りもつけてありそうだ。


・・・本当に、コイツのこういう気が回るところは

嫌いじゃない。


少し機嫌が上向き、わずかに口角も上がった。


「お前のことだ、どうせ王宮には着替えの一つや二つ

とっくに準備してあるんだろう。」


「そりゃあそうですけど!・・・うぁ~もう、待って

下さいよ‼︎団長だけ行かせるわけにはいかないっす‼︎」


一人で行ったらアンタ絶対着替えもしないで

部屋に乗り込むでしょう⁉︎

慌ててユリウスが後を追ってくる。


よく分かってるじゃないか。


さすがオレの右腕を務めるだけのことはある。

ふっ、と珍しく笑いが一つこぼれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ