大人が本気で泣く、肝試し(7)
全ての妖かしに性別がある訳ではないけど、自分を表現する時に雌雄の区別をつけることは珍しくない。
大抵は、あたしやたまばぁのように、妖かしになる前の性を引き継いでいる。でも、中には鵺のぬーさんのように、元々性を持たない妖かしもいて、その場合は……単なる好みで選んでいるらしい。
何はともあれ、バイトさん達に「人間」とお題を出せば、彼らが有する性別で化けてくれる。
「それじゃー、『10代後半から20代の人間』でお願いしまーす」
年齢を指定したのは、肝試しにやってくる客層に合わせてのことだ。
「顔は、特に美男美女じゃなくてもいいですよぉー。親しみやすい雰囲気でお願いしまーす」
妖かしにも、年齢はある。ただし、年齢と妖力レベルは比例しておらず、年月を重ねたからといって長老に成れるものではない。飛び抜けた妖力の高さは勿論、自然と尊敬を集めるカリスマ性がなければならない。
また、妖力が高いからといって化け術に長けている訳でもない。人に得手不得手があるように、妖術にも向き不向きがあるのだ。
「男性の皆さんは左側に、女性の皆さんは右側に別れてくださーい」
今年集まった10体は、6対4で男性が多かった。
「人間」というお題は、比較的化ける機会が多いためか、全員次第点レベルだ。
「はーい、それじゃあ……次は、全員で『ゾンビ』になりまーす。性別は変えないでくださいねー」
この指示の実行には、一瞬の間があった。
それでも各々、妖かしとしてのプライドがある。研修で観た資料を参考に、肌を腐らせ、髪を振り乱し、破れた衣服をはだけさせ、血肉を露出させる。
「わぁ……」
一体一体の出来を確認しようと全体を見渡したあたしは、思わず感嘆した。
「草太郎さん、ぬーさん、流石ですねぇ!」
資料に影響された似たり寄ったりのビジュアルの中、2人はオリジナルのアレンジを加えて、頭抜けている。
まず草太郎さんは、喉元から胸、腹までパックリと肌が抉られ、生々しく骨や筋肉組織が丸見えになっている。その上、右眼球が潰れて眼窩が顕になり、右耳も千切れてブラブラと取れかけている。
ぬーさんはといえば、どす黒くブヨブヨ膨れた全身が、リアルな腐敗感を表現している。
「なるほど……やりますなぁ」
「オタクも、えろうグロテスクやねぇ」
褒められた2人は、互いの技術に感心しつつ笑い合っている。
「――じゃあ、こんなのはどう?」
化け術は、我が一族のお家芸だと言わんばかりに、妖孤の杏姉さんが一歩前に出た。彼女のプライドに火が付いたらしい。
彼女はあたし達が注目する最中、右頬から顎まで骨が剥き出しになった黒髪美人に化けた。切れ長の色っぽいまなじりからツッ……と一筋鮮血が流れる。左肩が千切れたレースの黒いブラウスからは、ズルリとただれた腕がぶら下がり、破れたストッキングからも白骨混じりの赤黒い足が覗いている。
「ほぉ……セクシーやねぇ」
ぬーさんが目を細めた。
紅い唇がニイッと弧を描く。血肉が生々しいのだが、エロティックで、それでいて品の良さを損なっていない。凄惨な迫力が漂って、ある種、芸術的ですらある。
「杏姉さん、綺麗……」
化け術には、センスが表れる。技術がいくら優れていても、センスがなければ形だけ、表面的な真似に過ぎない。化けた形に魂を吹き込み、見るものにリアルを感じさせる力がセンスなのである。
「ふふ。ありがと」
素直に漏らした感嘆に、彼女は満足気に微笑んだ。それがまた、妖艶で……あたしは仕事を忘れて見とれてしまった。
ー*ー*ー*ー
その後も2時間程練習し、この夜は解散となった。
「梗子、あんたン家にお邪魔していい?」
バイトさん達が帰宅するのを見送って、体育館の戸締り確認をしていると、帰ったはずの杏姉さんが校庭に残っていた。
「え、家ですか?」
バイトさん達は基本、紹介元の長老の所に厄介になっている。山の中のお堂だったり、神社裏の祠や、古木のウロ、川辺の大岩、等々。村の至るところに、妖かしと人間界の接点は存在しているのだ。
杏姉さんは、稲荷神社裏の祠に滞在していたはずだけど。
「たまばぁにご挨拶したいのよ」
「あ。それは喜びます!」
あたし達は、清行寺までの道を連れ立って歩く。空は降るような星の海。
「あんた、住職とは上手くいってんの?」
民家が疎らになってきた頃、唐突に杏姉さんが口を開いた。
「住職? あ、和ちゃんですか」
「そうよ。少しは進展してる訳?」
「だ、大丈夫ですよぉ」
昼間のキスが甦り、顔に熱が集まる。や、暗いから顔色は見えない……はず。
「……たまばぁは、許してくれた?」
「うー……」
痛い所を突かれる。これには、言葉に詰まってしまった。
「そう。まぁ、昔の人だからねぇ」
杏姉さんは察してくれたらしい。
「ま、あんたの妖力が高まれば、彼女も口出ししないわよ。頑張んなさい、梗子」
ポンポンと頭を撫でられ、嬉しさにギュッと抱きついた。
「杏姉さぁん」
「もぉ、相変わらずの甘えん坊ねぇ」
彼女は優しく背中を撫でてくれた。あたしのことを気遣ってくれるのは、同族のよしみ、というだけではない。彼女はあたしの遠縁に当たり、あたしが清水家に関わる切っ掛けも良く知っている。そして、あたしと和ちゃんの仲も理解して、応援してくれているのだ。
「いいこと、梗子。妖力を使わずに、人間の心を長く留めるのは難しいわ。ちゃんと骨抜きにするのよ?」
あたしの顎をクイッと持ち上げ、至近距離で諭される。また昼間のことがフラッシュバックして、カアッと赤面してしまう。
「たっ、多分、それは、大丈夫……ですっ」
どっちかというと、あたしの方が骨抜きにされちゃってる気がしたけど……ややこしくなるので、俯いた。
「そう? ほら、行くわよ、梗子」
杏姉さんは、クスクスと笑むとあたしの手を引いて歩き出した。