序章
「天野、百点。」
先生がテストの結果を生徒たちに返却する中、僕のだけ態々点数まで読み上げている。教室はどよめき小声で僕を称賛する。
「天野なら帝大へ行けるんじゃね?」
「いいよなー勉強できる奴は。」
「俺なんて志望校の合格判定最高Dだぜ。」
帝大とは帝都大学のことであり、国立最難関の大学である。だけど僕は帝大へ行く気はない。なぜなら僕には勉強以外の取り得が無いからだ。
「これから体力テストを行うぞー。」
今この瞬間、僕にとっての地獄の時間が始まった。テストの内容は100M走・走り幅跳び・ハンドボール投げ等々、全部で10種目ある。体育会系の部に所属しているやつは大きな記録が出ると皆から称賛される。僕よりも大きな声で褒める皆の顔も活き活きしている。
対する僕は100M走 1分、走り幅跳び 3cm、ハンドボール投げ 10cm etc。
全国の高校生の標準を下回る悲惨な結果となった。僕の記録を見て皆は笑うどころか逆に引いている。
これが僕の最大の弱点、体力が絶望的に無いことだ。小・中学校の運動会やマラソン大会でいつも僕は最下位だった。仮病を使って学校を休もうかと思ったこともあったが、今年こそはと思い頑張ってきた。でも現実は残酷である。だから僕は高校生になってから勉強以外を頑張ることを諦めた。僕にはこれしか1番になれる方法が無いのだから。
今日の授業が終わり僕は早々に下校した。
帰宅して服装を変えた僕は近所を図書館へ向かった。勿論自転車には乗れないから徒歩で10分かかった。僕に趣味があるとすればこれくらいしか無い。図書館で僕が読むのはネットやアニメでよくある異世界への転生か召喚されることをテーマとした小説だ。
僕が手に取った本は「百年戦記」という題名の本だ。主人公は不老不死の力を持ち、女神から百年後に起こる世界滅亡の危機を救うという内容である。
最初の10ページを読んだところで僕は読むのを止めた。百年も戦い続ける主人公と絶望的にひ弱な自分が違いすぎたからだ。本の世界と現実世界が違うのは当たり前だ。けどやはり自分も主人公のようになりたいという願望が湧いた。
諦めていた夢をもう一度夢見た瞬間であった。
図書館を出て帰宅するまでの間、僕はあの本のことを考えていた。主人公は不老不死であり、そしてやはり剣と盾を身に着けた騎士だった。ファンタジーの世界で騎士はまさに主役の職業である。でも僕は騎士よりも憧れた職業があった。それは戦士だった。騎士よりも大きな剣を持ち、屈強な体力を持った戦士は今の僕とは正反対であった。体力以外取り得が無いという弱点が、勉強以外取り得が無い僕と同じに思えた。
そんな事を考えながら家に着くと直ぐに僕はベッドに倒れた。疲れが溜まっている訳ではないが直ぐに眠くなった。外から聞こえる音が全く聞こえなくなった。そして自分が息をしているのか分からなくなっていった。痛みや苦しさは感じられなかった。そしてこの後未知の世界へと誘われることなることを僕は知らない。