召喚した者・された者 4
レジナスさんは私を抱きかかえてゆっくりと歩きながら
自分のことやさっき周りにいた人のことを教えてくれた。
あのデリカシーのない声の大きい人はこの国の皇太子で
あり、近いうちに王様になる人でさっきの儀式全体を
取り仕切っていたこと。
しかも、すでに結婚していて小さな子供もいるらしい。
びっくりだ。
王族はこの国には他にもいて、レジナスさんは
第二王子付きの護衛騎士をつとめているんだって。
本来なら第二王子も王族として儀式に立ち会うんだけど
事情があって立ち会えないので、代わりにレジナスさんが
儀式に出て後から王子に報告する事になっているらしい。
そして王子達には妹も1人いて、
その人はなんと神殿の姫巫女だという。
姫巫女ってあれだね。
イリューディアさんが言ってた、この世界で唯一
彼女とコミュニケーションが取れる人だ。
今日は会えないらしいが、近いうちに会えるといいなあ。
イリューディアさんの話とかできるかな?
私も自分の事を少し話した。
この世界を豊かにするお手伝いをして欲しいと
イリューディアさんに頼まれて、自分の意思で
ここに来たと言ったらとても驚かれた。
「ユーリはそんなに小さいのに一人で決めてこの世界に
来たということか。まだ子どもだというのに立派だな」
黙っているとコワモテの顔だけど、レジナスさんの瞳は
とても優しい。
ほぼ成人女性と同じ体格の少女姿になってるはずの私を
軽々と抱き上げるほど体の大きいレジナスさんから見たら
そりゃあ私は小さく見えるかもしれないが大げさだなあ、
とまるで小さな子ども扱いするような言動は少し気に
なったけど、あの綺麗なオレンジ色の瞳を細められて
ほめられると悪い気はしない。
その後も、このルーシャ国のことや魔物の話なんかを
教えてもらっていたんだけど、抱き抱えられながら歩く
一定のリズムからくる振動の心地よさや、ここに来る
直前に巻き込まれた神様達の痴話喧嘩から解放されたと
いう安心感のせいもあり、いつの間にか眠ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次に気付いた時、私は天蓋付きの
柔らかなベッドの中にいた。
四方を薄いベールのようなカーテンに囲まれていて、
ベッドの外の室内の様子はよく分からない。
ただ、周囲ではさわさわと何人かの人達が動いている
気配がしていた。
ごそごそ起き上がるとその様子に気付いたのか、
メイドさんのようなお仕着せを着たふくよかで
おおらかそうな雰囲気の初老の女性が1人、
ひょっこりと顔を覗かせた。
私と目が合うと、元々愛嬌のある顔が更に笑顔になる。
「まぁまぁ、お気付きになったのですね。顔色も
良いようで安心いたしました。カーテンを
お開けしましょうね、お水もどうぞユーリ様」
てきぱきとベッドの四方に引かれていたカーテンを開けて
水差しの乗った盆からそっと小さなグラスを渡される。
彼女の言葉に、レジナスさんが他の人達に
私の名前を周知してくれたのだと気が付いた。
いつまでも癒し子様、なんてかしこまって呼ばれても
落ち着かなくて困るから良かったとほっとしてグラスを
受け取る。
実は名前も呼び捨てで構わないとレジナスさんには
お願いして、彼は快く了承してくれた上で会話を
していたんだけどこの人はメイドさんみたいだし、
さすがにそれはダメなんだろうなあ。
うーん、と考えながら飲んだ水はハーブのような
清涼感があって後味がほんのり甘かった。
「おいしい」
思わずつぶやくと、水を手渡してくれた女性が
嬉しそうにまた微笑んだ。
「あまり声が出ておらず、のどを痛めているようだからと
レジナス様からのご指示で蜂蜜水にしましたのよ。」
え、何それレジナスさん優しい。
めちゃ気配りの人だわ。
それにしても、のどを痛めたらしいのはここに来る前に
ヨナスに首を思い切り締め上げられたせいだろう。
呪い殺す、とか物騒な事を言ってたけど
死ななくて良かった・・・。
ホッとして自分の首に触ってみると、何かが首にある。
さわさわと首元を確かめるように撫でてみた。
その仕草を目に留めた女性がああ、それは。と言う。
「ご衣装が汚れておりましたためお召替えをさせて
いただきましたが、そちらだけはどうしても外すことが
できませんでした。ですので、それはそのままに
させていただいております。」
ユーリ様のお気に入りですか?とても良くお似合いですよ。
にこにこと褒められたが、なんだろう?
鏡を借りて確かめ、呆然とした。
「・・・ウソでしょう・・・?」
私の首には、黒いチョーカーのようなものが
ぴったりとはりついていた。
真ん中には小さな赤い宝石がはまっている。
こんなのイリューディアさんのところで
自分の姿を確かめた時にはなかった。
いや、それはいい。
それよりも驚いたのは。
「ち、小さくなってる・・・?」
鏡には、幼い女の子が目をまん丸に見開いて
首元のチョーカーを触りながらこちらを見ていた。
髪や瞳の色はイリューディアさんのところで見たままだ。
ただ、あの時見た姿よりももっとずっとサイズ感が
小さく幼い顔立ちの女の子。
どうりでレジナスさんが私を小さい子ども扱いするわけだ。
そういえば、あの大声殿下も私を見て子どもじゃないか!
と言っていた。
イリューディアさん渾身の作の美少女が
小学校低学年くらいの女子児童になってしまった。
一体何がどうしてこうなってしまったのか、
さっぱり分からない。
困惑したまま、鏡を覗き込んだ私は固まってしまった。




