チーズフォンデュもどき
「セルただいまー」
「おかえりなさいませ」
家前で待っていたセルの案内で、寮の風呂に向かった。これから生活するうえで見聞きすること、施設内容、人員など口外しないことを厳命し生活魔法でお湯を満たす。お風呂場は広い大浴場といった形だ。石材加工で石のマーライオンを壁に設置して口元からお湯が出る様に設計した。かけ湯である。これでいつでも誰でも自由にお風呂に入れるようになった。
ざわつく新人たちをなだめて、お風呂の入り方を説明する。
「この洗い場で体の汚れを落としてから湯船に浸かる事。この桶でお湯を汲んで流してね。タオルは各自渡ったかな?仕事が終わったらいつでも自由に入っていいからね。ただ長く浸かるとのぼせて溺れるから死にたくなかったらはじめは無理せずに浸かる事。今日は私が魔法で綺麗にしちゃうから治療が終わったら、そのまま入っちゃっていいよ。」
セルたちに手伝ってもらってハイポーションをがぶ飲みさせる。
皆一様に回復に喜び、抱きしめあっていた。ありがとうございます!と嬉しそうにしてくれてハッピーだ。
回復が終わったので男性陣の事をエスカテ、キャストルク、デリアスに任せて、私はセルと女性陣をつれて女性専用のお風呂場へと向かう。今回契約した子たちはほぼ男性だったので男性風呂の方に案内したのだ。料理人のドワーフと、暗殺者二人は女性だ。最も暗殺者の二人は女の子って歳でパッと見短い髪も相まって男の子に見える。私も鑑定が無かったら勘違いしていただろう。不思議そうにする男性陣に一応釘を刺しておく。
「この方たちは女性ですので一緒のお風呂に入れませんよ。ちなみに、男女寝室も分かれていますので無断で侵入しないように。下手な考えを起こしたら私が女の子にしてあげますからそのつもりで」
にっこり告げると、男性陣は股間を抑えてコクコクと頷いた。これで無理やり関係を迫ってくる輩は居ないだろう。ただでさえ少ない女の子を傷つけたらお姉さんが許しません。前世の私からして初めて親しくなる予定の同性だ。全力で守る。欲を言えば着飾りたい。甘いものを食べさせて笑顔にしたい。斜め上に思考が飛んでいるとお風呂場についた。マーライオン2号を壁に取り付けて生活魔法をかける。
「入り方は一緒だからゆっくりね。何かあったら私かセルにすぐ言ってね?あ、勿論不用意に男性の寝室とか近づかないようにね。自衛大事。上がったら1階に来てくれる?食堂でご飯作るから」
「「はい!ありがとうございます。ご主人様」」
「すぐ向かわせていただきます」
「ゆっくりでいいからね。あ、風呂場で何かあったらこの鐘を鳴らしてね。私もセルも男だから緊急事態の時にしか近づかないから声だと届かないと困るからね。服はそこの筒に投げ入れて、1階の洗濯場に届くようになってるから。服は洗って置いておくから、朝とりに来る事。自分で洗いたかったらそれでも大丈夫。じゃあごゆっくり~」
頭を下げる3人を背後にそそくさと浴室を後にする。
「さすがはマスターですね。もうすでに心を開かせるとは素晴らしいです」
「そう?祝福のおかげなんだけどね。あ、そうだ!次の休みにシェスタさんたちを招待することになったんだ。あとパン屋さんを近々に開こうと思ってシェスタさんの甥っ子さんに接客を任せる事になったんだ」
「シェスカさんの甥っ子さんを店員にですか。とても頼もしいですね。そしたらお店を明日立ててしまいますね。今日は何を作られるんですか?」
「よろしくね。今日はねチーズフォンデュもどきを作る予定」
「ちーずふぉんでゅもどき?」
「えっとね、ほんとは鍋でトロトロに溶かしたチーズに野菜やパンをつけて食べるんだけど、戦争になりそうだから野菜とかパンそれぞれ分けてから、チーズをかけて出そうと思って。手伝ってくれる?」
「とてもおいしそうですね!勿論お手伝いさせてください!」
奴隷紋は簡単に破ろうと思えば破れるとエスカテに教えてもらったので、今後重要になるパンだねやチーズフォンデュを作るまでは屋敷の方のキッチンで料理することにした。野菜などは特に工夫もいらずカットして茹でるだけなので寮のキッチンで行う予定だ。セルに大なべに大量の牛乳を持ってきてもらい、塩片手にスキル料理加速でやらわかめのチーズにする。火をつけ温めつつ、調味料で風味づけてチーズフォンデュは完成だ。
パンだねも小麦とココポットから採れるドライイーストでふわっと仕上げ、向こうで焼くだけの状態にする。
セルと二人で寮のキッチンへと運び入れパンを石窯に並べていく。その間セルは慣れた手つきで野菜をカットしてお皿に並べてくれている。とろ火で煮込んでいるチーズはとても良い香りでお腹が空いた。
焼きたての食パンをちぎってチーズにつけ、ふうふうと冷ました後セルの口元に運ぶとキョトンとしている。
「つまみ食いは料理番の特権だよ。あーんして」
「ふふ、それでは頂きます」
屈んで、私の手にあるチーズフォンデュをぱくりと口にしたセルは美味しそうに咀嚼して飲み込むと抱き着いてきた。
「滑らかなチーズにふわふわのパンはとても絶品です!!とても美味しいですマスター!」
「口に合ったようで良かった。野菜も食べてみる?」
茹であがった小ぶりのブロッコリーにチーズをつけてセルの口元に持っていこうとすると別の人物に食べられた。ぎょっとするとそこには風呂上がりのデリアスが口端についたチーズを舐めとっていた。
「これはうまいな…」
「デリアス!びっくりするでしょ!?」
「んーあんまりにも美味しそうな香りだったからつい?」
「……料理番の特権を…あなたという人は…先に自分だけ入浴を済ませておいて…」
「わ、悪かったって!あーほら、お前はマスターとお風呂入るだろ?俺はお邪魔だと思ってさ気を利かせて先に浴びてきたんだよ、な?」
「そういう事であれば良いでしょう。さ、手伝ってください。後ろに立っている貴方たちもです」
一触即発の雰囲気を一転させ、セルはてきぱきと指示を出していく。
厨房入り口にはお風呂上がりでホカホカとした料理人の二人が立っていた。
「後でまた紹介するんだけど、こちらはセルとウルデリアス。君たちのまとめ役でリーダーだね。自己紹介お願いできる?」
「お初にお目にかかります。この度ご主人様に料理人として購入して頂いたドワーフのリリと申します。」
「お初にお目にかかります。同じく購入して頂いたダークエルフのフフリと申します。」
「2人ともよろしくね。リリは足治ったようで良かったよ。フフリもお腹の怪我で不調はない?」
首を横に振ってぺこりと頭を下げる二人によろしくね、と挨拶をする。ドワーフのリリは25歳女性で足を引きずって歩けなかったようだが、動きからして問題なさそうだ。動くたび黒い艶やかな髪が揺れる。
ダークエルフのフフリは16歳男性でお腹に外傷を折っていたが、内臓もきちんと治ったようで安心だ。この子も長い白髪だ。
「2人とも、ちょっとこっちきて座って」
厨房から出てすぐの椅子に座ってもらい、謎めきつつ従ってくれた二人の髪をそれぞれ編んでいく。さくっと長い髪を編み込んで結い上げ、仕上げに白い木で簪を作ってとめる。2人とも長い髪がすっきりしたので料理しやすいだろう。食堂には何人か戻ってきており、チラチラと此方を見つめている。
「よし。もう動いていいよ。料理するのに大変だと思ったから編み込んじゃった」
「これは…」
「素敵です!お姉さまっ」
「ご令嬢のようです!お姉さまっ」
編み込み終わったと確認するや否や女の子2人が駆けてきて、リリをお姉さまと呼んで褒めちぎる。
こっちの女の子もオシャレ大好きなようだ。
「2人も髪が伸びたら結ってみるといいよ。あとでやり方教えてあげる」
「「ありがとうございます!ご主人様」」
きゃっきゃと嬉しそうにしてくれる姿めっちゃ和む。とても闘技場で戦っていた過去を持つようには思えないなあ。
「フフリも教えてあげよう」
「!ありがとうございます!」
ずっと黙っていたけど嬉しそうに口元を緩めて、ソワソワしていたフフリもお洒落さんだったようだ。
「そしたら、料理人の二人はお夕飯づくり手伝ってくれる?二人も運ぶのお願いしていいかな?」
「「喜んで!」」
キャッキャッと厨房に戻るとセルがお皿を並べていてくれた。セルはフフリとリリの変化に気が付くとにこやかに声をかけてきた。
「素敵な髪飾りですね」
「セルもいる?セルは所作が綺麗すぎて髪の毛全然気にならないよね」
「そう言ってもらえてうれしいです。…髪飾りはちょっとほしいです。結ってくださいますか?」
「勿論!」
「ここは任せていいから、マスターは厨房でそのまま待っててくれ」
「デリアスありがとう!あとでデリアスにもあげるね」
言い逃げよろしく盛り付けなどデリアスに任せて、セルの手を引いて厨房を後にする。
可愛らしくお願いされちゃったので薄い青い色の石を付けた簪を作り、結い上げまとめる。
セルの薄い白金の髪に水色はよく映える。それに―――
「セルの髪良い匂いするね。はい。完成」
「ありがとうございます。自分でどうなってるのか見えないのが残念です」
「鏡は手軽に手に入らないもんね」
ウッド家でも母の部屋の化粧台にあったくらいで、貴族でも手を出しずらい高級品だ。
気軽に打ってもいないし、自身で作ると言っても。
鏡の作り方はよく知らないんだよなあ。溶かした銀と銅の幕を張ってどうたらこうたら…こればっかりは難しそう。ガラスはあるから金属が手に入ったら試してみようかな。多少いびつでもいいだろう。
「マスター、お食事です」
「ありがとう!」
気が付いたら皆席について食事を前にソワソワとしていた。
とりあえず、食べる前に軽く挨拶をする。
「改めまして、君たちの主となったクライマーだ。今日はみんなお疲れさま。湯船で温まれたようで何よりだよ。お腹が空いてると思うので、挨拶もほどほどにして。君たちの活躍を願って、乾杯!」
「「乾杯!!」」
お酒ではないけど気分は上々だ。とろーり溶けたチーズにそれぞれ大盛り上がりだ。こんなふわふわのパンを食べたことない!など和気あいあいと話が進む。新人8人とも大分馴染めたと思う。
一息ついたところで自己紹介タイムとなった。セル、デリアス、キャストルク、エスカテ、リリ、フフリと終わり次は女の子二人だ。
「職業暗殺者で、名前はアンリって言います!」
「同じく暗殺者のアメリアです!」
「「ご主人様の為に命を捧げます!」」
バッと格好良く決める二人に周囲は大盛り上がりだ。
それに負けじと男の子が立ち上がる。
「僕も暗殺者としてマスターをお守ります!」
「名前言い忘れてますわよ」
「あ、アスって言います…」
「アスはおっちょこちょいですねえ」
ドッと笑いが起きる。暗殺者3人は同じ闘技場出身の14歳で幼い頃からの周知の為仲良しだ。
3人には警備を任すつもりだが、仲の良い分良い連携も見せてくれそうだ。
「次は俺だな。マスターに牛飼いとして購入されたウォリアスだ。満足に耳が聞こえるってのは良いもんだ。マスターのためにしっかり働かせてもらう」
ウォリアスはエルフの34歳男性だ。ダンジョンで狩りだされていたが、両耳が非常に聞こえずらい事に加えて平衡感覚も取りにくかったらしく、戦闘には役に立たないと売られたんだとか。とっても気さくなおいちゃんって感じだ。キャストルクとも良い仲になるだろう。
「俺はトトって言うっす!猫人族な分、漁は得意っす!あ、漁師として頑張るので、お魚貰えたらもっと頑張っちゃうっす!」
トトは猫人族の17歳男性。耳がピンと伸びており、長い尻尾がゆらゆらと揺れている。元気いっぱいなお調子者青年だ。御魚につられて不審者についていかないかちょっと心配になってしまう。
「俺は農民として買われたノードだ。不束者だがよろしく頼む」
「それどこの嫁入りっすかー!まじ面白いっすー!」
「む?そうか?それななによりだ」
「何よりってっまじウケルっ」
最後は犬人族のノードだ。固い印象を受けるが丸まった尻尾が感情丸だしなのでギャップも絵がすごい。品種は絶対柴犬だ。忠誠心熱そう。
トトととても楽しそうに会話している(尻尾で判断)
「にぎやかですね」
「だねー。んーお腹いっぱいだ」
お腹も膨れたので眠くなってきた。生活魔法で明るくしているがもう良い時間だろう。
「後は俺らで説明しておくからマスターはもう休んどけ。」
「いっぱい働きましたもんね。良い夢を」
「セルさんもゆっくりお休みください」
「あーありがとう皆。じゃあよろしく頼むよ。おやすみ」
「皆さん後をお願いしますね。おやすみなさい」
デリアス達が色々と説明をしてくれるそうなので、お言葉に甘えて先に休むことにした。
しょぼしょぼする目をこすっているとセルに抱き上げられる。普段であれば恥ずかしさとか出てくるけどそれよりも眠い。非常に眠い。
「今日はお風呂どうされますか?」
「お風呂は、起きてる自信ないから、生活魔法できれいにしちゃう」
「了解しました。このまま寝室に向かいますね。寝ても大丈夫ですよ」
「そう…?じゃあおねがいしようかな」
「はい。おやすみなさいませ」
「うん…おやすみ、セル」
心地よい揺れに身を任せて意識を落とした。
お読みいただきありがとうございます




