ちょろい冒険者に安全すぎるダンジョン
「マスターもう少し休まれた方が……」
「大丈夫、大丈夫っうっ」
どうもみなさん、冒険者ギルドにワープできたのは良いものの、あの独特な浮遊感にダメージを受けたクライマーです。ギルドが楽しみすぎてあの浮遊感を忘れてました。
歩けないことはないので、お店へ向かう事にする。ダンジョンに潜るころには回復してるだろうし。心配そうなみんなを説得して歩き出す。
まずは資金調達のために素材屋さんだ。
「ソルティさん、おはようございます」
「おお!おはよー!待ってたよ!クライマー君に是非見てほしい素材が手に入ったんだ!と、もしや後ろの方々はシェスタが言ってた?」
「はい、私の仲間です。これから素材を売りに来るかもなので顔合わせに」
「なるほどね、君たち良かったね。クライマー君優しいから」
「はい。マスターには大変よくして頂いております」
代表して答えたセルの笑顔にソルティさんもにこやかだ。
ソルティさんが奴隷でも普通に対応してくれる人でよかった。この後行く予定の武器屋や防具屋でも大丈夫だといいんだけど。
「それで、見てほしい素材って何ですか?」
これなんだけどね、と箱に入った石を差し出された。ひんやり冷気を感じる。
鑑定すると〚氷の魔石〛と表示された。通りで冷たいわけだ、としげしげと見ているとソルティさんが箱を渡してきた。
「氷の魔石だよ。そろそろダンジョンに潜るんだろう?ヘスカティアのダンジョンは暑いからこれ持っとくといいよ。プレゼント」
「え!?いやいや悪いですよ。魔石ってなかなか手に入らないって言ってたじゃないですか」
「お得意様だから門出くらい祝わせてよ!どうかこれからもごひいきに、ね?」
おちゃめにウインクまでもらってしまった。お祝いと言われたら断るのも悪いだろう。
「ありがとうございます。大切に使いますね」
「うん!今日は何を売ってくれるんだい?」
ハイポーションが詰まった樽に加え、魚、赤牛の乳とかなりの金額となった。
「まいどありーー」
ホクホク顔で店を後にするとキャストルクとエスカテが両サイドからあつい視線を向けてきた。
「マスターは尽力もあるのですね!」
「素材屋が物をプレゼントするなんてそうそうないですよ」
「そうなの?うーんでも、この魔石どう使おうかね」
1個しかないので、私だけダンジョンで涼し気なのも、なあ……
うんうん悩んでいるとセルが魔石を首にかけてくれた。
「店主の通りダンジョンで使うのが一番良いと思いますよ。それに地面に近い方が暑いですから」
たしかにこの中では私が一番背が小さいし、体力もなさそうなので使わせてもらうことにしよう。
うん、胸元から心地よい冷気が漂っており、爽快だ。
「いつか人数分そろえるからそれまで使わせてもらうね」
「もともとマスターのですのに、ご主人様はお優しいですね」
「それに暑ければ、こうして抱き上げればいい」
「わっ」
ひょいっと軽々しくデリアスに抱き上げられた。
んー、でもこのままだと冒険者になめられそうなのでおろしてもらう。
「威厳が無いからおろして」
「んー……仕方がないな」
分かってくれてよかった。
ほっとしたのもつかの間、デリアスは爆弾を落とす。
「ほっぺにキスしてくれたらおろそう」
「全然わかってくれてなかった!セル!」
「はい!」
すかさずセルにお願いして解放してもらう。
セルの怪力にはデリアスも叶わないようなのでおとなしく両腕を上げている。
セルセコム最強だ。
「ありがとう、セル。さ、次武器屋に行こうか」
「はい!どんなのがあるか楽しみですね」
「ご主人様とお買い物たのしいです」
両サイドをキャストルクとエスカテに囲まれ、両手に花状態だ。後ろには保護者組のセル、デリアスと続いている。
はっ!!!!!
これが世にいう逆ハーレム!?!?!?
ズガーーンッと衝撃を受けた、がいやいや、別に侍らせているわけではない、はたから見たら侍らせているように見えるのかもしれないけど、断じて違う。
依然一度訪れた武器屋に入り、各々手になじむ獲物を選ぶようにと伝えるとそれぞれ自分の職業にあった武器を探し始めた。私も杖を探したが、木の棒きれのようなものしか置いておらず、そのほかはカウンター越しに壁にかかっているもので、様々な宝石が装飾されており、明らかに値段の高いものだった。
杖によって魔法の強さなど変わるのだろうか?と、考えているとカウンターに座っていた店主が話しかけてきた。
「ぼうずも魔法使いにあこがれてんのか?」
「はい。レアジョブですからね」
「まあ、魔法使い以外、杖はこん棒としか使いようがないからなあ」
なんか買ってくれるなら、その杖はおまけだとタダで貰ってしまった。
戦闘特化の魔法使いならすぐにお金を稼ぎ良い装備を揃えるだろうし、ただの木の棒にしか見えないものはなかなか売れないのかもしれない。もらえるものはありがたく貰っておくこととする。
杖を懐にしまうと、セルが棚からひょいと顔をのぞかせた。
「マスター、決まりました」
「お、決まった?」
皆それぞれ武器を選べたようで、セルは銅槍、エスカテは木製ベースの銅大盾、キャストルクはダガー、デリアスは軽そうな木の盾をそれぞれ持っていた。デリアルは腰にすでに銅の剣を下げているので防御用の盾だけで良いようだ。
最初から全力全身する予定はないので、初期装備としては十分だろう。
「うん、最初は浅い層を潜るから、お金が貯まったら良い装備に変えようね」
そう笑いかけると、ありがとうございます。と声が返ってくる。
「じゃあ購入して次は防具屋だね」
長い無用と会計を済ませ、武器屋隣の防具屋に向かう。
防具についてはデリアスと店主にアドバイスをもらいつつ、冒険初心者の革装備をメインに購入した。
セルが軽々しくフルアーマーを持ち上げたときはおったまげた。流石一番の力持ち。
私は身長的に皮の胸当てぐらいしかつけられず、防御力は低くめで心配だが、その分避ければいいのだと開き直った。
ダンジョン内は暑いというので、皆も軽装で機動力重視のものとなった。
料金も初心者装備という事で非常に安く、リーズナブルでとても家計に優しい。
体格のいいデリアスはまさに冒険者!といったような風格だった。細身のセルも実は引き締まった体つきをしており、ちょっと驚いた。
エスカテは大楯にも振り回されない安定した体幹でとても頼もしい。キャストルクは元々の俊敏さに加えてダガーと身軽な武器のおかげで陽動などで活躍してくれそうだ。
装備を揃えた皆を見ていると思わずニヤケそうになって慌てて表情を引き締めた。
皆を連れたって冒険者ギルドに行くと、今まで見向きもされていなかったのに結構視線を貰った。
ギルドに出入りしていても、子供のお使いとして認識されていなかったのかもしれない。
となると、これはお約束の……
「ようよう坊ちゃんよー良い奴隷連れてるじゃないか」
「そっちの金髪さんはキレ—な顔してるな?」
「俺らならもっと良い扱いしてやれるぜ?夜のお供とかな!」
はい!テンプレートな台詞頂きました!!!
がはははっと下品に笑う男どもは笑い方も汚い。口歪んでんじゃん。
まじでお約束な展開すぎて、ちょっと感動してしまった。まじでこういう事あるんだなあ……
ある意味感心して何も言わない私の前に出ようとしたセルとデリアスを、手で制す。
「マスター……」
心配、と顔に書いたセルが此方を伺うが、任せろと力強く見返すときちんと伝わったのかおとなしく下がってくれた。といっても何かあったらすぐ庇える位置っていうのに、もう心があったかい。
さて、
絡んできた冒険者は粗暴な見た目で、怪我をしたまま碌に治療をしていない箇所があちこちある。百歩譲って絡んできたのは良しとしても、セルを汚い目で見たのは許せないのでちょいと警告してやることにする。
「お兄さんたち、破傷風って病気知ってます?」
「は?はしょ?なんだって?」
聞いたことがないのか、はてなマークいっぱいの冒険者たちに畳みかける。
「不衛生な傷口から菌が入ることでかかる病気なんです。まず死にます。」
1歩、笑顔で宣言する。
この世界にはポーションなんて簡単に何でも治る便利なものがある分、事前に予防するワクチンなど開発されていないはずだ。
「病気!?……そんなの見ただけでわかるわけっ」
「表情筋、動かしずらくないですか?」
「えっ」
一人、図星なのか、顔を青くした。
はったりだ、ともう一人が慌てて反論するが、自身が詳しくない病気を笑顔で語る不気味な子供にたじたじだ。完全に私のペースとなった場に、ほかの冒険者も黙っており、冒険者ギルドは静まり返っている。
「私がいた村では次々に大人たちが倒れていき、最後には……」
「最後には…?」
ごくりと、生唾を飲み込み伺う男たちに、私はにこにこ笑顔から真顔へシフトし小さくつぶやいた。
「皆死にました」
「ひっ」
恐怖に引きずり声を上げたので、追い打ちにさっと表情を笑顔に戻し「治療、間に合うといいですね」というとうわああっっという悲鳴とともに、雪崩れるように外へ出ていった。
恐らくポーションを購入しに行ったのだろう。けっこんな山門芝居で騙されるとかちょろすぎだぜ。
無事、憂さ晴らしができたのでダンジョン入口へと進むと、皆道を開けてくれた。私はモーゼか。
ダンジョン入口の係員に冒険者カードを見せようとしたら、ひっと小さくだが悲鳴をあげられてしまった。
え、そんな怖かったのかな?
まあ、治療法が確立してない病気ってそりゃ怖いか。
ついでとばかりに入口寸前で少し振り返り笑顔。
「皆さんもどうぞお気を付けて」
ワープ寸前、皆ひきつった顔をしていたのが見れたので、これで絡まれることはないだろうと一息つくと恐る恐るセルが口を開いた。そういえば、皆ずっと無言だったな。
「マスター……今のは」
「あー村とかの話は作り話だけど、破傷風は本当のことだよ。傷口から入ったばい菌のせいで、顔から痙攣が広がって最後は呼吸困難で死んじゃうんだ」
「ばい菌……お、俺は大丈夫か?」
話が真実だとわかると、デリアスが不安げに伺ってきたので安心させてやる。
「大丈夫。デリアスの傷口はをきちんと治療したから死なないよ」
ポーション飲んでて破傷風になるなら、とっくに情報が広まっているはずだ。万が一何かしら病気になってしまっても、エクストラポーションやら万能薬などで全力で治療に当たるので問題ない。
「いやーせっかくの初ダンジョンなのに、なんだかごめんね」
謝るとたたんでいたをピンと立てたキャストルクが慌てて口を開く
「い、いえ!逆に完膚なきまでに冒険者をけん制する姿見事でした!」
「流石ご主人様です、他にも病気に詳しかったりするのですか?」
「いや、そこまで詳しくないけど、何かあっても絶対治療法を探しだすから安心して、ね?」
「マスター……」
尊敬をびりびり感じる。けど本当にこの世界の人詐欺にあいそうなくらい純粋だね!?
ちょっと心配だよ!?詐欺にあいそうだったら全力で阻止するけど!
ひと段落したので周りを見回す。
ダンジョンに入った直後の部屋は固い土で覆われた、どちらかといえば人工的な小部屋で正面に洞窟が続いている。後ろはワープポイントがあるので、探索者のいないパーティではここまで戻ってくるのだろう。
洞窟先は幾分暗いが、見渡せないほどじゃない。
「キャストルク、モンスターが少なそうな方向分かる?」
「右通路の先に食用ウサギが数匹まとまっています。人の気配はありません。」
「何のモンスターか分かるの!?」
「はい!一度覚えた臭いでしたらわかります!」
褒めると嬉しそうにしっぽが揺れている。右へ進むと確かに食用ウサギ3匹うろうろしていた。キャストルクのおかげで更に安全を確保した冒険になりそうだ。
「よし、そしたら試したい事あるからちょっと後ろ見てて」
構えている皆に、そう言い切って先ほど購入した杖で食用ウサギに殴りかかる。
1発で食用ウサギは天に召された。ステータスカードを確認すると無事〚魔法使い〛を手に入れていた。〚SP再振り分け〛を使用して幸運の数値を少し減らすとともに、職業を入手したことで増えた魔法スキルをいくつか設定した。
最初は下級魔法でいいだろう。
「ファイヤーボール!」
詠唱とともに小さな火の弾が杖から飛び出し飛んでいく、食用ウサギ達はあっという間に丸こげとなって砕けた。倒した地点には〚食用ウサギの肉〛が落ちており、3匹ともノーダメージで倒し終えることができた。
職業習得条件があっていてよかった!
「ご主人様流石です!」
「僕、魔法初めてみました!」
「二匹まとめてとは……驚いた」
褒められると純粋にうれしくてにやける私に、アイテムが落ちるとは幸先良いですね、とセルが戦利品を渡してくれた。
「次からは皆にもじゃんじゃん戦ってもらうよ!新しいジョブ存分に活かそうね!」
キャストルクの探知の下、エスカテとデリアスが先導し、そのあとをセル、私、キャストルクと並んで続き、戦闘は順調に進んだ。順調すぎるあまりやることがなく暇だ。
「食用ウサギの素材いっぱいですね」
「うーん、そろそろ別のモンスターに会いたいよね。下の階に降りる階段は……あら噂をすれば」
「下りますか?」
1階層には食用ウサギしかおらず余裕すぎるので一つ下がるのもありだろう。
「危なかったら引き返せばいいし、行こうか」
階段を下りてもプレイヤーも居なければ、食用ウサギとしか出会えない。
「ここのダンジョンってさ、もしかして食用ウサギしかいないとか?」
「どうなんでしょう?遭遇回数は増えていますから、下に行けばまたかわるかと」
確かに1層より2層の方が団体で遭遇している。そのおかげで食用ウサギの革と肉がアイテムバックにこれでもかと入手できた。
「食用ウサギの革で装備作れそうなぐらい手に入ったね。これ以上、戦闘経験にもならないし、3階層いこうか」
「あっちから風の香りがします」
キャストルクの案内で簡単に3回層への階段を見つけることができたので即下りる。
食用ウサギといった弱いモンスターでも魔力保管機に、魔力は貯まるようで良かった。これでいつでも魔石が魔力切れになっても大丈夫だ。
「キャタピラーの匂いがします!食用ウサギと一緒のようです」
「おおっついに別モンスターだ。モンスターの種類って地上のに影響してるのかな?」
「逆ですね、ダンジョンのモンスターによって地上に出てくるのが変わるかと」
「あ、そうなんだ」
新しいモンスターといっても地上で何度も見たモンスターに残念なきもちになる。
キャタピラーは糸が手に入るので、今度布を織ってもよいかもしれない。きっと良い肌触りになるぞ
そう思うと俄然やる気が出てきた。
「じゃんじゃん倒して糸確保しよう!でもってツルツルな高級布を作ろう!」
「数が必要であれば、分かれて探索しますか?」
「この階層にはキャタピラーと食用ウサギの匂いしかしないので安全ですね。僕なら皆さんの下に臭いで合流できますし」
キャストルクの後押しもあり、エスかての提案を受け入れた私たちは2班に別れることにした。
エスカテとセルで一チーム。もう一方は私、キャストルク、デリアスだ。別れるといっても、パーティとしてはそのままで別行動をとるという形だ。離れていても私の幸運が作用されるか実証できれば、今後ダンジョン組と地表組で別れることで、より効率よくお金を稼ぐことができる。
パーティメンバーは6人まで可能なので、私以外の5人でローテーションを組むとして、20人もいれば6時間交代でずっとダンジョンに潜っていられる。夜型な種族はいないだろうか?吸血鬼とか?いや、吸血鬼はモンスターなのか?
「そしたら程よくしたら合流するから、疲れたら無理せず適当に休んでね」
「マスターのために沢山糸を集めてきますね」
「ご主人様、楽しみにしていてください!」
エスカテとセルを見送って、私たちも移動を開始する。
デリアスが一凪ぎで粉砕すると、糸がぼとぼと落ちるので、それを素早くキャストルクが回収し、私がバックにしまうという流れだ。もはや安定しすぎて作業ゲーだ。
暫くし、裁縫糸が50ぐらい集まったあたりで合流を目指す。地上よりはるかに遭遇する頻度が高かったおかげであっという間だった。さあ、向こうはどうだろうか?
「ん、いました。セルさん!エスカテさーん!」
「おや、随分早かったですね」
「そう?遭遇しすぎてかなり貯まったから良いかなってそっちはどうだった?」
「大量です!こんなに落ちたのは初めてです!」
エスカテが興奮してアイテムを見せてくれた。数えると約40個と、私たちとそう変わらない裁縫糸を手にしており、離れていても幸運スキルは有効だというのが分かった。
銀の裁縫糸もかなり取れたので良いお金になるぞ~。とすると、皆を着飾るチャンスでは!?
自分で作成するよりお高いから、と服屋には寄っていなかったが、プロがデザインしたものをびしっと来てほしい欲は半端ない。
3階層で切り上げ、換金に向かう。
「折角だから、みんなの洋服買いに行こうか」
喜ぶ皆には申し訳ないが、私の着せ替え人形になってもらおう。
お読みいただきありがとうございます




