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思い出の立原道造

作者: エチュード

 もう数年も前のことになるが、テレビに菊川怜さんが出ていて、彼女は東京大学の建築学科を卒業しているという話をしていた。その「東京大学建築学科」という言葉に私の記憶が反応して、パラパラとページを捲り始めたのだった。


 高校生の頃だった。学生としての本文である勉強を蔑ろにして読書にばかり励んでいたその頃、ふとしたきっかけで知ることになったのが立原道造という詩人であった。その人の作品は教科書などには載っていないし、世間にはあまり知られていなかった。けれども、代表作と言われる幾編かの詩を読んだだけで、すっかり魅了されてしまったのだ。それまでにも石川啄木の短歌や、中原中也の詩などに感銘を受けて愛読していて、彼らの作品は心にズシンと衝撃を受けるような現実感があったが、立原道造の詩は全く違っていた。実際に存在するものを描写していても現実感というものが皆無で、まるで地球の表面から何メートルか離れた場所をフワリフワリと浮かんでは飛んでゆく、タンポポの綿毛のような言葉で編まれている言葉の花飾りのように感じられた。まさにポエムそのものだったのだ。技法だとか解釈などと考え始めると味気なくなる雰囲気やイメージで、所謂「箸が転んでもおかしい」と言われる、夢見がちな高校生の心にすっぽりはまってしまったようだ。


 詩人立原道造は、大正三年に生まれ昭和十四年に二十五歳という若さで亡くなっている。その頃は不治の病であった結核が、当時の文学史に与えた影響は大きかった。啄木も二十六歳で亡くなっているが、既に結婚をして子供もいたのに対して、道造は恋人はいたが未婚だった。東京で生まれ育った彼は生活そのものが都会的で、夏になるとよく軽井沢へ避暑に出かけていたという。そんな暮らしぶりも、生活感を感じさせない彼の作品の特徴になっているのかも知れない。戦争の足音が近づきつつあった頃に、戦争を避けるように亡くなってしまった。


 社会人になってから、五巻からなる全集を、その頃の自分にとっての大枚をはたいて買った時の喜びは大きかった。詩は勿論、書簡や評論、東北や九州を旅行した際に書き記したノートなどが収められている。詩の場合もそうだが、『物語』などの短編にも、メルヘンの雰囲気は漂っている。

 そして、全集を手に入れてから数年後に、雑誌『四季』の「第四十七号 立原道造追悼号」を書店の古本コーナーで見つけた時には、奇跡だと狂喜したものだった。『四季』は彼が同人になっていた雑誌で、室生犀星や三好達治、それに恋人だった女性も追悼の文章を寄せている。三好達治は後に「人が詩人として生涯をおはるためには 君のやうに聡明に清純に 純潔に生きなければならなかった。さうして君のやうにまた 早くしななければ!」と書いている。また、三島由紀夫も同じような意味のことを語ったとされるエピソードが残っている。

 生前親交があった中村真一郎は「立原道造は頭の先から足の先まで『詩人』ー世間の人が、詩人というものを普通の社会人でなく、何か突飛な特別な変種のようなものとして空想する時の、絵に描いた詩人の姿をして飄々と歩いていた。」と道造の人となりを表現している。その姿を想像してみると、彼の作品のイメージと容易に結びつけることができる。そして、彼のことを「妖精」と表した人までもがいた。作品から想像する詩人や作家の風貌が実物とかけ離れていることはよくあるが、メルヘンが妖精そのものによって綴られた例は滅多にないだろう。


 冒頭に記したように、東大の建築学科で学んでいた彼は、建築でも有名な賞を三年連続で受賞するほど優秀だった。卒業後は建築事務所に勤めていたが、仕事として自分が手掛けた設計に愛着を持ち、なかなか手放そうとしなかったらしい。時代を先取りするような間取りの設計図は、全集にも収められている。


 と、ここまで何を調べるでもなく書けるほど思い入れは強かった。月日は流れ、箸が転ぶどころか大きな丸太が転がったとしても微塵も心を動かされない年齢になってしまった今の私にとっては、彼の作品が少し甘みが強すぎると感じられるのが寂しい。











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