炎姫
ジュア法国の枢機卿、クロードは頭を回していた。
迫るのは、およそ3万の魔国軍。
対してこちらは1万と少し、まともにやれば負けるのは必至だ。
「右に1000送って。もっと中距離から戦うように伝言を。無理そうならすぐに退いて。とにかく耐えるんだ」
それが争いとして成立しているのは、クロードの指揮官としての才覚があってだ。
最年少である21歳で枢機卿となった彼は、その肩書きに恥じぬ能力を持っている。
だが、いつか限界は来る。
「もう長くはもたないよ。早く首都から援軍を送ってもらわないと……」
焦りばかりが、クロードの胸に募り、それでもただ耐えるしかないこの状況に、歯がゆい思いをする。
同時に、それを打破するだけの力がない自分にも。
「僕にソレーユさんのような力があれば……」
「呼びましたか、クロードさん?」
「ソレーユさん!? ど、どうしてここに」
「聞いてください、クロードさん。吉報ですよ。太陽神様がいらっしゃいました」
「た、太陽神様が?」
「はい。そして太陽神様……ミツキ様は、この争いに勝つことを望んでおられます。あとはわかりますね?」
まるで夢物語のような話だが、ソレーユほどの同志が嘘をつくとは思えない。
それに、ソレーユは神を見抜く。
「太陽神様が……」
太陽神への信仰は、クロードもソレーユに勝るとも劣らない。
そんな信者が自らの神の望みに、自分の力を貸すことができるとなれば、張り切らないわけがなかった。
「顔が上がりましたね」
「ええ、ええ、もちろん。僕の全力を尽くして、魔国を殲滅しましょう!」
「その息です。さあ、行きましょう」
「はいっ!」
先程まで意気消沈していた人間とは思えないほど爛々とした表情で、クロードはソレーユと共に前線へと向かう。
「後からミツキ様とその仲間が来ます。ミツキ様はもちろんですが、ほかの3人、特にヨハンという男は色の騎士でふ。上手く使ってください」
「お任せ下さい!」
「頼みました。では、私は行きます」
戦闘態勢に入り、地面蹴ったソレーユはすぐに見えなくなってしまった。
「ソレーユさんが来てくれたなら、勝てる!」
「貴方が指揮官か?」
拳を握るクロードの背後から、遅れて到着したミツキが声をかける。
「そうですが……もし間違ったらすみません、貴方がミツキ様でしょうか?」
「そ、そうだけど」
「っ! 貴方が僕たちの……いえ、今は感激している場合ではありませんね。僕はジュア法国枢機卿クロードと申します。早速ですが、ミツキ様とお仲間の皆様、勝つために前線へと加わってください」
感情が振り切れて泣き出しそうになったクロードだったが、頭を振りすぐに真顔へと戻す。
「それはいいけど、作戦はどうなってんだ?」
「皆様は手練と聞いていますから、大まかな役割だけ伝えます。まず女性のお二人には、右と左の軍へと入ってもらいます」
「私とソフィアのことよね。わかったわ」
「りょーかい!」
「次にヨハンさん、貴方には中央でソレーユさんと共に敵の指揮官を狙ってください。魔国幹部の骨を操る魔族です」
「幹部か。任せとけ。ぶっ倒してやる」
「お前同盟国だろ」
「向こうも殺してくるんだろ。なら敵だ」
「単純なやつだな」
簡単な思考をしているヨハンに、思わず笑ってしまう。
「ミツキ様は中央に加わっていただきますが、その……」
「なんですか?」
「ここからは、僕の勘ですが……敵の幹部は1人とは思えないんです」
「もう1人いると?」
「勘って言うけどな、指揮官がそんなの信じたらダメだろ」
不安そうなクロードの表情に加え、勘という不確定なものを信じるのは難しい。
「僕ならそうします。敵国に攻めるのに、指揮官は2人、多くて3人は出します」
「俺は保険ってわけですね」
「ミツキほどのやつを保険ってな……」
明確な役割を持たせないことが不満なのか、ヨハンは渋るような反応を見せる。
「本来ならば、僕ごときがミツキ様に支持するなど不敬極まりないので、無視していただいても」
「いや、それで行こう。俺は基本的に中央で控えめに行動して、もし幹部がもう1人出てきたら倒す。任せてくれ」
「いいのか?」
「俺もお前も、指揮経験ならクロードさんより劣ってることはわかるだろ」
「まあ、そうだな。口出して悪かったな」
「い、いいえ! 初対面の僕の指示を聞いてくださり、ありがとうございます!」
2人は納得し、クロードは涙をぐっと堪えて口を引き締める。
「そういえば、ソレーユは?」
「先に行って戦っています」
「わかった。よし、行くか!」
4人はそれぞれ、指示された場所に向けて走り出した。
「あ、ミツキ様にさん付けをさせてしまった……くぅ」
緊張ゆえに、ミツキが去ってからそのことに気づいたクロードは、後悔に涙を流した。
* * *
「戦況は?」
「こちらが圧倒的に有利なのは変わりませんが、敵の防御も堅固で攻めあぐねています」
「ふん、時間の問題だ。すぐに征服してやる」
後方で指揮を執る魔国軍幹部、ゴルドは勝利を確信していた。
そもそも、戦力差が違いすぎる。
こんな場所は踏み台で、手早く首都を制圧、ジュア法国を手中に収める。
簡単なことだ。
「ゴルド様! ご報告が!」
「なんだ、騒がしい」
「炎姫が現れました!」
伝令の言葉に、その場にいた魔族たちの表情が一変した。
「そうか、来たか」
「行かれるのですか?」
「行かなければ全滅する。逆に、やつを殺せば俺たちの勝利は絶対になる」
「ですが、炎姫の実力は」
「あれの相手は俺じゃない。今回はこの時のために、やつを連れてきているからな」
「ああ、そうでしたな! 炎姫の絶望する顔が楽しみです」
「俺もだ。指揮は任せるぞ」
「はっ!」
指揮を部下に任せたゴルドは、法国への侵略を万全にすべく、自ら前線へと向かう。
* * *
「炎姫が来るぞぉ!」
「バラけろ、固まれば纏めてギャッ!?」
3つに別れた戦場の中央。
最も数的有利があったはずの魔国軍は、混乱に陥っていた。
「その名前は嫌いです。付けるなら、太陽に関連したものがいいですから」
その元凶、炎姫ことソレーユは2本の剣を自在に操り、1人突出して魔国軍の中を進んでいた。
もちろん、ついてくる味方はおらず四方八方は敵だらけ。
「死ねえええええええええええ!!!」
「邪魔です」
「ゴァッ!?」
襲い来る力自慢の魔族の棍棒を受け流し、右の剣のひと振りで首を切断する。
「水よ貫け!」
「鬱陶しいですね、効きませんよ。そんな魔法」
魔法で中距離から攻撃する者もいるが、それらは全て容易く回避される。
どれほど攻撃しようと、魔国の兵はソレーユの歩みを止める事が出来ていない。
「止めろ、止めろ! そいつは……魔法も何も使っていないんだぞ!」
そう、この敵に囲まれるという状況下でも、ソレーユは2本の剣を振る、その技術だけで進んでいる。
狙いは幹部のみ、ソレーユからすればそれ以外には魔力を使う必要がない。
「かなり奥まで来たと思いますが……」
「貴女が炎姫ちゃんねぇ?」
周りに幹部らしき相手がいないか辺りを見回した時、突然真横から声をかけられた。
「邪魔をしないでください」
悠長に喋りかけられるとは思わなかったが、関係ない。
同じように首を狙って剣を振り、切断して、
「あら、挨拶はするものよ。それがいきなり刃を向けるだなんて、ひどいじゃないのぉ」
「……斬ったと思いましたが」
今殺した敵が喋った。
そのことに初めて足を止め、声の主と向き合う。
「ゆっくりお喋りでもしましょう。そうねぇ、この戦争が終わりまでどうかしら?」
「お断りします」
筋骨隆々の人と見分けがつかないほど似通ったおねぇ口調の魔族に、ソレーユはこの戦争で初めて構えをとった。




