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24 エドマは目覚める。

 



 目覚めると見慣れない天蓋のリネンにエドマは目を瞬かせた。


「あ……ロリアン……?」


 ゆっくりと身を起こすと、サイドテーブルに置いてある水差しからコップ一杯の水を飲む。一息ついた所で遠慮がちにノックの音が聞こえた。寝室の奥からではなく、廊下に通じるドアからだ。


「はい」

「エドマさま、失礼してもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」


 カーラは承諾の声と共に入室すると、おはようございます、と挨拶をしエドマに気遣うようにさりげなく声をかけてきた。


「エドマさま、朝食はどちらでお食べになりますか? 通例ですとこちらへお運びしますが」

「え? 普段は食堂で食べるのでは?」

「ええ、通常は旦那さまと一緒に食堂にてお出ししています。今日は、食堂でもよろしいでしょうか?」

「ええ、普段通りでいいわよ」

「かしこまりました」


 モリゾ家ではみな食事は食堂でとっていた。ポンティヨン家はそうではないのかと勘ぐってしまったが、どうやら同じらしい。

 なぜそんな事を聞かれるのだろう、と少し引っかかるものがあったが、カーラもエドマの趣向が分からずに確認を取っているのだと思うことにした。


 カーラに手伝ってもらいながら寝巻きから若草色のドレスに着替えていると、ベッドメイキングをしていた、レリアがカーラさん、と声をかける。


 カーラは少しお待ちなさい、とドレスルームから言い、エドマの着替えを最優先に手早く済ませてくれる。鏡台の前でゆるくウエーブしているブラウンの髪を丁寧に梳かしてくれながら、戻ってこない若い同僚にしびれを切らしたようだ。


「申し訳ありません、エドマさま。レリアも初めてで戸惑っているのだと思います。少し手伝いに行ってもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろんよ。行ってあげて」

「ありがとうございます」


 馬毛で作られたブラシを台に置き、すぐ戻りますと足早にベッドルームへと去る。エドマは手持ち無沙汰に待っていると、エドマさま、と侍女二人が神妙な顔で戻ってきた。


「エドマさま、大変失礼な事と存じますが確認をさせて頂きたいのですが」

「カーラ、そんな怖い顔しているとエドマが仰け反るよ」

「旦那様……!」


 突然現れた主人に驚きを隠せないカーラとレリアだが、エドマはきっと寝室の奥のドアから入ってきたのだろう、と当たりをつける。


「突然入ってきてもらっても困ります。まだ支度の途中なのですから」

「すまないね、なかなか食堂に下がって来ないから心配で呼びにきたんだよ。レリア、エドマの支度をしてくれ。カーラはこちらに」


 はい、と侍女二人は頷くと、それぞれの仕事へと向かう。レリアが途中であった髪の手入れをしてくれ、綺麗に結い上げてまとめてくれる。その間に話がついたのか、カーラだけ近くに戻ってきて、アドルフは鏡ごしに手を上げると、すぐに視界から消えていった。


「アドルフさまは何を?」


 と、エドマがカーラに聞くと、カーラは落ち着いた口調で言った。


「なかなか屋敷に戻れない事も多いから、私たちにエドマさまを支えてほしい、と」

「それは、私にも仰って下さったわ。でも、こんな所まで来て言う事かしら……」

「旦那様はエドマさまを本当に大事にされていますから。私たちもびっくりなほど」


 カーラは深く頷きながらゆっくりと鏡越しに微笑んだ。その様子をみてレリアが興味深そうにカーラに視線を送っている。


「そうかしら。確かにいろいろと良くして下さるけれど……私には、あの方の言動に慣れなくて戸惑う事の方が多いわ」

「奥さまも、失礼しました、エドマさまも旦那さまにとっては翻弄する側のようですよ?」

「私が? そんな事ないと思うけれど」


 エドマが首をかしげてそう言うと、カーラは口元に手をやり、少しだけ間をおくと、嬉しそうにエドマに向けて言った。


「エドマさまを公私ともに奥さまと呼べる日を楽しみにしておりますわ」

「慣れるように努力するわ……」


 正式な呼称に苦もなく頷く日がくるのだろうか、とため息をつくと、カーラは、くすくすと今度は笑いながら、奥さまは可愛らしいから大丈夫ですよ、と鏡越しににっこりと笑った。




 ****




 二階から一階に下がって食堂へ行くと、アドルフは書類を読みながら待っていた。


「すみません、お待たせしました」

「おはよう、エドマ。気にしていないよ。早速だが食事にしよう。今日はこの屋敷を案内したい」

「分かりました」


 席についてナプキンを取ると、モリゾ家とは違い沢山の食物が乗った大皿が目の前に出てきた。ワンプレートにエッグ、ベーコン、腸詰のウィンナー、サラダが乗っている。焼きたてのパンは白いパンだったので、そこはほっとしたのたが。


 エドマが目を白黒させてしばらく眺めていると、アドルフが、すまないが慣れてくれ、と苦笑した。


「客が来ない時のうちの朝食はいつもこんな感じだ。時間がなくてね。ただポンティヨン本家は貴族らしい食事だからそこは気をつけてもらいたいのだが」

「はい、承知しました。……これは、どこから食べてもいいのです?」


 一皿ごとに食べ終えたら次の皿が出てくる貴族の食事とは違い、どこから食べたらいいのか分からない。作法があるならば知っておかなくてはとエドマが訊ねると、アドルフは手を軽く横にふった。


「作法はないから、安心してくれていい。好きなものから食べればいいよ」


 そういうと、アドルフは早速エッグにナイフを入れて半熟の黄身と共にベーコンを食べだした。エドマも見よう見真似でウィンナーを切って食べる。


「あ、美味しい」

「口に合ってよかった。肉屋が喜ぶよ。午後街に出たら買っている店を紹介しよう」

「は……はい」


 ここはロリアン、アドルフが所属する軍部の勤務地だ。領地でもないのに出入りしている店を回らなければならないのか、とまたモリゾ家で学んできた事とは違う慣習に心臓がはねる。

 アドルフはそんなエドマを知ってか知らずか、食べながらもどんどんと喋っていく。


「労働階級はこのような食事を食べているんだ。知っておくといいよ。デザートもつかないし、パンもライ麦だから固いしね」

「は、はぁ」

「ちなみに軍部の奴らが来たらこれより粗末なものでいいからね、あいつらは質より量。食べられたらなんでもいいんだ」

「いや、お客さまにそれは」

「客じゃないから」

「はぁ……」


 エドマは困ってしまって眉をぎゅっと寄せると、アドルフはそれを見て、あ、すまない、とフォークを置くと、側に控えていた下僕に紅茶を頼んだ。

 えっ、と思ってエドマはちらりとアドルフの皿を見ると、この短時間で綺麗に食べ終えている。


「ああ、貴女はゆっくり食べて。私の食べるスピードに合わせなくていい。職業病みたいなものだ。艦内での食事時間が決まっていてね。慣らされてしまったんだ」

「は、はい……」


 そうは言っても、主人を待たせる訳にもいかず、エドマは頑張って黙々とフォークを動かしていく。


「あー……すまない。貴女と食事を取るときはもっとゆっくり食べるよ」

「いえ……私も……慣れますので……」

「早食いをすると太るよ」

「んぐっ……し、失礼ですわっ」

「うん、だからゆっくり食べたらいい。そうだ、多かったら私が食べようか? 食べさせてくれるかい?」

「っ! 結構です、自分で食べられますっ」


 目をむいて顔を上げると、アドルフは、残念だ、とくしゃりと猫のように笑った。そして、もう少し果物をもらおうかな、と頼んでエドマの食事が終わるまで、つまみながら待ってくれた。


 食後の紅茶は一緒に飲み終えて、エドマは一度着替えようと席を立とうとすると、あ、いいよ、そのままで、すぐに部屋を案内するから、とアドルフはさっとエスコートした。


「あの、でも朝食のドレスですし」

「若草色が映えてとても君に似合っている。お昼までそのドレスを着た君を見ていたいな」


 どういう事だろう、とエスコートされながら後ろに控えるカーラに視線を送ると、カーラも困ったような表情で、小さく頷いた。


 モリゾ家では日に何回か着替えるのは当たり前の事だった。少なく見積もっても、朝食時、散歩時、昼食時、訪問先があれば着替えるし、夕食時もディナー用のドレスに変える。


 ポンティヨン家では違うの? と疑問が頭に浮かぶが、先ほどの食事の仕方を思い出し、そういう事ではないのかもしれない、と考え直した。


 数少ない機会で感じた義父母の言動や振る舞いを思い返すと、どちらかというと昔ながらの貴族らしい貴族だ。アドルフはどちらかというと貴族らしくない。


 そう思うと、ポンティヨン家のしきたり、というよりか、アドルフが何かエドマに普段はこうして欲しいとさり気なく誘導しているようにも思えた。


「アドルフさま」

「なんだい?」

「私は奥歯に物が挟まったような物言いを好みません」

「へぇ」


 アドルフは食堂のドアを開けたところで立ち止まり、面白そうにエドマを見た。

 エドマはしっかりとドレスの前に手を組み、アドルフの目をきちんととらえた。


「私がモリゾ家で暮らしていたような暮らしをここではしてほしくない、というのであればそのように率直におっしゃって下さい。オブラートに包んで誘導されるのは不愉快ですわ。何か理由がお有りなのでしょうから」


 怒っている訳ではない、というのも含めて静かに言った。でも、強引なのはいや。ちゃんと理由を話してほしい。そんな意味も含めて。


「参ったね、本当に君には。でも、それでこそ、というのかな……キスしていい?」

「は、はぁ⁈」

「どれだけ私を惚れさせたら気がすむんだい、という話」

「な、なぜ? 意味が分かりませんっ」

「そこでそんなに顔を赤くするのも罪なんだけどなぁ。本当に、参る」


 開けていないもう片方のドアに寄りかかりながら片腕に顔を半分埋めてこちらを流し見るアドルフの方がエドマの心を騒がせる。


「と、とにかく説明してくださいっ」

「ウィ、マダム」


 アドルフはおどけたように肩をすくめると、再びエドマをエスコートして、食堂の隣にある居間へと導き、二人がけのソファに座らせた。そして、アドルフは隣には座らず、横向きに置いてある一人用のソファに座った。


 その座り位置は母から教えられていたので、エドマは背筋をしっかりと伸ばした。


 旦那さまが自分と距離を測って座る時は、夫婦というよりか、パートナーとして話す時。そのような時は、しっかりと話を聞いて自分の意見を言う事。


 早い機会にそのような場を設けてくれるアドルフに黙って感謝した。何だかんだといってアドルフはエドマを認めてくれている。


 それは、心の拠り所を無くしたエドマに灯る、小さな光だった。





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