精霊建築士を手に入れました
朝日で目が覚める。
昨日は遅くまで起きていたせいか眠い。
窓際に置いておいた薬草はすでにみずみず葉が新しく生えていた。
この世界の植物たくましすぎじゃないだろうか?
水を与え、追加でいくつかむしっておく。
のそのそと着替え、宿屋裏手の井戸で顔を洗う。冷水で目が覚めた。
宿屋に戻って食堂に向かう。
席に着くと、チェルシーが駆け寄って食事を置いてくれた。
「お食事になります」
「ありがとう」
今日のメニューは塩スープと黒パンのようだ。
チェルシーは昨日の夜まで非常にびくびくと怯えていたが、どうやら荷物を落とした事を私が女将さんに告げ口する様子がないので安心したのだろう。
あの怯え具合からして女将さんは非常に怖いようだ。
もさっとしたパンを口にする。とても固くおいしくない。この世界にベーキングパウダーなどの膨らまし粉はないのだろうか?
料理スキルを手にしたいのでダメもとで聞いてみることにする。
「ねえ、食堂のキッチンで火元って借りれたりする?」
「え!?もしやお客様、料理人の職業の方なのですか!?」
すごく驚かれてしまった。
チェルシーの大きな声で宿泊客がこちらを見てくる。
「あ、ううん。ちがうんだ。料理したことないからチャレンジしてみたくて」
「そうなのですね。驚いてしまってすみません。料理人の方でしたらレストランなど自分のお店を開くのも夢じゃないですから。あ、女将さんに確認をとってきますね」
「お願いするよ」
パタパタと走っていくチェルシー
どうやらこの料理は、職業〚料理人〛の人が作っているわけではないようだ。
家庭で誰でも料理するだろうが、一般の食卓の基準がこれなのだろう。
黙々と口を動かすと、なんとか食べ終えた。
チェルシーが戻ってきた。
「今からでも構わないそうです」
「ありがとう。」
チェルシーに案内され、食堂奥のキッチンにお邪魔する。
熱気がすごい。
キッチンではエプロンを付けた男性が待っていた。ここの宿の料理長だろう。
「おう。坊主はなに作りたいんだ?」
「この食用ウサギのお肉を焼いてみたいんですけどいいですか?」
「おう。このフライパンを使いな。かまどの火が近いと焦げるから気を付けろ」
「ありがとうございます」
かまどのたき火で部屋が暑い。これは火加減が大変そうだ。
借りたフライパンに食用ウサギの肉を置く。
調味料セットの中の塩と胡椒のシンプルな味付けになるが、良いだろう。
中が半生になると嫌なので、遠めにフライパンを置く。あとは待つだけだ。
ひと段落ついたところで料理長が話しかけてきた。
「坊主は冒険者か?」
「はい。まだ駆け出しなので全然強くないですけど」
「へー頑張れよ!あ、もしダンジョンで火の魔石が手に入ったら俺に売ってくれないか?相場の倍の30デル払うからよ!頼む!」
このとーりだ!と必死にお願いしてくる料理長。ダンジョンで手に入るってますます早く潜りたい。
そういえば、ウッド家で雑用をさせられてた時にちらっと見た記憶がある。
ウッド家のキッチンをはかまどではなく、火の魔石を組み込んでいたように思う。
にしても2倍で30デルか。結構お高い。
ウサギ肉をひっくり返す。良い焼き加減だ。
キッチンをかりれたお礼もあるし、受けるのはありだろう。
「火の魔石ですね」
「ああ、余ったらでいいんだ。頼む!あれがないとオーブンが使えないだ!」
「わかりました。もし手に入れたらもって来ますね」
「恩にきる!これでかみさんとの記念ケーキを作れそうだ!しばかれずに済む!」
「いえ、キッチン貸してくださったお礼です」
ここでも女将さんか。恐ろしや。
裏面もよい具合にこんがり焼け、ウサギの肉のステーキができた。
一口。うん。ジューシーなステーキだ。
スキルカードを確認する。料理をしたことによって、職業〚料理人〛と〚調理加速〛を手にできたようだ。てっきり自動裁縫や、自動調合のように、自動調理が手にできると思ったら違った。
〚調理加速〛
下ごしらえと料理加工時間を短縮できる。
これはこれで便利だが、キッチン用品は一通りそろえなければいけないようだ。
朝ご飯を食べたはずだが、お肉はペロリとたえらげた。
さすが成長期。
借りた器具をかまど横にためてあった井戸の水で洗う。
火の魔石があるのなら、水の魔石もあるだろう。積極的に手に入れていきたい。お風呂が恋しい。
「料理長さん、ありがとうございました。」
「良いってことよ!火の魔石よろしくな!」
食堂のキッチンを後にした。
さ、今日もきびきび働こう。
冒険者ギルドに向かうと多くの人がダンジョンに入らず談笑していた。何かあるのだろうか?
薬草採取のクエストを完遂させるため昨日と同じお姉さんが座るカウンターへ向かった。
「こんにちは、薬草納品しに来ました。」
「あら昨日の!こんにちは。クエストの薬草5個、確かに受け取りました。少々お待ちください」
「あの、まだ薬草があるんですけど何度も納品可能ですか?」
「ええ、何度でも可能よ。薬草は消費されるからありがたいわ。いくつあるの?」
「30個です。」
「群生地でも見つけたの?すごい数ね」
子供らしくドヤ顔で報酬を受け取っておく。65デルだ。
一般に薬草を栽培して稼ぐことはされないのだろうか?
たった3株で薬草が10枚は手にできた。10株もあれば30枚はとれるので、1日60デルが簡単に稼げる計算だ。宿屋泊まり放題じゃないか。
「あ、そうそう。そろそろ奴隷商人がワープしてくると思うわよ。400デルもあれば成人奴隷が買えるわ。ろくな職業じゃないけれど、いざというとき盾ぐらいにはなるわ。あなたはまだ小さいのだからダンジョンへ行くなら気を付けてね」
良い情報を聞いた。
ありがとうございます!と子供らしく元気にお礼を言い、ワープポイント付近の壁でまつ。
成人奴隷が400デルっていうのは意外だった。
子供の奴隷はいくらなのだろうか?
連日薬草を納品するのは多少怪しまれるだろうがまあ良いだろう。
薬草を7株追加でとってくるか。1日30枚、60デル。
薬草だけで7日あれば成人奴隷を一人購入できる計算になる。
もっとも訳アリ商品ならより安いだろう。
多少怪我をしていてもポーションを使って治せばいいし、それで怪しまれても、奴隷は囚人の自由にしていいという事だ。堂々としていよう。
しばらくすると10人のぼろを着た奴隷をつれた商人たちが現れた。
ざっとを鑑定する。
商人は奴隷商人一人と、探索者が二人。探索者ジョブはワープできるようだ。
6人パーティを組んで飛んできたらしい。
奴隷の性別は全員男。年は10代から40代。職業は全員農民。種族はヒューマンとドワーフが半々だ。ドワーフを始めてみるが、背が低めなこと以外ヒューマンと変わらない。鑑定がなかったらわからなかっただろう。どの奴隷もいかつい顔に筋肉質である。
「この度も体力に自信のある奴隷を集めてまいりました。職業はすべて農民です。まずはこの大柄な男から!300デルスタートです」
「310!」「345!」「350だ!」
オークション形式のようだ。
大々的に冒険者ギルドで行うのだから公認なのだろう。
「410デルでが最高値打ちとなりました!」
落札した冒険者親指をかじり、奴隷の胸元にある円の紋章に血を付けた。
一瞬で紋章の色が赤から黒に代わる。あれで契約完了のようだ。
二人目の奴隷も390デルで落札された。
値段は400前後。受付嬢の言っていた通りだ。
一連の流れが分かったところで冒険者ギルドを後にする。手元のお金は400デルないので居ても意味がない。次にオークションに行くときは最低450をためてからだ。
雑貨屋でポーション用に小瓶を10個と、軟膏用に平たい瓶を3個、追加で薬草をとってくるためにバケツを10個購入した。
ポーションとハイポーションはそれぞれ20デルと60デルで販売していた。売るときの倍の値段だ。
かなりお高めなのでこの世界では貴重品なのかもしれない。
うーん、お店を開いて商売するのもありだな。
「坊ちゃんはいろいろ買ってくれるから5デルおまけして15デルでいいよ。」
「ありがとうございます」
なんかおまけしてもらった。ラッキー
一度宿屋に戻ってさくっと調合し、ポーションを8個、ハイポーションを2個、薬草軟膏を3つ作った。
出所を聞かれたら通りすがりの薬師に作ってもらったとでも言おう。
素材屋に売りに行くと案の定驚かれた。
「薬師のつてがあるなんてすごいね!?ポーションは1つ10デル。ハイポーションは30デル。薬草軟膏は1つ5デルでどうかな?」
「軟膏は5デルなんですか?」
「薬草軟膏は外相に塗ることしかできないからね。飲んで体内のも癒せるポーションよりどうしても安くなっちゃうんだ。どうする?」
なんということだ。水で薄める工程も薬師でないとできないようだ。
これからはポーションにして売るのが良いだろう。私的に水さえあればできる。井戸の水は使いたい放題だからタダだし。
「ポーション7個とハイポーション1個売ります。軟膏はとっておきます」
「まいどあり!ポーション7個で70デルと、ハイポーション1個30デルで、ちょうど100デルだよ」
1銀貨手に入った。銅貨よりも一回り大きい。
「布を買いたいんですけどおいてますか?」
「あるよ!ちょっと待ってね。今だとコットンが一番安いかな。1m幅で1m単位で5デルだよ。」
意外に安い。恐らく自動裁縫であれば余すことなく生地を使いきれると思うので購入するより安くすむだろう。
「とりあえず4m分お願いします。ちなみに一番高いのってどのくらいするんですか?」
「20デルだよ。毎度あり!一番高いのだとシルクの1m幅で1m単位で50デルかな。時期によって多少変動するけどシルクは不動だね。はい、どうぞ。」
コットンの10倍とはさすが天下のシルク。生産するとしたら植物のコットンにしよう。生き物を飼育するのは大変そうだ。
布を受け取りお店を後にし、
新しく薬草の株を得るために西門へ向かう。
最初に出会ったとき同様にシェスタさんとトルクさんが在中していた。
「シェスタさん、トルクさん、こんにちは」
「よう!クライマーじゃないか!元気にやってるか?」
「顔色良くなったな」
人懐っこい笑顔のシェスタさんと、大人な笑顔のトルクさん。眼福です。
「あーまだ奴隷は手に入れられてないんだな」
「はい。冒険者ギルドの奴隷は400デル前後だったのでまだ無理でした。」
「転移して販売する奴隷は高いからなー。よし、いっちょトトスタにある奴隷市場連れてってやるよ。奴隷市場なら最低で10デルとかから売ってるしな」
え、400デルの40分の1って何その破格。
「そんな安いんですか!?」
「ワープは〚探索者〛にしかできないからな。探索者を雇って移動販売するから結構高い」
「移動販売は、基本鍛えた選りすぐりの奴隷が連れてこられるからだいたい400デルになる。奴隷市場では、子供や怪我をしていて高値が付つかない奴隷も多いから安い。」
「シェスタの職業は〚探索者〛だから登録した街ならすぐ行けるから送り迎えしてやるよ」
なるほど。探索者ジョブはそれなりに少ないようだ。確かに遠くへ一瞬にして移動できるというのは大きな利点だ。
探索者ジョブ手に入れたいな。
「今からでも連れてってやれるけどどうする?」
「門兵の仕事は大丈夫なんですか?」
「ヘスカティアは平和だしな。なによりトルクがいるから問題ない!」
わははっと警戒に笑い飛ばすシェスタさん。確かに危険なモンスターもいないし一人で問題ないのかもしれない
「おー行ってこい。けど今晩お前のおごりな。」
「うげっまじかよ。まあいいけど」
「え、悪いですよ。連れて行ってもらうの私ですし、私がっうわっ」
「子供が気にすんなって!」
わしゃわしゃと大胆に撫でられる。無骨な男性の手だ。
今世では父にこんな風にスキンシップをされたことがない。
前世の父も静かな寡黙なひとだった。大分記憶がおぼろげで、ちょびっと涙がにじんだのは内緒だ。
ワープでは移動時に衝撃ですっころぶ人が多いとのことでシェスタさんに抱き上げられる。
目線の高さが一気に上がった。
シェスタさんは185㎝くらい高身長なのでなおの事見慣れない光景にテンションが上がる。
そんな私に微笑ましくみてくるシェスタさんとトルクさん。
ぐっしょうがないじゃないか。こんな機会なかなかないんだぞ。
「クライマー軽いな。ちゃんと飯食ってるか?」
「食べてますよ?」
あ、でもお昼はすっぽかして食べてない。お腹が空かないのだ。別にいいだろう。
「きちんと食わないと背伸びないぞー」
「ぐっ」
背が伸びないのは嫌だ。これからはきちんと3食食べます。
「よし、そしたら飛ぶぞ。」
「お願いします」
初めてのワープにちょっと緊張する。失敗して体が分散するなんてことはないと思うが怖い。
シェスタさんの上着をぎゅっと握る。わ、ワープが終わるまでだ。
頭上から聞こえた笑いをかみ殺した声とともにジェットコースターの落ちるときのような浮遊感が来た。
次に着地の衝撃。
浮遊感やばい。
私はジェットコースターがダメなんだ。あの落ちるときの浮遊感とかもう、無理
「ついたぞ。気分は?っと顔青いな。」
「ちょっと浮遊感が」
「そうかそうか。浮遊感はトルクも苦手って言ってたから気にするな」
落ち込んでいると思われたのか、ぽんぽんと優しく背中をなだめられた。
「ちょうどいい、人さらいにあったら大変だしこのまま市場を進むぞ」
「え」
「クライマーみたいに金髪でかわいらしい子供は人気だからな」
「」
「今日は俺がいるから大丈夫だ。絶対離さないから、な?」
絶句していると大丈夫大丈夫となだめられる。
浮遊感と人さらいのダブルパンチで上着を握ったままの手がますます離せなくなった。
何かあって置いていかれたら怖すぎる。
そういう状況は来る前に知りたいものである。
転移先の冒険者ギルドを出ると、レンガ作りのヘスカティアとは大きく異なる木造建築が並んでいた。屋根には瓦が敷き詰めてあり和の雰囲気だ。畳とかあったら懐かしいな。
ここトトスタは奴隷市場があるせいか、至る所に奴隷を見かける。
積み荷を運ぶ子供たちや、店先で給仕をしているお姉さんも胸元に奴隷紋があった。
犬のような耳が生えていたり、皮膚の一部が鱗だったり種族はヒューマン以外も多い。
「トトスタは各町から奴隷が集まってくるからいろんな種族がいるんだ。」
「シェスタさんも奴隷を?」
「ああ、一応な。家で家事をしてもらってる。と言っても兄の子供でな。兄が借金残して奥さんと蒸発しちまって自分の体しか売るもんが無いってことで奴隷になった子だ。何度か面識があってほっとけなかったから即引き取ったんだ。一応は奴隷って身分だけど家族だよ。」
「奴隷から解放する方法ってないんですか?」
「一度奴隷になると最低でも10年は奴隷紋をとることができない。あと7年は無理だな」
「そうなんですね」
蒸発した兄夫婦の子供を代わりに育てると決意して実行に移すなんてすごい。
私も彼のやさしさでかなり助かっている。
いつか恩返しがしたいな。
そのためには早く土地と借りて家を建て、生計を整えよう。
「土地の価格帯ってどのくらいなんです?」
「土地?街の中では建物しか売ってないぞ?街の外の土地自体は未開拓の地なら10デルもしないで売ってるけど」
「10デル!?安すぎませんか?」
「安全な街中ですめるのに、わざわざ街の外に一般人はすみたがらないよ。それに家を建てるのがかなりお金がかかる。モンスターが出る場所で建築したいと思う人はいないからね。冒険者は活動場所が転々とするからマイホームは基本持たないよ。維持費もかかるし」
「そうなんですね」
家を建てる問題さえクリアすればいいのなら話が早い。
私は自動裁縫や自動調合のスキルを手にできた。なので、恐らくだが〚自動建築〛というスキルがあるはずだ。もしくはそれに近いスキルを手に入れられれば夢のマイホームが現実だ。
そのためにも信頼できる部下として奴隷を手にせねば。
「家ができたら招待しますね!」
「楽しみにしているよ。さ、ここが平均20デルぐらいで奴隷を扱ってる店だ。店先で待ってるからじっくりと見てくるといい。」
「はい」
大きな窓ガラスの向かいでシェスタさんが待っていてくれる。
さすがに店内で人さらいは出ないだろうし、姿が見えているのなら安心だ。
店内は30畳ぐらいで、奴隷たちが分けられて座らされており、一応に新しい主人になるかもしれない私をじっと見てくる。
「いらっしゃいませ。どのような奴隷をお探しですか?」
店主らしきおばあさんが出てきた。
「初めての奴隷となる子を探しに来ました。」
「まあ、そうなのですね。冒険者さんで?」
「ええ、まあ」
適当に話を合わせつつ、とりあえず鑑定を使って選別していくことにした。
何かの動物の耳やしっぽが生えている獣人系から、耳がとがったエルフに、ドワーフ、エラや鱗のある魚人系。一通り見て分かったのが皆顔に大きな傷跡があったり、口がきけなかったり、足が動かなかったりと冒険につれてはいけないものばかりだ。
「ここにいるものたちは皆一度主人を得ているものたちです。怪我をして戦えなくなった者たちが集まっております。最低限の家事は出来ますが、気になったものはおりますか?」
店主に尋ねられ、ぐるりと見まわしつつ、状態と値段を聞いてみる。
「あの魚人は漁師です。片方の肺をダメにしており、激しい運動ができません。14デルです。」
「その猫科の獣人は農民です。耳が聞こえず、目も悪いです。11デルです。」
「このエルフは遊牧民です。左足と左腕が動きません。10デルです。」
話の通り戦闘ができない奴隷ばかりだ。その分非常に安い。
皆ハイポーションを10本も飲ませれば治りそうな奴隷ばかりだ。
だからこそ、売られたのだろう。
ハイポーションは1本60デル。7本も使ったら420デルとなる。冒険者ギルドの競りでの奴隷価格は400デル。治すより強い戦闘特化の奴隷を手にした方が普通の冒険者にとってはお得だ。
私は上薬草さえ手に入れば作りたい放題なので関係ない。
沢山の奴隷たちの中でも今最もほしい職業を持った奴隷を見つけた。
〚奴隷:セル〛
精霊 24歳 男
建築士Lv.13
スキル
大工加速
建築士だ。スキルに大工加速とある。素早く鑑定する。
〚大工加速〛
建築、工事、家具大工の制作時間を短縮できるスキル。
これは購入すべきだ。
ほしいとわかると値上げされかねないので他の奴隷たちと変わらないトーンで質問する。
「あの精霊は建築士です。ですが両腕をけがしており、何も握ることができません。10デルです。」
安い。買いだ。
「あの子をもらおう。」
「スキルを活かすことができないですが、大丈夫ですか?」
「薄い金髪が気にいりました。観賞用に家に置きます。お題です。」
「……あのお客様、頂いた代金が多いのですが」
私が渡したのは15デルだ。5デル多いが、これからも運用する予定なので先行投資だ。
「このお店を気に入ったので。奴隷契約をしても?」
「あ、ありがとうございます!契約を行います!こちらに来なさい」
奴隷商人が慌てて呼び寄せる。
セルは怯えた顔でしかし、ゆっくりと目の前にひざまずいた。服は粗末なワンピースタイプのようだ。
セルは奴隷紋のある胸元部分をあけようとするが、指先がきちんと動かないためうまくいかない。
焦り始めるセルの手をそっとどけ、かわりに開ける。
ダガーで自身の親指を切り、セルの赤い奴隷紋に血を付着させる。
奴隷紋が黒く変色したので契約はこれで官僚のようだ。
付着した血は紋章に取り込まれたようで、服が汚れることもない。
契約完了後パーティメンバーにセルが追加された。
胸元を戻してやり、セルと目を合わせる。
「も、申し訳ありません」
「手元が不自由なのは聞いていたからね。そう怯えなくていい、こんな事で怒ったりしないよ。」
威圧的にならないように話しかけるとセルはそっとつめていた息を吐いた。
声は男性にしては高めのテノールだ。
「さ、私が今日から君の主人だ。名前はクライマーという君は?」
「セル、と申します」
「よろしくね、セル。早速だけど顔色が悪いね。これ飲んで」
アイテムバックからポーションを取り出し、セルに差し出す。
「よ、よろしいのですか?」
「うん。帰る途中で倒れられたら困るからね」
「……ありがとうございます。ですが、あの」
「……?」
セルはおろおろしてなかなかポーションを受け取らない。
毒とでも思われてるのだろうか?
ああ、そういえば、手が不自由だったんだった。
「ものを持つのが難しいんだっけ。飲ませるから軽く上向いて」
「……っ」
セルはおとなしく顔をあげ口を開く。
そこにゆっくりとポーションを流し込む。
むせたりせずにすべて飲み切った頃にはセルの顔色はだいぶ良くなっていた。
セルを立ち上がらせふらつきなどないか確認する。
うん、大丈夫そうだ。
「よし、いこうか。また来ますね」
「お待ちしております」
セルの手を取って待ってくれていたシェスカさんの所に行く。
セルの足取りは安定しており、宿まで問題ないだろう。
「シェスカさん、お待たせしました。」
「お、無事購入できたみたいだな。良い職業だったか?」
「はい。彼はセルって言います。職業は大工です。体を治療した後、家を建ててもらう予定です」
「おおっよかったじゃないか。お前もよかったな。クライマーは優しいやつだから、安心だぜ?」
セルはシェスタさんに気さくに話しかけられ、びっくりしつつも、小さな声で「はい……」とほんのちょっぴり微笑み答えた。
え、何その年上のお姉さんがドスドス落ちそうな表情。
ぐっ私が女だったら危なかった。どこかはかない系のセルは磨いたら絶対お姉さんほいほいになる。
「もういいのか?」
「はい。」
「そうか、まあまた来たくなったら連れてきてやるよ」
「ありがとうございます!」
シェスタさんなんて優しいんだ。お礼を考えておこう。
私はトトスタに来たときと同様にシェスタさんに抱っこしてもらい、セルは手を握ってヘスカティアの冒険者ギルドへと飛んだ。、
浮遊感にダメージをうけたが、1回目よりはましだった。
セルは全然大丈夫なのか、顔色ひとつ変わらない。
「クライマー、大丈夫か?」
「はい。なんとか。」
そっとおろしてもらい、お礼を言う。
「あ、土地についてはあのカウンターで聞くといい、建築資材も扱ってるから参考にあると思う。じゃあ俺は仕事に戻るから」
「近いうちにおいしい手料理もっていきますね!」
「楽しみにしてとく!」
手を振り冒険者ギルドを後にするシェスタさんを見送った。
私は土地について教えてもらうために、セルを連れてカウンターへと向かう。
「すみません。土地が欲しいのですが」
「あらこんにちは、土地は街から離れれば離れるほど安くなるわ。街の西側は貴族の別荘が多いからそれ以外の方面であれば大丈夫よ。この杭を中心にの半径周り100m単位で土地認定されるわ。杭を打ち込んで建築士と相談して土地の広さを決められるの。建築士の貸し出しは土地測量に1回に就き10デルよ。必要かしら?」
「いえ、私の奴隷が建築士なので必要ないです。」
「そう。土地認定が終わったらその土地は予約された状態になるわ。予約から1週間で冒険者ギルドにお金を払いきれば杭は消え、代わりにあなたの私有地となって他人が無断で入ることを禁止できるわ。何か聞きたいことはある?」
「建築材料も扱ってると聞きましたがいくらですか?」
「平屋の木材建築用で3万デル。レンガ造りで4万デルってところね」
宿屋40デルを日本円で2万円と仮定すると、3万デル……6000万円か。
1件家を建てるときとそう変わらない料金が資材だけでかかるようだ。
これは資材は購入せずに、木こりをするのが一番かな。
悩んでいると、セルに袖を引かれた。
「マスター、私のスキルで森に生えている原木を木材に簡単に加工できます」
「ほんと?森に生えている木って勝手に切ってもいいんですか?」
「それだったら、森を開拓する手伝いを募集してるクエストがあったわ。エリア内で手に入れたものは自由に持ち帰っていいそうよ。もちろん達成報酬も出るわ」
木材が手に入って、エリア内のもの持ち帰り自由で報酬も出るとか一石二鳥、一石三鳥じゃないか。
「うけます!」
「はーい。このクエストを達成したらFランクからEランクに昇格できるわ。頑張ってね」
クエスト受注を終わらせ、セルを連れ立って冒険者ギルドを後にする。
原木さえも加工できてしまうとはなんてすばらしいんだ。セル、すごいぞ。
「建築士は原木加工もできるんだね。」
「はい。建築にかかわることと、家具などでしたら材料があれば作れます。」
「君はすごく有能だね。これからよろしくね。」
「よろしくお願いします。マスター」
そう、答えが返ってきた。
まあまあ打ち解けたところで宿屋前につくと、セルが上を見上げている。
2階窓には私が置いておいた薬草がみえた。結構目に入る。出るときはもう少し窓から離しておくべきかもしれない。
「ここが今泊まっている宿だ。行くよ」
「はい」
セルは部屋につくまでずっとソワソワしている。
宿屋がそんなに珍しいのだろうか?
部屋に到着した。
「ここが部屋だよ。さ、入って」
「はいっあの、あの植物はマスターが?」
元気よく室内に入ったセルが真っ先に薬草の植木鉢に駆け寄った。
扉を施錠してベッドに薬草など荷物を広げ、調合の準備をする。
「そうだよ。その薬草は私が育てているんだ」
「そうなのですね……とても、美しいです。薬草がこんなに喜んでいるのをはじめてみます」
セルはうれしそうに薬草を見つめている。
たしかにその薬草たちは森からつんできてからも元気いっぱいだが……
「えっと、どういう事?薬草の気持ちが分かるの?」
「はい。私は森の精霊なので植物の状態が分かります。この薬草は非常に良好で生き生きと喜んでいます。」
種族が影響しているようだ。
精霊の中でもセルは森の精霊という種族らしい。
細かい分類は奴隷商人もわかっていないようだったし、まあいいか。
「そういうものなんだね」
「はい。ほかにも水の精霊であれば川の状態などが分かるようです」
「もしかしてなんだけど、原木を得るためにに木が悲しんだりするの?」
「いえ、悲しむのは、目的もなく燃やされる等のときですね。山火事とかは森全体が悲しみにくれます」
「そう……薬草を何枚かとってくれる?薬にするから」
よかった。これで木が悲しむから伐採できないとかになったら本末転倒だ。
セルがむしった薬草と上薬草を受け取り、ベッドに座るように指示する。
「まずは君のけがを治してしまおうね。これから見ることは他言無用だ。外での私の職業は狩人だ。いいね?」
「はい。マスターのことを誰にも他言しないと誓います」
「うん」
約束させたのでこれで情報が漏れることがなくなった。
自動調合で一気にハイポーションを作る。
「薬草調合!マスターは複数の職業をお持ちなのですか?」
「うん。そんなところ。ばれると面倒だから黙っててね。はい、口開けてじゃんじゃん飲んで」
コップに作ったハイポーションをセルの口元に差し出す。
迷わず飲み干すセル。
こうしていると、親鳥になった気分だ。
セルは黙々と飲み干し、3杯目を飲み切ったあたりでセルは自分でコップを持てるようになった。
「大分回復してきたね」
「高級なお薬をありがとうございます」
「君には大きなお家を立ててもらう予定だからね。さ、直しきってしまおう」
「期待に応えられるよう頑張ります」
合計10杯飲んだあたりで、セルの手は全開した。
手こずっていた胸元のボタンも難なく開け閉めできるようになった。
「手が、指が……動きます!これでまた大工として……っもう二度と握れないと思ってました」
感極まったように涙を流すセルのほほをタオルで優しく拭ってやる。
「これから私の下でその腕存分に生かしてくれ」
「はい!この恩は一生忘れません!マスターのために死力を尽くします!」
そこまで言われてうれしくないわけがない。
セルの輝かしい笑顔がまぶしい。
セルの腕を存分に生かせる職場を作ろうと決意する。
やせ細っていたセルのほっぺも程よくお肉がついて健康体だ。
やはり、ポーションを飲むと栄養不足も解消できるようだ。
セルはもともと整った顔をしていたけど、生きる目標ができると印章がまた変わってくる。
お姉さんキラーになるな。変な貴族にとられないようにしよう。
続いてセルのためにコットンの布で服を作る。いつまでも販売時のぼろきれを着せておくわけにはいかない。
Yシャツに7分丈ズボンと身軽さを重視したものだ。
作りたいものを簡単に思い浮かべるだけであとは自動裁縫がやってくれるようだ。
「これに着替えて」
「よろしいのですか?」
「セルには存分に働いてもらうからね」
「はい!」
ぼろきれを脱ぎ渡した服に着替えたセルはぱっとみまったく奴隷には見えない。
動きを確認したが、サイズは問題なさそうだ。
セルは長身だからどんな服でも映えそうだ。服飾を始めたら歩く広告塔にもなってもらうか……
はっいけない。何はともあれ、まずは家だ。
午後はこのまま木の伐採クエストを消化しにいこう。
どれくらいかかるかわからないが、アイテムバックを複数渡して任せてしまうのもありだな。
アイテムバック小をセルに渡しておく。
「このアイテムバックを装備して。加工した木材を入れてね。いっぱいになったらすぐに教えてね。次のアイテムバック渡すから」
「貴重なアイテムバックを複数持っている冒険者はなかなかいません。流石マスターです」
セルはにこにこと装備する。
うん、セルがちょろすぎて心配だ。
「変な人についていったらダメだからね?」
「?はい。マスターにしかついていきません!」
お読みいただきありがとうございます