奴隷紋の意味
腰にタオル一枚とマナー的にアウトだが、セルがおぼれたら大変だ。
「デリアス!デリアスちょっときてー!セルがのぼせちゃったみたいで緊急!」
階段下から声をかけるとバタンッと扉が閉じる音がしてデリアスが下りてきた。
「セルがのぼせたって、うおっ」
「あーこんな格好でご免。でも溺れちゃったら大変だから緊急事態!早く!」
腰にタオルっていう装備の私に驚くデリアスの服を引っ張って早く早くと、風呂場にせかす。
浴槽の淵に顔をうずめているセルにデリアスとともに駆け寄る。
「セル大丈夫?デリアス呼んできたから」
「あー、マスターここは俺に任せて、早く服を着たほうがいい。風邪ひくぞ」
「うん。デリアスごめんね、セルをお願い」
私にできることはないので言われた通り、浴室でて服を着る。
一人でぐったりしたセルを着替えさせるのは大変だと思うので、キャストルクとエスカテにも声をかけようと廊下に出ると騒ぎを聞きつけたのか、2人は階段から降りてくるところだった。
「マスター何かあったのですか?」
「セルがのぼせちゃって、デリアスに介抱頼んだんだけど、一人じゃ着替えとか大変だから手伝ってあげてくれる?」
「それは大変ですね。お任せください」
「僕はお水を用意しますね!」
「うん、頼んだよ」
エスカテが浴室に向かい、キャストルクは水を用意しにキッチンへ向かった。
私はセルのベッドに氷枕を作成する。布団もタオルケットの方が良いだろうと避ける。生活魔法ですぐ作れてしまったので準備はあっという間に終わってしまって手持ち無沙汰だ。
初めてのお風呂なのだからもっと気にかけてやればよかった。と反省しているとノックとともにエスカテが扉を開け、デリアスがセルを腕に抱えて入ってきた。
さっと避けて、ベットに寝かしてもらい、ぐったりしているセルにタオルケットをかけて声をかける。
「セル、大丈夫?」
「はい、枕が冷たくて気持ちいいです。皆さんありがとうございます」
顔全体から頬のみと赤みは減ったので幾分か回復したようで安心した。
キャストルクが差し出したお水をセルはごくっと飲み干し瞼を閉じる。
「デリアス達もありがとうね」
「いや、まあなんだ。長風呂は気を付ける事にするさ」
「ふふ、デリアスが倒れちゃったら動かすの大変だね」
「ウルデリアスさんが倒れたら僕が運びますから安心してください!」
「私は逆に頭から湯船に連れ込まれそうです。」
肩をすくめるデリアスに、頑張ると言うキャストルク、冗談を言うエスカテ。
私一人ではどうなっていたか、大変助かった。
「皆のおかげで助かったよ。セルは私が見ておくからお風呂入ってきてーーと、新しく生活魔法を覚えたんだ、体をきれいにするやつなんだ」
「生活魔法……?まあ、お願いしよう」
「了解そしたらそのまま立ってて、服もついでに洗っちゃうね」
三人に生活魔法をかけると、髪がつやさらになり服のしわも伸びたので無事かかったのだろう。
「これは、とても便利ですね!」
「服も新品のようにきれいです!すごいです!マスター」
「ヨゴレとかは落とせるんだけど、湯船に浸かる気持ちよさは感じられないからねえ」
「湯船ってそんなに気持ちいいんですか?」
「疲れが吹き飛ぶからおすすめするよ」
最初は遠慮してたが、私の言葉も相まって3人は順番に入浴すると決めたようだ。
「ありがたくお風呂を頂こう」
「セルさんは僕が見ておきましょうか?」
「ううん、大丈夫。皆もさっぱりしたら休むといいよ。私は昼寝のおかげか全然眠くないからね。」
「分かりました。ご主人様、何かあったらすぐにおっしゃってください。」
「部屋すぐ隣ですからね。」
「大声あげてくれればすっ飛んでくる」
「皆ありがとう。おやすみ」
3人が部屋から見送ってから、セルのベッド近くの椅子に腰を下ろす。
頬に触れるとまだまだ熱い。ひえぴたがあればよかったんだけど、氷を作ってタオルで包みそっとおでこに乗せると、セルの瞼が上がった。
「……マスター?」
「ごめん、起こした?」
「ん、いえ、迷惑をかけてすみません」
「いやいや、のぼせるの気が付かなくてごめんね。何かしてほしい事ある?氷とか出せるけど」
「いえ、平気です。ありがとうございます」
いつもの満面の笑みとは違った弱弱しい笑顔に早く良くなりますように、と魔法で風を送り、乱れたセルの前髪を避けてやる。
「のぼせるのってポーションでよくなるのかな?」
「どうでしょう?でも、もう少しだけ……」
そう言い、手を握られ頬を摺り寄せられ少し嬉しそうに目を細められた。
「独り占めさせてください」
「……っう゛、うん」
火照った顔に熱い吐息、汗ばんだ肌と、中身が私じゃなかったら完全に襲ってるぞこれえええっ!14歳だって性に目覚めてもいい年だっ。頭の中で相手は病人、相手は病人と呪文を唱え続けぐっと耐える。
「ほかの人にその表情見せたらだめだよ。セルが食われる」
「マスターにだけです」
「あおるなってもうっ」
「ふふっ襲ってくれてもいいんですよ?」
「馬鹿たれ」
おちょくってくるセルの頭を小突く。
「でも安心しました。」
「何が?」
「マスターが私をそういう対象とみてくださる事に」
嬉しそうにするセルの発言に、はっ、と気が付く。
いつの間にか普通にセルを襲うって考えがよぎっていたことに。恋愛に性別、年齢なんて関係ないっていうけどまさにそうだ。前世と今世との性差に悩んでた私とは裏腹に本能は実に素直だったという事だ。
色々悩んでいた自分のあほらしさに、はあーーっと大きくため息を吐きだす。
「……マスター?」
私の反応に、どこか不安げに呼ぶセルをぎっと睨み宣言する。
「私と距離を詰めたいなら、まずその呼び方からどうにかしろっ!扉で聞いてるあんた等もだぞ。」
ついでに、扉で様子をうかがっていた3人も睨み付けるとガタガタっと動揺したようになだれ込んできた。
どこの漫画だ。
「き、気が付いてたんですかご主人様」
「当たり前でしょ、全くもーーーはぁーーーーー」
ばつが悪そうに入室してくる3人。湯船にはきちんと浸かってきたみたいでほっぺが赤い。
なんだか、こっちが距離感色々考えてたのが馬鹿みたいだ。親に捨てられて、奴隷っていう慣れない制度とか文化とかいろいろ疲れた。いっそクライマーって名前改名しようかな。
「ま、マスター?」
「ねえ、クライマーから改名したいんだけどいい名前ない?」
「え!?」
「いや、私を捨てた親からもらった名前ってなんか嫌だし」
「ええ!?」
「ああ、私が元貴族っていうのは言ってたよね?家はウッド家っていう街を出て西に進むとある別荘で育てられてたんだけど、まあ7歳の時に貴族なのにレアジョブじゃなかったから家族にいびられつつ、使用人として生活してたんだけど、まあ晴れて14歳で勘当されて今に至るんだ。そういうわけだから、そんな親からの名前を捨てて新しい名前に……え?皆どうしたの!?」
説明に静かすぎると思って顔を上げると皆瞳に涙をためていた。
「だって、マスターがこんな幼いのにっつらい目にっ」
「いやいやいや!貴方たちの方が大変でしょ!?奴隷になってこんな子供に買われてこき使われてっ」
あー口に出してさらに後悔してきた。ほんと人様を顎で使って私はいったい何様なんだ、もう……
食事とかで笑顔向けてもらってるからって見て見ぬふりして……
「違います!私たちは幸せ者です!」
「はあ!?この期に及んでほんと、なんでっ」
「僕、死ぬ寸前だったんです。」
「えっ」
キャストルクの発言にぎょっとする。死ぬ寸前ってそんなに胸の病気は重かったのか。
奴隷商人も生い先が短いとは言っていたけれど、そんなに……
「前の主をモンスターの攻撃から庇ったら毒にかかって、日に日に胸が重くなって、動けなくなって、奴隷としてもう使えないからお前は要らないって売られて。
何のために身を張ったのかと絶望して。
薬を頂いても息がしずらくなっていく日々に僕はもう死ぬんだって……そう思ってたのを、あの日救ってくださったのはマスターです!僕に、未来をくれたんです!」
座っている私の膝元に膝をついて必死に伝えてくるキャストルク。
「マスターに、貴方に出会えて、幸せなんです。だから、どうか思い詰めないで。」
酷く辛そうな表情で伝えるキャストルクの瞳には同じく辛さを耐える歪んだ表情をする私が写っていた。
ぎゅっと腰元に抱き着くキャストルクの後ろから、エスカテが口を開いた。
「ご主人様……、貴方はひどく優しい。奴隷の私たちをこんなにも大切にしてくれるだけでなく、更に私たちの状況にも心を痛めてくださっている。」
「それは、当たり前じゃないか……奴隷と言っても同じ人だろう。こんな制度自体、受け入れがたい。けど、力のない私は奴隷制度を利用するしかなかった。そんな――――」
「矛盾は許されない、ですか?」
私の発言にかぶせるように、エスカテが口にした言葉はまさに私が言おうとしていた事だった。
「マスターが奴隷制度について、どのように思っているのか分かりましたが、要するに私たちが幸せかどうかですよね?」
「そう、だけど」
「幸せだから良いとしても奴隷の命を握ったままはつらい、ですか?」
「う、うん。」
全部読まれてる。奴隷として彼らの生脱与奪の権利が手元にあるのが怖いのだ。私が一歩間違えれば彼らの首が飛ぶ。命令一つで抗う事なく、命を、奪われる。それが、怖い
「マスターの気持ちはわかりました。そんなあなたに朗報です。奴隷は主に危害を加えられないとありますが、傷みさえ我慢すれば大抵さくっと殺せます」
「え?」
「また、悪意を持って行わなければ、奴隷紋は作用しません。好意としてナイフを突き立てようとすれば奴隷紋は反応せずそのままです。」
「」
「また、主人の命令というのは奴隷が見聞きして、理解して、初めて効果を発揮します。なので耳栓をして、口元を見ないようにすれば何でもし放題です。それに私は痛みに耐え抜いて生きてきたので、奴隷紋は意味を成しません。試しに跪けと、命令してください」
「え、え」
「さあ、早く」
有無を言わさないエスカテに、言われた通り跪けとそっと言うがエスカテは無反応。奴隷紋がパチッと音を立ててもお構いなしに立っており、目の前まで普通に歩いてきた。
「ね?平気でしょう?」
「は……」
奴隷紋がバチバチと音を立てているのに表情一つ変えずに目の前に来たエスカテに驚く。
本当に命令を無視できている……
「んっ中々強いですね。解除して頂けますか?」
「あっさっきの命令なしで!キャンセル!!」
慌てて命令を撤回すると、奴隷紋はおとなしくなった。
「ふう、これでわかりましたか?私たちはいつでもご主人様に盾突くことができるのですよ」
エスカテは平然としているが、手は小刻みに震えており汗が額から流れている。我慢できるとしても痛いものは痛いのだろう。私がきちんと理解できるように無理して行ってくれたのだ。
「い、痛かったでしょ!?今、ポーションをっ」
「ご主人様」
ポーションを取り出そうとした腕をエスカテに掴まれる。
「1度主を得て売られたものは、再度買われるときに奴隷商人の前で、こう命令されます。「自信を害そうと考えた瞬間に自害をしろ」と。これはもしその主が奴隷に攻撃された場合、スムーズに処分をできるようにと行うものです。しかし、貴方は我々を買われるときそうなさらなかった。あまつさえ、武器を持たせ、無防備に背をさらす貴方にこちらの方がひやひやしたのです。」
「そんな、だって……」
「それともう一つ、奴隷契約はいわば家名です。どこどこのお家の誰々という認識と違わないのです。もし、ご主人様が契約を解除されても10年の間奴隷紋は主の不在を意味し印は存在続けます。そんな格好の獲物を使まえて無料で自身の奴隷にしようとする輩はたくさんいます。主の上書きは出来ずとも、主のいない奴隷をものにするのは簡単なのですよ。ろくでもない奴に奴隷契約を結ばれたら溜まったもんじゃありません。なので、これは我々を守る家紋だという事です」
考えもしなかった事がエスカテに語られ理解する。奴隷紋はただ命令を行使するだけのものではなく、彼らの身を守るものだったのだ。食事のとき、私が心苦しさに、奴隷から解放するというのはただただ、彼らを危険にさらしていただけなのだ。
「奴隷となったものが望むのは良い主との出会いです。そして我々は貴女という最良の主に仕えることができた。これほど幸せなことはないのですよ?」
優しく論すように、貴方が心苦しく感じる必要はないのだ、と手をぎゅっと握られる。
「そうですっマスターの下から離れて生きるくらいなら死んだほうがましです」
私の腰にしがみつき、涙をこらえているのか鼻をすすりつつぎゅっと離すまいとするキャストルク。
黙って部屋入り口に立っていたデリアスも「やっとわかったか?」とおちょくるように口にし、
のぼせてダウンしていたセルもいつの間にか体を起こして「大切に思ってくれている事はすごく伝わっていましたよ。懸念が晴れて良かったですね」とほほ笑む姿に涙が決壊した。
「わあぁぁぁあっ、ごめん、なさいっ、ふっうぅっ、ごめんなさいっ」
「ん、謝る事なんでないんですよ」
エスカテとキャストルクに抱きしめられ、ますます涙は止まらず夜は更けていった。
お読みいただきありがとうございます。
R15タグってどこまで良いんですかね?
いっそのことR⒙に……悩んでおります。参考までに意見頂けると助かります。




