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いざ異世界へ

 ミツキが天界に来て、5年が経った。

 毎日のサイクルは、午前にヘルミーネの模擬戦、午後にティアの基礎トレーニング。

 たまにラウルの工房で神器の勉強をする、という毎日を過ごしていた。


「くらえッ!」


「っと」


 今日もいつも通り、ヘルミーネとの模擬戦を行っている。

 全力で振った大剣を、ヘルミーネは軽い身のこなしで避ける。


「使えるようになってきたわね」


「手に馴染んできたからな」


 今ミツキが使っている武器は、無骨な大剣だ。

 2年ほど前からいくつかの武器を試し、自分に最も合っているものとして、大剣を選んで練習している。


「権能の課題は継戦能力、火力調節の2つね。近接戦闘はいい線いってるわよ」


「それでも、ヘル姉さんに一撃も当てられないけどな」


 短時間の模擬戦でも、ミツキは肩で息をしており、かなり疲れてきている。


 ヘルミーネから聞いた話によると、太陽の力は強力すぎて本来4つに分けるのだが、ミツキはそれらを全て与えられたらしい。

 そのうち現在使えるのは、2つ目の権能までだ。


 力の使い方もまだ下手で、火力は非常に高いものの、そのせいで持久力がなく短期決戦型となっている。


「でも、今の状態でもヘル姉さんを追い詰められる自信はあるぞ」


「面白いこと言うわね。なら、私を殺すつもりで本気を出しなさい?」


「言ったからな! 第一権能解放!」


 大剣を正眼に構え、与えられた太陽の力を解放する。

 4つ与えられた権能のうち、今のミツキがなんのリスクもなく使えるのは第一権能だけ。

 この炎は、主に武器に纏わせることで攻防共に力を発揮する。


 触れるものを灰と化す炎を大剣に纏い、正面で構えるヘルミーネに向けて振り下ろす。

 地面を這うように放たれた炎だが、ヘルミーネはそれを横に避けて接近してくる。


「行くわよ」


「来い!」


 そう言ったヘルミーネの右手が一瞬ブレ、目にも止まらぬ速度で4回剣を振る。

 避けるのは無理と判断し、大剣を盾として3回防ぐと、体勢を崩しながらも4回目の攻撃に合わせて大剣を振り上げる。

 質量差で大剣は剣を弾き飛ばし、同時に大剣を手放して肉弾戦を挑む。


「へぇ、言うだけあるわね」


「こっからが本番だっての!」


 ヘルミーネも剣が弾かれた瞬間に手放しており、互いの拳が交差する。

 強烈なミツキの拳や蹴りを、ヘルミーネは全て受止め、受け流す。


「らァ!」


「少しはできるようになったじゃない?」


 何度目ともわからぬほど放ったミツキの拳が、運良くヘルミーネの肩に当たり、よろけさせた。


「もらった!」


 ここが勝負所だと踏み、ミツキが渾身の後ろ回し蹴りを放つ。


「残念。まだまだ甘いわね〜」


「うげっ!?」


 ヘルミーネはそう言うと、蹴りを華麗に受け流すと、大きな隙ができたミツキの腹部へ、返しの掌底を叩き込む。

 見事によろけた演技に釣られ、掌底をまともに受けたミツキは大きく吹き飛ばされた。


「まだまだァ!」


「そうじゃないと」


 地面をゴロゴロと転がりながらも、すぐに立ち上がったミツキを見て嬉しそう笑う。


「今度こそ当ててやる!」


「いい心意気ね。受けてあげるわよ」


 余裕の表情で避けるつもりもないのか、ヘルミーネがその場で腰を落とし、剣を拾って構えた。

 絶対一撃当ててやろうと、大剣を拾い構えて地を蹴り、


「そこまでです」


 衝突する前に、ティアの声で静止する。


「ティア姉さん」


「なに、重大な用事なの?」


「ウール様がミツキを呼んでいます。おそらく、そろそろ下界に行くのでしょう」


「そっか、もう5年も経ってるんだし」


「そういうことです」


「了解。ヘル姉さん、決着はお預けな!」


「私の判定勝ちでしょ。さっさと行きなさい」


 大剣を壁に立て掛け、走ってウールの元へと向かって行ったミツキを見送る。


「寂しくなるわね〜」


「それは本音ですか?」


「本音よ。あんたもでしょ」


「否定はしません」


 ミツキが来てから、まるで本当の弟が出来たかのように賑やかで、退屈な天界での日々が楽しいものとなった。


「本当に弟がいたら、こんな気持ちになるのかしら」


「本物も偽物もありません。ミツキは私たちの大切な弟です」


「それもそうね。なら弟の門出を祝ってやるとしましょうか」


「ええ、そうしましょう」


 2人の女神はそれぞれ、下界に降りるであろう弟へのお祝いを用意することにした。


 * * *


「失礼します、ウール様」


「待っておったぞ、ミツキよ」


 ウールと会うのはかなり久しぶりなのだが、相変わらず厳格な雰囲気と威厳があり、自然と頭が下がる。

 ほかの神と喋る時は敬語など使わないのだが、ウールだけは別だ。


「お主が天界に来て5年。下界に降りるには頃合いじゃろう」


「そうですね」


「納得できるほど鍛えられたようじゃな」


「はい。俺の無理を聞いていただいて、本当にありがとうございました。おかげで俺自身も強くなれたと思います」


「そうかそうか。では、準備をしてくるとよい。わしはこの場で待っていよう」


「わかりました。すぐに支度してきます」


 願いを聞き届けてくれたウールに感謝を伝え、ミツキは部屋を出て闘技場へと戻る。

 準備するものはさほどないが、せめてお世話になった3人にはお礼を言いたい。


「姉さんたち!」


「よう、ミツキ」


「あれ、ラウル兄さんも来てたのか」


「渡したいものがあってな」


 闘技場に入ると、ヘルミーネとティアだけでなく、ラウルも何やら大きな荷物を持ってやって来ていた。


「ミツキ、ウール様はなんて?」


「あ、そうだ。俺今から新しい世界に行くことになったんだ。だから、お礼が言いたくてさ」


「へー、律儀ね」


「当たり前だろ。ヘル姉さん、ティア姉さん、ラウル兄さん、5年間俺の世話をしてくれてありがとう。本当の家族みたいで、すげぇ楽しかったよ!」


 嘘偽りない感謝の気持ちを、素直に3人に伝える。

 鍛えることを決意した時は、もっとつらい日々を覚悟していたが、天界での5年間はずっと過ごしたいと思えるほど楽しいものだった。

 だが、いつまでも甘えてはいられない。


「私も楽しかったわよ」


「退屈な天界でしたが、この5年だけは時間が過ぎるのを早く感じました」


「ミツキ、俺もお前と過ごせて最高だったぞ。これはその礼だ」


 ラウルが持ってきていた大きな荷物の布を剥がすと、重厚な両刃の大剣が姿を現した。


「お前用の神器だ。受け取れ」


「俺用って……神器は俺みたいな、半人半神に与えていいもんじゃないだろ」


「俺が許可する。お前のために作った力作だ。役に立てろ」


 そうして押し付けるように渡された大剣は、重くほのかに熱を帯びている。

 全体の装飾は最低限だが、柄や刃に施された細工は、芸術品としての価値すら感じられる。


「こんな凄いものを俺に……」


「あとこれな。ほれ」


 ついでとばかりに投げ渡されたのは、2つのナックルダスターだ。

 こちらは何の変哲もないものだが、妙に軽くまるでおもちゃのようだ。


「それは神器じゃないが、俺の権能をちゃんと使って作った。大剣だけだと取り回しが悪いだろうからな」


「すげぇ……」


「よしよし、喜んでるみたいだな。やっぱりお前みたいなやつのためなら、作りがいがあるってもんだ」


 思わず見とれてしまうミツキの顔を見て、ラウルも満足そうに笑う。


「次は私からです。これをどうぞ」


「ブレスレット?」


「私の権能を込めたブレスレットです。それを付けていれば、相手の悪意を見抜くことができますよ」


「おお、ティア姉さんらしいな。すごくありがたいよ!」


 繊細な彫刻の施されたブレスレットを早速右腕に着け、まじまじと見つめる。


「あとは私ね。はいこれ」


「指輪?」


「私のも2人と同じく、権能を込めた道具よ。効果は発動してからのお楽しみね」


「教えてくれないのが、ヘル姉さんっぽく不親切だな」


「知らない方がワクワクするでしょ」


 渡されたのは指輪には紫色の石が付けられており、それを左薬指に着ける。


「最後まで、3人にはお世話になりっぱなしだな」


「弟ってのは難しいこと考えなくていいのよ」


 話しながら大剣を背中に背負い、ナックルダスターを懐にしまう。

 これで準備は完了だ。


「よし、じゃあ行ってくるよ」


「頑張りなさいよ」


「帰ってきたら、また一緒に鍛えましょう」


「土産話期待してるぞ」


 笑顔で見送ってくれた3人に背を向け、ミツキはウールの元へ向かった。


 * * *


「さて、お主の使命について確認じゃが、わしもこの5年でお主が行く世界について調べておった。その中で浮かび上がったのは、やはりというか、悪魔じゃ」


 ウールの元へやってきたミツキは、改めて使命について聞いていた。


「つまり、悪魔を倒せばいいと」


「簡単に言うとそうじゃが、無理に手を出す必要はない。確認してくれるだけでも十分じゃ」


「わかりました」


 悪魔の確認と、可能ならば討伐。

 それが異世界でのミツキの主な使命となる。


「しかし……随分気に入られたようじゃな」


 ミツキの持つ大剣や装飾を見て、ウールが思わずそう口にする。


「神器まで貰って、そんな資格があるとは思えないんですけどね」


「それも、お主の努力の成果じゃよ。胸を張ると良い」


 半人半神であるミツキが神器を持つのはどうかと思ったが、ウールは気にしていないどころか、肯定的なようだ。


「ミツキよ、お主は強い」


「と、突然どうしたんですか?」


 突然褒められ、首を傾げる。


「そんなお主に助言じゃが、物事を偏見で判断しないことじゃ。老神には、この程度のことしか言えんがのう」


「いえ、胸に刻んでおきますね」


「うむ。ではミツキよ、無事に帰ってくるんじゃぞ」


「はい!」


 ミツキの足元に複雑な魔法陣が浮かび上がり、視界が白く染っていく。

 ついに、異世界での生活が始まるのだ。

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