プロローグ・その名はサイガ
ねえパパ。
ねえママ。
誰かに強い怒りを感じたことってある?
今すぐにでも何かを叩きつけてやりたいくらいの激情にかられるような、そんな相手に覚えはある?
とんでもないヘマをやらかした部下のおじさん?
家族水入らずの外国旅行だっていうのに、突然からんできた女の人を追い返せない優しいけどおおらかすぎるパパ?
誰のことでもいい、どんなことでもいい。
だから、だからどうか、この感情への付き合い方を教えてほしい!
「ははは、ははははははっ!!」
そこはさながら、白砂の砂漠を擁するスタジアム。
ぽっかりと空いた天蓋から、もう何物にも遮断されなくなった月と星の光が余すところなく注がれ、その下にいる何もかもを寒々しく彩る。
私が今いるのはそんな、ガレキくらいしか残されていない砂漠の中心。
「なん……で……!?」
高笑いとともに近づいてくる影に、私は声をあげてしまう。
だって逃げ場なんてなかったもの。
決死の覚悟で使った最後の1手。
おかげで私も片足がない。
ほんの少しだけ残っている外壁っぽい大きめのガレキに、力なくもたれかかってる有様は、悔しいけど壊れた人形とおんなじだ。
そしてあいつは……あの男は、積みあがったガレキを押しのけ私の前へ歩みよる。
「……実に、実にいい戦いぶりだった! なんの容赦もためらいも無く、ただ俺様を倒すのみを突き詰めた成果だとほめてやろう!」
見上げる先。
そこには大剣を担いだ赤髪の偉丈夫。
はためくボロマントの内に鎧はなく、防具と言えるのは手の切断を塞ぐの小手のみ。
そんな賊のような見た目なんだけども、なんでかこの一面寒色の中で燃えあがっているような、ひときわ強い存在感のあるそいつは、私に全力を叩きつけられてなお余裕を失うことなく笑う。
「ははは、良い目をするではないか! リアルでも恨みを買う仕事をしてきたが、お前ほどのものを向けられたことはほとんどない!」
私がなぜそういう目を向けているのか。
きっとこの男は微塵も知る気はないんでしょう。
「だがな、俺様を倒すにはあと1点が足りなかった……残念だったな、パワー不足だよ」
ふざけるな。
ここまでやってなおパワー不足とか、普通のたまうか?
「そう睨むな、この世界で俺様が戦った中で1番、99点だと言っているのだ! 俺様を倒すには未だ至らんが、あの貴族気取りやかぶれ者たちや軟弱者よりは冷や汗をかいた! 誇っていい栄誉だぞ?」
「うるさい、そんなので誇ってたまるか!」
残りわずかなHPを絞り出すかのように私は声を張り上げた。
【シンデレラパウダー】もない、爆弾や魔法を撃つ間合いもない、助けてくれそうな人はどこにいるかわからない、そんな絶体絶命の状況。正直もうお手上げも良いところなんだけど、それでも!
……それでも目の前のこいつに、心の底から負けたなんてみじんも思いたくない!
「お前に与えられる栄誉なんか1円の価値だってないわ! だって、私はお前が大嫌いだもの!」
「ははははははははははっ! 初対面だというに嫌われたものだな俺様も!」
「 ……!」
初対面なんかじゃない。
その偉ぶった顔も、俺様こそが絶対と言わんばかりな立ち振る舞いも、私と同じ色の髪も。
全部あの日あの時見た姿と全く同じだ、隠せてるとでも思ってるのか!
「これから脱落するお前に、施しをくれてやろうとしたのは野暮だったか! 男だったら仕事のパートナーに誘っていたところだ……まったく残念だよ、小娘!」
「おあいにく、たとえどんな人生を生きたとしてもお前なんかには従ってやんないわ! いつか絶対、絶対ぎゃふんって言わせてやるから覚悟しなさい、サイガ!!」
「そうか……お前の力が俺様に届くことはないだろうが、その日を楽しみに待っているぞーー【ハウリングノート】オン!!」
……私はこの男を知っている。
スキル名と連動して不気味に鳴動する大剣を掲げた、こいつのリアルを。その名前を。
男の名は才賀 正義。
私から、私の家から全部を取り上げた男。
シリアスムーブを続けまいと思っていたのに結局続くシリアスくん。
正月だし次回こそは休んでくれまいか……!
感想、評価、ブックマーク。
いつもありがとうございます。
なんとブックマークが1000件を超えました。
このままじゃ一年たってもとどかねーだろうなーと思ってたのに、最近の勢いたるや。
この勢いを維持していきたいものです。
もしよければ↓から☆を押してくだされば。
もうやった!
って方はぜひTwitterにて宣伝を。
励みになります。