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14 アドルフ・ポンティヨン

 



 アドルフ・ポンティヨンは海軍軍部中枢にいる父の元に生まれた。

 幼い頃から二つ上の兄、フランツと共に育てられた。

 フランツは幼い頃から言葉も早く読み書きも出来、家督を継ぐ者として、長男として過不足ない教養を身につけていく。

 アドルフは出来のいい長男の側で、性格も何もかも違うというのに同じレベルを求められた。父であるジェルマン・ポンティヨンの方針だった。


 曰く、自分の息子は、自分と同じ事が出来て当たり前である。

 兄が出来た事は弟でも出来るだろう、二人共、俺の息子なのだから、と。


 仕事仕事でほとんど家に帰らないジェルマンは、たまに息子達の勉強の進み具合を見ては、フランツは褒め、アドルフには叱責した。父の言いなりである母はおろおろとして何も言う事は出来ずに、ただ、申し訳ありませんと、自分の代わりに謝っていた。


 その姿を見るのも、辛かった。


 幸いにもお前が出来ないばっかりに、と責める母では無かった。ただ、自身が弱かった。

 幼い息子を庇う強さは無かったのだろう。

 優しくはしてくれたが、それだけだった。


 次は、叱られないように、がんばりましょうね。


 真綿のような柔らかい言葉で、首を絞められているようだった。


 十三になり、海軍に特化した寄宿制の学校に入学し、やっと家からも兄からも解放された。母は兄と同じ名門校に入れたがったが、自分自身が断固拒否したのと、海軍軍部に属する父の後を追うとは、さすが俺の息子だ。とジョルマンが手放しで褒めたのでアドルフの望み通りとなった。


 所詮、父の敷いたレールから外れる事は出来ないのはもう既に分かっていた。

 ならば、そのレールでいかに自由に走るか、だ。


 アドルフの中にゆっくりと自分、というものが目覚めていく。


 陸海の寄宿舎の中でも、海軍部を目指す猛者達は、厳しさの中にもからりとした空気が流れていた。


 締めるときは締めるが、後は自由にしろ、全て自分の責任でな。


 そんな気風の中で育ったアドルフは、卒業する頃には酸いも甘いも知り尽くした立派な海の男になっていた。

 もともと身体を動かす方が得意であったアドルフは、幼少期から(たしな)みとして習っていたフェンシングに一角の才能があった。相手の癖を見極めながら勝負所を見極める目もあり、めきめきと頭角を現して一目おかれる存在になる。


 その自信が、実家との距離の置き方も、自分自身の葛藤も呑み込み、しなやかに歩くべき道を見つけていったのだ。



 そんなアドルフから見て、エドマ・モリゾはかつての自分を見るようだった。


 兄は優しく、常に自分をかばっていた。

 自分自身を磨く事はやめなかったが、それをアドルフに強要する事はなかった。

 アドルフの武の部分の才を見つけ、軍部の学校の方が向いているんじゃないか、と言ってくれたのも兄だった。


 尊敬出来、愛すべき兄。

 身近な一番のライバルでありながら、嫉妬をする対象にはしていけない兄。


 エドゥワール・マネがベルト・モリゾにだけ声をかけた時、エドマはさっと顔色変え、そして次の瞬間、一瞬にして笑顔を貼り付けた。



 ああ、この人は。


 自分と同じ闇を抱え、

 そして今も、囚われている。



 気がつけば声を掛けていた。

 戸惑ったようにこちらを見たオークブラウンの目が、アドルフを捉えた。

 自分より、妹の絵を褒めてしまったその隠し切れない本心も、アドルフがエドマを自分のものにし、癒したいという庇護欲を掻き立てた。



 過去の自分を慰めているようなモノか……



 あの頃、誰も気付いてくれはしなかった闇を、憎みたくもない兄弟を憎もうとしてしまう葛藤に苦しんでいた自分自身を、エドマに投影して救おうとしただけなのかもしれない。



 最低だ、最低な男だ。

 だが、それも。

 私だ。



 アドルフが生きる為に見出したのは、どんな自分も認める事だった。


 醜くとも、矮小であっても、自分自身の為にエドマを娶ろうとしたのも、全て認める。


 その上でどう動くか。


 馬車の中、アドルフはまたぐいっと前髪を上げた。今度はきっちりとオールバックになるように撫で付ける。


 抉ったものを、癒す。

 こじ開けた傷を、癒す。

 たとえ嫌われていようとも。


 アドルフはガタリと止まった馬車から一歩踏み出す。

 夜風を切って歩く歩幅に迷いは無く、大股に軍部官舎へと歩いていった。




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