31 エドマはリリーと歓談する。
エドマはシェフ自慢のクッキーを携えて、馬車に乗り、ロリアンの港町まで降りてきた。
リリーの屋敷は港近くの高級住宅街にありパリのタウンハウスのような感じだ。
白塗りの壁にコバルトブルーの窓枠が可愛らしいハウスは、新婚といった感じがにじみ出ていた。アシルとリリーも二年前に結婚したばかりだとアドルフから聞いている。
カーラにドアのノックをしてもらい待っていると、年かさのいった家令がドアを開けてくれ、玄関ホールではリリーとリリーに抱かれたアンジェルがエドマ達を迎えてくれた。
「リリーさま、アンジェルさま、この度はお招き頂きありがとうございます」
土産を片腕に持っていたので、左手だけ裾を掴むと軽く片足を曲げて挨拶をする。
「まぁ、丁寧にありがとうございます。こちらこそこの子を抱いていてちゃんとご挨拶できずにごめんなさいね」
リリーは軽く会釈をすると、エドマはいいえ、と微笑みながらリリーの腕の中にあるアンジェルを覗くと、アンジェルはすやすやと眠っていた。
「さっき眠ったのでゆりかごに乗せようとしたらぱちっと目を開けて泣き出したのよ? 腕の中の方がいいだなんて贅沢よね」
「リリーさまの腕が安心するのでしょうね」
「嬉しいけれど母としては悲鳴をあげているのよ? さぁ、こちらにいらして」
リリーはみずからエドマを居間に案内すると、そうっと居間の窓際にある天井からレースが囲ってある小さなゆりかごにアンジェルを寝かせた。
「……今度は大丈夫みたい。エドマさまとのひと時を楽しませてくれるのね、ありがとう、アンジェル」
人差し指で柔らかそうな頬を撫でたリリーは、リボンでしばってあったレースのカーテンを下ろし、エドマの元へと戻ってきた。
「ごめんなさいね、立たせたままにしてしまったわ。どうぞこちらへ座って」
リリーは朗らかに笑うと、居間の中心にあるソファにエドマを案内した。
「よく来て下さったわ。私の方が訪問させて頂こうかとも思ったのだけど、アンジェルがまだ目を離せないから、来て頂いた方がありがたくて我儘をいってしまったわ」
「いえ、なかなか屋敷を離れる事もなかったので、嬉しく思います」
髪と同じ栗色の瞳を柔らかく細めて、そういって頂けると嬉しいわ、とリリーは頷いた。
エドマと違って小柄な出で立ちも柔らかに編んだ後ろ髪も女性らしい。
ラベンダー色のドレスが似合っているわ、とエドマはうらやましく思いながらリリーを眺めていると、リリーはほう、とその小ぶりな口からため息を吐き、エドマさまは相変わらず素敵ねぇと呟いた。
「そうでしょうか」
「ええ、クリーム色のドレスなんてスタイルの良い方でないと素敵に着る事が出来ないわ。太って見えてしまうもの! それをさらりと着こなしていらして。後ろの大ぶりのリボンも可愛らしいし、新妻だわ、うらやましい」
「まぁ……私も同じようにリリーさまがうらやましいと思っていました」
「あら、気が合うわね、私たち」
「はい」
まだ結婚式の時と今回と二度ほどしか会ってはいないが、どなたに対しても柔らかくもはっきりとした物言いをするリリーに好感を抱いていた。同じ海軍の軍人夫人としても聞いてみたい事もあり、リリーに招待を頂けたことは本当に嬉しかった。
「リリーさま、お渡しが遅れてしまいましたが、こちらをお土産に持って参りました。受け取って頂けますか?」
「もちろんよ、まぁ! 美味しそうなクッキー! イレーネ、せっかくだからこちらも一緒に出してくれる?」
リリーはそばに控えていた侍女にクッキーを渡すと、楽しみだわっと嬉しそうに笑った。
「今朝シェフに焼いてもらったものです。お口に合うといいのだけれど」
「もう見た目で美味しそうな感じだったわ、あ、きたわね。うちのシェフのケーキも召し上がって。お客さまが来るのを楽しみにしていたの。感想を聞かせて欲しいって言われているのよ?」
「屋敷のシェフも同じように言っていました」
「まぁまぁ、シェフも気が合うわねっ、では食べてみましょう。意見交換といったところねっ」
ケーキと共に添えられてきたジェルマンのクッキーは白い粉砂糖がかかった丸くかわいい形のものだった。
「先ほど見たときも思ったけれど、かわいいわね。んー……アーモンドが入っているわ、美味しいわね」
「はい、大きなジェルマンの手から作られたとは思えないかわいらしさです」
「確か軍部から引き抜いたってアシルがいってたわ」
「強面のシェフですが、作るものはいつも食べる人の事を考えてくれる、自慢のシェフです」
後ろでカーラが身じろぎをしていた。そんな気配に微笑みながら、エドマもケーキ皿に乗っているチーズケーキを頂く。
「……とても、とても美味しいです」
リリーのようにうまく表現できないのを残念に思いながら、頬に手を添えて目を瞑る。
「まぁ……! うちのシェフにも伝えておくわ。エドマさまが目を瞑って感動してくださったって」
「ぜひっ。言葉にならないぐらい素晴らしいケーキだとお伝え下さい。大好きなのです、チーズケーキ」
「よろこぶわ」
お互いに満足するお菓子を頂いてとても和やかなティータイムだった。
デュカス家の侍女に二杯目のミルクティーをついでもらいながら、エドマは実はご相談があって、とリリーに切り出した。
「あら、私に分かることでしたら」
「はい、ご主人がいらっしゃらない時、いつもどうされて過ごしていらっしゃるのかお聞きしたくて」
「あー……エドマさま、暇をもてあましていらっしゃる?」
「はい、あまり夫人の心得のような事をやってこなかったものですから」
「絵を描いていらしたものね。サロンに出展されるぐらいですもの。私も見に行きましたわ」
「……ありがとうございます」
昔ならば目を輝かせて喜んだ所だが、今は苦い笑いしか出てこない。
そんなエドマを見てリリーはそっと微笑むと、そうね、私がまだアンジェルが生まれる前の時は、と明るい調子で話してくれた。
「お花が好きなのでガーデニングをしていたわ」
「ガーデニング……お花を育てていたのですか?」
「そう、パリに居た時もタウンハウスに住んでいたから、鉢に土を入れてね。種から育てるの。楽しいわよ?」
「土は触ったことがないので、一度やってみます」
合う合わないがあるから、どうか無理せずにね、とリリーは一口ミルクティーを飲むと、私も一つ聞いていいかしら? と続けた。
「はい、なにか気になる事が?」
「ええ。……やっぱり言いにくいわね、二人にしてくれる?」
リリーはそれぞれの側にたつ侍女二人に人払いを願った。カーラとデュカス家の侍女が承諾の会釈をして静かに部屋を出ていく。
エドマは何事だろう、と少し緊張しながら言葉を待っていると、リリーはごめんなさいね、と眉をハの字にした。
「ちょっとこみいった話だから、二人の方がいいかと思って」
「はい、なんでしょう?」
「エドマさま、夜の営みをされていないと、ごめんなさいね、主人から聞いたの。なぜかしらと思って」
「夜の営み?」
「ええ、子作りよ」
「え? たぶん、している、かと」
「え? ……え……?」
目をぱちぱち、と瞬かせたリリーは、まさか、と小さく呟いた。




