【飛閃】マリー (前編)
「いやあ、怖かったよねえ、わかる、すっごくわかるよお」
さて。
溺死寸前のクレインが引き上げられた直後私たちがどうなったかを話す前に、このお姉さんについてちょっと思い出したことがある。
【飛閃】マリー。
βテストのとき、あのいけ好かないファラに並ぶ成績を出したというトッププレイヤーの1人で、火山の攻略の時にいろいろお世話になったアルの彼女さんでもある。
「見ず知らずのおっさんがいきなり刃物持って突っ込んできたら怖いもんねえ、ゲームじゃなかったら通り魔だよ」
その行動は掲示板でも話題になっていた。私たちが火山を攻略したちょうどそのころ、プレイヤーを何人か引き連れて別のダンジョンを制覇していたらしい。
アルの口ぶりを聞くに、きっとトンでもないイケイケ気質の人できっとかよわい私なんかとは違った吹きすさぶ突風のような人なのかなあ、と思っていたのだけれど……。
「でも大丈夫だよだいじょーぶ! あのこわーいおっちゃんはマリーさんが責任もって連れて帰るから」
聞いてない、聞いてないぞアル。
「だからさあ……とりあえずこの手をどけてあなたのほっぺをもちもちさせてくれないかなあ? マリーさんは君の味方だよ?」
「イヤですっ!」
「ええー、よいではないかよいではないか減るもんじゃなしー」
「よくない……です! だって、だってだってだって……! それでみんな倒れちゃってるじゃないですか――!」
「う、うぐう……」
イケイケ気質どころか突風どころか!
「誰彼かまわず抱き着く童顔マニアの変態」なんてこれっぽっちも聞いてない!!
私たちをかわいがりたおす!
それがクレインを引き上げた後、マリーに突き付けられた条件!
私が首を傾げたまさにその瞬間、彼女は「まて」から解き放たれた犬のように私に飛びついてきた!
ゲーム特有、ほっそい腕からでる万力みたいな力で私を抱き締め上げて捨てた後は、シオンをがこんがこん振り回して酸欠寸前に!
そしてスタミナ切れで目を回したシオンはクレインのそばに捨て、今はおぼろちゃんを抱きかかえている!
「でもさよく考えてよ! 私がもちもちしてる間あなたも私のほっぺをもちもちできるしwinwinじゃーん!」
「それ間違いなく貴女しか得しませんよね!? 大体もちもちって何ですか!」
「人をダメにする魔性の感触さガール、日々のお仕事にお疲れなマリーさんはそれを常に求めているのだ! だから一緒にもちもちの海に沈もーーー!」
「い・や・だーーーっ!」
マリーの頬を押しのけつつなんとしてでも逃れようとおぼろちゃんはもがくけど、がっちりと胴を抱き寄せてる抱擁パワーが抜け出す間を与えない……!
「しかたないなあ……」
「わぷっ――!?」
そんな膠着状態の中先に動いたのはマリーだ。
片腕を素早くおぼろちゃんの頭の方へ回し、そのまま抱きしめて突き出た胸の中へうずめさせ……
「……って何してんだコラー! 【サンダークラップ】!」
「わっ……と!」
怒りを込めた雷撃は軽くステップで避けられ、残念ながら誰もいないところに突き刺さる……さすがに凄腕プレイヤー、ふいうちの対処なんてお手の物か!
「ちょっとー、何でもしてくれるって言ったでしょー? 契約不履行だよこれー?」
好き放題したくせになーにが契約不履行だこの変態!
趣味趣向にはあんまり文句を言いたかないけど、嫌がってる子に対して自分のそれを押し付けるのはいかがなものか!
「限度を超えるようなら止めるに決まってんでしょーが! サービス時間終了です、通報しないであげるからとっととおぼろちゃんを離しなさい!」
「うーん、人づてには聞いてたけどなんとも血の気の多い……」
常識的な行動、思考の範疇だと思うんだけどなんでしつけのなってない犬を見てるような顔するんですかね! 失礼な!
それと人づての先にいるであろうアル! あんた何吹き込んでんのよ!
「どーーーーしよっかなあーーーー……」
「いやいやどうしようも何もないでしょ!」
悩まし気なようなただただもったいぶってるだけのような態度をとりつつも、「ぷはあっ!」と胸の間からおぼろちゃんが顔を出した。
ああ、ようやく開放する気になったか……そう思った矢先、笑いかけたマリーはぐん、と顔をおぼろちゃんに近づけて。
「ふぅ……」
「ひゃんっ……!?」
軽い息遣いの音とかわいい悲鳴が聞こえ、びくりと一瞬だけ体が震えたかと思えばそれきりおぼろちゃんは何も言わなくなってしまった。
え?
え?
え?
いま何したこの女?
耳に息吹きかけた?
……ちょっと待て。フリーズするな。
「えっへっへ~いいこいいこ~……やっぱり真面目っぽい子はこの手に限るなあ……」
「うひゃ……むぐ」
「うへへ、アルくんとはまた違ったもちもち感だ……子供体温あったかーい……抱き枕にしたい……」
あまりに追いつかない思考から何とか脱し、再度おぼろちゃんを胸にうずめて悦に浸りだした目の前の女に目を合わせる。
「何のつもりよあんた!?」
「見てのとおりただもちもちだからもちもちしてるだけなんだけどなあ……この子はリア友さんかなにかだったり?」
「……答えて欲しかったら返しなさい! あんたのせいでヘンなこと覚えたらどうすんのよ!」
「あらー嫉妬ですねー! かーわいー!」
「……【スーサイド】!」
「あ、怒った。この子がよっぽど大事なんだねえ……じゃあいっしょに仲良くもちもちしようぜー?」
「するかーー!!」
返す気ナシとみてよろしいですね、OK消し飛ばす!
けどあくまで冷静に……間違ってもぐったりぶら下がってるおぼろちゃんに魔法を当ててやるわけには行かない!
なら狙う場所は……!
「【イグナイト】、オン!」
「ここ――!?」
抱えられて浮いてるおぼろちゃんと被らない位置に狙いをつけた瞬間。
私から大股3歩は離れたところにいたはずなのに、マリーはもう目の前まで踏み込んできていた――!
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