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30 エドマは手紙を読んでほんのりと顔を染める。

 



 エドマがロリアンへ来て半月を過ぎた頃、屋敷に一通の手紙が届いた。エドマ宛である。


「まぁ、リリーさまからだわ!」


 ペーパーナイフをマティスから預かって封を切ると、美しい筆記体でデュカス家に遊びに来ないか、と書かれてあった。


「リリーさまのお屋敷に遊びに、と書かれてあるわ、マティス、来週の予定はどうかしら」

「大丈夫でございます」

「アドルフさまにもご許可を頂かないと」

「アシルさまと同じ官舎なので、旦那さまの方がもうご存知かもしれませんね」


 カーラの言葉にマティスもそうですね、と頷く。


「それでもお伺いを立てなければ。マティス、レターセットを取って」

「かしこまりました」


 居間にある文机にレターセットを用意してもらうと、エドマは二通手紙を書いた。

 一つはリリー・デュカスに招待のお礼とお返事が主人に伺うので遅くなる、自分の気持ちとしては行きたいという想いも込めて。

 もう一つは、アドルフに。お仕事お疲れ様です、という気持ちと、リリーからの招待に行きたい旨を書いた。


「本当ならばアドルフさまが戻られてからお伝えするべきだけど……」

「早くお返事をされたいですものねっ」


 レリアが朝食後のお茶を居間の方に届けながら朗らかに笑った。


「久しぶりのお出かけですね、どんな訪問着にしましょうか、なんだか私まで嬉しくなってきました」

「レリアったら、そんな華美な格好ではいかないわよ?」

「分かっております! エドマさまのやわらかいお人柄が引き立つお衣装を考えるのが私の楽しみなのですっ 本来ならば新しく仕立ててもいいのですか……」


 期待を込めてレリアはエドマを見たが、エドマは笑いながら首を横に振った。


「ロリアンに来てまだ袖を通していない訪問着もあるわ。それにリリーさまのお屋敷に行くのも初めてよ。新しくする必要はないわ。既存の洋服でみつくろって?」

「承知しました」


 残念そうに少し太めの眉を下げたレリアだったが、そうと決まれば! お洋服を少し外気に触れさせてきますね、失礼しますっと居間をぱたぱたと離れていった。


「あらあら」

「レリアは修行が足りませんね、こ主人さまを置いて出ていくとは」


 カーラは苦笑し、マティスは苦言をいったのに対して、エドマはくすくすと笑いながら大目にみてあげて、とレリアの上司達に頼んだ。


「私のことを思っての行動だもの。レリアのその心が嬉しいわ」

「ご主人さまがエドマさまでレリアも幸せですわ」

「本来ならば叱責ですが……まぁ、注意にしておきますか」

「お願いね? 怖い顔をしてはだめよ、マティス」


 参りましたな、とマティスは少しばかり口元をゆるませると、仰せのとおりに、とエドマが書いた手紙を持って居間を出ていった。


「さて、私たちは今からどうしましょうか」


 エドマはカーラに目を合わせて笑いかけると、カーラもそうですね、少し思案した顔をして、やがて、ぽん、と両手を叩いた。


「旦那さまからは間違いなく行っていいとのお返事が来ると思いますから、デュカス家へのお土産を考えるのはいかがでしょう?」

「いいわね、そういえば女主人としてご招待を頂くのは初めてだわ。何を持っていけばいいのか分からないから、カーラ、一緒に考えて」

「はい、かしこまりました」


 そうしてしばらくの間、エドマは母が出かける時に用意していた物はなんだったか記憶を呼び覚ましたり、カーラはポンティヨン本家で勤めていた時の様子などを伝えながらゆっくりと選んでいった。




 ****




 昼食を済ませたぐらいにマティスが戻り、旦那さまからこちらを預かりました。とエドマの元には返事の手紙が届けられた。


「え? アドルフさまとお会いできたの?」

「はい、たまたま官舎の方に戻られていたようで、すぐに返事を書くからと」

「お元気そうだった?」

「つつがなく」


 先日の週末も夜遅くに帰ってきたと思ったら翌日の夕食をすませたらすぐに軍部の方へ戻ってしまった。

 次の週末はもう少し早く帰ってくるから、と言い残して出てはいったけれど、マティスに後から聞くと大体最近はこのように嵐のように戻っては出ていくらしい。


「私、嫁ぐ前は女主人になるのだから、とすごく意気込んできたのだけれど、来てしまうとなんだかびっくりするくらい穏やかな日々ね。振り回される旦那さまは少ししか帰ってこないし」

「軍部の方で手一杯なのでしょう。官舎も普段よりいろいろな方が行き交っておりました」

「そう」


 アドルフも余裕がないのかもしれない、そんな中でも自分の手紙をそのままにするのではなく、すぐに返事を書いてくれた事にほんのりと心が温かくなる。


 そっと手紙を開くと、走り書きではなく、短くもしっかりとした字で書かれていた。

 招待を受けていい旨と、それに連なる入り用があればマティスとカーラに相談して好きに使っていい、との事が書かれていた。

 最後に顔がみたいよ、とさらりと書かれていてエドマの頬を染めさせたのはアドルフらしさ、といったところか。

 手紙でも困った人だわ、と内心思うのだが、とても口には出せない。


「良いお返事だったようですね」


 カーラか柔らかく微笑んでいうのに、そうね、と言葉短めに応え、エドマは片手を振って頬に風を送った。


「えー……リリーさまのお屋敷へ行っていいとの事よ、それから、お土産を買っていくならばマティスとカーラに相談しなさい、と書いてあったわ、でも」

「はい、クッキーにしましたものね」


 いろいろと考えて、形に残るものよりも食べてしまえるものにした。カーラがケーキはあちらでも用意されていると思うので、日持ちするクッキーはどうか、と提案してくれたのだ。


 ささやかなものであればその場でつまんでもよいし、後からリリーのご家族で食べてもよいし。


「では、素材を良いものにされてはどうでしょう? それを使ってシェフに作ってもらったらいかがですか?」

「いいわね、シェフのこだわりの素材もありそうだから聞いてみようかしら」

「エドマさまはあの人の性格も分かっておいでなのですね。さすがですわ」


 カーラがふわりと嬉しそうに笑ったので、エドマはおやっと思った。


「カーラ、シェフとよく話す仲なの?」

「主人です」

「まぁ……! 知らなかったわ!」

「他の者は知っておりますが、エドマさまにはなかなか伝える時がなかったですね。偏屈な人ですが快く使って下さって、旦那さまにもエドマさまにも感謝しております」


 カーラが深々と頭を下げたので、エドマは驚いて、偏屈だなんてそんな事ないわよ、と慌てて言った。


「シェフの作ってくれる料理、いつも旬のものを使っているわ。同じ素材でも味付けを変えたり、いつも何かしら考えて作ってくれているのが私でもわかるもの」


 エドマがチーズが好きだ、と屋敷の誰かに話した次の日には、朝食に薄くスライスされたチーズが何種類か出てきたのだ。

 リコッタ、カマンベール、チェダーチーズ、少しずつ種類を変えて出してくれるチーズにエドマは目を輝かせて直接ジェルマンにお礼を言いにいったほどだ。


 その際に本当は朝食はどんなものがいいんだと聞かれ、実はパンとスクランブルエッグとチーズがあれば満足なのだ、とエドマも正直に話した。アドルフのように朝から盛りだくさんには食べられない、とも。


「朝食にも卵料理をいろいろ毎回違ったものを出してくれるでしょう? だから、偏屈、というよりはこだわりのある研究熱心なシェフよ。私はシェフの料理、いつも楽しみだわ」

「ありがとうございます」


 カーラは嬉しそうに微笑むと、でも、と人差し指を口元に当てて、にっこり笑った。


「そんな素敵な言葉をかけられるとあの人の鼻は高く高く上がってしまいますので、ほどほどに褒めてご不満があったらすぐに申してくださいね。こだわりが過ぎてもいけないものですから」

「ふふっ、カーラったら」


 落ち着いた柔らかな雰囲気のカーラと軍人上がりと身体のしっかりしたほぼ笑わないジェルマンとどんな恋のやり取りがあったのか気になるところだが、またおいおい教えてもらう事にしよう。


「では、さっそくジェルマンの所にいってクッキーをお願いしてくるわ」

「はい、私も主人がこだわり過ぎないように後ろから目を光らせております」


 エドマはカーラの物言いがすごいわ、と思い、そんな関係に私もなれるのかしらと少しだけアドルフを思った。


 しかし、アドルフと自分が同じような立場で物を言い合っても、あれやこれやと言葉巧みに丸め込まれる想像しかできず、私には無理ね、と早くも白旗をあげて、いきましょう、とカーラを連れて厨房へと向かったのだった。









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