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22 エドマはロリアンの屋敷に入る。

 



 挙式をしたパリ郊外から一日と半日をかけてロリアンの屋敷についたのは昼頃。

 玄関に馬車が付くと、屋敷の者が並んで迎えてくれていた。


 先に降りたアドルフに手を引かれて馬車を降りると、お帰りなさいませ、旦那様、奥様、と一斉に言われ、挨拶を受けた。


「ただいま。ロリアンでもよろしく頼む」


 気安く挨拶するアドルフに続いて、エドマは緊張の面持ちで挨拶をした。


「エドマと申します。よろしくお願いいたします」


 初々しい挨拶に、屋敷の者が和らいだ雰囲気がみてとれた。何か間違ってしまったかしらと途端に不安になるエドマに、年配の家令とおぼしき者が一歩前に出た。


「奥様、はじめまして。この屋敷の家令を務めております、マティスと申します。奥様にとって屋敷の者は使う者、どうぞ敬語は使われぬよう、お気をつけ下さい」

「あ、はい。ありがとうご……ありがとう。マティス」


 言い直した女主人に一つ頷くと、こちらが侍女頭のカーラ、主に奥様のお世話をする侍女、レリアです、と紹介があった。


「カーラと申します。屋敷の事で分からない事があれば遠慮なく申し付けて下さい」


 カーラと呼ばれた侍女頭は穏やかなアーモンドアイズでエドマに微笑みかけてくれた。柔らかな雰囲気にほっとし、よろしく、と伝える。


「レリアと申します。素敵な奥様のお世話ができ、光栄です。よろしくお願いいたします」


 カーラの隣で略礼をしたのはレリア、エドマと同年代らしき侍女だ。彼女の方こそにこにこと笑顔が素敵で、話しやすそうな侍女だった。


 シェフと庭師と下女下男が一人ずつ。ロリアンはアドルフの任務地という事で仮の住まいになり、侍女もモリゾ家を思うと少ないがその分皆お互いの顔がわかり、使用人も含めて一つの家という佇まいの屋敷をエドマは喜んだ。


 アドルフのエスコートで屋敷に入ると小さいながもエントランスがあり、客間、食堂、居間と一通りあり、二階にはアドルフの主寝室とエドマの寝室と別れていた。エドマの方にはバスルーム兼メイクルームも兼ね備えてある。


「何から何までありがとうございます」


 夫の心遣いに感謝すると、アドルフはくしゃりとあの猫のような顔で笑った。


「私の部屋とここはあの扉で繋がっているからね、今晩お邪魔しようかな」

「っはい」


 今晩が初夜という事なのね、とエドマは頷く。とにかくまずはゆっくりと休んで、と声をかけてアドルフは部屋を出て行った。

 その姿をぼんやりと追っていると、奥さま、荷ほどきをしてよいでしょうか? とカーラが穏やかな声で伺いを立ててきた。


「あ……ええ、お願い。それから、私のことはエドマと呼んで欲しいの。もちろんお客さまの前では奥さまでいいのだけど、なんて言ったらいいか……」

「はい、承知しました、エドマさま」


 初めての屋敷、慣れない呼名、エドマは自分という存在が失われそうで思わず弱音を吐いた。カーラはその意味を正確に受け取り温かく受け止めてくれる。


「どうぞこれからも不安や迷う事など、このカーラとここにおりますレリアにおっしゃって下さい。旦那さまはあのように開けっぴろげな方ですし、私達は慣れておりますので」


 主人であるアドルフの事をそのように言う侍女にエドマは思わず吹き出した。


「アドルフさま、やはりこちらでも率直にお話されるのね」

「はい。貴族の方には珍しく庶民的感覚をお持ちな方です」

「私たちも話しやすいです」


 カーラの言葉の後にレリアも衣装棚から顔を出して、エドマにニコッと笑って言葉をそえる。


「エドマさま、こちらに着いたばかりでお疲れかと存じます。晩餐まで時間がありますし、少しゆっくりとされて下さい」


 カーラはエドマを窓際のソファへ導き座らせ、お茶の用意をしてまいります、と一旦下がって行った。


 座り心地の良いソファに背を持たせると、気を張っていた身体が少し和らいだ。背中から注がれる暖かな日差しを受けて窓から外を見ると、木立に囲まれた庭が見える。


 小春日和の柔らかな光が広葉樹の葉に影を作らせて、整えられた芝生の上を優しく揺らしていた。


(木々が気持ちよさそう……素敵な風景ね、落ち着いたらベルトを呼び寄せよう)


 父母の監視のないパリを離れたこの地であれば、ベルトを屋外に出させてスケッチする事が出来る。


(この地であれば世間の目を気にせずに外でスケッチができるわ。ベルトも伸び伸びと自然を感じながら描ける)


 微笑みながら木々の揺らめきを見ていると、カーラがおまたせしましたとテーブルにアフタヌーンティのセットを用意してくれた。

 モンブランのケーキを添えてくれている。


「嬉しい。甘いものが欲しかったの」

「長旅でお疲れでしょうから」

「ありがとう、頂くわ」


 カップケーキにはみ出るぐらいに盛られた栗のクリームにフォークを刺し、一口食べると、芳醇な栗の香りとクリームの甘さが相まって舌の上でとろけた。


「……美味しいわ!」


 今日、一番の笑顔を見せたエドマに、カーラもレリアもほっとしたように顔を見合わせて微笑んだ。


「エドマさま、食べ物や着る物など、お好きなもの、苦手なものを遠慮なく仰って下さい」

「ご主人さまの愚痴も承ります。ご心配事もよろしければ」


 レリアの言葉にエドマは驚いて目を見開くと、カーラもレリア同様に頷いた。


「エドマさまのお心がお健やかであるように、使用人一同、心を配って参ります」


 真摯な温かい言葉に、エドマはじんわりと胸が熱くなった。

 気を張ってこちらに来た。

 夫となるアドルフとの関係もまだ慣れておらず、アドルフの言葉に翻弄されながら道中を過ごし、屋敷の人たちがどんな人々なのかと、思いのほか緊張してこの場に着いた。


 柔らかな笑顔のカーラと目をみてにっこりと笑うレリアの存在に心からほっと出来た。


「何もかも初めてなの。たくさん相談にのって貰うことになるわ、それでも大丈夫?」

「もちろんですわ」

「私もカーラさんには及びませんが、努めます」


 力強く頷いてくれる二人に、エドマは顔を赤らめながら早速だけど、と相談をした。


 こそこそと小声で話す女主人の相談事に、カーラは、まぁ、なんとお可愛らしいと微笑み、レリアは私もそれは聞いておきたいです、と目をキラキラさせた。


 それからカーラが語り出す言葉に、エドマは真剣に、レリアは目を輝かせて聞き入った。






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