初陣
フィリン達と共に魔物が現れた場所へ向かうまでの間、僕は様々な事を考えた。
自分たちの強さで魔物を倒せるのか?魔物が複数いた場合どう対処するのか?万が一命を落とすことになったら僕は勿論この街はどうなるのか?
そんな僕の気持ちを察したのか、ゴードンが僕に話かけてきた。
「スカイよ安心せい。恐らく魔物は1体じゃ、落ち着いて戦えば死ぬことは無いじゃろう。じゃが無茶はするな。死んでしまっては何も残らないからのう。」
彼の言葉のお蔭で少しリラックス出来た。そうだ、僕は全くの初心者なんだ。初めは言われた事を守り生き残る事を第一に考えよう。戦い方はフィリン達を見て覚えるしかない。
バルトウェイの入口前に魔物はいた。確かに1体だけだったが、巨大なネズミのような生き物だった。唯一違う所があるとすれば、口が鳥のような嘴になっていた事だ。
「オウルラッドか。体力も大して高くないし、これなら俺達だけでもやれるな。」
各々が戦闘態勢に入ろうとした時、男性の住民が僕らの元へと駆けつけて来た。
「大変だぁ!魔物が街の中にも現れたんだ!何とか持ちこたえてはいるが、このままじゃやられちまう!」
「そんな!?一体どこから入り込んだんだ?」
「フィリン、考えるのは後だ!2手に別れて、魔物を討伐しよう!」
僕は咄嗟にフィリンに進言した。窮地だと言うのに、冷静でいられたのが自分でも驚いた。そしてフィリンは、呼吸を整えて指示を出した。
「よし!ここは僕とニック、そしてスカイで何とかする。ガルド、ケーラ、ゴードンは街の中に現れた魔物を頼む!」
「分かった。ニック、スカイ、気を付けろよ。」
「2人とも、無茶しちゃ駄目よ。」
「皆良いか…いざと言う時は生き残る事だけ考えるのだぞ。」
作戦会議は既に終わり、今から僕の初陣が始まるその時だった。
【オウルラッド レベル01】
・体力 80 ・攻撃 06 ・素早さ 4.0 ・回復力 0 ・攻撃パターン 特に無し
魔物のステータスが僕の視界に現れた。僕はメガネを取って目を擦った。何かの見間違いかと思ったが、僕の視力が回復しているのが分かった。もう一度魔物を見る、とさっきの表示が現れた。
異世界に転移した僕の特殊能力なのか、だとしたら他の皆はどうだろうか?僕は改めて自警団のステータスを確認した。
【フィリン 18歳 騎士】
・体力 30 ・攻撃 15 ・素早さ 4.5 ・自回復力 12 ・援護力 12 ・衰退期まで20年
【ニック 12歳 騎士】
・体力 15 ・攻撃 03 ・素早さ 3.0 ・自回復力 03 ・援護力 04 ・衰退期まで1年
フィリンは魔物と戦うには問題無かったが、ニックは心配だった。僕を含めたこの3人で、どうやって戦えば良いか考えていると、フィリンが僕に話しかけて来た。
「スカイ、君は“戦士”だから自分の体力を回復出来ない。けど僕達“騎士”は、味方を守る事も出来るし、体力も回復出来る。僕がニックを守り、ニックが君を守れば、魔物を倒す事が出来る。戦いは“ローテーション”が肝心なんだ。」
「ローテーション?」
ローテーションとは、最大七人一組で、前中後の三列に連なり、前列が戦い、中列はこれを補助する。後列は傷を癒し、次に備える。
もし前列が傷つけば、後ろに下がり、中列が前に出る。そうして順繰りに回転し、互いを支え合うこの戦術を言うらしい。
僕らはフィリンの指示通りの隊列を組んだ。前列にニック、中列にフィリン、後列に僕が一直線に並ぶ様になった。“戦士”の僕はフィリンを守る事が出来ないが、彼は多少の怪我なら平気だと言った。
互いの戦闘態勢が整うと、いよいよ魔物との戦いが始まった。
先手は魔物が取り、ニックに向けて尻尾を叩きつけようとしたが、フィリンの盾がそれを防いだ。そしてニックの剣が魔物に当たったが、掠り傷程度でしかなかった。
僕らはすぐさま隊列を入れ替え、ニック後列で体力を少し回復した。今度はフィリンが先手を取り、魔物の体力を削った。そして魔物の攻撃がフィリンに命中した。
僕はすぐに隊列を入れ替える体制を取ったが、フィリンはまだ平気だと言い、ローテーションは行わなかった。再び戦闘が始まり、フィリンの攻撃を2度も受けた魔物の体力は、まだ4分の3くらい残っていた。そして魔物の攻撃を2度も受けたフィリンは、流石に限界が近くなった為、隊列を入れ替えた。
フィリンの回復が終わると、いよいよ僕の番が回ってきた。先手は僕が取る事が出来、大剣を魔物目掛けて振り下ろした。僕の攻撃で魔物は苦しそうな声を上げた。どうやら運よく、魔物の急所に当たったらしい。そして魔物の攻撃を、ニックが防ごうとしてくれたが、防御力が下回っていた為、掠り傷程度のダメージを受けた。それでも僕の体力はまだまだ余裕だった為、フィリンの様にローテーションはしなかった。そして2度目の攻撃が魔物に命中すると、魔物は雄叫びを上げながら消滅していった。
何とか初めての戦闘は勝つ事が出来たが、街の中に現れた魔物が気になった。するとフィリンが僕に話しかけてきた。
「スカイ、僕はここで魔物が街に入り込まないよう見張っている。君はニックと一緒に、ガルド達の所へ向かってくれ。ニック、案内を任せたぞ。」
「分かったよ団長。ほらスカイ、さっさと行くよ。」
「あ、あぁ。じゃあフィリン、行ってくるよ。」
ニックの案内で街を駆けると、目の前に緑色の鱗を持ったドラゴンがおり、その周りには傷ついた戦士達がいた。そして僕の視界に、再び魔物のステータスが表示された。
【ターコイズドラゴン レベル02】
・体力100 ・攻撃力08 ・素早さ4.0 ・回復力06 特徴・・・2回目と5回目に列攻撃(攻撃力08)。
魔物には“列攻撃”と呼ばれる前列全員を攻撃出来るものがあると、街の住民が教えてくれた。たった1体の魔物を相手に負傷者が多数出ていたのはそのせいであり、さっきとはまるで違う事に合点がいった。
ガルド達はまだ戦える状態であり、僕とニックの存在に気が付いた。
「ニック、スカイ。外に現れた魔物は片付いたのか?」
「ああ!フィリン団長は門の前で警戒中さ。おいらとスカイがここへ遣わされたんだ。」
「良かったわ。私達の他にも、街の戦士達が手を貸してくれたんだけど…皆魔物との戦いに慣れていなくてやられちゃったのよ。」
「じゃあ、戦えるのは僕ら5人だけって事?」
「なあに心配するで無い。儂とケーラがおれば大事には至らんわい。」
【ガルド 22歳 戦士】
・体力 40 ・攻撃 15 ・素早さ 8.0 ・衰退期まで23年
【ケーラ 16歳 神官】
・体力 15 ・攻撃 02 ・素早さ 2.0 ・他回復力 20 ・援護力 18 ・衰退期まで30年
【ゴードン 50歳 僧侶】
・体力 38 ・攻撃 05 ・素早さ 2.0 ・他回復力 18 ・支援力 15 ・衰退期まで7年
ガルドが僕と同じ“戦士”であり、体力は十分だった。そしてゴードンとケーラが、僕に自分達の職種を教えてくれた。
「私は“神官”だから、騎士と同じく味方を守る事が出来るし、後列で隊列全員の回復が出来るわ。」
「儂は“僧侶”じゃから、味方の攻撃力を上げる事が出来、後列で隊列全員の回復が出来るぞ。」
「でも気を付けてね。中列の補助効果は、1回の攻撃で1度きりなの。そして後列での回復には、回復者本人が含まれないから、編成には気をつけてね。」
援護と支援の違い、中列の補助効果、そして他回復…一度に多くの事を教え込まれて、頭が混乱しそうになった。しかし今は、目の前の魔物を倒す事だけに集中した。
前列にガルド。中列にゴードンと僕。後列にニックとケーラで隊列を組んだ。ゴードンがガルドを支援し、ケーラが僕、ニックがゴードンを援護する形だった。
再び、魔物との戦いが始まった。先手はガルドが取り、ゴードンの支援を受けた一撃が魔物に当たった。そして魔物の攻撃がガルドに当たったが、彼はあと2回食らっても平気だった。魔物は尻尾を地面に叩きつけ“列攻撃”の構えを見せたが、僕らは隊列を入れ替えた。
魔物が体力を少し回復した所で、次の戦闘が始まった。
僕の攻撃が命中すると、魔物は尻尾で僕とゴードンに攻撃してきた。咄嗟にニックが僕の前で盾を構え、ケーラはゴードンにバリアを張った。僕は少しだけダメージを受けたが、ゴードンは無傷だった。最後にゴードンが攻撃した所で、再び隊列を入れ替えた。
ゴードンが僕の体力を回復し、魔物が体力を少し回復した所で、次の戦闘が始まった。
攻撃を終えると隊列を入れ替える。このローテーションを繰り返す事で、僕らは魔物を倒す事が出来た。
魔物の脅威が完全に街から無くなった事が分かると、街の人々は僕らに称賛の声を上げた。
「凄いや!」
「いざと言う時は役に立つもんだな。」
命掛けで戦った事もあり、僕は心の底から嬉しかった。こんな僕でも、誰かの役に立てたのだから。するとケーラは街の人達に話しかけた。
「そうでしょ、そうでしょ!私達バルトウェイ自警団は凄いんだから。ちゃんと私達の事、他の村にも伝えて頂戴。」
「分かった分かった。明日にでも、話の種にさせてもらうよ。」
ケーラに詰め寄られた住民は、少し急ぎ足でこの場から退散した。するとガルドがケーラに近づいた。
「ケーラ、いくら何でも恩着せがましいぞ。」
「だってさ。私達の事なんて言ってるか知ってるでしょ!」
「まあ知ってるけどさ…」
2人のやり取りを見て、笑い声が聞こえてきた。すると、急に肩の力が抜けたのか、僕は地面に倒れ込んでしまった。そして何処からか、暗く悍ましい声が聞こえてきた。
『これが世界の終りの始まりだ。』