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21 アドルフは休暇を減らされる。

 



「なんとも可愛らしい奥様で、羨ましいかぎりです」


 いつの間にか側に来たロベールが足早にこの場を離れていくエドマをみて言った。アドルフは、可愛らしいすぎてからかいすぎてしまうのがたまに傷だ、と苦笑する。


「お楽しみの所申し訳ありませんが、大尉の休暇期間が短くなったのでご報告を」

「慶事だ、私は出勤せんぞ」

「艦の出航が早まりました。その訓練の指示を。陸でよいので港まで、との事です」

「牽制なら私が居なくてもやれるだろ」

「大尉……貴方の〝目〟が必要なのです」


 アドルフはギリっと歯ぎしりをした。


 花摘みに行った妻は気持ちを落ち着けたのか、ゆっくりとこちらへ戻ってくる姿が遠目に見える。

 所々で歓談の輪に声をかけられて、少し会話をしながら上手に切り上げて夫の元へ戻ろうとする姿をみて、アドルフはロベールに問うた。


「何日短くなった」

「三日です」

「一日だ、それ以外は譲歩せん。それでごねるなら私は港において先に行けと言うんだな」

「大尉」

「祝い事にきな臭い煙を吐く奴は馬に蹴られて死ぬという言い伝えがあるとでも言っておけ。私は譲らないよ」


 エドマは結婚に同意はしたがまだアドルフにも心を開いていない。一人嫁いでくる妻がこちらの生活に慣れるまでは一緒に居てやりたい。

 休暇を一日少なくするとなると、ロリアンの屋敷に居てやれるのは二日しかない。


 三日など論外だ。


 上司の揺るがない態度に、部下は盛大なため息をついて、了解しました、と承諾した所でエドマも戻ってきた。


「遅くなりまして申し訳ありません」

「いいよ、部下とつまらない話をしていたから」

「大尉はエドマさまが可愛くて可愛くて仕方がない、と仰っていました。大尉はエドマさまを溺愛していらっしゃいますね。どうぞお幸せに」

「はい……?」


 チッと舌打ちをしたアドルフを見て、ロベールはにこやかに笑って略式の礼を取ると、さっさとその場を離れていった。


「で、でき?」

「面倒な仕事を押し付けられた嫌がらせだ、気にするな」

「アドルフさま……?」


 ナイフで切るような言葉尻にエドマは戸惑ったようだ。思わずといった程で、隣に座るアドルフの腕に手を添えた。


「ああ……すまない。なかなか、ね。休みを取らせて貰えないようだ」

「ロリアンへ着いたら、すぐ出勤ですか?」

「屋敷に居られるのは二日ぐらいかな」

「そうですか……」


 エドマは一度俯くと、今度はぎゅっとアドルフの腕を掴んで、大丈夫です、と華やかに笑った。


「私と気が合う人々が待っていて下さるのでしょう? それならアドルフさまは一日居て下されば大丈夫ですわ。後の一日でその方々と仲良くなりますから」


 だから私の事は気にせずにお仕事にいってらっしゃいませ、と気丈に振る舞うエドマにエドマの母、コルネリーの姿が重なる。

 いろいろと教わってきたようだが、ぎゅっと腕を握りしめている所はまだ新妻だ。


 アドルフは腹に染み渡るような温かみを感じながら、大袈裟にため息をついた。


「はぁ、我が新妻は蜜月は二日で充分だと言うのか。これはじっくり語り合わなければならない由々しき案件だ」

「み、みつ! アドルフさま、おおお昼間です! 発言をお控えになって!」

「何言ってるの、新婚だよ? 私たちは。みんな許してくれているに決まってる」

「そんなのっ」


 ハッとしたようにエドマが周りを見渡すと、まるで二人の世界だとでも言うように祝賀客から遠巻きに眺められているのに気づいたのか、ぱっとアドルフの背中の影に隠れた。


 アドルフは思わず口に拳をあてて、くっくっと声を上げて笑ってしまう。


 なんと可愛らしいのだろう、この妻は。

 そんな事をすれば揶揄の的だろうに。


「ほんと、早く切り上げて帰りたいよ、そうは思わない? 奥さん」

「……同感です」


 恥ずかしさに耐えられず背中から答える涙声に、アドルフは笑って、ウイ、マダム、と応えた。


「皆さん、今日は私たち二人の為に遠路はるばるお越し下さりありがとうございます」


 アドルフが立ち上がり朗々と挨拶し始めると、エドマは赤らめた顔のまま慌てて隣に立った。


「まだ拙い私たちに皆さまからのご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。さて、そろそろ妻も疲れが見えているので皆さま、ここらでお開きということで、よろしいでしょうか?」

「あ、アドルフさまそのような言い方!」

「ここは海軍式に乾杯でお開きにしたいと思いますが、各々方よろしいか!」


「「「「ウイ!!!!」」」」


エト・ヴ・プレ(用意はいいか!)!」


「「「「ウイ!!!!」」」」


「ア・ヴォートル・サンテ!」


「「「「乾杯!!!!!!」」」」


 わっと祝賀客が各々で杯を交わして一騒ぎしている間に、アドルフはさっと新妻を横抱きにして、会場を後にした。


「わ、私達が先に下がるなんてっ!」

「いいんだよ、後は皆が楽しめば。休暇が減らされたんだ、私も妻との時間を最大限に大事にしたいからね」

「お客様たちがっ」

「皆、笑って送り出してくれていたよ、気にするな」

「気にしますっ」

「真面目だね」

「そういう問題じゃないと……んー?!」

「……あんまりつれない事言うと実力行使するよ?」

「横暴ですっ、降ろして!」


 突然口を塞がれて新妻は胸をバンバン叩いて怒っている。


「これで横暴って言われると打つ手がないんだけどなぁ」

「そういうのは、ちゃんとしたときに、してくださいっ」

「あ、してもいいんだ?」

「つ、妻の務めですからっ」

「ああ、そういうこと……」


 前途多難だなぁ、とアドルフが呟くと、それはこちらの台詞ですっ! とエドマになじられた。


「どうにも、お互いをもう少し知る必要があるみたいだね」

「同感です、降ろして下さい。自分で歩けます」

「降ろしたくない私の気持ちは分かる?」

「分かりませんっ」

「だよねぇ」


 せめて控え室までこのまま送らせてよ、という新郎の言葉に、歩けますからっと固辞する新妻の攻防は結局、新婦の控え室まで続いた。














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